第329話 60層の営み②
現状、僕たちは進退窮まっていると言わざるを得ない。
・理由一つ目
ムラオサに案内された地上へと向かうための転移魔法陣が稼働していないことが確認した。
その上、自力で階層を移動できる来道先輩がまでもが、地上への転移ができないと判明。
どうにも、学生証――というか、ドラゴン由来の能力のほとんどがスヴァローグによって阻害されてしまっているらしいというのが、この里にいる先人たちの見解らしい。
もうこれだけでも絶望的なのだが、さらなる追い打ちがあった。
・理由二つ目
そもそもスヴァローグが今まで戦ってきた迷宮生物とは比較にならないレベルに強い。
奴は階層を降りるのは素通りさせるが、登ってくるものは全力で阻むとのこと。
脱出を試みた先人や、この里に元々住む鬼の戦士も何人も殺され、その死体すら残らないレベルで焼却されたのだという。
先輩二人とソラを相手に、あちらは積極的に攻撃すらしない状況で優位に戦っていた姿を知っているので、奴から積極的に攻撃をしてくるなんてのは、考えたくもない最悪な状況だ。
……ドラゴンを相手に勝つと宣言しておいてなんだが、今の僕たちでは勝ち筋を見出せない。
・理由三つ目
この階層に来るきっかけとなった魔剣を打ったという鍛冶師が、4年前にすでに亡くなったらしい。
折角ここに来るまで、魔剣の素材を集めたのに……
まぁ、僕以上にショックを受けているのは、鬼形の影響をより強く受けている萩原くんの方かもしれないが。
「――ひとまず、休ませて。マジしんどい」
色々とあり過ぎて頭がパンクしそうな僕たちに、ため息と一緒にそう弱音を吐きだす天藤会長の言葉で僕たちは今後に備えて別行動をとることとなった。
スヴァローグに負けたこともショックな上に、ここに来るまで体調不良だったのもあって、精神的に疲れてるんだろうな。
僕のスキル、無理が効くようになるってだけで、癒すとかではないしね。
そんなわけで、今後のことも考えてムラオサや剛さんと打ち合わせをする来道先輩、詩織さん、鬼龍院の三名。
村の中を見て回りたいと散策する戒斗、稲生、壁――もとい谷川くん、麗奈さんとクノイチ姉妹の妹の文奈さんの五名
シンプルに疲れたから横になりたい会長、紗々芽さん、千早妃、そして護衛のクノイチ姉妹の姉の綾奈さんの四名
そんでもって、僕と萩原くん、そして僕の護衛としてシャチホコと英里佳の四人はムラオサに教えてもらった件の鍛冶師の墓にひとまず向かうのだった。
■
鍛冶師は遺言で、墓は家の近くにして欲しいと頼んでいた。
元々鍛冶のために他の家から離れた場所にある家は、丸太をくみ上げた柵で囲まれたこの里の端っこの雑木林の中にポツンと佇んでいた。
木造平屋、と言うのだろう。
時代劇のセットで見た屋根が瓦で覆われた建物があり、無人の家にしてはどこか片付いている印象を受ける。
その敷地内の端に、子どもくらいの大きさが石が鎮座していて、特に名前など彫られていなくても、これは墓石だと雰囲気で分かった。
「――ここか」
正直、駄目元である。
死人に口なし
墓に来たところで、得られる情報など無い。
普通なら
「――そうか、こうなってるのか……」
そんな言葉が萩原君の口から出た。
まるでここに来る前から、ここのことを知っていたような、そんな落ち着いた口調で。
「今の君は、本当に萩原渉……でいいんだよね?」
僕が恐る恐るそう訊ねる。
英里佳は静かに、しかし僕を守れるように立ち位置を変える。
「ああ、自分が萩原渉だって自意識はちゃんとある。
……でも、ここで『テツ』と呼ばれた男であった記憶も、頭の中にこびり付いてる状態だ」
やっぱりか。
「スヴァローグにあったときも様子がおかしかったけど、それって鬼形に宿ってる鍛冶師の幽霊が乗り移った……ってことでいいの?」
「いや、そういうのとはニュアンスが違うな。
……どっちかというと執念、か?」
そう言って、萩原くんは墓石の前でしゃがみ、ポケットからハンカチを取り出して墓石を拭き始める。
「乗り移ったってより、こう…………すっげぇ共感できる映画とかドラマの登場人物に成り切ってる、みたいな気分だな。
