第54話 北学区生徒会に憂鬱!(ラノベ並感)

「……と、いうことで……その……うちに所属している一年の三上詩織みかみしおり歌丸連理うたまるれんりはアドバンスカードを所有しているドライアドの討伐を二人で行うということで13階層に残ったそうです」



そこまで言い終えて、下村大地しもむらだいちは顔に冷汗をかきながら席に座りなおす。


2日目の討伐イベントを終え、北学区の生徒会役員、及び直属ギルドの代表一名を集めた緊急会議


議題は教員経由で報告の上がった歌丸たちの現状についてだ。



「その、歌丸……という子なんだけど」



口を開いたのは、副会長の一人である女子生徒だった。


名前は氷川明衣ひかわめい


二年生にして、次期生徒会長と目されており今回の大規模戦闘レイドにおいて多くの生徒の指揮の半分を担っている。


氷川はオーバルフレームの眼鏡の位置を直しながら、歌丸の所属するギルド“風紀委員(笑)かっこわらい”のメンバーである生徒会書記を務める金剛瑠璃こんごうるりと下村大地を見た。



「馬鹿なの?」



この場に集まっている者たちの多くの気持ちを代弁するようなその身も蓋もない質問に、大地は顔から汗を噴きださせる。



「いや、その……なんというか……あの……」


「レンりんだから仕方ないねっ!」



回答に困っていた大地に変わって、かなりいい笑顔で言い切る瑠璃。


彼女としては歌丸の行動を高く評価している様子だ。



「あの、人の命を娯楽程度にしか思わない学長がわざわざ救助に出向いたにもかかわらず、それを迷宮生物モンスターを助けるためと断り……危険性未知数のドライアドに戦いを挑む……理解に苦しむ行動なんですけど、どうしてそんな意味不明な人物をメンバーに入れたんですか?」


「面白いから!!」


「ああ、貴方も同類でしたね」



納得、というよりはどこか諦めのような表情を見せる。



「――奴と会ったのは二回だけだが……」



同じく副会長にして三年生である来道黒鵜らいどうくろうが口を開く。



「第一印象としてはかなり熱いやつだったな。


初対面の女子を守るために体を張る……華奢だが、かなり男らしい奴だと思ったな。


下村、お前から見て歌丸はどういうやつだった?」



「……来道先輩とはかなり違いますね。


俺の印象だと、策士っぽい感じです。


機転も利くし、勘も悪くない。いろんな状況で自分がどう動くべきかを冷静に分析して、それを実行に移せる行動力もあると思いました。ちょっと詰めが甘いところはありますが、それは経験不足からかと」



「瑠璃は?」



「うーん……私もクロ先輩とは違う感じかな。でもアース君とも違うかも。


レンりんはなんというか……優しくていい感じにナヨナヨしてまっす!


自分が自分がーって感じじゃなくて、周りのみんなのことすっごい気にしてるよ~」



「そうか」




「――見事に意見割れてんなぁ……結局なんなのその歌丸っての」



頬杖を突きながら、どうでもよさそうにそう言った男子生徒


生徒会会計の一人、3年の合津清松あいづきよまつであった。



「まっちゃん先輩、レンりんはこう……切り替えが凄い子だね!」


「瑠璃、お前の意見は基本参考にならん」


「ひどっ!」


「……まぁ、瑠璃のいうことも一理はある。


正直、最初に会った時と二回目に会った時は俺も別人じゃないとか思ったくらいに印象が違った。


だが、どうにも俺にはアイツの在り方が……紅羽、お前に似てるように思えたんだ」



来道の言葉に、その場に集まっていたすべての生徒の視線が一人の女子生徒に集まる。


――天藤紅羽てんどうくれは



この北学区の生徒会長にして、竜種の迷宮生物モンスターであるワイバーンを従えるドラゴンナイト


事実上、この学園での最強の生徒である。



「歌丸の存在は、必ずこの先に北学区……いいや、この迷宮学園にとって無視できない存在になる。


だから救出するための作戦を念頭に置いて大規模戦闘を行うようにして欲しい」


「おいおい黒鵜どっちにしろ、救出できるのは第9層突破してからだろ?


