ロシア装甲巡洋艦接触
「不審な船影あり! 数は三つ」
ブリッジから声が柴崎に聞こえてきた。
対馬海峡は半島までの距離が一番狭い場所だが、その北側は広い日本海だ。
警戒線が十分ではなく、関釜連絡航路はウラジオストック艦隊の襲撃を受けやすい。
仁川方面なら対馬海峡の警戒線と旅順艦隊の封鎖で安全は確保されているが、仕方ない。
ウラジオストック艦隊が解氷期のわずかな隙を突いて出撃した事で大陸への輸送路――日本本土から陸上兵力を移動させる大動脈が危機に曝されていた。
「味方艦だろう」
そうした声が何処ともなく流れた。
ウラジオストック艦隊の装甲巡洋艦ロシア、グロムボイ、リューリックがここ数日津軽海峡に現れ暴れているという情報が出航前にもたらされていたからだ。
彼らを迎撃するべく連合艦隊から装甲巡洋艦主体の第二艦隊が旅順から派遣されており津軽海峡へ急行している。
なのでウラジオストック艦隊は第二艦隊を恐れて逃げ回っているはずであり、対馬海峡にいるはずがない、という考えだった。
だがロシア海軍の水雷艇でも危険だという考えから、敵味方識別が行われた。
汽笛を敵味方識別信号に従い長短の組み合わせで流し、相手の返答を待つ。
返答は砲撃だった。
マストに停船命令を伝える旗が翻った。
「ロシア海軍の装甲巡洋艦です!」
見張りの報告に誤認では無いかという意見も出たが、船影は紛れもなくロシア軍艦だった。
旅順ができる前は、冬の三ヶ月ほどは日本近海で越冬、長崎や釜山に停泊していた。
幾度か実物を見たことのある連絡船の乗員は見慣れたロシア軍艦を見間違えはしなかった。
「何故、ロシアの装甲巡洋艦がここにいる。津軽にいるのではないか」
「その報告、津軽海峡にロシア巡洋艦が出た、というのが誤認でしょう」
ブリッジに上がった柴崎中佐は船長に推測を口にした。
兵卒として入隊前から勉強が好きで商家に奉公していたときも独学で勉強してただけに柴崎は知識豊富で、現場での作業経験、特にあやふやな情報から真実を導き出すことに長けていた。
事実、柴崎の推測通り、津軽海峡に現れたロシア巡洋艦は誤認だった。
津軽海峡で暴れていたのは陽動部隊である水雷艇と防護巡洋艦だった。
日本の沿岸航路を通商破壊することがロシア太平洋艦隊に下された命令だったが、特に朝鮮半島への輸送路となる対馬海峡を攻撃するよう命令されておりウラジオストック艦隊最大戦力である装甲巡洋艦三隻が派遣されたのは当然だった。
だが、他の海域、日本の沿岸航路を進む船舶を攻撃する必要もあり、陽動もかねてウラジオストックの艦隊は防護巡洋艦と水雷艇を北陸から北海道沿岸にかけて派遣していた。
彼らは日本の沿岸航路を襲撃して戦果を上げていた。
そして捕獲した商船の乗員を解放する時や中立国の船を臨検する際、彼らは自分たちが水雷艇だとは名乗らず、装甲巡洋艦であると名乗った。
活動した巡洋艦と水雷艇の数が三隻だったことや漁民――軍艦の識別が出来ない、まして見たことのない軍艦を見分けることなど船乗りとはいえ民間人には不可能で、ましてロシアのキリル文字を読める日本人など少なかった。
乗り込んできたロシア海軍士官の言葉を鵜呑みにした彼らは後日、日本海軍の調査員にロシア軍士官が話したことをそのまま話す以外に出来ることはなかった。
証言者の言葉を鵜呑みにした日本海軍はまんまとロシア軍の工作に引っかかり、第二艦隊を津軽海峡へ派遣してしまったのだ。
そのためロシア艦隊が対馬に接近され商船を襲撃されようとしていながら、有力な海軍の艦艇は近くにいない状況に陥った。
「拙いな」
柴崎は顔をしかめた。
このままでは確実に自分の乗る船は撃沈されてしまう。
自分の部隊の物品や装備を沈められるのもそうだが、この鉄道連絡船が沈められるのも問題だった。
連絡船は貨車をそのまま積み込める特殊な構造のおかげで荷物の積み込み、船と鉄道への積み替えが短縮、省略されるため、非常に輸送効率が良い。
日本軍が半島に迅速に部隊を展開できる理由はこの連絡船の存在があるからだ。
だが特殊な船舶であるため、数も少ないし、代替も無い。
沈んだら大陸への部隊展開が遅れてしまう。
ただでさえ不利な日本が唯一海上輸送力で優位に進めている兵力展開競争で遅れてしまう。
これでは勝利の目がなくなってしまう。
だが、残念なことに船は非武装で柴崎に出来ることは無い。
そこに再び砲撃音が響き渡り弾着の閃光が光った。
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