第330話 60層の営み③
■
時刻は夜。
僕、歌丸連理が所属するチーム天守閣、そして今回行動をともにしているチーム竜胆と三年の天藤会長と来道先輩の全員がムラオサに用意してもらった平屋の居間にて、囲炉裏を中心に顔を突き合わせていた。
囲炉裏には天井から吊った紐に大鍋を引っかけてぐつぐつと野菜を煮込んでいる。
「ひとまず、この村の住人が
ノルンとして未来がわかる千早妃が、僕にそう言った。
「この村に住む鬼を含む先人たちも、私たちを襲うという未来は一切見えません」
「未来視が今は使えるってこと?」
たしか火山エリアではスヴァローグの影響でうまく機能しなかったはずだが……
「今も、スヴァローグに関しては見えません。
彼の物の影響もあってか、地上にいた時よりもかなり制限されている感覚がありますが、それでも直接この目で見れるこの里のことなら、未来のことは見通せます。
少なくとも、彼らは私たちに友好的です。背後から攻撃される、という可能性は考慮しなくても良いかと」
「なるほど、どっかの誰かさんと違って、本当にただ眠ってたってことじゃないわけだ。……なぁ、紅羽?」
「…………早く煮えないかし……ん、なんか言った?」
「……いや、いい」
来道先輩の皮肉など一切耳に入っておらず、僕たち全員が揃うまで普通に布団で眠り転げていた天藤会長。
ある意味大物だなぁ……もちろん悪い意味で。
「さて、それじゃあ改めて集めた情報を整理するが…………俺たちが集めた情報は、基本的には日暮たちと被っているな」
「そうッスねぇ……」
なんとも釈然としないという表情の来道先輩と戒斗
というか、さっきの情報を聞く限りは僕も同じような顔をしているのだろう。
そして、ドラゴンに対して人一倍の恨みを持つ英里佳は、一周回って無表情という感じだ。怖い。
――ドラゴンは、実は人類にとって唯一の守護神である。
これが、この里に住む鬼と、そして遭難してこの里にたどり着いた先輩たちの言葉だ。
■
――遥か昔、この世界には数多くの神がいた。
――彼らは何もない空間で、綺麗な芸術を作った。
――すると、なんだか知らんが、命が生まれた。
――彼らはそれが面白くて、命を増やした。
――すると、折角の綺麗な芸術が汚くなってきた。
――これではいかんと、誰かが言った。
――何が原因なのかと考えて、それが命のせいだと判断した。
――これでは駄目だと、誰かが嘆いた。
――そうだ、芸術作品を――地球を綺麗に直そう。
――そのために、命をすべて地球から消してしまおう。
――その意見に神々がそうだそうだと頷いた。
――命は自分たちが地球でしか生きられないと知っていた。
――こんなのは嫌だと、誰かが叫んだ。
――神々が地球から命を消すその直前
――たった一柱が、同胞を裏切った。
――その一柱に、他の神々は八つ裂きにされた。
――そして命は守られた。
■
「これが、この里に伝わっている昔話、竜神の話の冒頭らしいな」
「俺はそこから更に小鬼たちが言ってたもので俺が気になった内容ッスけど……」
■
――怒った神々は、その一柱に怒り、異形に変えた。
――命を守った神は、竜となり、もとの姿に戻れない。
――しかし、竜は楽しそうに笑う。
――竜は、神々から命を守り、そして今も命を見守っている。
■
「途中に明らかに俺たちの知ってる歴史とは時系列が嚙み合わない話が挟まっるッスが、基本的にどれも締めの内容はほとんどこれッスね」
「ちなみに、それってどんな内容?」
「戦国時代に迷宮が現れたり、縄文人が飛行機に乗ったりしてたッスね」
「本当にどんな内容?」
逆に気にあるな、それ。
しかし、冒頭と締めの話を信じるなら……
「人類を救った神は、まぁドラゴンしか該当しない、よね……?」
「ああ、そして……他の神々ってのは、【ディー】のことを指しているんだろう。
奴らの行動と態度も、合致はするな」
「けど、剛さんたちが納得する根拠にはならなくない?