気が早いって」



会津がそう諫めるが、来道は首を横に振った。



「いや、歌丸が無事だと聞いて、南の連中があいつの救出作戦に本腰を入れてきた。


仮に俺たちが全線力を大規模戦闘に投入した場合、突破した直後にあいつらは歌丸の救出に動く。


恩を売って、難癖をつけて歌丸の引き抜きを目論むはずだ。それだけは避けたい」


「南って……農家連中がどうしてうちの一年を欲しがる?」


「どうにも、南の会長である柳田土門は歌丸と面識があるらしくてな、その時にかなり気に入ったようだ。


敵対せずに歌丸を引き抜ける口実をつくれるのならこの状況は奴にとって好都合なんだろう。


歌丸も、義理とかは無下にはしないし、むしろそういうのを大事にするから今みたいな行動を選んでるんだろうな」



確かにな、とそこまで聞いて下村大地は心の中で納得した。


印象としては先ほど言ったように策士っぽいが、どうにも彼の策には自己犠牲を平気で組み込む傾向が見えた。


それ自体は悪くはないことなのだが、まさかその天秤に迷宮生物の命を懸けて自分より重いと感じるとは予想外だったが……



「歌丸のテイムしているエンぺラビットの能力は報告通りだ。


現時点で一年が夏季休暇までに到達しているはずの階層と同じだけ到達している以上、そのナビ能力は本物だ。


奴一人だけでも引き抜かれでもすれば、おそらく南学区が北学区よりも迷宮攻略の最高記録をたたき出すことになるぞ」



来道の言葉に、会津が舌打ちをする。


ナビゲートというのは、それ単体で十分に破格の能力だ。


彼のいるパーティ“チーム天守閣”は他の多くの生徒が味わう苦労の半分も感じることなく現在の階層に至っているのもまた事実。


それがほかに渡って、来道のいう通りになればそれは迷宮攻略に最大の力を注ぐ北学区の面目も丸つぶれ。


この学園全体のパワーバランスも揺るがしかねない。



「……何より、他人にユニークスキルを覚えさせられるユニークスキル……これは相当に異常な能力なのも事実ですね」



改めて歌丸の報告書を読んで、氷川は嘆息した。



なんでそんな超が付くほどに希少な能力をこんな問題児が持っているのか、と……



「三上詩織さん、ですか……?


おそらく彼女は歌丸連理の恩恵を与えられているという立場で仕方なく彼の指示にしたがっているのでしょう。


彼女の成績や普段の態度を考慮すれば、このような愚行を犯すとは思えませんし」



「いや、三上の方は正直そんなこと気にするような奴じゃないですよ」



氷川の言葉に、大地は待ったをかける。



「先輩である俺たち相手でも堂々と意見も言えるし、歌丸も三上のことは敬意をもって指示に従っていた。


仮にその能力で歌丸が調子に乗ったとしても、三上ならむしろそれを殴ってしかりつけるくらいのことをするはずです」


「だったら何故、彼女まで歌丸連理の意見に賛同を?」


「それは……」




大地の言葉と、現状の彼らの行動がどうにも正反対にかみ合わない。


ますます歌丸と三上の人物像がぼやけていくような気がした。



「――話を戻すけど」



空気が重くなっていく会議室に、凛とした声が通る。



――生徒会長である天藤紅羽



彼女の声に全員が耳を傾けた。



「救出作戦についての結論だけは出しておきましょう」


「……紅羽、あいつの能力は他に渡すわけには」



粘り強く救出を提案する来道に、天藤紅羽は告げる。



「黒鵜、私ね遠目だけど彼のこと見たわ」


「……どう、だった?」



珍しいと、誰もが思った。


この生徒会長は、はっきり言って迷宮攻略の鬼だ。


食事と睡眠等以外では常に迷宮攻略に時間を割くような迷宮狂いダンジョンジャンキー


生徒会長になったのも、一分一秒でも迷宮攻略に時間を割けるからということで生徒会の実務のほとんどを副会長やほかのメンバーに投げているほどだ。


だからこそ、彼女がわずかとはいえ迷宮以外に時間を割いたことは驚きなのだ。



「凄く気持ち悪い子よ」



「……えぇ……?」



天藤紅羽の回答に、彼をメンバーとして迎え入れた瑠璃が困惑する。



「レンりん、別にそういう感じじゃないと思うんだけどなぁ……?」


「ああ、言い方が悪かったわね…………なんというか……そうね……貴方の言葉を借りるなら、いい感じで気持ち悪いわ」


「それは……ちょっと無理あると思いますぅ」



気持ち悪いのいい意味とはなんだろうかと瑠璃は本気で頭を抱え込む。



「……天藤、お前はどうも面倒な言い回しが好きみたいだけど、もっとシンプルにわかりやすく言ってもらえないか?


それで、結局お前はその歌丸連理をどうしたいんだ?」



生徒会の最終決定権は天藤紅羽が握っている。


故に、歌丸の救出を作戦に組み込むか否かも彼女の判断にかかっているわけなのだが……



「救出はしないわ」



ハッキリと、そう告げらえた。


すぐに瑠璃や大地が反論しようと席を立ったその直後だった。



「どうせ自力で出てくるもの」



本当に、まるで太陽が登れば朝が来ると当たり前のことのように紅羽そう断言した。



「根拠は?」


「ないけど、あなたが言ったことでしょ黒鵜」



テーブルに置かれている温くなった紅茶を口元まで持ってくる。



「身の毛もよだつほど気持ち悪いくらいに……彼、私にそっくりだったもの」





「そんなわけで……北学区は攻略に全力を注ぐだけで救出に対しては何もしないそうだ」



――バギャンッ!!



