第260話 試合に勝って勝負に負けた。



「ふぅ、いやー、疲れたぁ……クリアスパイダーほどではないけどかなり疲れたー」


「お前、さっき吐いてたのにもう大丈夫なのか?」


「肉体的にも精神的にももう慣れましたから」


「嫌な慣れだな……」



会津先輩がドン引きしていた。


全国中継で僕のゲロったシーンが中継されたけど、もう別にいいかなって。


御崎鋼真との戦闘でも色々ぶちまけてたし今更って感じだ。



「ほら、一応酔い止め飲んでおきなさい」


「あ、詩織さんありがとう」


「歌丸くん、一応スポーツドリンク飲んでね」


「英里佳もありがとう」



二人から渡されたものをありがたく使わせてもらっていると、何故かまだ会津先輩が引いていた。



「もうお前らそれが平常運転なのな……」



会津先輩はそんな遠い目をしているが、ひとまずは試合結果の確認だ。



「大変素晴らしい戦いでしたね」



そんな僕たちの元に拍手をしながらやってきたのは西部学園の大将を勤めていた千早妃だった。



「連理様に不必要に負荷をかけた点以外は上出来だったと思います」



そう言って千早妃はスッキリした顔で融合解除した飛竜のソラを撫でまわす会長を睨む。



「私もそう思う」



英里佳も一切の不快感を隠さずに会長を睨みだす。


凄い、英里佳が千早妃と意気投合してる。流石会長、これもある意味で人徳といえるのだろうか?



『え、えぇっと……それでは改めて東部迷宮学園のタイムを発表します』



実況の声に誰もが耳を傾ける。


その一方で千早妃はすべてをすでに理解しているのか特に興味はなさそうだ。



『東部迷宮学園のタイムは2分……


















――58秒です』



「――え」



そのタイムを聞いた時、隣で顔を真っ青にした英里佳の表情が見えた。


西部学園のタイムは2分17秒


41秒、僕たちが遅かったのだ。



「それでは、決まりですね」



そして千早妃は当然とばかりに頷き、告げる。







「私たちの負けです。


おめでとうございます、連理様」








『――ここに参加人数のタイムを加算いたしまして、西部学園42分12秒!


東部学園2分58秒!


