各国のGDP
「米国ですか?」
ニューヨークで外債を集めるという鯉之助の提案に是清は首を傾げた。
「それだけの資金が集まるとは思えませんが」
新興国である米国は、世界の半分近くを支配する英国ほど経済力は無いと高橋は考えていた。
「いえ米国の経済力は英国を凌駕しています」
しかし、メタ知識と実際に米国に投資をしている鯉之助の考えは違った。
史実における1900年当時のGDPは
日本: 520億ドル
露国: 1540億ドル
英国: 1848億ドル
仏国: 1167億ドル
独国: 1623億ドル
米国: 3124億ドル
と米国が飛び抜けて多かった。
「また米国の株式市場は今は金余りの状況です。魅力的な投資先を探している方々は多いと考えます。ロンドンへ行く途中ニューヨークで公債の発行準備を行っては?」
「しかし、交渉のあてがありませんし、知り合いも」
「ヤコブ・シフが率いるクーン・ローブ商会とモルガンに私の伝があります。紹介状を書きますので頼ってみては?」
ヤコブ・シフは鉄道王ハリマンのスポンサーで、ハリマンは鉄道と船による世界一周を計画していた。
シベリア鉄道と結ぶことを考えていたため、日本が朝鮮半島に鉄道を建設した時興味を持っており、その際に鯉之助は接触。ハリマンの会社から機関車や車両を購入するなどして友好関係を得ていた。
「ありがとうございます。早速伺いましょう」
にんまりと高橋は笑った。はじめから鯉之助の伝を頼ることを考えていたようだ。
「ですが国債が売れるかどうかは戦局次第でしょう」
「あとは我々が戦場で勝利という材料を、追い風を市場に吹かせれば良いのですね」
「そうです」
鯉之助の返答に是清は満足して答えた。
「この皇海が有る限り、海と沿岸での勝利はお約束しましょう」
「お願いします。それで勝てますか?」
是清は海ではなく、ロシアとの戦争自体に勝てるかどうか鯉之助に尋ねた。
「ロシアは満州に兵力を置いていますが、鉄道沿線沿いに配備されています。分散しているところを各個撃破、洋上からの輸送によってシベリア鉄道から増援が来る前に撃滅します」
「なるほど。しかし、それでは長期戦となってシベリア鉄道でヨーロッパロシアの部隊が来たら」
「ええ、お終いです。そうなる前に止める算段をしなければ。まあその前に戦えるように金を調達して貰いませんと」
「勿論です」
「ただ、準備だけはしておいてください。発行したら、次の発行準備も」
「そんなに必要ですか?」
「三十億の戦費の内、三分の一、十億が外貨で支払うことになるのでしょう。一回で集まるとは思えません。それに日本軍は満州、さらに沿海州まで進軍する予定です。戦闘の連続になりますから、戦勝と共に売れるように算段を付けておいて欲しいのです」
「そこまで戦える力は日本にはありません」
朝鮮半島での戦闘でさえ負担が大きいのに満州、沿海州、シベリアにまで広がれば戦費は膨大となり、破産してしまう。
だから是清は慌てた。
「分かっています。あまりにも莫大になることは。しかし、ロシア領に入らなければ講和の機会さえないでしょう。ロシアはそれだけ強大で広い国家なのですから」
朝鮮半島を守っているだけで勝てるとは鯉之助は思っていない。
他にも色々と策は考えているが、日本が自らロシア領へ乗り込む位の事をしなければ、あるいは他の策が失敗した時、日本が自ら採れる手段を用意しておくことが大事だった。
だから沿海州及びシベリア侵攻は無茶であっても講和の機会をもたらしてくれる手段の一つだった。
かすかな可能性でもそれを追求しなければならないのが、日露戦争だった。
「それに借り換えも必要ですし」
「借り換え?」
「さすがに最初は低利で販売する事は出来ないでしょう。国債の利率は6%どころか8%の可能性もあります。しかし、今の日本は資金不足ですから8%でも飲むことになります。ですが勝利し、上手く宣伝すれば公債は売れるでしょうから5%、4%に下げていくことも出来ます。低利の公債に変える事も視野に入れ、公債を次から次に起債するべきです。それに戦争後、日本が得る朝鮮と満州の安定のために資金が必要とすれば大義名分が立つでしょう。それに開発投資ならロシアとの戦争に勝つより、返済の見込みがあり、発行と販売は容易でしょう」
現状で日本がロシアとの戦争に勝てるかどうかは博打だ。
だが、開発投資なら後進国である朝鮮半島そして満州は有望な市場であり、欧米先進国の製品を持ち込むだけで発展する可能性が高い。
自国の販売先としても有望とみて貰えれば投資も呼び込める可能性があり国債も売れるだろう。
「なるほど、さすが知恵者ですな」
「まさか」
「いえいえ、米国で投資で成功なさった方の意見はさすがです」
経済発展著しい米国で株式投資を行ったことで鯉之助は資産を大きく増やしていた。
そのことは日本の経済界でも有名だった。
「出来れば私と一緒に来て欲しいのですが」
「艦隊の指揮を行う必要があります。それに経済のことを分かっている軍人が戦場にも必要でしょう」
「確かに、高値になる時に売れるよう、好機が来た時、連絡を頼みます」
「勿論です。ですが、逆に勝てるように公債を発行して貰う事もありますのでお願いします」
「と、言いますと?」
「公債を売ると我々が作戦行動に入るとロシアの連中は考えるようになるでしょう。その時、タイミングをずらしてやろうと思いますので」
「分かりました。できる限り、ご期待に添えるようにいたしましょう」
そう言って是清は更に一杯飲んだが、つまみがなくなった。
「ああ、何かつまみはありませんか? ネズミを焼いた物でもいいのですが」
「食べにくいですよ」
「構いませんよ、横浜で銀行支配人だったシャンドンさんのところでボーイをしていた時、酒のつまみにネズミを焼いて食っていましたから」
「そうですか。まあ私も似たような経験がありますが」
樺太戦争で食料がなくなった時、鯉之助はネズミを捕まえて鍋で煮て毛を抜き、油で素揚げして食べたことがあった。
「食糧不足は絶対に再び経験したくありません。我々が飢えないように戦費調達、いや正貨の調達をお願いします」
「分かりました」
そう言って是清は出てきたつまみ、たくわんやらタマネギのスライスを食べて満足すると米国へ向かうべく皇海を離れた。
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