第263話 水・着・回。単独では普通だが、並べると含みが凄い。



どこか知らないうちに家族に関する重大な出来事が起きたような気がする、歌丸連理です。



「はぁ、くっそー、今のは行けると思ったのに!」


「ふふっ、まだまだ詰めが甘いわよ」



僕と詩織さんは、今度は迷宮を模したアスレチック……ぶっちゃけS〇SUKEだが……とにかく、そのアスレチックをどれだけ早くクリアできるのかを競争した。


この競技には予め設定しておけば学生証からのステータスの恩恵がカットすることもできて、今回僕と詩織さんはその状態で協議に挑んだ。


まぁ、結果はさきほど言った通り。ギリギリで僕が負けた。



「今更だけど、連理もかなり体格しっかりしてきたわよね」


「そうかな?」


「そうよ。出会った当初何てモヤシみたいだったのに、今じゃしっかり体格も良くなってるし」


「見た目はあんまり変わらないけど?」


「そりゃ、この制服って結構厚手だし、年中これだからぱっと見はね。


でも薄着になったときとか鍛えてるなって一目でわかるわよ」


「ほほぅ……そう言われるとちょっと自信つくかな。


まぁ、冷静に考えると入学当初の僕ならギリギリどことか圧倒的大差でこの競技も撒けてただろうし」


「そうね。


ところで、そろそろ着替えないと時間危ないんじゃないの?」


「時間って……紗々芽さんとのデートのこと?」



一応学生証で時間を確認した。



「まだ一時間以上あるじゃん」


「運動に誘ったのは私だけど、そんな汗臭いまま紗々芽に会うつもり?


絶対に良い顔しないわよ。


ホテルに戻って、シャワー浴びて着替えて行きなさいよ」


「……あー……まぁ、そうだね」



親しき中にも礼儀あり。


迷宮の中ではこれくらいの汗臭さは日常茶飯事だが、今日はデート。


流石にこのままではいかない。


いかないのだが……でも、詩織さんとの時間もまだあるのにその時間で汗流すだけというのは……なんか凄い損した気分だ。


そう思ってふと、僕はある場所を思い出した。



「じゃあ、詩織さん、ちょっと一緒にあれ、いかない?」


「あれ?」



詩織さんと一緒に楽しめて、汗も流せて、着替えるのに手間もかからない理想的な場所


それが今、この東京にあった。



「というわけでやってきました温水プール。しかも学園にあったあのプールの本店だからフリーパスも有効超お得」



椿咲が迷宮学園に来た時にも立ち寄った室内プール、その本店がこの東京にあった。


そこで僕と詩織さんはレンタルの水着でやってきた。



「プールで遊んで、終わったらシャワー、そしてそのまま学生証にある代えの服に着替える。完璧なプランだ」



我ながら臨機応変な対応である。


そんな自画自賛をしながら僕はその場で準備運動をする。



「――おまたせ」



その間に、着替えを済ませた詩織さんがやってきた。



「……おぉ」



振り返り、その姿を見て自然と感嘆が口からこぼれる。


元々スタイルがいいというか……グラビアアイドル顔負けのぼんっ、きゅっ、ぼんっな男の理想のような体つきの詩織さん


その水着姿を見て、思わず手を合わせてしまう。



「何やってんのよ?」


「感謝の気持ちがあふれてきて……えっと……凄く綺麗です」


「そ、そう?


今回も急だったしレンタルの水着だったけど…………悪い気はしないわね。ありがと」



詩織さんは少しばかり照れくさそうに視線を横に流す。


胸を少しばかり手で隠そうとする恥じらいと、手では隠し切れないばかりに大きなモノをお持ちになっているというエロさ


その調和が思春期男子にビビッと劇物的な刺激を与えてくれる。



――ふぅ……これで獣耳があったら危なかっ……



「――あの、詩織さん、なんで今、僕、頭掴まれてるんですか?」


「なんか今、凄くイラっとした気がして……なんでかしら?」


「なんででしょうね」



力は込められていないので痛くは無いが、的確にこめかみを抉るように親指と人差し指でこめかみを挟み込んでいる。


実際にやられるより、いつ力を込められるかわからないということが恐怖心をあおる。



「まぁ、その……詩織さんもやっぱりスタイルいいよね」


「さっきの体格の話の続き?