よって、今回の体育祭は、東部迷宮学園の勝利となります!!』








うん、知ってた。



「……え」



英里佳はキョトンとした顔になっている。


他のみんなは気付いていたようだけど、英里佳は相手のタイムを超えることに集中しすぎてルールを忘れていたようだ。



「千早妃、君、初めから試合に勝つつもり無かったでしょ」



クリアスパイダーを世界最速で倒した僕たちに、40分のハンデをつけて戦うとかどう考えても全力で負けに行っているとしか思えない。


仮に持久戦になったとしても、転移の使える来道先輩に、颯を使えるようになった会長の二人がいれば、いずれアキレスタートルの足は止められた。


それなら長くても30分程度でカタが付く。



「そう言うわけではないですよ。


ただ、こちらの持ちうる作戦を考えてもこの形式で勝てる未来がなかっただけです。


ですので、試合には負けても結果を残す方向で頑張りました」



てへっと笑顔でそんなことを告げる千早妃


可愛らしいことだが、ここで彼女の実力を疑問視する奴はいないだろう。


確かに僕たち東部学園は試合では勝ったけど……タイムで負けたという事実は消えないのだから。


僕たちみたいにとんでもないスキルの持ち主がいたわけではない西部学園が、タイムだけでも僕たちを上回ったという事実はかなり大きいだろう。


逆に、彼女以外の誰かがどうやったところで東部と比べられて惨めな結果を残す以外は僕には考えつかない。



『人数減らせば……とか、そういう次元じゃないよな、これ』

『いや、一時間以内の討伐でも本来なら十分に早いはずだろ』

『実質二分だぞ、しかも俺たちの手で』

『東部の連中が非常識過ぎる……本当に同じ人間か?』



英里佳と融合しているシャチホコの耳が捉えた西部学園の生徒たちの声。


少なくとも、この結果でノルンの予知能力を疑問視する奴はこの運動場には一人もいないということだ。



「あの、実況の方、ちょっと私の声を拾っていただけませんか?」


『え、あ、はい、少々お待ちください――……はい、どうぞ』



今、おそらく千早妃に全世界の視線が集中していると言っても過言ではないだろう。


だというのに、千早妃は動じた様子もなく、優雅なたたずまいで語りだす。



「東部迷宮学園の皆さん、我々、西部迷宮学園は、敗北を認めます。


そして今、この時をもって――私、神吉千早妃は惟神の筆頭巫女の役目を全放棄いたします」



一般人からしてみればその言葉の意味は分からないことだが、この時この場の発言は、決して影響力は小さくはない。


一体、彼女はどれだけの覚悟を持ってこんな発言を――



「――今この時、この瞬間を持って、私のすべては歌丸連理様のために捧げます」



「え」



続く言葉に、僕は唖然としてしまう。



「ち、ちょっと千早妃さーん……それって今この場で言うことなの?」



できれば僕の声は拾われないようにと小声で訊ねてみたのだが、千早妃は僕にとびっきりの笑顔を向けてくる。



「なんせ私の大切な門出なのですから。


私を御崎鋼真の魔の手から、命懸けで救ってくださった連理様に報いるのは当然のことです。


そして何より……私の想いは、これまで何度も連理様にお伝えした通り、変わっておりません」


「……気持ちは素直に嬉しいよ。


でも、僕は君の希望を叶えられない」


「それは、もう痛いくらいにわかっております」



そう言って、千早妃は僕の傍まで来て、まるで従者の様に跪いて、祈るように両手を胸の前で組んで僕を見上げてくる。



「――ですから、ここで誓います。


私のノルンとしての力、そのすべてを歌丸連理様に託します。


貴方様が戦うと決めたのならば、私は助力を一切惜しみません。


例え人類最強でも悪魔だろうと神だろうと、ドラゴンが相手だろうとも、私は貴方の眼となりましょう。


どうか……私を貴方の傍にいさせてください」


「千早妃……」



彼女が本気であるということがはっきりと認識できた。


――僕もはっきりと、覚悟を決めるべきだろう。



「僕は……絶対に君に辛い思いをさせる。


現に今だって仲間に辛い思いをさせ続けている。


家族には心配かけたし妹も泣かせたばっかりだ。


それでも……千早妃、僕は君の力頼る。頼らなきゃいけない。


だから、僕も誓うよ。


僕は君を大事にする。君に無理はさせないし、君が嫌だと思うことは僕の全力が及ぶ限りさせたりしない。


だから、君の力を貸してくれ」



跪く彼女に、僕は手を差し出す。



「――はいっ」



彼女は僕の手を取り、立ち上がる。


そして、まるで僕の動き、身じろぎの一つまで完全に予測していたのか、反応すらできずに僕は千早妃に抱きしめられた。


「え、ちょ」

「では、誓いの口づけを――」



此方の動きを完全に読んでいるのか、目の前の、それも至近距離にいるというのに、僕がほんのわずかに重心を傾けたその隙を縫うように迫ってきて、全く反応ができない。


こ、これがノルンの力だというのか!


近接格闘の能力値で見れば僕の方が上なはずなのに全く勝てる気がしないんだけど!


え、これってもしかしなくても千早妃とガチで戦っても僕って負けるんじゃないの?


そんな場違いな危機感を抱きながら迫ってくる千早妃の顔を前に唖然としたいたら――急激に千早妃の顔が僕から離れた。



「何してんの」


「……本当に無粋ですねあなたは」



赤い目が爛々とさせた英里佳が、千早妃の襟首をつかんで強引に引っ張っていたのだ。



「歌丸くんは別にそういう意味で今の言葉を言ったわけじゃない。


勝手な解釈しないで」


「あら、私、連理様の嫌がることは致しませんよ。


連理様も男の子。こういったことを嫌がるはずがないじゃないですか」


「ちょっとぉ! 今、全国中継!!」


「へぇ……否定しないんだ」


「いや、英里佳、今のは僕も避けようとしたんですよ本当に!!」


「されるがままにしか見えなかった」


「そうですよね、僕もそう思う!


