第316話 歌丸連理の価値⑪



「それではこちら、西学区で話題になっている最新のアクティビティ! なんと宙に浮いている感覚が味わえるというものでーす!」


「こちらは迷宮学園での素材を使った最先端ファッションでーす! 新技術モリモリのARで即座に試着可能なんですよ!」


「最近話題の光って色が変わるスーパー健康ドリンクでーす!」



僕、歌丸連理と稲生、そしてシャチホコは、MIYABIのガイドに従って次から次へと、西学区のいろんな場所の紹介を聞いて体験し、インタビューを受けたり、宣材写真を撮られたりとそのまま続く。


ドリンクについては、また虹色大根か!? と、稲生も警戒したが、そんなことは無くて安心した。


とにかく、色んな施設を見て、聞いて、体験して……そしてそれをちゃんとインタビューに答えて場合によっては文章に残したりしなければいけないということもあり、しっかり集中しなければならず……つまり……



「「つ、疲れた……」」


「お疲れ様です」



移動用のハイヤーの中で、僕と稲生はお互いに体重をかけあっていた。


首元を圧迫する蝶ネクタイを緩める。


ちなみにシャチホコも疲れたのか、僕の膝を枕にして眠ってしまった。


肉体的な疲れなど殆ど感じなくなっているのだが、精神的な疲れはまた別だ。


クリアスパイダーを相手にした時の方がまだ気楽だったかもしれない。



「意外と二人ともやわだねー」



そして同じハイヤーに載って、マネージャーである小橋先輩からスケージュールを聞きながらもくつろいでいるMIYABIからそんなことを言われた。


僕たちと同じように色んな受け答えをしてるはずなのに、ケロッとしているMIYABI



「……正直意外、だ」


「なにがー?」


「歌以外のことなら、すぐに飽きて仕事投げ出すのかと思ったけど……ちゃんとガイドしてるんだなっと思ったので」


「うん、まぁ普段はそんな感じだよ」



ケロッと仕事サボってます宣言する。


小橋先輩が何とも言えない目をしているが……まぁ、深く追求はしないでおこう。



「じゃあ、なんで今回はそんな真面目なんですか?


今日、このあと歌う予定なんて無いんでしょ?」


「ふっふーん……それはね、約束してもらっちゃったからねー」


「約束……?」


「そ、氷川明依にね」



その発言に、僕は眉を顰める。


氷川のやつ、一体どんな約束をしたっていうんだ?



「次のレイドで、私の、出していいって」


「……全力?」



何か不穏な気配を感じたのか、無意識っぽく稲生がそっと僕の袖をつまんでいた。


しかし、それを指摘するより先に僕はMIYABIの発言の真意が気になって小橋先輩の方を見た。



「……ノーコメントだ。ディーバの能力については詳しくない」


「でも、何か知ってはいるんですよね」


「いや、知らないな」


「じゃあ……予想はできる。違いますか?」



僕のその言葉に、小橋先輩は眉間の皺を深くさせたまま黙ってしまう。


沈黙は肯定……よく言ったものだ。



「白木先輩は何か知りませんか?」


「今回のレイドでMIYABIさんがライブという形で参加するということ以外は特には」



それは初耳だが……想定内ではあるか。


体育祭の時は人数制限の都合でいなかったが、今回のレイドでは普通に欲しい人材であることは間違いない。


なんせ範囲制限なんてほぼないに等しい高倍率のバフが使える人材だ。


レイドにおいて発揮されるその力はあると無いとじゃ雲泥の差だろう。


しかし、それを餌にMIYABIが真面目に仕事をする? むしろ仕事が増えているのに喜んでこんな面倒なことを引き受ける理由って一体なんなんだ?


