第264話 ※ネタバレ※ 後日、土下座した後に殴られる。
■
戒斗の実家である峰岸家
当初不安だった両親との再会については恙なく事が進む。
それどころか一緒に来た椿咲は戒斗の母親の依吹がかなり仲良くなっている。
それはいい、それはいいが……
「それで先輩とはそんな風に何度も助けてもらって……」
「あらあらあらあらっ」
自分と椿咲の出会った頃の話を恋バナな感じで目の前で語られるという事実に戒斗は一人その場で静かに顔を手で覆う。
「ほぅ」
そして、父である零士は先ほどからその話を聞いてほくそ笑み、戒斗を眺める。
(この親父ぶん殴りてぇ!)
明確な怒りを覚える戒斗だったが、椿咲はもちろん、久しぶりに再会した母親がとても楽しそうに話しているところに水を差すことはしたくないという思いから耐える。
「中々有意義な話を聞けたものだ」
「そうですね。昔の私たちを思い出します」
「え?」
「えってなんですか、あなた?」
「……いや、君との出会いは唐突というか……二度目にあったときにはすでに婚約まで話が進んでいたが」
「あらひどい。私はずっと前から零士さんのこと想っていたというのに……」
「い、いや、別に君のことが嫌いだとかそういうことは絶対にありえなくてだな、ただちょっと驚いたというだけの話であって……」
「ふふっ、わかってますよ。冗談です」
そんな二人のやり取りを見て椿咲は目を輝かせる。
「ご両親、とっても仲がよろしいんですね」
「そうッスね」
一方の戒斗は目が遠くなっている。
実の姉である亜里沙のヤベェ源流はここにあったのだなと悟ったのだ。
当時の父がどれだけ困惑したのかを考えるとちょっとだけ優しくしてやってもいいかもしれない程度の考えは抱く戒斗である。
「ん、んんっ……戒斗、それに椿咲さん。
話は変わるが……まぁ、すでに分かっていると思うが日本政府はすでに歌丸連理くんに相当注目している」
「……まぁ、今更ッスけど、親父が言う位なら相当優先度が高そうっスね」
「先日の一件……ドラゴンの首を吹き飛ばしたという事実でさらに跳ね上がったといってもいい。
面倒くさそうな連中がしばらく周囲を嗅ぎまわるだろうし……何より、彼の……椿咲さんの実家にも面倒ごとが降りかかるだろう。
……あの二人に手荒い真似をしようと考える者はそうそういないだろうが、警戒しておくに越したことは無い」
「……椿咲ちゃんのご両親、普通の農家ッスよね?」
「はい、そのはずですけど……」
「確かに出生はいたって普通だが……あの二人がいなければ迷宮学園での被害は今より甚大だっただろう。
私は通うことは無かったが……あの二人は生徒会として多くの生徒を導いた。
政治家になって欲しいと、卒業後に彼らを説得したという話はよく聞く」
「……そんなに凄かったんですか、うちの両親」
「人伝なので個人としては何とも言えないが……その時期に学園に通って、現在官僚となっている者が高く評価している。
……私にはかなり辛口だというのに」
「それは親父にも原因があるだけでは……まぁ、とにかく、椿咲ちゃんの両親が危ないって話ですよね。
一応金瀬製薬の方でその辺りは手を回してると伺っていますが……ここで言い出すってことは親父の方からも手を貸してくれるという認識でよろしいのですか」
「……父さんと言え」
「親父」
「……昔はパパと言っていたというのに」
「――その話詳し」「椿咲ちゃん、ちょっと自重して」
前のめりになりそうになった椿咲の肩を素早く掴んで制止する戒斗
流石は学園随一の早撃ちの名手である。
「ふぅ……どうもこうも、お前が椿咲さんと婚約するという話を聞いて、そういう話題は避けられないから今この場で調整しておこうと考えただけだ」
(その婚約の話、俺は初耳だったんスけどねぇ……)
「だけど……俺は親父の後を継ぐ気も、椿咲ちゃんは当然、連理にもおじさんやおばさんにも利用させるつもりはありませんよ」
「それはもはや不可能だ」
「親父……いくらあんたでも、手出しは許さねぇッスよ」
戒斗は目を細め、声が低くなる。
「勘違いするな」
「勘違いとは?」
「今後、この国は……いや、世界は歌丸連理の動向を中心に振り回されるということだ。
政治が彼を動かすのではない、彼が政治を動かすのだ」
「「…………」」
帰ってきた零士の言葉に、戒斗も椿咲も絶句する。
そして脳裏に浮かぶのは……
『ですよね』
『ですよね……』
『ですよね~』
『ですよねぇ~』
基本、間抜け面な連理の顔ばかり。
「「いやいやいやいやいや」」
二人揃って首を振り、手を振る。
「あらあら、息ピッタリね」
「ああ、良いことだ」
「いやいやいや、親父、何を言ってるんですか? 連理ですよ、あの連理、ですよ?