悲しいくらいに動き先読みされて抵抗すらできませんでしたぁ!!」



中が自棄になって正直に話す。


うん、認める。僕、近接戦では千早妃に負けるわ、これ! 遠距離でも勝てるかって言うと怪しいけどさ!



「まぁ、何はともあれこれで予知の能力も手に入ったし、これでうちの学園は安泰よねぇ」



暢気にそんなことを言って締めくくる天藤会長


ちょっと強引だがいいぞ! 早くこの空気を終わらせてくれ!!



「は、何を言ってるんですか貴方は?」


「ん? だって、貴方もううちの学園に来るわけだし、私たちに協力してくれるんでしょ」



会長の言葉を聞いて、千早妃は冷めたような目を向ける。


え……何、この空気?



「先ほども言いましたが、私は連理さまに従うのみです」


「ええ、だから私たちに協力を」

「ですので、東部迷宮学園の方々……特に生徒会の皆さんは勘違いなさらないでください。


私が従うのは、歌丸連理様ただ一人。


貴方たち……特に、貴方に力を貸すとは一言も言っておりません」



会長の発言を遮るように告げられたその言葉に、場の空気が重いものに変わった。



「ふぅーん……そういうスタンスなわけね」



会長は睨んでいるわけではないのだが……まるで肉食獣が獲物を狙っているような、そんな目を向けている気がした。


そして、一瞬だけどその視線は僕にも向けられた気がした。



「ま、別にいいわ。


歌丸くんの目的は私とほぼ同じわけだし。


まぁ、とにかく――これにて体育祭は、私たち東部迷宮学園の大勝利ってわけね!


さぁ、今日は祝勝パーティでも開いてパァっと騒ぐわよ!!」


「大さんせーい!


私も美味しいもの一杯食べたーい!!」


「そうだな、俺も異論はない」


「ふっ……今回の負担は学園じゃないからな、俺も高級なの一杯食べさせてもらうとするか」



会長の言葉にはしゃぐ瑠璃先輩に、珍しくノリのいい来道先輩や会津先輩



「……ふぅ」


「さっきの会長、いつもと様子が違ったわね」



そんな様子を見て英里佳が緊張を解き、詩織さんも人知れずクリアブリザードの起動用スイッチに掛けていた指を退けてこちらに歩み寄ってきた。


あの会長の思考はいまいち完全に把握できないというか……いや、人間的に把握しても駄目な気はするけどさ。


そんな風に騒ぐ先輩たちを見ていたら、千早妃が僕たちの方へ近づいてきた。



「さて……それでは連理さま、後片づけなどもありますし、私はこれにて一旦失礼させていただきます」


「え……あ、ああ、そうだね。


こっちの学園に来るのって夏休み中になるのかな?」


「そうなるといいのですが……迷宮学園の転校など前例もありませんから」


「……その、戻って大丈夫なの?


色々と危なさそうだし……手続きとかお姉さんに任せてさ、一足先にこっちの学園に来ちゃってもいいんじゃない? それくらいは融通聞くと思うし」



千早妃の予知の価値は破格だ。


手放したくないという奴は多いだろうし……そのために何かしら千早妃に危害が及ぶのではないかと僕は不安になった。



「大丈夫です。またすぐに会いに行きます」



ディスティニーパークで別れた時とは違う。


晴れ晴れとしたその笑顔だった。


それを見て、僕は頷く。



「……わかった。その時を僕も楽しみに待ってるよ」




――東部迷宮学園は勝利


千早妃の未来予知に、来道先輩の空間干渉


ドラゴンを倒す手がかりも新たに手に入れ、見つけられた、大きな転換点の一つにもなった。



――――わけ、なの、です、が



「さて、それじゃあ連理、明日デートしましょうか」



「「え」」



詩織さんの急な発言に僕も英里佳も目を丸くする。



明日、体育祭最終日の一般人参加可能なエキシビジョン開催日



僕の体育祭はまだ終わらない――!!

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