第261話 知らない間にほぼ終わっていたという話。

新品の制服に袖を通し、朝、早起きしてシャワーを浴び、歯磨きも念入りにこなす。



「戒斗、どうだろう?」


「知らねえよ、朝っぱらからはしゃいでんじゃねぇよ……」



身だしなみについて質問すると返ってきたのは物凄く不機嫌そうな声だった。


昨日は祝勝会と称してお祭り騒ぎで夜寝るのが遅くなったからまだ眠いのだろう。



「特別早いわけじゃない時間でしょ」



ちなみに今の時間は7時


これから朝食を食べる予定である。



「迷宮攻略もしない、体育祭も今日は俺たちには関係ないもんばっかり……いわば貴重な完全休養日。


冷静に考えれば、俺たちかなり頑張り過ぎっス。今日くらいは惰眠をむさぼりたいッス」


「今日実家に行くって話じゃないの?」


「だからこそッスよ……あの家は、あまり好きじゃないんス。


正直テンションが下がるわけッスから」



……中二の時に父親と大喧嘩したっていう話だったし、その影響なのかな?



「で、お前今日は朝は詩織さん、昼から苅澤さんで、夜には榎並さんと…………ふぅ」


「ため息つかれるのはそれはそれで辛いんだけど……言いたいことあれば言いなよ」


「いっそ爆発……いや、お前の場合はフラグになりかねないッスね」


「その発言の方がフラグっぽくなるでしょうが」


「冗談はさておき……折角の最終日なのに家族と一緒じゃなくていいんスか?」


「それなんだけど、両親は昨日の時点で実家に帰っちゃったんだよ。


畑や果樹園をいつまでもご近所さんに任せっぱなしにもできないって。


転移の魔法陣使って昨日帰った」


「ああ、そういや農家だったすね、実家。


全国の競技場をつなぐ魔法陣も、昨日で使えなくなって…………ん? じゃあ椿咲ちゃんも帰っちゃったんスか?」


「いや、椿咲はまだ残ってる。


で………………戒斗、あの……もし」「任せろッス」「まだ言ってない」



ベットで丸まってたのに一瞬でキメ顔で立ち上がりやがった……!



「いやいや、みなまで言うな。


この実績に裏打ちされた安心と安全の戒斗さんにお任せッス」


「戒斗はまず実家に行くんでしょ。


先にそっち済ませなよ。その間は英里佳が一緒にいてくれるらしいから


あと、椿咲は今日の夕方には新幹線で帰るんだからな」


「わかってるッスよ。


まぁでも、お前が俺と椿咲ちゃんを一緒にいること許すとはどういう風の吹き回しッスか?」


「…………流石に、これ以上やったら椿咲に本気で嫌われそうだし」


「ああ……つまり納得はできてない感じッスね」


「一応は認めてるつもりだけど……まだ椿咲は中学生なんだからねぇ……戒斗を信用してないわけじゃないけど、節度的にねぇ」


「お前は節度って言葉の意味を辞書で調べ直せ。真面目に」



いつもの三下口調じゃなくてマジトーンで言われた。



「ん、んんっ……とにかく、父さんと母さんからも、戒斗によろしくと言われてしまった以上、もはや僕一人でどうこうできる段階じゃないわけで……


あと実際、正直戒斗以外の野郎には任せるとか絶対に無理って感じ。


……というか、ここまで馴染み過ぎて得て逆にちょっと戒斗が心配なんだけど。いいの? 完全に外堀埋められてるよね? 戒斗が、っていうよりもう完全に椿咲が狙いに行ってるような気がしてならないんだよね。今更だけど」


「本当に今更ッスね。


それを言ったらお前も囲まれてる状態になってるじゃないッスか」


「「……………………」」



ホテルの一室にて、なんとも言えない微妙な沈黙が流れた。



「……この話、やめようか。」


「そう……ッスね……男として、ちょっと落ち込んでく感じになるッスからね……


いや、別に椿咲ちゃんに不満とか微塵もにないッスけど」


「そうだよね……うん、別に嫌な思いをしてるわけじゃないし」



僕と戒斗はお互いに頷き合う。



「僕は朝食に行くけど、戒斗はどうする?」


「もう目も覚めたし、俺も行くッスよ」



そして朝食が出されてるホテルの一階フロアへとむかう。


おしゃれなブッフェ形式で、こういう場所だとついつい多めに取ってしまう。



「ん、ちょい失礼」



戒斗が持っていたスマホが着信音を鳴らす。


このスマホは生徒会から手配されたもので番号を知っているのはかなり限定されているはずだが……?



「……え、姉貴?」



どうやら相手は日暮先輩らしい。



「え、そりゃ今日行く予定だったッスけど……え? は、ちょっ……え、許可取ってる?