なんかものすごく厄介なことを見逃してしまっているような気がする。



「――心配しなくても大丈夫だよ」



そんな僕の内心を呼んでいるかのようにMIYABIは僕に微笑みかける。



「歌丸くんたちの企んでることに比べたら全然全く可愛いくらいだもん」


「…………」


「ふふーん……」



僕の無言の視線にも余裕を崩さないMIYABI


まぁ、この人やることは破天荒だけど、騙すみたいなことはしてないしな……



「周りの人に危害は及ばないこと、って認識で大丈夫なんですか?」


「むしろ君たちにとっては物凄いバックアップだと自負してるねぇ」


「……わかりました。だったらこれ以上は追及はしません」


「というか、歌丸くんは作戦について知ってるんじゃないの?」


「氷川に丸投げですね。適材適所で


僕にできるのは補助か囮だけなんで」


「ふぅん……私も当日どんなことが起こるのかは詳しく聞いてなかったんだけど……そっかそっか、それじゃあ9日後の本番が楽しみだねぇ」


「楽しいかどうかは知りませんけど、退屈してる暇はないとは思いますよ」


「そっかそっか、クリアスパイダーの時は途中からで少し不完全燃焼だったから、すっごい楽しみにさせてもらおっと」



上機嫌に声を弾ませながら次の移動先についての資料に目を通すMIYABI



「……なんか逆にこっちが不安になったんだけど」



僕の服の裾を掴んでいる稲生がそんなことを呟く。



「大丈夫だ、氷川本人はぶっちゃけちょっとあれだけど、その作戦は信用できる。


お前だって、あいつの作戦に従って模擬戦では戦ってただろ」


「あれは……というか結局私はあんたに完封されたんだけど」


「作戦通りにお前が動いていれば普通に勝ってただろ。というか、普通にやって僕がユキムラに勝つとか不可能だからこその小細工だったわけだし」



逆に、そういう心理的な駆け引きを迷宮生物が仕掛けてくるとは到底思えない。


だからこそ、氷川の作戦は迷宮生物相手なら、味方が足を引っ張るみたいなイレギュラーが発生さえしなければ確実に被害を限りなく零に抑えて倒せると僕は予想している。


むしろ、迷宮生物に相手に作戦を立てることこそが本命のような気もするな。北学区なわけだし。



「歌丸くんは、氷川明依さんのことを信頼してるんですね」



そんな僕たちの会話を白木先輩が微笑ましそうに見ている。


いや、厚着で顔はわからないけどさ。



「尊敬は微塵もしてませんけど、今回のレイドにおいては信用できますね」



僕がそう言うと、何故か白木先輩と稲生は顔を見合わせて小さくため息をつく。



「……歌丸くんって特定の人には凄く捻くれてますよね」


「根が幼稚なんです、この男


一回嫌だって思ったらそれずっと引きずってるだけで


本当は氷川先輩のことだって認めてるのに素直になれなくて本当にもう面倒くさくて」



おい、ブーメラン投げてんぞ。と突っ込もうと思ったが、そろそろ次の現場に着くので飲み込んでおく。



「あ、あははは……えっと、では次の現場なんですが、実は南学区との共同レジャーとなっております」



僕と同じ感想を抱いたらしい白木先輩。


僕と同様に大人なのであえて指摘しない方向にしたらしい。



「西と南の共同レジャーって、何するんですか?」


「キャンプ体験、ですね。


メニューの野菜や肉など食事、宿泊プランを自分で建てたり、もしくはあらかじめ用意されたプランを選んで南学区の一角に整備したキャンプ場で過ごします。


ちなみにテントや寝袋、コンロなどのキャンプセットは西学区で全部レンタルできますし、気に入ったなら購入も可能です」



南で土地と食材、道具とその他事務は西が担っているわけか。


普通に日本のキャンプ場と大差なくね、それ?



