債権と資産の交換――満鉄の誕生
「どうして満鉄が欧米に乗っ取られないと言えるのですか」
鯉之助の答えに小村は未だ不信感を抱いて尋ね返すが、鯉之助は理路整然と話す。
「簡単です。既に満州の民衆の間に日本の商品が多く流通しているからです」
「何故そう言い切れるのですか」
「海援隊と陸援隊は戦争中、後方支援を行っておりました。その中には酒保の運営もあります。その商品の一部を民衆向けに戦時中から販売しております。商品は好評で既に多くが流通しています」
「軍用品の横領ではないか?」
「軍票の回収にも一役買っている事をお忘れなく」
軍票とは軍隊が遠征地で支払いに使う疑似通貨だ。
換金は保証されているが、期限があり、一定期間経つと換金不能になる。
換金忘れの分が得になることを狙っているが、最大の目的は、通貨の管理の為だ。
大量の資金が国外へ流出し国内が通貨不足になるのを防ぐ為だ。
また、外国から大量の通貨が流れ込んで来て経済的な混乱、インフレを抑え国民生活を困窮させないよう一種の防波堤として、換金作業で管理しやすくなるよう軍票を発行している。
日露戦争でも満州で物資調達や労働力の獲得の為に軍票を盛大に発行していた。
しかし、露骨に換金しないのは心証を悪くするため、海援隊と陸援隊が商店を出して、軍票での支払いを許していた。
「日本の信用がなければ今後満州は安全地帯とはならないでしょう。日本の安全の為にも必要です」
「分かりました」
そこまで言われては小村も認めるしかなかった。
「ですが、それだけの資金が集まるのですか。民間から」
日露戦争で巨額の資金を出した分、日本は金欠になっており、困窮していた。
国内も増税で困っている。
政府に金がないのだから、民間も株式を購入する余裕などないだろう。
だが鯉之助には目論見があり龍馬が答えた。
「そこで帰還兵に出す手当と年金じゃ。一定額は現金で出すが、一定額以上は国債で出す」
「なぜ」
「インフレを防ぐ為じゃ」
戦争成金、戦費が直接渡される産業や軍人は豊かになるがそれ以外の庶民は給与が少ない。
そのため所得格差が生まれ、購買力の差から貧富の差が生まれる。
そこで軍需産業への支払いの一部を国債で支払うことにより現金の偏りを防ぐのだ。
既に戦時中からこの方式を使ってインフレを抑制していた。
国債は後日換金できる。
この方式を帰還兵への年金支給に応用し、更に活用しようと考えた。
「そして帰還兵へ渡す国債を満鉄の株式と交換できるようにしておく。配当金が出れば生活の足しになる。大勢が求めるじゃろう」
株式と債券を交換する手法は経済では良く行われる手法だった。
現金の移動が少ないため、喜ばれる方式だ。
金欠の日本政府にとって予算から出す必要がないため、有り難い手だ。
満鉄の経営が成功すれば、年金以上の配当金が得られ、誰もが幸せになれる。
非常に良い方法だ。
「しかし、生活困窮から株式を売却しかねませんが」
「そうならんよう政府は国民の生活を豊かにする必要があるじゃろう。それは政府の勤めじゃ」
龍馬の言葉に政府の一同は黙り込んだ。
国民への福祉予算は低いままだ。
国民に予算をつけるためには軍事費の削減も含め行わなければならないだろう。
結局、陸海軍は軍縮に同意せざるを得ない。
「では、採決をとることにしようかのう」
反対者はいなかった。
かくして満鉄の発足は決定した。
「では、満鉄の創設委員会を立ち上げましょう。適任者は、坂本龍馬殿」
「いや、儂は色々忙しい。ここは満州へ出兵して現地を知っている児玉源太郎大将に任せたい」
軍の内部からは満鉄の軍事利用の観点から政府が直接支配するべきという声が上がっていた。
しかし龍馬の民間主導、欧米資本参加では軍部が不満を持つ。
なので、事実上のトップである児玉源太郎に委員を任せ不満を和らげると共に抑え込む。
政治的任用だが、児玉自身、文部大臣や台湾総督を務めるなど、政治家としての業績もあり適任だった。
「申し出を受け入れます。しかし、一つ頼みが」
「何か」
「総裁人事は私に一任して貰いたい」
「適任者が?」
「はい、一人、いや彼以外に任せられません」
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