不足する海軍戦力
「第二義勇艦隊から戦艦を回せないか?」
秋山は鯉之助に相談した。
海援隊の第二義勇艦隊に配備されている土佐級戦艦を回せないか尋ねていたのだ。
一〇インチ砲連装二基と連合艦隊主力の一二インチ砲に劣るが戦艦であり、戦力の補充にはぴったりだ。
「出来るが、共同訓練をしたことが無く連携は不明です。第二戦隊の日進、春日を編入した方が良いんじゃないのか?」
「装甲巡洋艦か」
日進と春日は開戦直前、日本海軍がアルゼンチン海軍向けにイタリアが建造していた装甲公巡洋艦だ。
だが南米の軍拡競争が一段落したため、不要となり建造は一時中断。それをロシアが買おうとしたので海援隊の協力の下、日本海軍が購入したのだ。
他にも不要になった多数の装甲巡洋艦をロシアが買おうとしていたが海援隊が先んじて購入し第二義勇艦隊として運用している。
「戦艦より格下だ。戦闘力に疑問がある。それにウラジオストック艦隊対応の第二艦隊から戦力を引き抜くことになって仕舞う」
「多少はマシだ。せめて戦列復帰まで臨時編入使用するんだ。それに第二義勇艦隊も対馬に待機している」
「それでも厳しい。もっと戦力が欲しいが新しい戦艦が完成するまで時間がかかる」
日清戦争の賠償金により室蘭、釜石につぐ日本三番目の製鉄所、一九〇〇年八幡製鉄所が操業を開始した。
はじめこそトラブルがあったが鯉之助が引き抜いた野呂博士のお陰で安定した品質の製品が翌年には可能となり日本における鉄鋼の生産が伸びた。
おかげで戦艦の国内建造も始まっている。
皇海級の二番艦白根は英国から部品を輸入したが、三番艦薩摩、四番艦安芸は日本で部品製造から行われている。
これは列強の仲間入りするため軍備の国産化を進めていた流れの中で起きたことであり、戦力強化に役立つ。
他にも筑波級巡洋戦艦――戦艦級の一二インチ連装砲四基を搭載し皇海より装甲を薄くして速力を増し、装甲巡洋艦以下を撃破し弩級戦艦相手には速力で逃げ切る事をコンセプトとした艦で一番艦筑波、二番艦生駒を建造していた。
しかし開戦前から建造が始まっていたとはいえ、完成し戦列に加わるまでには時間がかかる。
その間の戦力不足は補いようが無い。
「だが旅順の早期攻略は反対だ。せめて、準備が整うまで待って欲しい」
鯉之助も手をこまねいていたわけではない。
旅順要塞が日露戦争の重大局面であることは理解しており、攻略準備を行っていた。
攻城砲の開発と準備に、攻略が得意そうな師団を派遣するように手を加えたりしている
第四師団が攻略に指定されたのはそのためだ。
だが、国力に乏しい日本では一度に準備ができず、満州方面のロシア軍主力との戦いが優先される。
そのため旅順攻略の準備は後回しにされ、準備が整っていない。
特に攻城砲や攻略部隊の移動などが遅れ気味になっていた。
「要塞近くまで部隊を進撃させているではないか」
「大連の防御線を拡大するためだ」
旅順要塞には、まだロシア陸軍の二個師団が存在し出撃されると補給港である大連が危機となり日本陸軍の補給線が断たれる。
大連の安全を確保するために、すでに第三軍所属の二個師団が旅順に向けて進撃していた。
元々旅順は二個師団で封鎖予定であり、別におかしなことではなかった。
「彼らにはすぐにでも旅順を攻略してもらう」
「第三軍の兵力が足りないだろうが。旅順を攻略するには数個師団でも困難だ。それに、満州での決戦。遼陽での戦いが目前に迫ってる。ここで兵力を分散するのは」
「陸軍の方には話が通りつつある。大連の確保、補給路の確保のために攻略が必要だと言ったら承諾してくれた。常陸丸の再現を恐れている」
常陸丸事件は数日前に起きた出来事で、開戦初頭に受けた損害を復旧したウラジオストック艦隊の巡洋艦が、霧を突いて第二艦隊及び第二義勇艦隊の封鎖を突破し日本海に出てきた。
巡洋艦は対馬海峡まで行き、陸軍後備近衛歩兵連隊を乗せていた常陸丸を襲撃した。
降伏を拒否した常陸丸は雷撃を受け連隊本部は軍旗を奉燃した後、自決。
将兵は海に投げ出された。すぐに救助の船がやってきたが、死傷者は多く、第二艦隊が駆けつけロシア巡洋艦を追撃したが敵が霧に隠れたため見失い取り逃がした。
この失態に第二艦隊司令官の上村中将は新聞で非難され、自宅には怒った民衆が押し寄せ暴言と投石を行った。
「旅順艦隊が出てきたら常陸丸とはクレベモノにならないからな。更に一個師団を増強し三個師団で攻略することにした」
ここも史実通りだった。日本海軍の旅順封鎖が失敗したため追加で部隊を増強し旅順を攻略することになるのは。
「準備を整えてから行う必要がある。拙速は避けるべきだ。今からの絶対に止めるように」
「攻略に協力できませんか?」
秋山は下手に尋ねた。
「協力しているだろうが。その準備が、攻城砲の準備が整うまで、攻略は控えるべきだと言っているんだ。今すぐの攻撃、特に歩兵強襲には反対だ」
「……分かった、伝えておく」
真之は申し訳なさそうに言って皇海を去った。
鯉之助は何故かと思ったが、すぐに分かった。
第三軍が旅順に対する総攻撃を翌日行ったからだ。
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