「日頃迷宮でサバイバルしてる身としては、ちょっと趣向がよくわからないですね」


「東学区とか西学区の二、三年生に長期休暇のレジャーとして結構好評ですよ。


都会の喧騒を忘れるのに適してるって」


「都会って……まだ学生ですよね、全員」


「忙しい人はシャレにならない位忙しいですからね、この学園。


学生だからこそ、労働基準法とか曖昧ですし」


「「うわぁ……」」



学生の内からそんな生活を強いられるとか凄い嫌だなぁ……



「まぁ、学園での活動を仕事と仮定した場合、ぶっちぎりのブラックって北学区ですけどね」


「「え?」」


「だって休日ってだいたい迷宮に行ってますし、平日の授業を受けたらそのまま迷宮。


場合によっては数日は潜りっぱなしで、キツイ、汚い、危険の3Kじゃないですか」



言われてみればその通りだ。


僕たちはシャチホコのナビがあるからそういう意識は低いが、学園内――いや、下手したら世界的に最も危険な仕事といえるのではないだろうか、北学区って。



「まぁ、とにかく……このキャンプ体験、他にも星空が綺麗だって有名なんですよ?」


「星空、ですか」


「もともとここは周囲に遮蔽物がない海上にある島ですし、キャンプ場では明かりも限定されてるので、星明りが凄く綺麗に見えるらしいです」


「へぇ……」



手渡された資料を眺めて内容を再度確認する。


まぁ、入院中に見てたキャンプ番組と似た様な感じの奴だな、これ



「あの、キャンプ場にこのドレスで行くんですか?」


「いえ、ここからは制服に着替えていただいて大丈夫ですし、もしよかったらキャンプ用の衣装とかもありますけど……どうします?」



そういいながら白木先輩が手渡してきた服装の一覧を見て目を輝かせる稲生。


まぁ、女の子だし可愛い服着てみたいとか思うよね、普通。



「まぁ、折角だし来ても良いんじゃない?」


「そ、そうよね! その方が宣伝にもなるし、うん、そっちの方がいいわ」


「では早速着替えを選びましょうか」



そう言って、白木先輩は早々に社内のカーテンを仕切って稲生と着る服を選び始めるのであった。



「よし、じゃあ私もお揃いにしよっかなー」



そしてMIYABIもカーテンの向こうに入っていき、僕と小橋先輩は無言で顔を見回せる。



「……なんか、次の現場って肉食えるみたいですね」


「そうだな」


「いやー、すっごい楽しみですよね、この学園、本格的な肉って本当に美味しいから」


「まぁ、食の最前線だからな、この学園。


だけど……お前、確か今、食事制限されてなかったか?」


「……あ」



氷川に確認したが、指定された食事以外するなと却下された。


クソが! やっぱあいつ嫌いだ!!





「まったく……」



先ほど、通信で歌丸連理から「肉食べてもOK?」的な質問が来たが、即答で却下した氷川明依は呆れながらノートパソコンと向き合っていた。


そこには、今回のレイドに参加する可能性が高い北学区の生徒、さらに一時期北に所属していたが他の学区に転校した者たちの個人データが入力されていた。



「こちらが頼んだこととはいえ、もう少し自分が今回の要になるという自覚を持って欲しいわね」



そのデータの中には当然、歌丸連理についてのデータも入っていた。


基礎的な能力値についてはほぼすべて北学区の生徒としてみた場合は最低値。唯一格闘技術のみが人並み程度だった。


その代わり、特記事項という欄は他の生徒とは比較にならないほどに彼が持っているスキルについての効果が記載されていた。


彼の持つ筋肉疲労の無効化、痛覚の緩和、精神の鎮静、出血の影響軽減など、効果範囲を広げる場合は使用する気スキルに制限があるので、状況に応じて使い分けを事前に考えているのだ。



「しかし……主力はいないとはいえ、やはり今回の戦いもチーム天守閣の存在は無視できない」



――対人戦最強クラスにまで育ち、新たなレイドウェポンを手に入れた日暮戒斗


――無詠唱に加え、屋外ならばドライアドの力でほぼ無制限にエンチャントを施せる苅澤紗々芽


――人類の叡智の魔獣、マーナガルムをパートナーとする稲生薺



榎並英里佳、三上詩織というドラゴンと戦える人材と比べれば劣るが、それでも歴代の生徒たちと比べれば破格の存在であることは否定できない。



「そして、今回のレイドで一体どれだけの力を発揮できるか」



鬼龍院蓮山

鬼龍院麗奈

萩原渉

谷川大樹


チーム竜胆の四人


すでに一年においてはトップクラスの実力者であるが、想定の範囲内にとどまってはいる。


チーム天守閣の対抗馬として、稲生薺も所属していたが、今はそれもない。


単独の実力で見ればこちらの方が上回っているにもかかわらず、やはりチーム天守閣の方が数段上の戦力となっている。



「……もしかしたら、このレイドでさらに事態が大きく動くかもしれないわね」



そう呟きながら、氷川明依は自分の学生証を確認する。


そこに記載された、つい先日新たに追加されているスキルを。



――レイド開始まで、残り9日

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