第262話 お嫁さんかと思ったらお婿さんかもしれない。



連理と詩織が二人で体育祭を巡っている一方


現在、連理の妹である歌丸椿咲は……リムジンに乗っていた。



「…………」



自分の人生において乗るとは思ってなかった高級車のフカフカなシートに座り、緊張から固まっている椿咲


一方の戒斗は、その隣で椿咲の様子を見て苦笑いを浮かべる。



「悪いッスね、面倒なのに付き合わせちゃって」


「い、いえ、こちらこそお招きいただきまして……」


「無理しなくていいッスよ。


今日は本当に身内だけッスし……親父と違って、うちの母さんはそういうの気にしないッスから」


「……その……お父様は政治家なんですよね?」


「そうッスよ。


……峰岸零士みねぎしれいじ、それが親父の名前っス」


「えっ……!


そ、その人、次期総理大臣になるって噂のあの人ですか……!」


「そう奉り上げたい連中は多いみたいッスね」



戒斗は興味なさそうに車窓を眺める。



「ま、俺には関係ないことッスよ。


姉貴は政治家としての将来を見据えて色々準備してるけど、俺はそんなの全然ないッスからね」


「……そんなに仲が悪いんですか?」


「良くはない……ッスけど……まぁ……今にして思うと俺が一方的に反抗期こじらせてただけッスよ」



気まずそうに遠い目でそう語る戒斗



「親父は口を開けば勉強、勉強、勉強しろ……それにうんざりした俺は、当てつけとして北学区に志望したんスよ。


それに……実はちょっと、迷宮に憧れもあったッスからね。親父にも母さんにも大反対されたッスけど」


「……そう、ですよね。


北学区に興味のある人は多いけど……保護者から反対されてるって友達の間でもよく耳にしますし」


「まぁ、実際は勉強から逃げたいって気持ちの方が強かったと思うんスよね、当時は。


北学区への進学を理由に勉強から逃げて、昔からの親父の知人を頼って紹介してもらった迷宮攻略の予備校に入り浸って……まぁ、そこでもパッとした成績は出せなかったッスけどね」


「え……そうなんですか?」



椿咲からみれば、戒斗はかなり強いと思うし、実際にその腕前は上級生相手にも通じたことを目にしている。


そんな戒斗が、中学の予備校で苦戦するとは想像もつかなかった。



「今でこそ銃使って活躍してるッスけど……俺ってシングルアクション……今使ってるリボルバーみたいな銃以外はからっきしなんスよ。


そんな銃で迷宮攻略なんて非効率だってことで、基本的にはマシンガンとかアサルトライフルが主流で使われるわけッスから……かといって体術も人並み以上にはなれず……斥候みたいな役割に適性があったくらいッスよ。


