大慶油田

 大慶油田は1953年に中国が見つけた大油田地点だ。

 満州国時代日本が見つけられなかったのは、第二次大戦前まで海のあった場所に石油が埋蔵されているという説が主流であり、何億年も陸地だった満州に石油は存在しないと考えられたからだ。

 だが、湖などでも石油が出来る説が唱えられ、精密な地質調査が行われた結果、大慶で油田を発見した。

 そして大慶油田の膨大な石油により中国の発展を支えた。

 このことは架空戦記界隈では有名であり、満州国時代に石油が発見されれば、太平洋戦争は起こらなかったのではないかというシミュレーションが多く書かれたほどだ。

 勿論、転生した鯉之助も知っている。

 大慶がここハルピンからほんの僅か百キロほど進撃すれば手に入れられることを。


「出来ればハルピンの前衛陣地として確保したい」


「ここまでで十分だと考えます」


 理由を言わない鯉之助に児玉は呆れて、投げやりに言う。

 鯉之助が大慶油田のことを言えないのは、言えば他に漏れるからだ。

 大慶に油田があるのは歴史的事実だ。

 勿論、史実とは違うので確実なことは言えない。

 だが、アラスカに金鉱脈が見つかった事からも、地質的には史実と同じだと判断するべきだ。

 だから、大慶に油田は必ずある。

 確保すれば樺太と渤海そしてアラスカの油田を含め、日本のエネルギー事情は大きく改善するだろう。

 悲劇的な太平洋戦争が起きずに済むかもしれない。

 一応樺太の油田は確保しているが、産出量が少ない。

 渤海の油田も見つかっていない。

 海援隊がハワイ革命のドサクサで手に入れたアラスカにも油田はあると予想しているが、極寒の地にあり、未だ発見には至っていない。

 ゴールドラッシュで、十分な量の金を手に入れていて経営的には黒字だ。日本から北米大陸へ行く航路が近くにあり、将来的に多大な利益を生み出してくれるので問題ない。

 だが、油田はまだ発見出来ておらず開発も北太平洋の先にある辺境の極寒地のため非常に時間が掛かるし、輸送の問題もある。

 日本に非常に近い大慶を、石油のある可能性のある土地を確保しておくのは今後を考えると是非ともやっておきたい。

 だが、現状の日本軍の限界であり無理に進撃させれば大損害を受け、撃退される可能性がある。

 下手をすれば補給出来ず日本軍が自滅して大陸から永遠に叩き出される可能性、これまで行ってきた様々な努力も、成果も全て失ってしまう可能性がある。

 現状で満足するか、更に無理をして未来のために進むか。

 このジレンマに悩み、鯉之助は決断しかねていた。


「どうするのですか、進むのですか。止まるのですか」

「進むなどとんでもない。ハルピンで停止するべきだ」


 児玉と野津の間に挟まれ鯉之助は混乱する。

 彼らの方が一階級上であるが、これまで日本の快進撃を支えたのは鯉之助の助言、提言、改革があってのこと。陸海軍、海援隊という組織を超えて信頼を得られていた。

 いや過剰なほど頼りにされていた。

 しかし鯉之助にも限界があった。

 九月に講和出来ず日露戦争の知識が通用しない状況になった。

 そのために予想が付かない。

 勿論、対策は立てているが精神的な負担は大きい。

 そして、ここ最近の鯉之助は忙しすぎる。

 ポーツマスでの講和交渉のために赴いて締結失敗の後始末と満州への帰還。

 E作戦の実施、ハルピンへの進撃とそのための準備。

 確保した後の後方連絡線の確保――各部門間の調整、具体的には物資を調達し海上補給を担当する海援隊と陸上輸送を行う陸援隊と受け取る陸軍との調整。

 やる事が山積していた。

 それらを見事鯉之助は成し遂げており、これまでの準備の成果だ。

 だが、疲労の蓄積は避けられず、この重大な局面で状況把握と判断力の低下、大慶油田への執着から決断を欠いてしまった。

 この躊躇が、のちの日本軍の苦境をもたらすことになる。


「現状を維持しつつ、進撃再開に備えて準備を進めましょう」


「そんな玉虫色な」


「我々に継戦能力が無いとみられることが危険です。更にロシア軍を追い詰める必要もあります。それに、ロシアもボロボロです。明石大佐の報告でも内戦状態ですし」


 ヨーロッパで海援隊やダミー会社を使った武器の密輸とロシアの反政府組織への武器援助でロシアは内戦状態だ。

 鎮圧の為に兵力の増援が送れないし、鉄道もストライキやサボタージュで遅延している。

 しかも、貨車の多くを片道で満州に送ったために車両不足が始まっている。

 ドイツなどから輸入しているが、ゲージが違うために改造が必要で遅れている。

 日本が劣勢とも言えない状況だった。


「現状は講和を模索しつつ、ハルピンを確保。その上で進撃準備を。勿論、ロシアへの偵察は必要ですが」


「結局どうしたいのだ」


「状況を見極めてからにしましょう。下手に動いては危ない」


 鯉之助の芯のない意見でその会議はぐだぐだで終わった。


「これ以上戦えないのが分からないのか」


 煮え切らない鯉之助に児玉は不信感を抱き、直接、講和するよう進言するために、総司令官大山の許可を得てハルピンを離れ東京に戻っていった。

 だが児玉以上に鯉之助に苛立っている人物がいた。

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