第一回総攻撃の酷い結末

「どうして旅順攻略が行われたのですか!」


 第一回総攻撃が行われた翌日、連合艦隊旗艦三笠に乗り込んだ鯉之助は猛烈に抗議した。

 大本営で旅順要塞即時攻撃が決定し歩兵強襲による突撃が行われた。

 第三軍の基幹兵力第一師団、第四師団、第九師団の三個師団六万による攻撃だった。

 だが、旅順要塞に籠もった四万以上のロシア軍の前には兵力が足りなかった。

 しかも時間短縮のため、要塞攻略に必要な陣地構築、敵の外郭近くまで塹壕を掘っていなかった。

 彼らは突撃発起点どころか部隊集結地から要塞砲の射程内を無防備に通っていった。当然砲撃による被害が続出。

 更に突撃発起点で待機駐に攻撃を受ける。

 だが、地獄の入り口でしか無かった。

 彼らは四〇〇メートルから突撃を、小銃が効果を発揮する距離を無防備に突撃した。

 勿論、支援砲撃は行われていたが師団の野砲は七五ミリクラス。

 幾ら連射ができる三三式野砲でも野戦陣地の破壊さえ限定的な大砲では、コンクリートでできた要塞の防御陣地を打ち破る事など不可能だった。

 砲撃から守られた胸壁からロシア兵は迫ってくる日本軍に銃撃を浴びせた。

 野砲の着弾による煙幕により多少遮蔽されたが、何ら遮蔽物のない中を突撃する日本軍は一方的に攻撃され要塞にたどり着く前に多くの兵士が倒れていった。

 しかも手前には地雷原があり、

 それでも第三軍の将兵は怯まず、突撃し、要塞の外郭近くにたどり着いた。

 だが、そこまでだった。

 外郭手前に設けられた鉄条網に引っかかり、攻撃の脚は止まった。

 そこへロシア軍機関銃の掃射が行われ全滅した。

 ほんの僅かな生き残りが鉄条網を突破したが、その先の壕――空堀に落下して負傷したところを攻撃され全滅した。

 第三軍は一割近い六〇〇〇名の死傷者を出した時点で攻撃中止を決断。

 早期攻略を命じた大本営も損害の大きさに怯み、第三軍の意見を承諾した。

 だが、困難だったのはここからだ。

 総攻撃を撃退したロシア軍は旅順要塞にいた二個師団に出撃を命令。

 ボロボロになっていた第三軍に襲いかかった。

 形勢不利な第三軍は後退を命令。

 大連近くまで撤退する事を余儀なくされた。


「酷い損害だな」


 遅滞戦闘が上手く行き、大連で後退は止まった。

 だが、これまで連戦連勝だった日本軍の初めての失敗、敗北、後退であり衝撃だった。


「手痛い被害を日本は受けるよ」

「分かっている総攻撃と後退戦合わせて七千名もの死傷者は酷いものだ。だがロシア軍にも痛打を浴びせたと聞いている」


 後退に際して日本軍は砲兵と機関銃部隊を使い、ロシア軍の追撃を粉砕した。

 鯉之助の義勇艦隊や連合艦隊の支援砲撃もあり、後退戦での死傷者が一〇〇〇名程度で済んだのは行幸と言えた。


「違う、その程度では収まらない」

「どういうことだ?」

「日本軍の初めての失敗だ。世界がどう見るか、株式市場がどう出るか」


 その時伝令が鯉之助宛てに送られた電文を渡した。


「あー、やっぱり債券の価格が下がっている」


 旅順総攻撃失敗と大損害でこれまでの戦いの勝利はまぐれ、本気になったロシアに日本は勝てないという予測が出始めていた。

 そのため国債の価格が下がったのだ。


「そんなに世界の地球の裏側で決められる数字が大事なのか。将兵七〇〇〇名の死傷はどうなるのだ」

「裏側の人々にとって日本軍の死傷者七〇〇〇名は数字に過ぎない。それに日本の国際的評価が下がると国債が売れない。百万もの将兵を動員する予定になっているが彼らに与える武器をどうやって購入するんだ? そもそも連合艦隊の戦艦は全て英国製だろう。海外から購入できない意味を知らない訳ではないだろう」


 鯉之助の言葉に真之は黙り込む。

 サンチャゴの報告書で散々、補給が大事だと書いたのに、実戦になると自分が熱くなって無茶を言っていた。


「旅順攻略は旅順艦隊を確実に殲滅するために必要なのだ」


 だが秋山は沈痛な思いで旅順攻略の必要性を呟く。

 早期攻略を求める海軍はなお攻略続行を主張し続けた。


「無茶を言うなよ」


 秋山の言葉に鯉之助は反発した。

 旅順の重要性と太平洋艦隊の脅威を考えれば当然だが、あまりにも自己中心的すぎて鯉之助は気に入らない。


「我々の情報では、旅順艦隊は陸に上がって修理を受けています。暫くは出てこないでしょう」


 鯉之助は密偵を放っており旅順の状況はある程度把握していた。

 旅順にはドックが一つしか無いため、これまでの戦闘で損傷した艦艇の修理は進んでいない。

 干潮時に陸になる場所に艦を移動させ船底が露出したときに修理している。

 当然作業効率は低いので、暫くは出てこれない。


「つまり修理は可能なのだろう。再び出撃してくるということだ」

「だが被害状況からもこれ以上の行動は不可能だろう」

「敵が一隻でも出撃したら本土と大陸の連絡線が脅威にさらされる」

「それはそうだけどな」


 たった一隻でも自由に航行できる敵艦がいれば、襲撃を警戒して船団を編成したり護衛を付ける必要がある。

 それを恐れた海軍側が鯉太郎の報告をもとに強固に旅順攻略を求めていた。


「連合艦隊は完全に現存艦隊主義に嵌められているな」

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