確かにスゲー奴だけど、政治とか、国とか、世界動かすとか……確かに能力凄いけど、あの連理ですよ?
あいつが世界を動かすとか、そんなのできるわけが……」
「できない、と言い切れるのか、あれだけの力を示して」
「…………はぁ……そうですよねぇ~」
思わず連理と同じような口癖が出る戒斗
現実逃避、というわけではないのだが……深く考えないようにしていた事実を今改めて突きつけられた。
「彼、そしてその力の体現者ともいえる榎並英里佳は、その力を自分のために使うと宣言したが……力には責任が伴う。
本人の意志とは無関係にな」
「だから……俺に連理の手綱を握れと?
俺に、仲間のスパイをしろと?」
「定期的な報告はできれば貰いたいが、お前にしてほしいのは……現状維持だ」
「……は?」
「歌丸連理が、政治に関心を持たず、私利私欲……それは今もか……ドラゴン討伐以外のことで過剰に力を使わないように見張っていてもらいたいのだ」
「……つまり……親父は連理を利用したいんじゃなくて……」
「ああ、歌丸連理が、日本を、延いては世界を利用するようなことを避けたい」
「…………はぁ」
そこまで聞いて、戒斗は脱力した。
「それは杞憂です。
アイツはそんな」「前例があるだろ」
「ことはしない」と言い切る前に、今度は零士が低い声で言い放つ。
「クリアスパイダー討伐作戦。
史上初の犠牲者0で終わった最速記録の大規模戦闘
彼がその作戦開始前に多くの参加者を扇動したことは既にわかっていることだ」
「っ……それは、榎並さんを助けるために!」
あの時、連理が自分の選択をどれだけ苦しんでいたのか、知っている。
誰かを犠牲にしてでも英里佳を救いたいと言いながら、その犠牲を後悔し……そしてそれを救えるならと他人のために命をかけて見せた。
だからこそ、父親のその言葉は許せなかった。
「そうだ。彼は知ってる一人を助けるためなら知らないものを犠牲にする選択を実行する。
それ自体は珍しくは無いが、彼の場合はその規模の桁が違う」
だが、続くその言葉に反論はできなかった。
「……勘違いして欲しくないが、私個人としては歌丸連理くんのことはとても評価している。
彼の力も、その志も、正しいものであると私は考えている。
だからこそ彼に過ちを犯させてはならない。
しかし、それを諫められるのは我々ではできない」
「俺に……連理を監視しろ……と!」
「お前しかいないんだ、戒斗」
「っ……!」
言い返せないという事実が、悔しかった。
歌丸連理という親友のことをよく知っている戒斗は、その実、父親である零士の語った危険性については以前から熟知していたのだから。
それがかえって反論できない自分を苛立たせ、拳を強く握りしめる。
そんな戒斗から視線を外し、零士は椿咲に向き直る。
「君の兄のことを悪く言うつもりはないが……息子が単なる仲間としてだけではなく、将来的に親戚として関わる以上は、こちらも彼の動向について制御する責任がある。
無論、歌丸連理くんの邪魔をするつもりは毛頭ないが、私と彼につながりが出来たと周囲に勘繰られることは必至だ。
そんな中でもし、彼が問題となる行動を起こせば、私はもちろん、君たちにも不要な火の粉を被らせてしまう。これは必要なことなのだと、理解して欲しい」
「それは……」
表情を暗くする椿咲を見て、戒斗は拳を握って立ち上がろうとする。
(結局はあんたの保身のためじゃねぇか!!)