……まぁ、俺がなりたかったのとは全然違かったッスけど」


「戒斗さんはどんな風になりたかったんですか?」


「そりゃ……まぁ、剣とか槍とか使って、迫り来る巨大なモンスターをばっさばっさと倒せるようなヒーロー……そんな感じッスよ。


その役目は詩織さんや榎並さんがやってるッスけどね」



そんな言葉を聞いて、椿咲は前に兄である連理も似たようなことを言っていたのを思い出す。



「……そんなことは無いと思います。


戒斗さんは、私にとってはヒーローです。私を守ってくれました」



そんな椿咲の言葉を戒斗は車窓から視線を椿咲に戻して、ゆっくりと首を横に振った。



「……俺は、間に合ってないッスよ。


それに、椿咲ちゃんを守ったのは連理っス」


「確かに兄さんも私にとってはヒーローです。二人とも私にとってヒーローなんです。


だから……戒斗さんはそんな昔のことで暗くなることなんて全然ないと思います。


勉強から逃げるためだったとしても、北学区に戒斗さんがいてくれたから、私も兄さんもここにいます。


そのことで戒斗さんがもしいじめられるようなら、私がご両親にそんなこと無いってハッキリ訂正させますっ」


「……うちの親父、テレビで見るより生の方が迫力あるッスよ」



実際にテレビで峰岸零士を見たことがある椿咲は一瞬たじろぐが、すぐに手をぎゅっと握ってやる気を見せる。



「だ、大丈夫です、私、ドラゴン相手に安全な体育祭を口だけで勝ち取ったんですから」


「――ぷっ、そういやそうだったッスねっ」


「……ふふっ、はい、だから大丈夫です」


「まぁ、でも大丈夫ッスよ。親父は今日はいないらしいッスし」



そんな会話をしながらリムジンが止まり、目的地に到着した。


大きな門が、リムジンから降りた二人を出迎えるように開く。



「普通に横の通行口通るのになんでわざわざ門まで開くんスかね……」



開かれた門を見てげんなりする戒斗


一方の椿咲は想像の数倍迫力のある日本屋敷とその門構えに怖気づいてしまったらしい。



「――よく帰ってきたな、バカ息子」


「……え」

「……………」



そして開かれた門の先に待っていた人物を見て唖然とする戒斗と言葉を失う椿咲



峰岸零士



つい先ほど話題になっていた人物が、今、二人の目の前に姿を現したのだ。





「――危機一発クリティカルブレイク



「「「ぎゃあああああああああああああああああああああ!?」」」



榎並英里佳は現在、関東内で行われている野良試合が行われる競技場に来ていた。



「――逃ガサナイ」



そんな彼女は今日も元気に狂化されていた。



「――右の方に逃げてる人を追撃して」



そんな英里佳に義吾捨駒奴ギアスコマンドの効果を付与した指示で支援するのは、苅澤紗々芽は笑顔だけど目が笑っていない。



「うるさい」



そしてそんな紗々芽の傍らにて、人間を見て、冷めたを目向けるドライアドのララ



「だ、誰だよ歌丸連理がいなければただのベルセルクって言った奴!?」

「馬鹿じゃねぇの、ホント、馬鹿じゃねぇの!!」

「下級生相手にここまで圧倒されるとかふざけんなぁ!!」

「てかなんだこの木の根っこ! 千切れもしないし斬れもしねぇ!!」

「あのドライアド、絶対に一年がテイムできるレベルじゃねぇ!!」



動揺する英里佳と紗々芽に蹂躙される東西入り混じった上級生の集団



「い、いや、一番まずのはそっちじゃ――ぎゃふっ!?」

「お、おいだいじょ――がはぁ!?」

「ちっこい上に速過ぎ――どはぁ!!」



そんな集団の中で暴れまわる小さな生物



「ぎゅうっ!」



ドワーフラビットのギンシャリ



「きゅるる!」



エルフラビットのワサビ


戦いにやる気を見せるギンシャリはともかく、今回は珍しくワサビもやる気だった。


その理由は……



「歌丸くん ヲ 馬鹿 二 スル ナ」



事の発端はこうだ。


英里佳と紗々芽、そして当初の予定では椿咲の護衛として使わされていたギンシャリとワサビが一緒に行動していた。


美少女の二人と世界的に珍しいエンペラビットの進化系である二匹は自然と人目を引く。


特に英里佳はドラゴンの首を消し飛ばしたということで世界的に有名人となった。


そうなれば当然、声をかけてくる輩がいる。


東部ではすでに地位を確立している英里佳たちであり、そんなことをしても彼女たちが話に乗るはずがないのだが……西部には金に物を言わせて何でも思い通りになると勘違いしている者が複数いた。



「今からでも遅くない、西に来ると言い」

「金ならいくらでも用意できるぞ」



最初は口に出してはっきり断っていた英里佳と紗々芽だったが、あまりにしつこくて無視ようになる。


相手はそんな塩対応をこれまでしたことが無かったのか、これまでの彼女たち――特に英里佳の前では絶対に言ってはならないことを勢いで口にしてしまう。



「――歌丸連理とかいう、たまたまレアスキルを手に入れただけのだけのザコに尻を振るようなビッチには、俺様の高尚な――」



なんやかんや言っていたが、その言葉の前半部分だけで英里佳、怒髪天を衝く。


その場でぶっ殺してやろうかと思ったが、ここで紗々芽がにこやかに提案。



「近くの競技場で模擬戦をしましょう。


私たち二人とこの子たちを相手にして、勝つことが出来ればそちらの望み通りに西へ行ってあげてもいいですよ」



この時、相手の男は「引っかかったな馬鹿めっ」的な表情を見せ、後から大量に自信の仲間だか部下だか、金で雇われた東部の学生など大量に呼び出してきたが、そんなことは紗々芽も英里佳も想定の範囲内。


むしろサンドバックが増えたという感覚。


数多くの強者を見てきたので、紗々芽には相手の雰囲気でどれだけの実力者なのか大雑把にわかるようになっていた。


――目の前の連中は、北学区生徒会の連中と比べるべくも無いほどのザコであると。


当然である、本来生徒会とは学生たちのトップ


まして実力主義の北学区ならばなおのこと。


すでに実力は同格となっている英里佳とそんな連中と相手に渡り合うために訓練を積んでる紗々芽が本気でそんな連中と戦えばどうなるか?


