ストライキの提案
「人々は疲弊している。日々の食糧に事欠いている」
琢磨、洗礼名パウロにガポンは愚痴を言う。
人を助けるために聖職者になったのに、頼ってくる人達の力になることが出来ず無力を感じているからだ。
「政府が食糧を買いあさって前線に送られているからな」
海援隊の情報網から送られてきた情報を琢磨はガポンに伝えた。
こうして人々の為の情報を送ることも琢磨は龍馬から求められていた。
これは鯉之助の頼みだったが、人々の為になる情報を得、ロシア国民が助かるのであれば喜んで情報を提供する。
情報源は明かさないが、あえて琢磨は乗った。
「戦争を止めるしか道はないだろう」
「だが、我々に方法はないだろう」
「いや、ある」
「何が?」
「ストライキだ」
「ストライキ?」
琢磨の意見にガポンは目を大きく見開く。
「何故そんな事を」
「この前プチロフ製鉄所で四人の労働者が解雇されただろう。攻撃を込めてストライキを行うんだ」
プチロフ製鉄所は、プティロフが倒産した工場を買い取って作り上げた、巨大工場だ。
当初は車輌製造を主にしていたが、工業化の波に乗り経営規模を拡大。ロシア政府向けの製品を製造し、1900年からは大砲も製造を開始しているサンクトペテロブルク最大級の工場だ。
「ここの従業員が解雇されたことに抗議してストライキを行うんだ」
「だめだ。仕事をしないのだろう。それでは日々の賃金が得られない。それに、ストライキだけでは戦争を止められないだろう」
「いや、ストライキが戦争にとって一番大きい打撃だ。労働者には軍需工場で働く者も多いだろう」
「そうだが」
「戦場では何万発もの弾薬が消費されている。砲弾が供給されなければ、軍隊は戦えない」
総力戦の先駆けともされる日露戦争でも大きな開戦となると何十万発もの砲弾が使われていた。
今までにない膨大な弾薬を確保するため日露両軍は死力を尽くして駆け回っていた。
互いに攻勢をかけられないのも、弾薬が十分に備蓄出来ない、生産量に対して必要量が大きすぎるため、砲弾が集積されるのを待つ必要があるためだった。
「生産拠点である軍需工場が停止すれば、弾薬確保が出来ず戦えない。そこが狙い目だ。それに必要なのは弾薬だけではない。兵士の食糧や衣類も必要だ。これらを集められなければ戦えない」
戦争は弾薬があっても戦えない。扱う人間、兵士の衣食住を確保しなければ戦えない。
特に寒さに厳しいロシア、シベリア、満州の地では防寒着の有無が生死に直結する。
そして衣類は、産業革命で最初に機械化、工業化される分野でありロシアにも多くの繊維工場、縫製工場がある。
工員も多く、ガポンの労働組合に入っている者が多い。
「彼らを動員して戦争反対のストライキを起こすんだ。そして戦争反対を訴える」
「しかし、ストライキを行えば、彼らの糧が失われるぞ」
ストライキを容認するような社会的な同意がないため、ストライキを行えば欠勤と見なされ当然賃金は払われない。それどころか罰金まで科されるような時代背景だ。
「罰金は支払わずに済むよう交渉するんだ。労働者の権利だ」
「社会主義者のような言い分だな」
労働者組織の中に何人か社会主義者、共産主義者が入ってきておりガポンは彼らの過激な言動、帝政打破、資本接収などの主張にうんざりしていた。
「交渉で勝ち得るんだよ。彼らみたいに革命を起こす必要などない」
「だが、企業と交渉で同意を得るまで時間がかかるだろう。その間に彼らの賃金は」
「私の元に寄付をしてくれる方がいる。そこから彼らの生活費を出そう。一月分くらいは出せるはずだ」
海援隊の工作資金だったが、資金の出所について琢磨は黙っていた。
「なら安心だな」
組織に、ストライキに加わってくれる人々が困窮しないことにガポンは安堵した。だがそれでも懸念はあった。
「だが、戦争中にストライキをすれば、人々は利敵行為と後ろ指を指されてしまう。下手をすれば軍隊がやってきて粉砕されてしまう」
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