直接対決

「ふざけるな!」


 激昂したのは日本側だった。


「東清鉄道を譲ってもロシア側が走らせるだと、それもウラジオストックを超えて朝鮮半島の清津と羅津に行くなど、まだ朝鮮半島を狙っているとしか見えない」


「ロシアの沿海州は冬季に凍り付くため貿易が出来ません。そのためにも朝鮮半島に港が欲しいのです。勿論港湾の使用料は払いますし、シベリアとの貿易が盛んになれば日本にとっても有益では?」


「百歩譲って認めよう、だが賠償金を補ってあまりある事とは思えない。その後の二つの条件については完全に支離滅裂だ」


「私としては十分な見返りだと考えています」


「正気か!」


「静かに」


 怒る随員を鯉之助は黙らせた。

 その様子を見てゲオルギーは微笑んだ。


「何が航空機の上空通過だ! そんなのが何の為になる!」


「静かに」


 怒る随員に対して、鯉之助は歯を食いしばりながら進めようとする。


「他に条件は?」

「才谷中将はロシア語が上手ですね。私は日本語も話せますが」

「どれくらい話せます」

「そうですね。萌について話せますよ、草が生えるほどには」


 流暢な日本語を話したが、日露双方の人員は疑問符を浮かべた。

 鯉之助を除いて。


「離れてくれないか」

「大丈夫なの?」

「ゲオルギー殿下と二人だけで話したい」

「でも」

「大丈夫だ。双方共に話し合う必要があるんだ。何のはばかりもなく」

「でも」

「頼むよ。沙織」

「……分かった」


 鯉之助の言葉を信じて、沙織は従者と共に戻っていった。

 ゲオルギーの従者と随員も離れていく。

 満州の大地に二人だけが残り、離れた所から数十万人の将兵が二人を見ている。


「良い人を持っていますね」

「子供の頃からの付き合いで、彼女がいなければ、生まれ変わったとしても詰んでいたよ。あなたほど恵まれてはいなかったし」


「私は気がついた時は結核を患い、病気療養する期間が長かった。日露戦争に備えることが出来ず苦労しましたよ」


 互いに溜息をして、話し始めた。


「それで、話とは?」

「この戦争を終わりにしましょう」

「賛成ですが、どのような事になりますか? ロシアに日本が従属なるのなら戦い続けますよ」

「そちらが戦うのが無理な事は分かっています。それに、既に目標を達成していることも」

「そうですか? ロシアの方がかなり悪い状態になっていると思いますが? 黒海艦隊の反乱。セヴァストポリの蜂起とか」


 講和条約後、セヴァストポリで大規模な反乱が起きた。

 ポチョムキンの反乱を上回る大規模な反乱で艦隊全艦とセヴァストポリの港湾施設が蜂起した。

 これには海援隊が大きく関わっていた。

 彼らに海援隊から大量の武器弾薬――満州において鹵獲したロシア軍兵器を送り込んだために二月から始まったロシア革命で反乱が大規模化した。

 勿論、セヴァストポリに対しても密かに補給が行われていた。

 ロシア皇帝は絶対に鎮圧すると宣言したが、黒海艦隊は海援隊の暗躍もあり、トルコへ亡命。

 軍艦は抑留された。

 更にこのセヴァストポリと黒海艦隊の反乱の波紋は大きく、ロシア革命は広がりを見せ軍需工場ではストライキが多発した。

 二〇世紀の戦い、消耗戦において補給は大事だ。膨大な弾薬を消費しても後方から補充されるから戦える。

 しかし、弾薬を生産してくれる軍需工場がストライキで生産停止となったら補充は見込めない。

 ソ連時代に書かれたため、共産党の活動への自画自賛が多いソ連側の日露戦争の本「ソ連から見た日露戦争」でいう第二戦線がロシア帝国の内部に生まれた。

 貧乏とはいえ、海龍商会の努力により、大量生産体制を整えた日本は最低限だが弾薬を前線に送るだけの能力を持っていた。

 満州に送るべき部隊が、内乱の鎮圧活動に使用される事になり、満州でのロシア軍は補充を受けられない状態となった。

 それどころか更に兵力を内乱鎮圧に動員する必要が出てきた。

 さらに長年の敵対国であるトルコが軍備を増強しつつある。

 何故なら日露戦争が大きく影響していた。


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