向こうも了承してるって……いや、俺初耳だし、というかそれ連理も知らないんじゃ……え、わ、わかったッス……連理、姉貴が変われって」


「え、僕に?」



一体どうしたのだろうかと疑問におもいつつ、戒斗からスマホを受け取る。



「もしもし、歌丸です」


『どうも、日暮亜里沙です。


妹の椿咲さんですが、本日うちの実家にお招きすることとなりましたので』


「……はい?」


『すでにそちらのご両親には話は通してありますし、椿咲さんご本人にも確認が取れています。


では、失礼します』


「え、ちょっと待って――」



僕が質問する前に、通話が切れた。


ツー、ツー、という音声が聞こえ、僕も戒斗と向かい合う。


半分困惑半分照れな苦笑いな戒斗と、完全に無表情な僕。



「……ごめん、一発殴らせて」


「理不尽すぎるッス!!」



お互いの家が本格的に囲い込みというか、もう完全にそういう話に進んでるだろこれ!!


僕の意志とか完全に介入する余地がないじゃないか!!



「…………冗談はさておき」


「目がマジだったッスけど」


「冗談は、さ、て、お、き…………いや、本当にこれ、もう完全に確定コースでしょ」


「そう……ッスね……」


「戒斗って一応政治家の息子でしょ……うち、普通の農家なんだけど」


「今のお前の立場がもう普通じゃないッスよ。


それに、お前の両親って迷宮学園初期のときに活躍してるから顔も意外と広いみたいじゃないッスか」


「……だけど、それじゃまるで」



――椿咲が政治の道具にされてるみたいじゃないか。


そう思ったとき、戒斗は真剣な顔になった。



「心配しなくても大丈夫ッスよ」


「……え?」


「今回の話も、たぶん姉貴は先を見越して横槍を入れてきたんじゃないッスかね。


金瀬製薬っていう後ろ盾以外に、状態の椿咲ちゃんや、おじさんやおばさんに……不本意ながら親父っていう政治家も増えた。


一番危険なのはこれから椿咲ちゃんが入学するまでの間にそういうお前のこと利用したいっていうアホが出てくることだったッスけど……今回の話が進めばそれを牽制できるとでも考えたんじゃないッスかね。


俺は親父の後を継げるようなやつじゃないし、親父も……融通が利かない分、そういう姑息なことはしないように立ち回るッスから」


「そっか……わかった、信じるよ」



まぁ……確かに家族が人質に取られるのはかなり怖い。


未遂に終わって、結局僕が人質になったけどさ……


とにかく、それが戒斗のお父さんの存在によって防げるならそれに越したことは無いし、これ以上に信頼できる人はいないだろう。



「……そう言えば、日暮って名字の政治家っていないけど?」


「日暮は母親の旧姓ッス。


政治家の息子って学園で知られると色々と面倒ッスからね」


「なるほど。


ちなみに父親誰? 僕でも知ってる人?」


「お前、政治家の名前ちゃんと覚えてるんスか?」


「正直全然」


「金瀬製薬もろくに知らないならどうせ言ってもわかんないッスよ。


とにかくちゃちゃっとメシ食うッスよ。


ひとまず椿咲ちゃんに面倒は掛けさせないッスから、お前はちゃんとエスコートするんスよ」


「……わかった、そうするよ」



その後、食事を済ませた後に僕は戒斗とは別れ、ホテルから少し離れた公園で待機していた。


道行く人が遠目にこちらを見ている。


制服が目立つというのもあるが、この体育祭の期間中に僕はかなり目立つことしまくったからね。


血塗れになったりゲロ吐いたり、ドラゴンに喧嘩売ったり……あと、まぁ……英里佳とキスしたり。


世間一般の時の人とはこういう気分なのかなと不特定多数の視線を受けながらぼんやりを考えていたら背後から人の気配がした。



「早いわね、連理」


「詩織さん、おはよう」


「ええ、おはよう。昨日はよく眠れた?」


「うん、ちゃんと寝たよ」


「はい、嘘」



詩織さんは距離を詰めてきて間近で僕の顔を覗き込む。



「目の下に隈で来てるわよ? 昨日ちゃんと寝なさいって言ったわよね?」


「……その……ちょっと興奮して眠れなかったというか」


「小学生じゃないんだから。いくらスキルである程度無理が利くって言っても、体によくないわよ」


「そ、それはともかく。


デートってどこに行くの?


言われた通りに制服で出てきたけど……目立つよ、すごく」



前日に東京に来た時も制服姿は凄く目立った。


デートに行くなら、やっぱり制服以外にしないと目立って大変というか。



「いいのよ制服で。


今日は競技に参加するんだから」


「え」





『一般人参加可能の迷宮生物討伐ゲーム!


対象はゴブリンを模したミニゴーレムとなっております。


学園長型の魔法で、一定時間内常に一定数出現し続けるゴーレムを時間内にどれだけ倒せるか腕試しです!


そして今回、飛び入り参戦されるのは、この体育祭でも話題となったお二人!