結果は一目瞭然。


蹂躙である。



「ザコの癖にうるさい」


「歌丸くんなら勝てはしなくてももう少し、持ちこたえてたかな」

「うん、そう思う」


「ぎゅう」

「きゅる」



英里佳、紗々芽、ララ、ギンシャリとワサビによって倒されて立てなくなった学生たちにそう言い残して、会場から去っていくのであった。





「まぁ、楽にしたまえ」


「は、はひっ」



戒斗の実家でまさかの父親との出会いに緊張感が高まってガチガチの椿咲


畳の客間で、そこで椿咲は正座で座る。



「若い人は正座は苦手だろう。楽に座ってくれていい」


「い、いえ、大丈夫です。


実家も畳なので、正座は慣れてますので」



落ち着かない椿咲の様子を見て、隣で胡坐をかく戒斗は自然と眉間にしわが寄った状態で父である峰岸零士を見た。



「忙しくてこっちにはいないんじゃなかったんスか?」


「なんだその喋り方は? 姿勢はともかく、せめて言葉遣いを正せ」


「質問に答えろッス」


「質問に答えて欲しいならば相応の態度というものがある。


自分のその態度が適切であると思っているわけでもないだろ。


まさかその口調のまま母親に会うつもりか?」


「……わかりました。


では、どうしてこちらにいらっしゃるんですか、峰岸零士さん」


「素直に父と呼べんのか?」


「さっさと応えてください、親父」


「…………」

「…………」



気まずい雰囲気に椿咲はおろおろと二人の間で視線を動かす。



「――零士さん、戒斗さん


お客様の前なのにそんな態度は失礼ですよ」



ゆったりとした、だけど芯のある通りの良い声が聞こえてきた。


廊下側の引戸が開くと、そこには一人の妙齢の女性が座っていて、音を立てずに部屋に入ってきた。



「……母さん、お久しぶりです」



姿勢を正座に正して頭を下げる戒斗


そんな戒斗を見て、女性は嬉しそうに目を細める。



「親子なんだからそんなかしこまらなくていいのよ。


それにしても……まさかこんなに早く再会できて……その上」



女性は戒斗から椿咲の方へと視線を移す。



「まさかこんな可愛らしい恋人を連れてくるなんて」


「そ、そんな可愛らしいだなんて……」



その瞬間、戒斗は思った。



(恋人ってところは否定しないんスね……まだちゃんと告白してないのに……)