あの人たち遭難してここに来たのなら、むしろドラゴンの被害者じゃん」
「昔話を信じたんじゃなくて、この階層に留まることになってから色々と考えての結論らしいわよ」
僕の疑問に答えたのは、来道先輩と一緒に話を聞いてきた詩織さんだった。
「色々って?」
「私や連理……というか、この場にいる全員実感は薄いけど、迷宮が現れる前の地球環境や経済ってかなり酷かったって知ってるわよね?」
「まぁ、確かにそうらしいね」
歴史の教科書くらいでしか見聞きしないから、正直実感がない。
「剛さんたちはそれを直に目にしていて……日本はまだマシってだけで、外国の場合はもっと酷く、戦争になってもおかしくない位に資源の奪い合いがあったらしいのよ。
人口増加による食糧不足に、それを支えるための資源不足。
当然、地球環境も最悪で、大気、海洋汚染に温暖化に海面上昇に酸性雨に砂漠化……正直、放っておけば勝手に人類どころか地球が滅んでいたって言ってたわよ。
しかし、それがあるときから一気に解決に向けて好転した。なぜ?」
「……迷宮の出現?」
「そう、迷宮という新しい資源と……こういう言い方は良くないけど、探索における生徒の死亡によって人口が調整された。
そして迷宮からもたらされたクリーンなエネルギーと新技術により、地球環境についての問題は回復傾向になり、現に私たちの世代じゃ環境問題は過去の話になった。
そして、わざわざここまでしたドラゴンは、現状、何かメリットがあるのかというと、正直言って、無い。
一方的にドラゴンが損してるのが現状なのよ。
故に、剛さんをはじめとしてこの村に住む元学生の人たちは、ドラゴンが人類を守ったと認識しているの」
「ドラゴンは敵対すべきではない存在という可能性がある……奴の脅威の一面が身近過ぎて、考えようとすらしてなかったことだな」
詩織さんの総括を聞いて、顎に手を当てながら思案する来道先輩。
まぁ、たしかに言われえてみれば、あのドラゴンの存在は人類という種を守っているという考えは否定しきれない。
しきれないが……
「――どうでもいい」
淡々と、僕の隣にいた英里佳がそう言い放つ。
その眼にあるのは、ドラゴンに対する並々ならぬ敵意。それ故に、彼女にとってはドラゴンを守護神として信仰しているこの村に苛立ちを覚えるのだろう。
「榎並英里佳に賛同するのはとても業腹ではありますが、その話題については深堀する必要はないかと」
そして、これまた意外なことに英里佳とは犬猿の仲と言っても過言ではない千早妃が同調した。
「そもそもドラゴンは我々の思考とは異なる存在ですから、こちらの物差しで測ろうとするべきではありません。
それに、いくらこの村にとって守護神でも、この学園にいる皆さんは幾度となくあのドラゴンのせいで危険に見舞われたのでは?」
「「「「「……」」」」」
何故かこの場にいるほとんどの者たちが僕のことを見る。何故だ?
「そもそも、ドラゴンの性悪さを考えれば、家畜感覚で人類に資源を与えている可能性も考慮すべきかと。
人類が幸福になったところを狙っての
わぁ、ありそう。
あのドラゴン、シミュレーションゲーム感覚で人類に資源を与えてるって言われてもまったく違和感とか無い。
「というわけで、あのような害悪な畜生がいることをわかっていながらこんなところに向かわせたドラゴンのことより、現状の打開を考えた方が建設的かと」
「……今更だけど、もしかして千早妃もドラゴンって嫌い?」
「好き嫌いではなく、害悪だと判断しただけです。
西の学長は基本的に放任主義で実害はありませんが、こちらはそうではないと、身に染みてわかりましたから」
あー、西の学園にいた千早妃にとっては、良くも悪くもドラゴンから直接何かを強制されるっていうのは体育祭までは一度もなかったのかな?