鬼形自身にも確かに意思はあるが、特に鮮明な記憶は鬼形を作って手放すまでで、死ぬときの記憶は無い。
テツさんの強い執念が鬼形に命を吹き込んで、その執念が鬼形を伝って俺に記憶を見せたんだろうな、多分」
ハンカチをしまって、萩原くんは僕の方を見る。
「逆にお前は俺より長く鬼形使ってるのに何にも知らな過ぎだろ」
「い、いや……それは、ほら……伊都さんも、そういうの知らなかったぽいし」
「その人、鬼形への忌避感強かったっぽい上に、迷宮できた直後の人だろ。
確かに年期は違うが、使ってた時期はまだ鬼形の自我が芽生えていたか微妙だぞ」
「……やっぱり相性が悪いのか?」
「だろうな。まぁ、ロクでもない記憶だし、相性悪い方がよかっただろ。
逆に――もしお前が男だったら、俺より相性いいかもしれえないぞ、榎並」
「……何を根拠に?」
急に話を振られた、男だったらと言われて首を傾げる英里佳。
「テツさんはなんというか、こう、こってこての古臭い男尊女卑というか、男は外、女は家って感じでな。鬼形自身もそういう思想が強いみたいなんだ。
前使ってた伊都さんはかなりの使い手と認めつつも、女が武器を握ること自体には不満を抱いてたみたいだぜ」
現代のジェンダーフリー社会に喧嘩を売っていくスタイルの剣だなぁ……
「復讐に駆られた男の執念が生み出した魔剣だ。
女であるという一点の、鬼形にとっての不備がなければ、間違いなく俺より強く鬼形の影響を受けただろうな」
「……つまり、そのテツという鍛冶師はスヴァローグに復讐を望み、貴方を利用しようとしてるってこと?」
「まぁ、そうなる」
やっぱ魔剣って言うだけあって、ロクでもないものだな……他人の復讐のために暴走させられるとか、超絶害悪装備じゃん。ガチの呪いの装備じゃん。
……まぁ、それに助けられてきた身としては鬼形のことあまり嫌うことはできないんだけどさ。
「どうでもいいけど、墓を磨きに来ただけならもう戻っていい?
歌丸くんを休ませてあげたいんだけど」
「言うと思ったよ、まぁ待て。
別に俺だって、ただ墓を確認しに来ただけじゃねぇ……多分、この石は……ああ、やっぱりな」
なんか、いつものことでも英里佳に気遣われるのって男の沽券的にどうなんだろう、と思っていると萩原くんは何を思ったか、墓石を持ち上げた。
「え、ちょっと何罰当たりなことしてんの!」
「まぁ、いいから見てろ――ってぇ!!」
そしてあろうことか、墓石をそのまま勢いよく地面に叩きつけ、割った。
「きゅ?!」
割れた瞬間にビクッと僕の傍にいたシャチホコが肩を跳ねさせた。
僕も英里佳も、突然の萩原くんの蛮行に唖然としているが、当の本人は気にした様子もなく割れた墓石だったものの大きな破片を持ち上げる。
「こっちか……?」
その破片を掲げて再び地面に叩きつけようとした、その瞬間、
「――なに、してん、ですぅーーーー!!!!」
無人だと思っていた平屋から、何者かが勢いよく飛び出し、何やら大きな槌を投げてきた。
え、誰かいたの!?
「おっと」
対して萩原くんは驚いた様子もなく、手に持っていた墓石の破片でその槌を受け止めてしまう。
すると、最初の衝撃で脆くなっていたのか、石がさらに砕け、槌と一緒に地面に落ち――る前に、萩原くんが槌の柄を掴んだ。
「鍛冶師の命を粗末に使うな」
「おじいちゃんの墓に粗末なことしてるあなたが言うなですぅ!!!!」
ごもっともである。
平屋から飛び出したのは、ムラオサと同様に額に角の生えた鬼の少女だった。
比較対象がムラオサしかいないが随分と小さな可愛らしい角だ。
年は英里佳と同じか、少し下……椿咲と同じくらいかもしれないな。
…………って、おじいちゃん?
「もしかしなくても……4年前に死んだ鍛冶師の、お孫さん?」
「そうです! 何なんですかあなたたち! 勝手に人の内の敷地内ずかずかやってきて、お墓を掃除するから知り合いかと思ったら急に破壊し割るとか、何考えてるんですかこの罰当たり!!!!」
どっからどう見ても激おこ状態の鬼の少女の様子に、僕も英里佳も、シャチホコまでもたじたじになる。
だって、百パーセント悪いのってこちら――というか萩原君だし。
一体何をどうしたら墓石を割るって蛮行に至るんだ?
