奇襲攻撃の成果

「損害は?」


 敵からの離脱に成功した鯉之助は参謀長の沙織に尋ねた。


「長波と高波が敵の反撃を受けて小破。負傷者は合計一二名。戦闘航海に支障なしとの事です」


 鯉之助が率いる駆逐艦八隻は二隻小破の損害を出したものの、無事に撤退することに成功した。


「成功したのでしょうか?」


 円島へ撤退する道中で無表情な綾波艦長が鯉之助に尋ねてきた。

 夜間奇襲であり、戦果の確認は難しい。


「まあ、私は成功したと考えている。本艦をはじめ、諸艦は活躍し戦果を上げた」


 艦隊の行動を制限する機雷を敷設する機雷敷設艦を開戦初日に仕留められたのだから十分だ。

 何処に機雷があるのか分からず、恐る恐る艦を航行させるより遙かに良い状況で戦える。

 他の戦艦を沈める機会も多いだろう。


「あとは連合艦隊から戦果報告を待つだけだ」

「海軍さん、私たちの戦果を奪わなければ良いのですが」


 心配そうな声色で呟いた。

 海軍には半分民間の海援隊を見下す風潮があった。

 海軍より歴史が長く、海軍創設のために人材を送り、今も日本のために貿易や経済を回しているにもかかわらずだ。

 新進気鋭の海援隊中堅幹部達、特に女性だという理由だけで海軍に入隊できない女性幹部の不満は強く、仲が悪い原因の一つになっている。

 商品一つ売ることが出来ない無駄飯ぐらいのドサンピン、と式波の明日香あたりは海軍への暴言を公言してはばからない。

 そうした軋轢を少しでも和らげるのも司令長官である鯉之助の仕事だった。

 だが幼い頃から明日香の気性の荒さを知っているだけに骨の折れる仕事だと鯉之助は嘆息した。


「最後は混戦になったからな。誰がどの艦に魚雷を命中させたかよく分からない。誤認されるくらいは仕方ないだろう」

「長官の、我々の戦果が認められないと」


 悲しそうに麗はいう。

 自分たちが誇るべき戦果を上げていると綾波艦長佐々木麗少佐は確信していた。それだけに認められないのは悲しい。

 そんな麗を見て鯉之助は心配を掛けないよう笑みを浮かべて言う。


「だが、俺たちが一番近づいて攻撃したことは誰もが知っている。特に攻撃を受けた的山はね。侮る味方より、恐れる敵が、損害を受けた敵が正当に評価してくれるだろう」


 敵艦隊に肉薄したのは鯉之助達だけであり、海軍の駆逐隊は遠距離で魚雷を発射しただけ。止めを刺したのは自分達だという自負がある。

 何より魚雷の搭載数が違う。

 海軍の駆逐艦は単装二基の二本だけの一九隻合計三八本だが、綾波型駆逐艦は鯉之助の指導により三連装二基の六本を各艦が搭載しており八隻で合計四十八本も搭載している。

 敵の追撃を考慮して発射本数は各艦四本の合計三二本だが、混乱がなかった分、海軍の倍以上の戦果を上げているという自信が鯉之助にはある。


「……そうですね」


 鯉之助はおどけて見せたが佐々木艦長は珍しく、静かに笑った。


(明日香もこれぐらい素直だったら良いのだがな)


 麗も明日香も幼馴染みだが性格は対照的だ。

 物静かで最小限の行動しかしないが、どんな状況でも的確に行動する麗。

 男勝り何時も攻撃的で物怖じすることがなく活動的な明日香。

 二人に振り回されてきた鯉之助は足して割れば丁度良いのにと思う。


「だが、もう一押ししたいな」


 しかし、ぽつりと才谷鯉之助は呟いた。


「再攻撃は無理ですよ。魚雷がありませんから」


 鯉之助の言葉を聞いた沙織は参謀長として反対する。

 攻撃に参加した駆逐艦は全艦発射予定された魚雷を撃ち尽くしている。

 残り二本ずつ搭載しているが、駆逐母艦から再補充を受けるまでの間、敵襲があった時に最後の手段として放つための虎の子である。

 それに綾波型駆逐艦は太平洋戦争の帝国海軍駆逐艦と違って魚雷再装填装置などない。

 小さすぎて積み込めないのだ。

 一度発射したら、母港か母艦で魚雷の補給を受けて再装填しないと発射できない。

 魚雷なしに大型艦を仕留めることは出来ない。

 一二サンチ砲は意外と大きいが、艦砲では小さめのクラスであり、三〇.五サンチ砲を搭載し、自身の艦砲に耐えられる装甲を持つ戦艦を相手にしても非装甲区画を破壊するのがせいぜいだ。

 それどころか、反撃を受けてラッキーパンチが一発命中しただけで駆逐艦にしては大型である一〇〇〇トン程度の綾波型駆逐艦では消し飛んでしまう。

 至近弾を受けただけでも水圧で船体が軋んで浸水し、沈没する恐れもある。

 参謀長として敵味方の状況と性能を把握している沙織だからこそ、現状を正確に認識し反対したのだ。

 こうした鯉之助の思いつきに幼い頃から振り回されてきた沙織は、無茶を止めようと必死だ。

 麗と明日香の二人を率いて無茶をやらかしており、姉役としては大人しくして欲しいと思う。


「分かっているよ。けど、そろそろ旅順へ向かう艦隊が来るだろう」

「ええ、本来、貴方が乗っているべき艦が向かってきております」


 皮肉を込めて沙織が言う。

 事実なので鯉之助は反論できなかった。

 どうも苦手だ。

 だが、気まずい雰囲気はすぐに晴れる。

 東の水平線が明るくなり始め、洋上を照らし始めた。

 夜明けだ。

 そして南の水平線上に見覚えのある艦影が見えてきた。


「よし、予定通りだ」


 計画通りの動きに鯉之助は思わず笑みが浮かび、佐々木麗少佐に合流するよう命じ、綾波を航行している艦隊へ向かわせた。

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