海龍商会が発展した理由 海龍財団と海龍賞

「凄いのう、こじゃん船を作り上げるのじゃからのう」


 長官公室を見ながら龍馬は大声で賞賛する。

 皇海は鯉之助のこれまでの成果の集大成と言える代物だったからだ。


「お主は昔からこうした新技術を見つけ出すのが得意じゃったからのう」

「ええ、好きですよ」


 チート知識で明治時代に誰がどのような研究をしているかを鯉之助は知ってる。

 無線通信のマルコーニやダイナマイトのノーベル、魚雷のホワイトヘッドなどだ。

 だが、所詮高校生が集めた知識、記憶には限界がある。しかも近代兵器や機械は無数の技術の集積体であり、どこか一つ部品が欠けても技術も製品も完成しない。

 そこで鯉之助は最新の知見を集めるシステムを作り出した。


「面白い研究を世界中から集めるために海龍財団を作り出し海龍賞を作り出したのじゃろう」

「ええ、面白い発明を見つけるのに役に立ちました」

「最近、死んだノーベルの遺言で似たような賞が出来たようじゃが」

「人類に貢献した人々を賞する事が出来るのは良いことです」


 科学の世界で最高の栄誉とされるノーベル賞。

 ダイナマイトを作り、巨万の富を得たが、死の商人と世間から言われ苦しんだアルフレッド・ノーベルが、自分の死後、遺産を使って人類の為に貢献した人々を顕彰して欲しいという遺言から作り出された賞だ。

 特徴的なのは、世界中の人々が対象になっていることだ。

 これまでは勲章や爵位などの栄典制度は整えられていたが各国の国内のみ。外国人に贈る事もあったが外交的な儀礼や手段としての勲章が多かった。

 だが、ノーベル賞は世界の全ての人々を公平に業績と人類への貢献で評価して贈っていた。

 そして、ノーベル賞の権威を上げていたのは選考の的確さだ。

 与えられるのは、どれも各国の科学関連団体から贈られた選りすぐりの推薦論文をノーベル財団と授与機関が審査を行い厳正に評価して選定される。

 故にその評価は的確で多少の異議が出てたり物議を醸すものの、研究自体は多くの人々が納得いくモノが多い。

 だからこそノーベル賞は科学界最高の栄誉とされており、各国から良質な論文が贈られてくるからこそ、優れた研究を選び栄誉に値する研究を見つけることが出来る。

 鯉之助はこの仕組みを利用した。

 世界中から良質な論文が集まってくるから、自分に必要な技術や情報を集められる、と鯉之助は考えた。

 そこでノーベル賞に先んじて、同じような仕組み、世界中の良質な論文を集め、その中から有望な研究を見つけ、投資して最新技術を完成させるシステムの一部として利用することを考え出した。

 海龍商会の世界進出が始まった頃から、投資の資金を一部基金にして海龍財団を作り、世界中から論文を集め、査読。優秀な論文を表彰する体制を作り上げはじめたた。

 その態勢が整った一八九三年に最初の受賞を、ハワイ革命を鎮圧し、アメリカの影響を完全に排除したハワイ王国ホノルルで開き、平和賞にハワイ併合を拒絶したクリーブランドを選び贈った。

 他にも文学賞、化学賞、物理学賞、数学賞、工学賞、医学賞、博物学賞などがあり、受賞者は細菌学を研究したパスツール、旅行記を記しアジアの文化を紹介したイザベラ・バード、動物記を記したシートン、昆虫記を記したファーブルなど多士済々だ。

 十回目を数えた前年の授賞者には化学賞にハーバーボッシュ法を完成させたフリッツ・ハーバー博士と医学賞には脚気の治療にあたった高木兼寛へ贈られている。

 因みに高木への受賞は森鴎外が高木の論文は細菌説に反しており、間違っていると抗議してきた。だが、脚気の予防、治療成功という実績があり、却下されている。

 今年の選考作業も始まっており、今年は海龍財団の援助によりビタミンを発見した鈴木梅太郎に化学賞を与えられるかどうかが検討されている。

 受賞に至らない論文でも海龍財団の目にとまり、研究資金の援助が行われているため、贈られてくる。

 このため多数の論文が贈られ、海援隊と海龍商会の発展は更に大きな物になった。


「熊楠に送ったのは身びいきじゃないのか」

「うっ」


 秋山に指摘されて、鯉之助は呻いた。

 熊楠は予備門時代の秋山と鯉之助の同級生だ。

 単身ロンドンに入学し大英帝国博物館の図書室に勤務し、ありとあらゆる書物を読み博物学、植物、菌類の研究を行った知の巨人である。

 弟さんの援助と、鯉之助の援助で研究生活に没頭しており、ネイチャーに投稿された論文を元に、おととし博物学賞を与えられた。


「手を加えたのか」

「……と言えなくもないか」


 鯉之助は遠い目をして呟いた。


「何があったんだ」

「少なくとも熊楠は受賞に値するだけの知能と業績を上げている」

「何か問題でもあるのか?」

「その論文がね、起承転結がなく、結論もないまま終わってしまう事があるんだ。しかも話題が飛び飛びになっている。まあ、それは良いんだが」

「良くないだろう」

「普通はな、だが熊楠の場合、他人の悪口を書いていたり、時に猥談を紛れ込ませてくる」

「あー……」


 秋山は何処か納得した。予備門時代から熊楠の奇行は知っていた。


「注意しても、吐瀉物を浴びせてくるし、本当に困ったよ」

「それでも良くやるな」

「まあ、面白い論文を読むのは好きだからね。それに、この賞で集まる論文のお陰で皇海が完成したんだからな」


 皇海型に使われている蒸気タービンは工学賞を受賞したパーソンズが、ボイラーは宮原機関大監がそれぞれ発明したものであり、彼らの発明が無ければ皇海は生まれなかった。


「なんとか皇海が開戦に間に合って良かったですよ」


 鯉之助はぼやきながら龍馬と秋山に自分の苦労話を言う。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る