その想いを拳に乗せて糾弾してやろうと、そう考えた直後。
「――椿咲ちゃん、大丈夫よ」
言い淀む椿咲に、対面に座っていた今まで黙っていた依吹が口を開く。
「零士さんは小難しいことを言っているけど、要するに今まで通りに頑張って欲しいって戒斗を励ましてるだけだから」
「……え」
今日、何度目になるかわからないぽかん顔をさらす戒斗。
「……依吹」
「零士さん、政治家として建前も大事なのは理解していますけど、戒斗さんを励ましたいならもっと分かりやすくしないと伝わらないと何度言えばわかってくれるんですか?」
「いや、だがこれは必要な……」
「今まで通りでいいなら、別に言わなくても良いことですよ。
そういう説明は、むしろ戒斗さん以外というか、もっと普段から顔を突き合わせてる口うるさい方々に説明することでは?」
「むっ……」
依吹の言葉に閉口してしまう零士
そして今度は、依吹は戒斗を見る。
「戒斗さん、零士さんは難しい立場です。それはわかっていますね」
「それは……わかっています」
握っていた拳はまだそのままだが、そこに込められた力は徐々に抜けていく。
「ですが、政とは古今東西、綺麗事で済んだ試しがありません。
清濁併せ吞むことが必要になることなのです。
零士さん本人には利用する意思はなくとも、周囲がそうと限らない以上、その関係を前面に出して他の政治家の強硬策を黙らせなければならない時が来るかもしれません。
だからこそ、親戚関係について政治的に利用する機会がこれからあるかもしれない。
つまり、今のうちにそのことについて謝罪しておきたいから話してるだけですから」
確かにそうだ。
今、こうして家族間の問題について誤解が解けた以上、たまに家族に連絡の手紙くらいは出しても良いかなくらいは考えていた戒斗
まして父親が政治家という立場である以上、本来は携帯が禁止されている学園と日本との通信機について持たせることだってできなくはない。
それを使えばいくらでも連理の動向を伺うことができる。
黙ってさえいれば、初めからそれらの情報はいくらでも手に入ったし、逆に学園にいる戒斗に、政治について親戚関係を利用していることを隠すことは容易だったはずなのだ。
何故、そんなことを今この場で告げるのか?
そんな疑問を持って戒斗が零士に顔を向ける。
すると零士はどこか拗ねたようにそっぽを向いて……
「だから…………最初からそう言ってるだろ」
「言ってねぇ!!!!」
拳の力が全力のツッコミに変わった瞬間である。
■
「ランチ、美味しかったね、紗々芽さん。
流石は有名店の看板を掲げるだけのことは…………あれ、紗々芽さん、どうしたの?」
「……なんか、凄くぞんざいに扱われた気がする」
「え、何が?」
■
昼食を済ませ、ひとまず戒斗は久しぶりの自分の部屋に椿咲を連れて移動した。
「まぁ、適当なところに座ってくれッス」
「へぇ……部屋、普通の大きさなんですね」
「まぁ、この家見たらもっと広いの想像するッスよね。
でも、俺にはこれで十分なんスよ。
そこのクッション、座布団代わりにでもしてくれッス」
部屋の大きさは6畳くらいか、収納スペースは別で用意されているのが、それでも特段大きな部屋とは言い難い。
ひとまずは言われた通りにクッションを下にして座る。
「なんか……悪かったッスね、うちの親父……俺が思っていた以上に面倒な奴で」
「ちょっと怖そうでしたけど……話してみると優しい人なんだなってわかりました。
あと、すごく誠実な人ですね」
「いや、あれは誠実じゃなくて堅物なだけッスよ」
「依吹さんも、すごくいい人で……今日は会うことが出来て本当によかったです」
「……そうッスね」
「……戒斗さん、実はまだ隠し事ありますよね」
「え……なんスか、藪から棒に? んなもん俺にはもうないッスよ」
「戒斗さん」
「いやいや、本当にないッス。
あ、浮気の心配ッスか? 俺普通にモテない方っスから、心配する必要すらないッスよ」
戒斗は何でもない風に「ちょっと飲み物もってくるッス」とその場から離れようとしたが、その前に椿咲は一つ疑問を口にした。
「あの……戒斗さんが北学区を選んだ理由って、勉強以外にもあるんじゃないですか?」
その言葉に、戒斗は扉に手をかけた状態で止まる。
「……どうして、そんなことを?」
「なんとなくですけど……依吹さんが、兄と似た雰囲気がしたからです」
「……どういう雰囲気ッスか?」
「死ぬことを受け入れているような……そんな雰囲気がしたんです」
「…………どうして、それと俺の北学区が結びつくんスかね?」
