第55話 無茶はするけど無謀じゃない。
遭難四日目
GWの
時刻は昼に差し掛かるであろうその時、僕は……
「ひっ、ひっ、ひっ!!」
『がうううううううううう!!!!』
ゴリラっぽい
アームコング
腕力が異常に発達した迷宮生物で、この13階層の討伐クエストの対象に指定されている。
名前の通り、その腕の力はとてもつもなく、木の幹を握り潰すどころか指の力で抉るくらいだ。
幸いなのは腕が大きすぎて体幹のバランスが悪く、速く走れないことだ。
おかげでポーションで強化していない僕でも逃げ切れる。
「ほら、歌丸もうちょっとよ!」
そして僕の前方では盾と剣を装備して待ち構える三上さんの姿が見えた。
「う、うおぉおおおおお、頑張れ僕の
「胸部が頑張ってどうするのよ……」
あれ、違った?
なんかそんな呆れた声が聞こえながらすれ違った僕たち。
『ぎゃううがあああああ!!』
僕を追ってきたアームコングが三上さんに向かってその拳を振り抜く。
あの巨体と腕力から繰り出される一撃、三上さんのような女の子なら呆気なく吹っ飛ばされる。
「フォートレスストライク!」
はずなんだけど、現実は
三上さんが押し出した盾とアームコングの拳がぶつかった結果、アームコングが押し負けてしりもちを着く。
「ブレイズスラッシュ!」
そこへすかさず追撃。
フェンサーの基本スキルスラッシュの発展型、刀身が炎を宿してその高熱でアームコングの脚を焼き斬る。
「テンペストラッシュ!」
同じく基本スキルのスタブの発展型
その鋭い連続の刺突がアームコングの腕の関節を突き刺し、腱を分断させた。
本来僕たちにとって強敵のはずのアームコング
それが、三上さんのスキルたったの3つで無力化されて地面に仰向けに倒された。
『が、ああ、があああああ!!』
大声で咆えて暴れようとするが、手足も動かずにただ芋虫みたいにモゾモゾと動くだけのアームコング。
いっそ哀れなほどに何もできていない。
「ふぅ……これがルーンナイトの能力なのね……基本スキルが強化されているのもあるけど、こんなにあっさりアームコングの毛皮や筋肉も貫けるなんて……」
そんなアームコングに目もくれず、三上さんは自分の剣と盾を感心した様子で見ていた。
外見は何も変わっていないが、彼女は今“フェンサー”からこの迷宮学園においては実質の最上級の
その恩恵は今見た通り、彼女の能力値が大幅に強化され、覚えていたスキルがどれも発展していることだ。
盾のカウンターはスキル使用時に後方に下がることはなくなって受けた衝撃を数倍にして相手に返す。
斬撃は一時的に刀身に超高温の炎を付与したものになる。
刺突は鋭く、そしてその数が大幅に増えている。
攻防ともに、とてつもない状態にまで強化された今の三上さんは冗談抜きで最強だった。
多分ウォーリアーの大地先輩やソードダンサーの栗原先輩にも今なら勝てるんじゃないだろうか?
「さて……それじゃあ歌丸、やりなさい」
「合点承知」
「あと、たぶんアンタが言いたかったのは
「……うっす」
やだ、“大”しか合ってない……
こほんっ……まぁ、とりあえず僕は動けなくなったアームコングの頭部の方に回り込み、打撃昆を取り出して構える。
『ご、ごが……?』
唖然と見上げてくるアームコングに、僕は打撃昆を高々と振り上げて……
「――パワーストライク!!」
数分ほどかけて、撲殺しました。
―――――
―――――――
―――――――――
―――――――――――
「これは酷いわ」
「うん、僕も思った」
血塗れになった打撃昆の血を落としながら、先ほどの戦闘の感想を述べる。
うん、酷い。これは酷い。
いくら相手が敵対する迷宮生物でもこれはひどすぎる。
やったの僕だけど。
「紗々芽が見たらトラウマものよね……」
「そう? 苅澤さん、結構こういうの平気そうにみえるけど……」
「我慢してるのよ。
本当はあの子、こういうグロいの苦手なんだし、虫だって嫌いなのよ」
それはビックリ。
そういえば普段はあんまり戎斗と接触しないのに、この階層に入ってからやけに積極的に戎斗の傍にいると思ったが、虫系の迷宮生物に近づかれたくないからだったんだな。
なんか戎斗がちょっと不憫だ。
「ま、まぁ……とりあえずこれで三匹目だね。
倒すのにかかる時間も徐々に早くなってる気がするんだけど、どうかな?」
「そうね……最初に比べたら明らかに早くなってるわ。
普通はバテて遅くなるはずなんだけど……アンタのスキルの効果、やっぱり馬鹿にできないわね」
僕の新しいスキル。
筋肉痛にならなくなって即座に回復するというこのスキルを三上さんの提案で僕は残ったポイントを全部使って修得したのだ。
最初はこれ単体で役に立つのか、と思ったがその効果は想像以上だった。
まず、走っても息が苦しいだけで足が重いと感じにくい。
そしてなにより……
「なんか、こう……筋肉がついてきてる気がする……!」
この短時間、アームコングとの追いかけっこと撲殺を三度続けてきた結果、腕の
念のためステータスをチェックしてみて……
「お、おおぉぉぉ! 筋力、俊敏がどれもF
最近ポイントを使ってようやくFに上がった項目が、ポイントを使わずに上がっていることに感動してしまった。
「本来は喜ぶほどの変化でもないんだけど……一応おめでとう」
「うん、ありがとう!」
現在、僕たちは対ドライアドへの作戦を前にエンぺラビットたちにある情報を集めてもらっていた。
それが判明するまで長が言うには半日以上かかるとのことだったので、その時間を僕たちはポイント稼ぎに充てることにした。
何より、ルーンナイトの能力をいきなりぶっつけ本番で試すほど僕たちも気が大きくはない。
ちゃんとどれだけ戦えるのか、そしてその効果がどれだけ持続できるのかを確かめたかったのだ。
「とりあえずこれでポイントはだいぶ溜まったわね……だけど、ルーンエンチャントを覚えるのはまだまだ足りないわね」
三上さんは自分の学生証を確認して残念そうに嘆息する。
物理無効の魔力攻撃を行えるようになるルーンナイトの最大の特徴であるそのスキル
それを覚えるためにはポイントがかなり不足しているのだ。
覚えられたら心強いし、あの糞ドラゴンに一泡吹かせられるかもしれないのだが、やはり現実はそこまで甘くはないらしい。
「まぁ、そこはあせらずじっくりやっていこうよ。絶対に今必要ってわけでもないし、もしかしたらドライアドとは戦う必要もなくなるかもしれないんだからさ」
「楽観的ね……まぁ、確かにそれで済むならいいんだけど……」
「で、ルーンナイトでいられる制限みたいなのはわかった?」
「そうね……
「そっか、それなら心強いね」
「というわけで、安心してアームコング連れてきなさい」
「ですよねー」
ちなみにこの追いかけっこの考案者は三上さんだ。
ただ普通に走るより、追い詰められた方が効果的ということでエンぺラビットに襲われるほどの僕が近づけばそれだけでアームコングが襲ってくるから、それを僕が三上さんが待ち構える場所まで連れていく。
おかげで筋力と俊敏性が鍛えられている。
まぁ、肉体的な疲労は大分緩和されているからまだまだ平気だけど……
「歌丸連理、いってきマッスル!」
「馬鹿なの?」
おかしいな、スキルと掛けたナイスジョークだと思ったのだが……?