「……まぁ、確かに考えた所で答えが出るわけでもないか。
とはいえ、現状お手上げに近い状況なのも事実だ。
あの牛――スヴァローグに、俺も紅羽も勝ち筋を見出せなかった」
「は? 負けてませんけど?」
「張り合うな、勝ち筋がないと言っただけで俺も負けているとは思っていない」
先ほどまで興味なさげな態度だったのに、戦闘のこととなると急にムキになる当たり、本当にバトルジャンキーだな、この人。
そして来道先輩も変なところで意地を張るなぁ……
「肉体を炎に変えて物理攻撃ほぼ無効に加えて超高速移動、さらには高熱の放出する攻撃……どうやって倒せって言うんスかねぇ……」
「これまでそれなりの強敵を相手にしてきた自負はあったつもりだが、次元が違い過ぎるな……」
戒斗と鬼龍院は、前回の先輩たちとスヴァローグの戦闘を思い出してげんなりした様子だ。
「みんなならどんなやり方がスヴァローグに有効だと思う?」
「隙を見つけて蹴り潰す」と英里佳
「クリアブリザードの最大出力でなんとか凍らせる」と詩織さん
「私とララは植物使うからお手上げかな」と紗々芽さん
「ユキムラが頑張る」と稲生
うん、現状の打開につながるものではないな。
「榎並英里佳は論外として、現実的な考えとしてはどうにか動きを止めなければそもそも勝負にもならないかと。
そういう意味では、詩織さんの意見はその手段の一つかと思いますが……スヴァローグの機動性を考えると、いっそ避け切れない位の広範囲を凍らせる必要がありますね」
さらっとディスられて英里佳が「あ?」とガラの悪い反応を示したが千早妃はスルー。
「うーん……流石に火山エリアみたいな拓けた高温の空間な上に、スヴァローグ自身もかなりの高熱を帯びていると考えると、最低5m………いいえ、3m以内じゃないと厳しいわね」
「でしたら、やはりそちらも現実的ではありませんね。
そこまで接近する前に移動されるか、そもそも消し炭にされる可能性の方が高いでしょう」
「それができそうなのって、瑠璃先輩くらいしかいないんじゃないかな?」
千早妃の分析を聞いて、紗々芽さんが思わずという具合にそう言った。
「じゃあ、明日の朝には先輩たち含めて特別クラスのメンバーが全員迷宮に入るって言ってたし、合流するの待つのが無難なのでしょうか?」
鬼龍院麗奈さんが小さく挙手しながら訊ねる。
ああ、そう言えば確かに、氷川のヤツ一日遅れで特別クラスの連中引き連れて迷宮内で合流するって話をしてたっけ。
スヴァローグのヤツ、攻撃さえしなければ階段を降りるのは素通りさせるし、合流自体は割と有効なのでは?
「それについてだが、正直俺は反対だ。
スヴァローグはまだ底を見せていない上に、金剛のステータスも俺や紅羽並みに高い。
俺たちみたいにデバフを食らったら歌丸の補助無しに立っていられるとは思えない上に、ほかの連中も……正直、奴の熱線の前には肉壁にすらならない足手まといが増えるぞ」
来道先輩は苦々しくそういう一方で、壁くんこと谷川くんが「肉壁」という単語に反応を示し、即座に鬼龍院が「違う、お前じゃない」と制していた。
「ですが、どっちにしてもこちらに来るのは時間の問題なのでは?
こちらから地上に連絡する手段があると?
来道先輩は、地上から階段を無視して直接迷宮に入れる特殊能力があるとは伺っておりますが、スヴァローグの影響でそれも使えないのでしょう」
「それなんだが……歌丸、アドバンスカードで地上に残っているウサギ……確か、ワサビ、だったか? そっちと連絡は取れるか?」
「それはすでに英里佳に言われて試しましたけど、ダメでした。
アドバンスカードもやっぱりドラゴン由来だから、スヴァローグが弾いてるんですかね?」
「だったら…………今回一緒にこっちに来た、そこのパートナーのウサギの内、どれか一匹でも地上に伝言とか頼むことはできないか?」
「シャチホコたち……ですか?」
「もともとエンペラビットは神出鬼没で、俺たちでは通れないほど小さな抜け道を巧みに利用して迷宮のどこからでも姿を現す存在だ。
俺たちやユキムラとか体がデカい奴は無理でも、お前のパートナーたちならスヴァローグがふさいでいる以外のルートを見つけられるんじゃないか?」
なるほど、言われてみれば確かにその通りだ。
スヴァローグが階段をふさいでいるから地上との連絡手段が完全に断たれたと思ったが、それはあくまでも僕たちだけで、エンペラビットは違うかもしれない。
「ヴァイスとシュヴァルツはだめよ、あの子たちにお使いなんてまだ早すぎるわ」
話に興味なさげだった稲生が食い気味に僕にそう言ってくる。
どんだけ親バカこじらせてんだよ。いやまぁ、同意見だけどさ。
「わかってるよ……むしろこの状況で地上に向かわせたら絶対に泣きわめくし……となると、シャチホコかギンシャリが適任だけど……戦力を考えるとやっぱりシャチホコは残しときたいかな、戒斗には悪いけど」
「俺も同意見だから気にしなくていいっスよ」
英里佳と融合できるシャチホコ
戒斗と合体攻撃ができるギンシャリ
最大火力である物理無効攻撃のリーチは戒斗にやや軍配が上がるが、総合的に考えればやはり英里佳のほうが頼もしい。戒斗もそれを理解してくれているが、やっぱりちょっと申し訳ないな。
「――というわけで、いけるか?」
「ぎゅぎゅう」
早速ギンシャリを呼び出して聞いてみると「任せとけ」と言わんばかりに頷いてくれた。めっちゃ頼もしいな。
「よし、こっちの事情をメモしてまとめるから、それをもっていかせよう。
ひとまず、こっちでできるだけの情報をまとめ、氷川に伝える。
もしかしたら何かいい作戦を立ててくれるかもしれないからな」
氷川、この場にいないのにいいように使われてるなぁ……まぁ、実際に奴の頭脳は今の僕たちに必要だから仕方ないけど。
「そういえば、連理たちは戻ってくるの一番遅かったけど、何があったの?」
「ああ、確か鬼形を打った鍛冶師の墓に行ってきたんだよな?」
詩織さんと来道先輩の質問に、僕はなんとなく萩原君のほうを見た。
すると、それにつられて二人はもちろん、この場にいた全員の視線が萩原君のほうにむけられた。
「ええ、ありました。
ですが、まだ皆さんに報告するようなことはありませんでしたよ」
そう言って萩原君はもったいぶろうとするのだが……
「――この男、ナンパしてました」
「ちょ、ちがっ」「「「「は?」」」」
英里佳がバッサリと言い放ち、萩原君は急いで否定しようとしたがもうみんなばっちり聞いてしまった。
「おい歌丸、お前からも言ってくれ、誤解だ! 俺はあくまでも真面目に彼女と話してただけだ」
真面目、ねぇ……
■
時間を遡り、魔剣・鬼形を打った鍛冶師のテツという人……いや、鬼? まぁ、どっちでもいいか……とにかく、鍛冶師の家に行くと、現在はその孫娘の「シャムス」という、村にいた者たちと比べるとかなり小ぶりな角を生やした鬼が金物の修理や生産をしているをしているのだという。
つまり、結局はこの村にはもう魔剣を作れる者は存在しないことを意味しているのだが、萩原君は何を思ったのか、鬼形と一緒に、テツさんの墓石だと思われていた岩の中から出てきた、スヴァローグの角の一部を使って二振りにしてほしいと言い出したのだ。
「君に、これと、鬼形を使って、新しい魔剣を打ってもらいたい。
それこそが、テツさんの本当の遺言だ」
「い、いきなり……そんなこと、言われても……私にはそんな、おじいちゃんの魔剣を鍛えなおすなんてこと……」
「いいや、君ならできる」
そう言って、萩原くんはシャムスさんの手を取り、これでもかと彼女のことを褒めちぎる。
そして、なんやかんやで……
「え、へへぇ……じ、じゃあ、やったりましょうかなぁ、なんて……」
若干渋りつつも、まんざらでもなさそうな表情で魔剣の鍛えなおしに頷いていた。
■
というわけで、件のやり取りを再度思い出してみて……
「確かに、ナンパではなかったと思います」
「……歌丸……!」
「どっちかというと悪質なキャッチセールスを見せられた気分です」
「歌丸……!?」
いやだって、実際そうだったし……そんな裏切ったなぁ、とか言いたげな目で見ないでほしい。
「渉、お前……こんな時に何してんだよ……?」
若干失望したとでもいうような目で親友である萩原君を見る鬼龍院
親友からそんな目で見られ、さすがに焦った萩原君
「だから誤解だ!
スヴァローグのあの、肉体を炎に変質させる能力、あれの対抗手段の魔剣を用意してもらおうと頼み込んだんだ!」
もったいぶるのをやめ、可能性とはいえ、あのスヴァローグに一矢報いるための秘策を開示したのであった。
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