男女だとその意味合いかなり変わってくる気が済んだけど……」



頭から手を放し、僕の言葉に恥ずかしそうにする詩織さん。顔もちょっと赤い。


普段の凛々しいギャップから凄く可愛い。



「それにしても……あんた、凄い怖がられてるわね」


「やっぱりそうだよねぇ」



先ほどから、周囲には他に人もがいるのだが……どうも僕は遠目に見られている。


原因はよくわかっている。


僕の身体の傷痕だろう。


腕とか肩とか、ラプトルに噛まれたり、剣で切られたりと色々あったからな。


僕の身体の傷痕って学園でもかなりひどい部類に入るから悪目立ちが凄い。



「見た目だけなら歴戦の戦士」


「あながち間違いじゃないけど、あんまり褒められたものじゃないからね、それ」


「ですよねぇ……ちょっと見え張りたかっただけです。


さぁ、ひと泳ぎ勝負しよう。負けた方がジュースおごりってことで」


「言ったわね。それじゃあやりましょうか」



僕と詩織さんはお互いにスタート台の上に立つ。



「そっちの好きなタイミングで良いわよ」


「じゃあ0って言った瞬間にスタートね。


3、2、1――0!!」



僕の合図で同時にプールへと飛び込む。


で……



「また普通に負けた」


「というかこのプールだとステータス維持されたままなんだから当然じゃない」



僕より先にプールから上がっていた詩織さんが手を差し出してきた。


僕はその手を掴んでプールからあがる。



「てっきり悪路羽途使って水面走るのかと思ったわ」


「いや、泳ぐ勝負なのにそれはしないよ流石に」



それに前にそれやって怒られたし。



「とりあえずジュース買ってくる。何が良い?」


「スポーツドリンク、できればクエン酸入りのがいいわ」


「スキルの効果で筋肉疲労は起きないはずだけど?」


「クエン酸のあの酸っぱい味が好きなのよ」


「なるほど、了解了解」





「ふぅ」



飲み物を買いに行った連理を見送り、詩織はプールサイドで一息つく。


そしてふと、詩織は自分の今の姿を見て考える。



――もし連理と出会わなければ自分は今頃何をしていたのだろうか、と。



初めて会ったときは、連理のことを正直馬鹿な男だと思っていた。


とにかく弱くて、迷宮というものを舐めている軟弱者であると。


だが、実際はあの時の誰よりも、死というものを深く理解した上で、自分が弱いことを認めた上であの場にいたのだなと考えさせられる。


無知で無力で無茶で無謀


無い無い尽くしで、それでも諦めるということだけは選ばなかった。


そんな彼の姿にいつの間にか感化されてしまい、それどころか不覚にも惚れ込んだ。


そして、それは自分だけではない。


英里佳が、戒斗が、そして紗々芽や、先輩たちだって、少なからず連理という存在に大なり小なり影響を受けて変化した。



「まだ3カ月程度しか経ってないのに……随分と昔に感じられるわね」



そんな風にセンチメンタルな気分に浸っていた時だった。



「ねぇねぇ、君一人? よかったら俺と遊ばない?」



日焼け金髪ドレッドヘアーの、これでもかという位のチャラ付いた男が詩織に声をかけてきたのだ。


見た所二十歳前後の年上の様子だが、ハッキリって詩織にとっては嫌いなタイプであった。



「連れがいるので、結構です」


「まぁまぁそんなこと言わずにさー、俺と一緒の方が楽しいって絶対に」


「結構です」


「そんなつれないこといわないでよ~」



しつこく近づいてきて言い寄ってくるチャラ男に苛立ちを覚える詩織


先ほどからその視線が胸やおしりに向けられているという事実に苛立ちを覚える。


――つい先ほども連理からも同じような視線は受けたが、やはり気の許した相手か否かでここまで感じ方が違うのだなと実感する。



「いいからこっちに来なってばっ」



やや……いや、かなり強引に詩織の手を掴んで引っ張ってきて、流石に我慢の限界が来たのか詩織も力づくで振りほどこうとしたが、その前にチャラ男の手は引き離される。



「やめろ」



淡々としているが、苛立ちのこもった声。


小脇にペットボトルのジュースを抱えた連理が、右手でチャラ男の手を弾いたのだ。



「痛ってぇなて、め……ぇ……」



連理を睨もうとしたチャラ男だったが、その言葉は徐々に尻すぼみになっていく。


それもそのはず、彼は連理の体中の傷痕を見て絶句しているのだ。


対してチャラ男は、長身で日焼けしているスリム……聞こえはいいが、連理よりも身長が高いがその分ずっと細いモヤシ体系。



「――人の女に手ぇ出すな」



そう言って、連理は左手で炭酸飲料の入ったペットボトルを握り潰す。



――お前もこうなりたいのか?



