黒木為楨

 薩摩出身で西郷隆盛の親類である黒木為楨。

 この老将の戦歴は古く二五歳で初陣を飾った戊辰戦争の鳥羽伏見の戦いからだ。

 彼は部隊指揮官として戦い続け、関東へ転戦。

 宇都宮城攻略では旧式の前装銃の部隊にもかかわらず旧幕軍の後装銃部隊に対し石垣に張り付くことで戦闘を優位に進め勝利を収める戦功を上げるなど前線指揮官としての頭角を見せる。

 胆力もあり、御親兵時代、面白半分に相撲勝負を挑んできた明治天皇を投げ飛ばした逸話が伝わる程の人物だった。

 明治初期異起きた士族の反乱でも前線に立って鎮圧行動に参加。

 日清戦争にも第六師団師団長として参戦。

 その武勇と能力から今回の戦いにおいて近衛師団、第二師団、第一二師団、山岳師団そして外人歩兵師団の総勢一〇万からなる第一軍司令官、日本陸軍全軍の先駆けに任命されたのは当然だった。

 近衛師団は宮城守護を任務とする部隊だが日本全国から精兵を集めて作られた精鋭でもあり、大日本帝国の重要な戦いには必ず出征している部隊であり日清戦争でも外征に出ている。

 この近衛師団を真っ先に投入したことからも日露戦争にかける日本の意気込みがうかがえる。

 第二師団は東北を拠点とした帝国陸軍で最初に編成された六個師団の内の一つで東北人らしい粘り強い部隊として有名だ。そして直近の師団幹部の方針から夜戦が重視され、夜戦師団と呼ばれるほどの夜戦の強さに定評がある。

 第一二師団は北九州を拠点とする部隊で日清戦争後に編成された師団の一つだが半島に近いことから真っ先に投入された。

 新しい師団だが気の荒い九州男児が多く攻撃に強い部隊として有名であり戦闘力は最初に編成された六個師団にも負けない実力を持っている。


「期待してもうすぞ、柴崎中佐」


 横にいる柴崎中佐に黒木は言った。

 柴崎が所属する山岳師団は日露戦争直前に編成された新編成の師団だ。

 欧州と違い日本列島中央部に山岳部を持つ日本の独自の部隊として、さらに想定される対ロシア戦では朝鮮半島の付け根にある山岳部での戦闘に対処するべく編成された部隊だ。

 既に海援隊が編制していた山岳部隊から人員を受け、イタリアのアルピニ――山岳部隊を手本として編成された。

 人員も日本各地の山岳部、北海道、東北、中部地方の山岳部に暮らすマタギや猟師など山に親しい者から選抜された兵士に山岳会出身の青年士官達を任命している。

 そのため師団を構成する連隊は三個山岳連隊で北海道、東北、中部の三箇所にまたがり、支援部隊も通常編成に比べて少数。

 部隊数も少ないため師団の定員は通常の歩兵師団より少ない一万人弱。

 しかも支援部隊は、各連隊が各地に分散しているため、常に各連隊に配属されている。

 何もかも異例で師団ぐるみの合同訓練は開戦直前の去年の年末、開戦に伴う部隊集結でようやく実行できただけだ。

 だが山岳の踏破能力は優れている。

 それに、山岳部特有の事情から連隊内でも分進合撃が当たり前であり、最小限の打ち合わせで済ませてしまった。

 設立当初こそ懐疑論が出ていたが八甲田事件で救出のために編成準備中ながら出動した山岳部隊は抜群の働きを見せ、日本の冬季山岳戦の不備と山岳部隊の必要性を痛感させた。

 以降、部隊の設立および準備、訓練は順調に進み、部隊は順次拡張。

 三個連隊が編制され他の支援部隊を併せて開戦直前に山岳師団を編成設立。

 帝国陸軍の期待を受けた部隊の一つとなっている。

 どの師団も一癖も二癖もある尖った部隊だが、それだけに能力は秀でている。

 それらの部隊を集めた第一軍は文字通り日本最強であり、なんとしても緒戦を日本の勝利で収めようという日本軍の決意の表れであった。

 その司令官に常に戦場で戦い続けた百戦錬磨の名将、黒木為楨を充てたのは日本軍の意気込みであり黒木に対する高い評価の表れだった。


「上手くいきもうすな」


 黒木は笑みを浮かべると立ち上がった。


「さて、行きもうすか」

「どちらへ?」

「きまっちょります。川の向こう側でごわす」


 黒木の言葉に柴崎は青ざめた。

 だが黒木は笑みを浮かべたまま言う。


「とはいうもののロシア人が多い、皆の力を借りねば。司令部へ戻もうそう」


 黒木の言葉に柴崎は安堵した。


「柴崎どん、申し訳なかが、司令部までの案内を頼み申す」

「了解であります」


 柴崎は敬礼して先導役を買って出た。

 周囲の地形を把握している柴崎の案内は的確だった。選ぶ道は最短距離ではないが敵から見えにくく勾配はなだらかだ。

 黒木に配慮した的確な道だった。

 柴崎の道の選び方を見て黒木は作戦の成功を更に確信した。

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