まぁそんなわけで……
『がああああ!』
「パワーストライク!!」
『ぎゃごうううう!!』
「パワァーストライクッ!」
『ごうほうほっ!!』
「パワーストゥォレイク!!」(巻き舌)
『ウッホウッホホ!!』
「ぱわーすとらいくー」(棒読み)
『がふっ、ご――オノレ』
「ストライクッ!!!!」
『我ガ倒レテモ、第二、第三ノ我ガ立チハダカ』
「既にもう何度も倒しストライクゥ!!!!」
まぁ、そんなこんなで……アームコングの撲殺、もとい討伐を何度もこなしてきた。
「後半あのゴリラ喋ってなかった?」
「ドラゴンやウサギだって喋るんだ、ゴリラだって喋るさ」
「いやそういう問題じゃ……」
「じゃあ気のせいだよ」
「いやでも」
「やめよう」
「え、ええ、そうね」
やめよう(切実)
流石に人語を話す相手を何度も撲殺したとか
しかも後半はノリと勢いだけで撲殺してたから今になってちょっと自己嫌悪入ってる。
「まぁ、とりあえずポイントもだいぶたまったわね……私はとりあえずポイントは残しておくとして、アンタのはどうする?」
「そうだね…………今のところ取っておきたいスキルもないし、現状を打開するのならすぐにでも能力値をあげるのがベストのはずなんだけど……」
ポイントは無闇に使わないほうが良い。
今の僕にはそんな考えがあった。
その理由は僕の新しいスキルである共存共栄Lev.2:
これは僕のポイントを使って僕以外の人がスキルを覚えるもので、そしてそのスキルの発動条件は僕がポイントを保有していること。
それを考えると、どうも僕のためだけにポイントを使うのはなんか違う気がする。
「遭難してる状況で榎並の心配?」
「え……いや、その…………まぁ、今の僕が心配するような状況でもないし、英里佳なら大丈夫だとは頭ではわかってるんだけど……つい」
英里佳にもしもの時があった時、このスキルが助けになるかもしれない。
そんなことを考えると、どうにもこれ以上ポイントを使う気にはなれなかった。
我ながら、何様だよって思うけどさ……
「まぁ、好きにしなさい」
「あれ?」
「何よ?」
「いやてっきり『馬鹿なこと考えてないでさっさと能力値あげなさいよこの愚図』って言われるのか思った頭が割れるううぅぅぅぅぅぅぅぅっ!!??」
「アンタの中での私の人物像が良く分かったわ」
容赦ないアイアンクローが僕を襲う!!!!
「や、やめてぇ! 今の能力値だと割とシャレにならない、ず、頭蓋骨がぁあああああ!!」
まぁ、そんなこんなでエンぺラビットの迎えがきて隠れ里に戻ってきた僕たち。
「ぎゅうう?」
『なんでボロボロ?』
「気にするな」
まさかアームコングよりも味方にここまでダメージを負わされる日が来るとはな……
「ウタよ、あまり無理はするな。
お主の怪我も相当酷いのだぞ」
長はそう言いながら、僕にある木の実を手渡してくれた。
「わかってる。心配してくれてありがとう」
僕は礼を言いながらその木の実を食べる。
なんでも、痛み止めの効果があるらしい。
僕は全身の傷はいまだに治っておらず、腫れも酷くて断続的に
三上さんも心配はしてくれたが、ドライアドを倒さない限りは事態は好転しないということで黙認してくれている。
「それで、根っこ状況は?」
「うむ……根っこの進行状況は相変わらずだな。
早くて明日の夕刻には我らの同胞の元に到達する」
流石にそろそろ限界か。
やっぱりドライアド本体を遅くとも明日の夕方までに何とかしなくてはならないわけだ。
「それじゃあ、例の調べてもらった件は?」
「うむ、すでに情報は整理してあるぞ」
「よし、じゃあ作戦会議だね、三上さん」
「それもそうだけど……食事もしておきましょう。
アンタ今相当腹減ってるわよ?」
「え……そんなことないとも思うんだけど……」
「筋肉を短期間でランクアップするほど鍛えたのよ?
スキルの効果はあくまでも修復……だったら栄養が足りなくなってる状態のはずよ」
そうなのだろうか……もしかしてさっきの痛み止めの木の実の影響でそのあたりもわからなくなってきているのだろうか?