そういう脅迫を行動で示したのだ。


連理は決して強くはない。


強くは無いが……だからといって一般人より弱いかというとそうじゃない。


相手は学生証――ステータスの恩恵を受けてない一般人で、明らかに北学区以外の学区で安全にのびのびとした学園生活を送った卒業生。


ハッキリ言って、幼児と大人くらいの戦力差がある。



「っ……」



顔についた噴き出した炭酸を拭いながらチャラ男はその場から早足で去っていく。



「――――ふぅ……おまたせ、ジュースどうぞ」



今先ほどチャラ男を追い払ったのと同一人物とは思えないような柔和な表情でジュースを手渡そうとする連理


そんな連理を見て、詩織は含み笑いを浮かべる。



「人の女、ねぇ」


「っ」



連理の笑顔が強張った。その耳が若干だが赤くなる。



「誰が誰の女のなのかしら?」


「……いや、その……あの…………ごめんなさい、ちょっと独占欲が出てしまいました」


「答えになってないわよ」



とうとう顔まで赤くなる連理を見て、詩織の顔はニヤニヤへと変わる。


そんな詩織の顔を見て、連理は口を真一文字に閉じて、さきほどチャラ男が掴んだ手を掴む。


そして、強引に腕を引く。



「れ、連理、何を――」



その先は言えなくなる。


詩織の口は、連理に塞がれてしまったのだ。



「――、っ……ふぅ……まぁ、その……そういう、ことですのでっ……」


「――――っ……普通、人前で……そういうこと、する?」



連理は顔をさらに赤くし、詩織も同じくらいに顔を赤くしながら自分の唇に手を当てる。



「……嫌だったら、そのごめんなさい」


「ばか……嫌とは言ってないでしょ」


「っ……あ、あはは、ちょっと自分の分のジュース買ってくるっ!」



今更になって恥ずかしくなったらしく、詩織の分のジュースをその場において去ろうとする連理だったが、今度は連理が腕をつかまれた。



「また、声かけられたらどうするのよ?」


「あ、いや、すぐに戻るし……」


「ジュースなら、その……別に半分あげるわよ。


だから……あと少ししか時間無いんだから、一緒にいなさいよ」


「――わかった」





「……なんか今、凄く先を越された気がする」


「急にどうしたの紗々芽ちゃん?」





プールにて着替えを済ませた僕は、学園の制服から白木先輩に用意してもらった服に着替えた。


詩織さんはこの後も競技に参加予定なので制服のままだ。



「さて……それじゃあ紗々芽とは指定のお店で合流だったわね」



何でも東京で流行りのレストランらしく、予約数カ月待ちのところ、芸術系の競技で活躍した紗々芽さんにぜひ来てほしいと特別に招待されたらしい。


そんなわけで、昨日白木先輩には無理言ってかなりお高めな衣装を用意してもらった。


今まで着ていたみたいな制服の防御力を再現してくれるわけではないが、かなりお高い。


カジュアルなお店とはいえ、僕だけでは敷居が高い雰囲気だが、この格好なら大丈夫だろう。



「あの……お店の場所わかるし、僕一人でも行けるよ?」


「誘拐されたらどうするのよ」



真顔で言われた。


まるで小さい子供を心配する親のような目で。


……おかしいな、ついさっき凄い僕、彼女と良い雰囲気だったはずなのに……


でも過去の事例を考えるまったく反論できない。


そんなことを考えながら詩織さんと一緒に歩いていたときだった。



「おっ」「あら」「あ」



見知った顔の集団と遭遇した。


柳田土門やなぎだどもん先輩、稲生牡丹いなせぼたん会長代理


南学区の元トップと現トップのカップル



そしてララの保護の才地にはお世話になった甲斐崎爽夜かいざきそうや副会長



さらにそれに続くのは前に南学区のラーメン屋銀杏軒で出会った南学区の生徒会メンバー


三年会計の財前俊樹ざいぜんとしき先輩


三年書記の植木彌うえきみつ先輩


二年会計の更科誠之助さらしなせいのすけ先輩


二年書記の根須天也ねずてんや先輩