「落ち着け、これはそもそも墓石じゃない」
「何を言ってるんですか、どっからどう見ても墓石です!
おじいちゃんが直々に、これを「ここに墓代わりに立てといて」って遺言残したんですよ! おじいちゃんが気に入ってた大事な石なのにぃーーーー!!!!」
「だからテツさんも言ってるだろ、墓石じゃないって、墓代わりって。
これはあくまでも、テツさんが残した最後の切り札を無くさずに保管しておくための保険だ」
「「「え?」」」
「きゅ?」
萩原くんの言葉に、その場にいた全員が首を傾げる。
そして、割れた墓石を萩原くんが指差すので、それをよくよく見て見ると、そこには普通の意志の中には決して存在しないはずの、布に包まれた何かがあったのだ。
「――シャムス」
「え……なんで、私の名前……?」
萩原くんに名を呼ばれた鬼の少女――シャムスさんは、困惑しながら萩原くんを見ている。
「俺の知る限り、テツさんは、こういう状況も考えて君に技術を継承する気だったはずだ」
「……え、あ、はい……確かに、今は私が鍛冶屋として包丁とか鍋とか直したり作ったりしてますけど……」
シャムスさんの言葉に、萩原くんは頷いて墓石と思っていた物の中から出てきた布にくるまれた何かを手に取る。
「君に、これと、鬼形を使って、新しい魔剣を打ってもらいたい。
それこそが、テツさんの本当の遺言だ」
■
「……つまり、この階層は複数の学園に、それも――外国にもつながっている、と?」
ムラオサの家にて、住民たちへの根回しを終えた剛を交えて、来道黒鵜、三上詩織、鬼龍院蓮山の三人は改めてこの里について確認し、その特異性に耳を疑った。
「ああ、その事実に気付いたもの最悪のタイミングだった。
基本的には日本人ばっかりの時、人数もかなりそろってもしかしたらスヴァローグを倒せるんじゃないかって活き込んだら、いざ上の階層にたどり着いた途端に、登ってきた人数が半分
状況を把握する前に奴に8割くらいの学生が瞬殺されて、運よく生き残って下に戻ってみれば、いなくなった連中の内の数人が何故か同じタイミングで階段を降りてきてな………お互いにどうして登ってこなかったのかと罵倒し合って、その時にようやくお互いが東部と西部の違う学園の所属だと気が付いたんだ」
実際にスヴァローグの脅威を知っている身として来道は顔色を悪くし、そんな状況を想像して詩織も顔をしかめた。
一方で蓮山は気になる情報を前に剛に質問する。
「……その理屈で行くと、スヴァローグは東部と西部の迷宮にそれぞれ存在している、と?」
「それだけじゃない。アジアとか中東から来た連中もスヴァローグを目撃してる。
少なくとも、最低で十匹以上はあのムカつく牛は存在してるってことだ」
「……厄介な。
そうでなくともスヴァローグは強いのに、数を揃えようにもここに来る人員は少ない。
仮に揃っても、同じ学園から来たものでなければ同じ場所で戦うことすらできない、か」
「そういうことだ。
その事実を前に、俺も、そして生き残った他の連中も完全に心が折れた。
だから……悪いがこの里でまたスヴァローグと戦おうなんて奴は誰もいない。
宛にされても困るし、人生の先輩としては、諦めも肝心だと言わせてもらおう」
「……はいそうですか、と俄かには頷けませんね」
現状が絶望的なことは理解し、さらにそれが徹底されたものであると再確認された蓮山
以前の彼なら、ここは沈黙で返したことだろうが……
「こっちには、本気でドラゴンを倒そうとか考えてる馬鹿がいるので、この程度ではまだ諦めるって段階には至りません」
「……まぁ、若者の行動をすべて否定はしないさ。
言葉だけで、止まる様なら、そもそも誰もこの階層にたどり着けてないだろうしな」
懐かしくも痛ましいものを見るようなまなざしを蓮山に向けた剛
過去の彼自身を、もしかしたら今の蓮山に重ねたのかもしれない。
「あの、私からも質問良いですか?」
そんな中で、ひとまず詩織は学生証を取り出してムラオサと剛に空中に投影された画像を見せる。
「スヴァローグのことと、先ほど里の中を見た仲間から送られてきた写真で聞きたいことがあるのですが……」
そして、その画像を見て黒鵜も蓮山も眉を顰める。
前線基地にもあった、
そこには、果物や農作物などが備えられ、まるでドラゴンを奉っているように見えた。
「貴方たちは、私たちが地上に戻れない理由をスヴァローグがドラゴンに由来する力をすべて阻害しているとおっしゃられた。
……私たちは諸事情あって、スヴァローグがドラゴンとは別の勢力が用意したものであると知っていましたが、貴方たちはどうしてスヴァローグがドラゴンの用意した存在ではない思ったのですか?」
前提条件として、ドラゴンは人類の敵である。
しかし、夏休みの際にディーというドラゴン以外にこの迷宮の構造に強く干渉する存在を歌丸たちや生徒会の面々は確認した。
だがもともとこの階層にいる鬼や、迷宮発生初期の時期にここにたどり着いた学生たちがディーの存在を知っているはずがない。
ならば当然、スヴァローグはドラゴンが用意したギミックに一種と普通なら考え、ドラゴンを憎むはずなのだが、そう言った様子はムラオサにも剛にも見受けれない。
それがどうにも不気味で、歌丸の護衛を英里佳とシャチホコに任せ、村を調べるように詩織はこっそり戒斗達に頼みつつ、自分たちの寝床の要塞化を紗々芽に頼んだ。
この里は、本当に自分たちにとって敵にならないのか、と。
「簡単なこと、【竜神】様はこの里の――いや、この星に生きるすべての生き物にとっての守護神なのだから、あのような物を我々に差し向けるはずがない」
ムラオサの言葉に、詩織は困惑する。
彼女の知るドラゴンの像と、ムラオサの語る竜神とやらが同一の存在とは到底思えなかったのだ。
故に、自分たちと同じ地上から来て価値観も近い剛の方を見た。
「わかるよ、戸惑うよな。地上とは色々違って。
でも、色々と考えてみるとムラオサの方が正しいと今は俺も思ってる」
すると、彼も苦笑いを交えつつも、あろうことかムラオサの言葉に対して肯定の意を示した。
「俺も、この里に来るまでは勘違いしてたが……ドラゴン――竜神は、人類の敵じゃない。
むしろ、人類を守る側の存在なんだよ、ずっと昔から」
■
ところ変わって、里の中
剛が周知してくれたおかげで、敵ではないとわかると今まで家の中に引きこもっていた鬼の老若男女問わず興味津々と言った様子で戒斗達に声をかけてきたのだ。
「太陽って明るいの!」
「海って、大きいの?」
「空にあるお星さまが動くって本当なの、ねぇねぇ!!」
「いや、ちょ、一人ずつ頼むッス」
とりわけ、幼い子どもの鬼たちが群がるように地上のことを戒斗に訊ねてきていた。
「ほぅら、これもたんとお食べ」
「こっちのもいっぱい食べな」
「お茶もあるよ」
「わぁーい!」
そしてお年寄りな鬼たちから干し柿やおにぎりを貰って美味しそうに食べるナズナ
「ほう、若いのに良く鍛えているな」
「ふむ、見事な筋肉」
「山のごとし」
「俺は、壁だ」
さらに谷川は筋骨隆々な男たちと腕相撲に興じ……
「あらそうなの、やっぱり男って色々ずぼらよねぇ~」
「うちの旦那も、あたしがいないと何もできないのに偉そうにしてねぇ」
「そうなんですよね、うちの兄ももうちょっとしっかりしてもらいたくて」
ご婦人との井戸端会議にサラッと馴染んでる鬼龍院麗奈
「…………」
そしてそんな四人を、一応護衛として気配を消して見ている文奈
詩織に情報収集を頼まれ、積極的に住人達に声をかけているのだが、いくら何でも無防備すぎるのではないかと心配になっている。
「そ、その前に俺からもさっきのドラ――竜神様のこと、もっと教えて欲しいんスけど」
そんな文奈の視線に気づいたからか、戒斗が慌てて話題を変えると、話したがりな子どもがすぐに答えてくれた。
「竜神様はね、優しい神様なんだよ!」
「……や、優しい?」
あれが? と内心で首を傾げる戒斗だったが、続く言葉に耳を疑う。
「うん、地上にいる全部の神様が、生き物みーんなイジメようとしたのを止めてくれた、唯一の神様なんだよ!!」
「…………は?」
無邪気に笑いながら告げられる子どもの言葉に、戒斗は意味を理解できず、数秒とは言え、ただただ困惑することしかできなかった。
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