別に悪いことではないし、素直に喜ばしいことであるのだが、男の沽券的なところで微妙な気分になってしまう戒斗なのであった。



「では、改めまして。零士さんの妻で、戒斗さんの母親の峰岸依吹みねぎしいぶきと申します。戒斗さんがお世話になっているみたいで、ありがとうね」


「い、いえこちらこそ戒斗さんには兄共々お世話になっております。


歌丸椿咲です。よろしくお願いします」


「ええ、良く知っているわ。


まずはありがとうね。


貴方のおかげで、この体育祭もとても穏やかなものになったのだから」


「いえ、私はただ当たり前のことを言っただけですから」



年上の女性に丁寧に頭を下げられて戸惑う椿咲だったが、さらにそこで零士が口を開く。



「――いや、そう謙遜することでもない。


君のおかげでこちらはとても助けられた。


多くの日本国民代表として、君には改めて礼を言いたい。ありがとう」



自分の父が他人……それも自分より年下の女の子に頭を下げる姿を夢にも想像してなかった戒とは、零士の姿を見て目を丸くする。



「零士さんったら、亜里沙さんから椿咲さんがこっちにいらっしゃるって聞いたらわざわざ門で自分が出迎えるって言って聞かなくって」


「……おい」


「あら、失礼しました」



そんなやり取りを見て、戒斗は毒気を抜かれてしまった気分になる。



「仕事が忙しいからてっきり会うことは無いと思ってたのに……椿咲ちゃんに会うためにこっちにわざわざこっちに来たわけですか」


「彼女は日本国民の恩人だ。礼を尽くすのは当然のことだ」



この父親も他の政治家同様に椿咲を利用するために来たのかと危惧を覚えた戒斗だったが、即座に依吹が訂正を入れた。



「いいえ、元々零士さんは一週間前に戒斗さんがこちらに来るって予定を早めて今日一日時間を作ったんですよ」


「………………おい」


「零士さん、亜里沙さんからも言葉が足りないって言われたではないですか。


そんなだから戒斗さんと喧嘩が絶えなかったんですよ?」



依吹は困ったようにため息をつき、戒斗はどういうことかと首をひねる。



「言葉が足りないって……どういうことですか?」


「戒斗さんが中学の時の勉強してた時期、どこに進学する予定だったと思ってますか?」


「え……そりゃ、姉貴――んんっ……姉さんと同じ東学区だったのではないんですか?」


「はぁ……それはこちらもできれば、という程度で別に西でも南でもよかったんですけど…………戒斗さんに勉強勉強って押し付けるから、やっぱり勘違いしてたじゃないですか」



言葉の途中で咎める様な視線を向けられて零士は眉間にしわが寄る。


怒っているというより、困っている感じである。



「……どの学区に進んでも勉強はしておいて損はしないと言いたかっただけだ。


俺も北以外ならばどこでも問題はなかった」


「……はぁ?」



零士の言葉に本気で理解できないという具合に声を発する戒斗



「あんだけ勉強しろの一点張りだったのに、東じゃなくてもよかった……そういいたいんですか、今更?」


「今更ではなく初めからそうだった。ただお前が勝手に勘違いしていただけだ」


「あんな一点張りでよくそんなこと言えましたね。だいたい、進路について意見を聞いた時に東に入れるように勉強しろって言ったのはそっちじゃないんですか」


「確かに言ったが、お前が他の学区に行きたいというなら別に止めはしなかった」


「いやいや、あれは明らかに東以外の進路とか一切認めてないって発言だったじゃないですか」


「こちらに意見を求める時点で他に目標がなさそうだったからひとまず東を進めたに過ぎん。


他に行きたいとあの場で言ってくれれば、むしろ専門分野を学べるようにこちらは準備をしたのだぞ。


だというのに勉強が嫌だからと北学区に進路を決めるとは……まったくお前という奴は」


「まったく、は俺のセリフです!


何なんですかそれ! よくそんなので政治家なんて務まりますね!」


「そんなのとはなんだ、そんなのとは。


だいたい、亜里沙は言わなくてもちゃんと伝わってるぞ」


「姉貴の聞き上手に胡坐かいてるんじゃないですか!


まさか普段の政治家としての活動も周りの人にそうやってサポートされてるんじゃないんですか!


母さんが言ったように、言葉が少ないとか、しょっちゅう注意されてるんじゃないんですか!」


「………………そんなことはない」


「今の間はなんですか!?」



口調は穏やかであるが、普段よりも感情が表に出ている戒斗


そんな二人のやり取りを見て椿咲はさらに戸惑ってしまう。



「ごめんなさいね、零士さんも戒斗さんと会えてはしゃいでるみたいで」


「はしゃいでるんですか、あれ……?」


「戒斗さんの活躍を誰よりも喜んでたのは零士さんですから。


顔には出ないし、言葉も少ない人ですけど……本当は誰よりも戒斗さんの将来を心配していたんですよ」



依吹のその言葉に、椿咲は内心安心して表情が少し緩んだ。


家族のことでもしかしたら何か問題を抱えているのではないかと心配していたのだが、それが杞憂だったのだとわかって安心したのだ。


本人たちはまだまだ問題が残っているが、いずれ解決するであろう。


そう思って気持ちが軽くなった、その時だ。



「椿咲さん」


「あ、はい」


「戒斗さんのお嫁さんとして、うちに来てくれませんか?」



母親のまさかの発言に、戒斗が目を向いて慌てて依吹の方を見た。


その時、椿咲はキョトンとした顔になって……



「え、亜里沙お義姉さんからは婿入りってことで話を進めていただけると伺ったんですが……」


「あら、そうだったの?」


「はい、お義姉さんも家のことは戒斗さんはあまり興味なさそうだから自分が引き継ぐからと」


「あらあら、だったら歌丸戒斗さんになるのかしらねぇ?」



まさかの返しに思考が完全停止した戒斗だったが、依吹はだし巻き卵が思ったよりちょっと甘かった程度のリアクションで済ませている。



「――はい?」



日暮戒斗、すでに自分が思っていた以上に外堀を埋められていたことにようやく気付いた。その瞬間であった。

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