北学区にある“風紀委員(笑)”に与えられた一室で、先ほどの会議の内容を全員に話す大地。


その話をきいた瞬間、榎並英里佳えなみえりかの指が深く卓上にめり込んだ。


ちなみに、彼女は今通常状態である。



「……失礼しました」


「…………お、おぅ」



顔はいたって平静を保っているのだが、そのうちに渦巻く感情の激流に大地は思わず気圧される。



「こほんっ…………まぁ、そこは私達で独自で動くから気にしなくてもいいわ。


13階層くらい、ここにいる全員なら過剰なくらいの戦力だもの。


とりあえず救命課きゅうめいかの知り合いに声を掛けて救助の際一緒に来てくれるように頼んでおくわ」



そう言ったのは、風紀委員(笑)の二年生メンバーの最後の一人である栗原浩美くりはらひろみであった。



「……あの……歌丸くんが自主的に残るようにしたってのは納得できるんですけど…………詩織ちゃんは、本当に歌丸くんの意見に賛同したんでしょうか?」



三上詩織の幼馴染である苅澤紗々芽かりさわささめにとって、その内容はあまりに信じがたいものであった。


彼女の知る三上詩織という人物は、熱くなりやすい一面はあっても基本は理知的な性格の持ち主だ。


そんな情に流されるだけの選択をするようには思えない。



「こればっかりは本人に聞いてみないとわからないが……歌丸が脅迫して付き合わせるとも思えないだろ」


「そうッスよね……むしろあいつなら三上さんは地上に送って自分だけで残るとか言い出すはずッス」



大地の言葉に同意する戎斗


歌丸の普段の性格や行動を思い返せば当然そういう結果に至る。



「普段のパワーバランスを考えると、三上さんが反対の場合は歌丸も押し切られると思うんッスけど……」


「……ううん、その場合は歌丸くんは無理を通してでも三上さんだけ地上に送って自分は残ろうとすると思う」



そう語ったのは、机に八つ当たりをして少し冷静になった英里佳であった。



「歌丸くん、無茶をやろうっていう時に限って凄く頑固になるから…………だから多分脅迫とかじゃなくて、あのドラゴンのいう通りに自発的にその場に残ろうって決め無い限りは……今みたいにならないと思う」



やる時は平然と無茶な選択を選ぶ男だ。


普段はそうは見えないが、窮地に立たされた時は何をしだすかわからない。


ラプトルの一件で当事者である英里佳は特にそういった歌丸の危険な面を理解していた。



「詩織ちゃんが……自主的に……?」



故に、どうにも幼馴染の判断は紗々芽にとっては解せないものだった。


一体この数日間で何があったのだろうか……?



「歌丸の影響によって新しいスキルを覚えた三上の戦力ならもうそれほどあの階層で危険性はないはずだ。


もともと生き残るだけなら大した問題はないと思ってたしな」


「そうだねー、詳細は聞いてないけど学長がいうには凄い能力とか言ってたし……生き残るだけなら問題はないんじゃない?」



もっとも、アドバンスカードを所有しているドライアドに二人だけで戦いを挑むというのは無茶が過ぎるが……大地の判断で、その内容だけは三人に伝えるのは控えることにした。


今の三人をこれ以上不安にさせるようなことは控えたいとの判断からだ。



「まぁ、とにかく救助云々は抜きにしても動くには残り三体のエリアボスを撃破しないといけない。


今日のお前たちも良く働いた。だから今日のところは休んでおけ。疲れを残して怪我でもしたら救助どころの話じゃないからな」



「というわけでかいさーんっ」



二年生が部屋を出て、残ったのは一年生三人と……



「……きゅうぅ」



紗々芽に抱っこされた状態で元気なく耳を垂れさせているエンぺラビットのシャチホコだ。



「大丈夫だよ、きっと歌丸くんたちをみんなで助けるから」


「そうッスね……まだ無事だったら、俺たちも頑張らねぇと」



今日の討伐、大型の昆虫の迷宮生物の討伐にかかった時間は9時間


固い甲殻で大抵の攻撃が弾かれてしまったが、弱点を見つけて集中的に攻撃をすることでなんとか今日中に倒せた。


明日はワニのようなエリアボスがいて、堅牢な鱗に覆われていることから今日と同じか、それ以上の苦戦が強いられる。


だが、それでもどうにか一日で倒せるようにしなくてはならない。


救助が一日でも遅れれば、それだけで歌丸たちの命を脅かすことになるのだから。



「……待っててね歌丸くん。


絶対に……今度は私が助けて見せる」



そういって、英里佳は強い決意の炎をその眼に灯すのであった。

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