「自宅療養してる人が、あんな雰囲気をまとうのは……病気が軽いからじゃない、重すぎて治療できないから……せめて平穏な生活を送りたいからだと思うからです。
そして……私には戒斗さんがそれを受け入れているようには見えないんです」
戒斗は扉に掛けていた手をゆっくりを下す。
「それで、さっきの零士さん建前で……もしかしてって思ったんです。
戒斗さん、勉強云々は建前で……本当は、依吹さんの病気を治す手段を探すために北学区に進学したんじゃないかなって。
実際、迷宮から持ち変えられた技術や新素材、新薬でこれまで治療困難な病気はいくつも完治したという前例があります。
それを探すのが、戒斗さんの真の目的……なんですよね」
その言葉に数秒ほど沈黙が流れ、戒斗は自分の顔を手で覆う。
「――っとに、もう……どんだけ俺のことわかってるんスか、椿咲ちゃんは」
「じゃあ、やっぱり……」
「……その通りッス。
母さんは、もともと長くは生きられない体なんスよ。
連理ほどではないッスけど、内臓の老化現象が異様に早くて……普通に生活してても四〇いくかどうか……姉貴や俺を産んだことも体に負担かけて、その時に死んでてもおかしくは……むしろ生きてたのが奇跡的だったとすら言われてるッス。
俺が卒業するまで生きているかも怪しいんス」
「そんな……」
「……姉貴が東に進んだのは、もともと母さんの病気を治すためッス。
でも……いまだにその成果は出ない。
だから……俺が北でその方法を見つけようって思ったんスよ」
「……人工臓器は、どうなんですか?
うちは……お金のこと気にして兄さんが人工心臓を拒否してましたけど、この家だったら……」
「心臓は筋肉の塊で、その役割は代替可能なもんは確かにあるッスよ。
でも……そのすべてに対応しきれてるわけじゃないんスよ。
そもそも内臓が老化してるってことは血管も含めてッス。
そんな体から老化した内臓そう取り換えできる技術者は限られている上に、長期間の手術に母さんの体力が持たない。
……若い頃にしていれば、話はべつだったんスけどね」
「どうしてそうしなかったんですか?」
その質問をしたことを、返ってきた言葉で椿咲は後悔した。
「……子宮も含めてだったから……らしいッス」
「…………あ」
「この家は見ての通り旧家ッスからね……跡継ぎ問題にやかましいんスよ。
最初に姉貴が生まれた時点ならまだよかったのに……クソ老害どもが、長男長男長男長男と……時代錯誤も甚だしい、かび臭いことほざいて……!」
拳を握り、肩を震わせる戒斗
「俺が、母さんの未来を奪った」
その言葉を聞いて、椿咲はすべてを理解する。
戒斗と零士の諍い、その根底にあったのは言葉のすれ違いではない。
――父親に自分は恨まれているかもしれない。
そんな、考えが戒斗の根底にあったのだ。
だからこそ、今の今まで二人は拗れていた。
「戒斗さん」
「……いや、悪いッスね、重い話して。
もう、わかってるんスよ。
母さんも、姉貴も……親父だって俺のこと責めてない。
俺のこと、本気で心配してるんだって」
「戒斗さん」
「いや、本当にマジでもう大丈夫ッスから。
今日、色々とスッキリしたわけッスから、まぁ、これからは――」
「戒斗さん」
――この人はこのままにしてはいけない。
そう思った。
もしかすると零士は、それをどこかわかっていたからこそ、連理を監視するようにと言ったのだろう。
――息子が無茶なことをさせないように、役割を与えたい。
だがそれじゃ弱いと、椿咲は確信する。
この人が迷宮で無茶をさせないためには、もっと強い、もっと確かなつながりが必要になると、覚悟を決める。
――そして何より……
「戒斗さん、こっち向いてください」
「……あの、椿咲ちゃん、本当にもうだいじょ――っ」
――もっとこの人を愛してあげたい。
――愛を信じてもらいたい。
――自分の愛を受け入れて欲しい。
――愛しているのだから、わかってほしい。
――まだ愛して欲しいとは言わないから、せめてわかってもらいたい。
――どこか鈍いこの人には、そうしないとわかってもらえないんだから仕方ない。
――しかたないから、しかたないことだから……
「――もっと、私を見て下さい」
■
「…………」
「依吹? 二人に差し入れを持っていたのではなかったか?」
お盆にジュースをお菓子を乗せた依吹が戻ってきたことに、零士は首を傾げる。
「零士さん」
「ん?」
「椿咲さんは、私や亜里沙さんを超える逸材です」
「なんの話だ?」
何の話でしょうね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます