ビリリョフに迫る魔の手

「どうした! 事故か!」


 突如レザノフが爆発して驚いたオルロフは叫んだ。

 事故であってほしいと思ったが、爆発は連続して起こった。

 しかも周囲に水柱が立っている。

 明らかに砲撃を受けている。


「合流点から日本海軍の艦艇が現れました! いえ、違います! マストに赤と白の旗! 海援隊です!」


 二曳きの旗を見た見張りが叫んだ。

 これまで日本海軍と共に散々煮え湯を飲ませてきた海援隊の艦艇と旗をロシア軍人は怨嗟を交えて語っているのだ。


「畜生! ハリコフを仕留めたあと待ち伏せしていやがったんだ!」


 補給船がいる場所を攻撃して仕留めたあと、通商破壊艦が来るまで待ち伏せして潜んでいたのだ。

 補給船襲撃時に通信を塞ぐため電波妨害を行い通報を遮断。沈めたあとも煙が出ないよう消化するという念の入れようだ。

 クルスクの時は、日本海軍が撃破のみを考えていたためそこまで頭が回らず、ビリリョフに通報され危うく難を逃れた。


「急速反転! 離脱しろ!」


 商船襲撃、待ち伏せを専門とするビリリョフ型防護巡洋艦が待ち伏せを受けてしまってはたちまちの内に撃沈されてしまう。

 僚艦を援護しようにも返り討ちに遭ってしまう可能性が高い。

 ビリリョフの安全の為にもオルロフは離脱を命じた。


「援護しないのですか」

「機関が無事ならレザノフは離脱出来る」


 それが出来ないなら、レザノフが助かる見込みはない。

 ウラジオストックへの入港も絶望的な状況では、修理の見込みもなく沈められる以外に結末はない。

 だが、機関が無事なら逃げ切ることは可能だ。


「レザノフ! 反転して我々とは逆方向へ向かいます!」

「大丈夫そうだな」


 巡洋艦ならこの荒れた天候の中、高速で離脱することが出来る。

 速力が一番早いレザノフなら他の艦は振り切れる。追いつけるのは駆逐艦だが、荒れた天候では波に翻弄されて、高速を出すことは出来ない。

 逃げ切る事は十分な可能なはずだ。

 だがそれは叶わなかった。


「追跡しているのは綾波型駆逐艦です!」

「畜生!」


 海援隊が配備を始めた新型の大型駆逐艦だ。速力も早いが、驚異的なのはその大きさ。大洋航行を可能とするため一〇〇〇トンの排水量を誇る。

 このお陰で武装の強化と燃料搭載を増やし航続距離を増やした。

 一番大きな成果は大型化による嵐への耐性、荒れた海でも三〇ノット近い高速を出すことが可能だ。

 距離が近かったこともあり綾波型はレザノフへ砲撃しながら近づくと至近距離から魚雷を発射。

 立て続けに三本の魚雷が命中して、レザノフは爆炎に包まれ沈没してしまった。


「レザノフ……沈みます……」


 見張りが沈痛な面持ちで答えた。


「離脱する。全速を出せ。風を横から受けるように航行するんだ」


 オルロフは離脱を決断した。

 波に強い綾波型でも、強い風雨は航行に支障を来す。

 特に船は横から受ける風の影響を受けやすい。

 ビリリョフも影響を受けるが、排水量は四〇〇〇トンと綾波の四倍。

 影響は少なく、綾波より高速で離脱する事が出来る。

 この状況を利用し、離脱して再び通商破壊に出ようとオルロフは考えた。

 場合によっては自分たちが現時点で最後の日本への攻撃可能なロシア海軍なのだ。

 離脱して戦果を挙げようとした。


「後方より新たな船影を確認!」


 その時見張りが報告した。


「大型艦です! 我々に向かってきます! 距離は恐らく三万以上」

「無視しろ!」


 大型艦ならビリリョフに勝る速力を出せる艦などいない。

 全て二五ノット以下であり追いつける訳がなかった。


「敵艦接近! 急速に距離を縮めています現在の距離二万五千!」


 だが見張りの報告に緊張が走った。

 間違いではないかと思い、最新の測距儀を使って敵艦までの距離を測る。

 計測の結果は見張りの間違いではなく確実に接近してきていた。


「速力二八ノットだと」


 航海長が報告までの時間と縮まった距離を元に計算して戦慄した。

 これまでの軍艦最速はビリリョフの二五ノット。

 あの最新鋭の皇海さえ二三ノットでしかない。

 得ない数字にビリリョフの艦内は沈黙した。


「一体何者なのだ」


 オルロフが呟いたとき敵艦までの距離が二万を切った。

 同時にその艦から光と煙が見えた。


「爆発事故でしょうか」


 副長がかすかな希望を抱いて尋ねる。


「いや、あれは発砲だ」


 だがオルロフの経験が、あれは発砲炎である事を知らせた。

 言った本人も間違いであって欲しい、と思っている。

 通常交戦距離が一万メートル以下のこの時代に二万で撃ってくるなどあり得ない。

 だが、日本なら、いや海援隊ならそのような艦艇を作り出しても、これまでの予想外の兵器を投入し勝利してきたことを考えれば、あり得ないことではなかった。


 

 それが現実である事を知らしめたのは敵艦が発砲して一分ほど後、ビリリョフの進路上に着弾し巨大な水柱をあげた時だ。

 目の前の砲弾は海面に着弾し水柱を上げただけだが、オルロフ達の心胆を寒からしめ、かすかな希望を打ち砕いた。

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