「わかった、じゃあ食べながら作戦会議といこう」
「そうね、で今アンタに一番足りないのはタンパク質よ。
一応私物だけど、今はアンタはこれを飲んだ方が良いわ」
そう言いながら、三上さんはアイテムストレージからゼリーパックを取り出した。
――そのパックは、ケミカルグリーンな色が特徴的なラベルが張られていた。
「ふんっ!」
自分でもビックリするほど素早く動けた。
ファングラットやアームコングと対峙したとき以上の恐怖と絶望感が僕にそうさせたのだろう。
理性と本能、その両方が逃げるべきだと判断したのだ。
だが、悲しいかな。
「どこに行く気?」
一瞬で回り込まれた。
「ちょっと……お腹の具合が悪くって」
「丁度いいわ、これ腹痛にも効くのよ」
なんで栄養補給のゼリーにそんな薬品みたいな効果があるんだよ。
「いや、その……トイレに行けば一発で治るかもしれないから」
「いいからとりあえずこのゼリー飲みなさい。
それでだめならトイレ行きなさい」
「も、漏れそうなんだ」
「あんた嘘言う時は瞬きが多くなるのって知ってた?」
「え、マジ?」
思わず素で聞き返した瞬間、三上さんがジト目で僕を見た。
「やっぱり嘘なのね」
「しまった、テンプレの鎌掛けだコレ」
彼女はゼリーの蓋をパキッと回した。
「ち、ちょっと待って。
別にそれ以外にも栄養補給の手段とかいろいろあるじゃん?
木の実とか、野菜とかさ」
一歩下がると、三上さんは二歩距離を詰める。
「木の実と野菜の少ないタンパク質とかで補えるとは思えないし、そもそも水っ
でもこれなら一個飲むだけでカツ丼三杯くらいのタンパク質とカロリーが摂取できるわ」
「それもう青汁じゃなくて濃縮プロテインじゃね?」
三歩下がったら、四歩距離を詰められた。
「携帯食料がまだあるし……」
「好き嫌いしてるんじゃないわよ」
「いやそれ、そういうレベルの品じゃないよ!!」
「美味しいから飲みなさい!」
「嘘だぁ!!」
全力疾走でその場から逃げ出す。
しかし即座に回り込まれて関節極められた。
「つべこべ言わず、さっさと飲めッ!」
「や、やめっ――」
ルーンナイトとして強化された彼女の力にあらがうこともできず、口の中にゼリーのパックを突っ込まれた状態で押し出されるゼリー
――口の中に広がる土の味
――飛びそうになる意識
「こほっ――うんんんんんっ!?」
むせて吐き出しそうになった瞬間、頭と顎を押さえつけられて口を完全に開け無くされた。
ワニの対処法を身をもって体験させられる日が来るとは思わなかった。
「ほら、美味しいでしょ――飲・み・な・さ・い」
耳元で女子にささやかれるシチュエーションに恐怖を抱く日が来るとは……!
「ん、んんっ――――んぐっ――んん」
もう、自棄だった。
僕は決死の覚悟で、一気に口の中にある
「――ぷはぁ!!」
どうにか飲み込んで、息を吐く。
吐いた息がなぜか鉄臭かった。
「ほら、美味しいでしょ?」
得意げに、普段なら可愛いと思う程度の軽いドヤ顔を見せる三上さんだが……僕にも、譲れないものがある。
「これ、死ぬほどマズイ」
この後、アイアンクローされたのは言うまでもない。
でも後悔はしてない。
「お主らは何をしているんだ……」
長があきれ顔で見ていた。
ウサギに呆れられる僕たちって……
「さぁ、作戦会議を始めよう」
僕、三上さん、長に協力してくれたエンぺラビット
みんなで囲んで、僕たちはドライアド対策の作戦を話し合う。
そして夜が更けてきたところで最後の休憩として十分な睡眠をとる。
「……歌丸」
僕の隣で横になっている三上さんが話しかけてきた。
「なに?」
「……明日、絶対に二人とも生き残るわよ」
「当然だよ。絶対生きて地上に戻ろう」
「ええ」
「それで、みんなと一緒にイベントを楽しもう」
「ふふっ……アンタ、本当に迷宮好きなのね」
「うん。不謹慎だけど……今も少し楽しいんだ。
だから……最後も楽しい思い出だって言い張れるように頑張りたいんだ。
良かったって、心から言えるように最善の結果を出したい」
「……そう。なら私も、頑張るわね」
「うん、一緒に頑張ろう」
ドライアドの根っこがエンぺラビットたちに到達するまで残り1日
決意を新たに、僕たちは意識覚醒を一時解除するのであった。
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