歌丸連理選手と、三上詩織選手です!』



日本全国でつながっていた魔法陣も今は解除され、今は規模が縮小されたが、東京都内……いや、関東圏内と関西の各所で開催されている一般人参加競技場の一つに僕と詩織さんはやってきていた。



「さて、それじゃあ行くわよ。


全力で戦いなさい、連理」


「いまいち状況はよくわからないけど、わかった!」



詩織さんに促されて、僕はその手に魔剣・鬼形を出現させた。


封印としていたレージングを腕に巻き付かせ、鯉口を切る。


その瞬間に肉体が変化を起こし、視界が赤く染まって気分が高まったが、それも一定で終わる。思考は冷静なまま、確かに高まった力を全身で感じた。


そしてそれにこたえるように、詩織さんもクリアブリザードを抜いて、制服を迷宮仕様に変更する。



「時間内にどれだけ倒せるか、競争よ」


「へぇ、言っておくけど今の僕が今までと同じ思ったら大間違いだよ」



この体育祭の期間中に手に入れたこの魔剣と、サムライのハイエンドのスキルの数々。


もはやザコとは呼ばせないくらいの実力は身に着けたと言っても過言ではない。



「知ってるわよ。だから競争したいんじゃない」



詩織さんのその言葉が、なんだか嬉しくなった。


詩織さんは、いつだって相手を正しく評価しようとする。


その彼女からここまでの評価を貰ったなら、答えなければ男じゃない。



『3、2、1――スタート!!』



開始のブザーが鳴り、僕と詩織さんは同時に動き出した。




で……どうなったかというと……




「普通に負けた……」


「普通に勝ったわね」



会場から少し離れたベンチにて、僕はうなだれた。


特別に僕が苦戦したというわけでもない。


相手がゴブリンってことで僕も普通に倒したことのある相手を模した敵だ。


一撃で倒せた。


一方で詩織さんも、クリアブリザードを使って大規模攻撃を放ったわけでもない。


でも……なんというか……



「残心がなってないわね。颯を放った直後に無駄に固まってる時間がある。


連理の場合はスキルのおかげで硬直がないはずなのに、そのせいで折角のスキルが無駄になってるわね」


「うん……一撃放った直後で、視界が一気に変わるから、次の敵を探したりどこを攻撃するのかつい考えちゃうんだよね」


「これは今後も課題ね。


折角連理自身もかなり戦えるようになったんだし……英里佳のお母さんから託された技術、無駄にはしたくないでしょ」


「それはもちろん。


でも、このスキルって使おうと思えば詩織さんも使えるんじゃないの?」



会長だって昨日は使えたんだ、詩織さんだって可能なはず。



「できないことはないだろうけど……私の場合はまだ自分の技術を極めたとも言い難いわね。


まだクリアブリザードに振り回され気味だし……少なくとも、ルーンナイトにならなくてもクリアブリザードを制御できるまでは他の技術に目移りしてる余裕はないわ」



何か耳が痛い……


僕の場合、新しいスキルどんどん覚えるのがメインで、一つのことを極めるとかしてきてないからなぁ……



「さて……それじゃあ次の競技行くわよ」


「え?」


「え、じゃないわよ。


午前中は私とのデートでしょ」


「それはわかってるよ……でも」


「……もしかして、楽しくない?」


「いや、楽しいよ。こういう雰囲気とかすごい新鮮だし。


でも……デートとして詩織さんを楽しませられてるのかなって思ってさ」



体育祭というものは、入院生活が長かった僕には無縁なもので、こうして命の危機を感じずに楽しめるのはとても楽しい。


だが……一般的なデートとしてこれは正解とは言えないような気がする。



「うーん……私もね、昨日は勢いで誘ってみたけど……」



ですよね。普段の詩織さんならあんな言い方はしないとは思ってた。


相当にストレスとか溜めさせちゃったんだなってガチで反省したもん、僕。



「色々考えてみて、それで単純に買い物とかも考えたんだけど……私、体動かす方が好きなのよね」


「まぁ、確かに詩織さんってそんなイメージだよね」



僕や英里佳も同じくらいトレーニングはしてるけど、僕の場合は焦り、英里佳の場合は単なる習慣からだ。一方で詩織さんの場合はどこか楽しんでやっている節がある。



「小さい頃から迷宮攻略のために体動かして来たから意識してなかったけど……私、運動が好きなのよ。


それが当たり前な生活だから気付かなかったんだけどね」



そう言いながら、詩織さんは立ち上がる。



「紗々芽は運動あまり好きじゃなし、英里佳も人混み嫌がるし……折角の体育祭なんだから、誰かと一緒に楽しみたいって思ったの。


それが、私の選んだデートよ」



照れくさそうに笑いながら、詩織さんは僕に手を差し出す。



「迷宮だと、こんな風に考えてる余裕ないけど……今日だけは特別。


一緒に楽しみましょう」



普段は頼りになる我らがリーダー


でも今は、この体育祭というイベントを心から楽しんでいる女の子


そんな詩織さんが、とてもかわいいと僕は思った。



「よし、じゃあ行こう!


次は負けないよ」


「言ってなさい、次も私が勝つから」



そんな風に僕たちは笑い合いながら、手をつないだまま体育祭の競技を巡っていくのであった。

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