最後に、生徒会で書記をしている稲生薺いなせなずな



そんなメンバーとばったり往来で出会ったのだ。



「こんにちは。


皆さん勢ぞろいで東京満喫してるみたいですね」



全員制服姿で凄い目立つが、なんかお洒落なドリンク持ってるし高そうなサングラスしてるし、更科先輩はつい先ほど買ったであろう派手な革ジャンを制服のブレザーの代わりに着ている。



「おぅ、この体育祭期間中例年の数倍儲けたからな、今日一日は遊びまわるのさ」


「生徒会としての仕事も一段落したし、今で店を出してるのは個人で稼ぎたいって人たちだけだから」



土門先輩は食材準備と提供、そしてその細かい手配と分担を牡丹先輩がしていただろうし……裏方としてこの体育祭期間中はずっと忙しかったんだろうな。



「えっと……南学区の生徒会の皆さんですか?


直接挨拶するのは初めての方もいらっしゃいますよね。


三上詩織といいます」



そう言えば、銀杏軒で会った面子と直接会ったのは僕と英里佳だけだったっけ。



「どうでもいいが、お前らはデートか。いいご身分だな歌丸連理」



色々と含みのある言い方をしてくる甲斐崎先輩



「いえ、私とのデートは先ほど終えて、これから連理は紗々芽とデートです。


私は護衛、ですかね」


「……本当にいいご身分だな」



詩織さん、どうしてそこで言っちゃうの?


怒ってる? 実は怒ってるよね、これ、絶対に怒ってるよね?


まぁそりゃ起こるよね、いくら相手が紗々芽さんでも、さっきまでデートしていたのに別の女の子とデート行くんだから。


うわ、なにこいつ最低。僕なんですけけどねっ!



「やるねぇ、歌丸く~ん」


「天也、あまりからかうなって」



ぱっと見チャラい根須先輩にからかわれ、そんな根須先輩をたしなめる更科先輩



「歌丸くん」


「はい」


「……女の子に対して誠実に向き合わないと駄目よ?」


「……はい」



銀杏軒で優しくしてくれた植木先輩に諭された。


自分ではわかっているつもりだったが、他人から言われると改めて申し訳ない気持ちになる。



「三上詩織、お前がチーム天守閣の代表だったな。


財前俊樹だ。君らには以前から興味があった。夏休みに依頼を出したいと思っていたところだ」


「ありがとうございます。


ですが、申し訳ないですけど夏休みの予定については北の生徒会に話を通さないといけませんのでこの場では返答はできかねます」


「ああ、分かってるさ。


こちらも最初はそっちの生徒会を通すつもりだったからな」



銀杏軒であったときはシャチホコの毛皮に目がくらんでいた人とは思えないほど理性的な会話だ。


でも、なんだろう……この人の依頼ってなんかやな予感がする。根拠とか無いけど。



「相変わらずね、あんた」


「人なんてそんな簡単に変わらないだろ」


「それもそうだけど、あんたその内刺されるわよ」


「? よくあることだろ」


「……そういえばあんたの場合は刺されるどころじゃなかったわね」



なんだろう、自然と受け答えしただけなのに稲生がドン引きしている。



「それにしても、お前の周りは本当に話題が尽きないな、連理」


「別に僕、好きで騒いでるわけじゃないですよ、土門先輩」


「だな、もはや運命と言ってもいいだろう」



やな運命だな。



「まぁ、今日のところは楽しんでおけ。夏休みはどうせ休んでる暇とかなさそうだしな」


「夏休みなのにですか?」



土門先輩の言葉に首を傾げていると、稲生会長代理が苦笑する。



「夏休みだから、よ。


多分、歌丸くんたちが一番忙しくなるだろうから、頑張ってね」



「「?」」



先輩たちの言葉の意味を、この時の僕たちは意味が分からずにお互いに顔を見合わせた。


そして夏休みに突入したときに、その言葉の真の意味を理解させられるのだが…………それはまた、別の話である。



――さぁ、紗々芽さんとのデートに行こう!

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