第173話 いつフラグが立った? 不思議。凄い不思議。略してSF
■
「というわけで、迷宮学園の体験入学もおしまいです。
色々と、特に昨日は大変だったけど、そんなことも忘れて今日はみんなで楽しんで行ってください。
それでは、長い話も嫌われますので……かんぱーい!」
「「「かんぱーい!」」」
南学区の生徒会長
稲生牡丹先輩の言葉で参加者の多くが手に持っていたジュースやお茶のグラスを掲げた。
もちろん僕も。
「肉だぁー!」
「肉ッスー!」
というか、この場で一番テンションが高いのが僕たちだろう。
でも仕方ない。
徹夜明けのテンションである。
あの後のレポート作成のほかに僕たちが欠席していた分の授業内容をまとめた資料がどんどんやってきたのだ。
しかもテスト範囲と駄々かぶりのところ。
僕としては明日の一日の休みで詰め込めればいいかと思ったが、なんとも面倒なことに詩織さんが僕の知力をガチで心配して……
「どうせ明日はお見送り会のお祝いの席でその後に勉強なんてできないから今のうちちょっと目を通しておきましょう」
というありがたいお言葉と共に始まった勉強会。
いや、まぁ、確かに勉強会は大事だとは思うけどさ、その前に色々と凄い気になることあったはずだよね?
だって未来だよ、未来の椿咲があの時現れてたんだよ?
そっちスルーして勉強会ってどうなの?
「肉、美味い、柔らかい!」
「あふれ出る、こぼれる、美味い!」
「――なぁ、あいつらなんであんな狂ってるんだ?」
「――蓮山見るな、今日は他人の振りしよう」
「――俺は壁だ」
なんか遠くでチーム竜胆の男子が呆れたようなんでこちらを見ている気がしたが気にしない。
周囲の生徒がドン引きした表情でこちらを見ているが、気にしない。
肉美味い。
「きゅきゅきゅきゅきゅ!」
「ぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅ!」
「きゅる~」
視線を別に動かすと、野菜の山盛りの山に体ごと突っ込んでむさぼるシャチホコとギンシャリ
ワサビは傍らにあるフルーツを優雅に齧っている。
「兄さん、野菜も食べなきゃ駄目だよ。
先輩も、肉ばっかりじゃバランス悪いです」
そんな時、焼いた野菜を紙皿に盛り付けた椿咲がやってきた。
「あ、うん」
「どもッス」
紙皿を受け取ろうかと思ったが、僕は今肉を持った皿と肉をつまんだ箸で両手がふさがっていた。
自然と、片手が空いた戒斗が椿咲の皿を受け取る流れとなったのだが……
「あ……」
その際、わずかに手が触れて椿咲がそんな声を漏らした。
一方の戒斗は……
「おぉ、こっちもいい感じに火が通ってるッスね、玉ねぎうまー」
全然気づいてない。
「……あ、あの……日暮先輩」
「ん? どうしたんスか?」
「その……昨日も、一昨日も、まだちゃんと謝れてなかったから……………その、勝手なことして、すいませんでした」
「ああ……あれは仕方ないッスよ。
家族のこと想っての行動なんスから。
それに君の期待に俺たちが答えられなかったのも原因の一つ。
だから、むしろ謝るのは俺の方だよ。
だから、こっちもごめん」
おい、三下口調はどうした?
「そんな……先輩、本当に色々私のこと気を掛けてくれたのに……私、自分のことばっかりで
……本当に、ごめんなさい」
本当に申し訳なさそうに頭を下げる椿咲
そんな椿咲を見て、戒斗はあのアサシンと対峙した時みたいなイケメンモードな雰囲気になった。
「そんな表情、しちゃ駄目だよ」
そして、椿咲の頭にポンと手を置く。
「俺、頑張ったからさ、そういう誤った表情じゃなくて……ちゃんと妹ちゃんの笑顔みたいんだ。
そっちの方が、俺も嬉しいから」
「……先輩」
その言葉に、椿咲が今まで見せたことのないような、なんというか、その、こう、少女漫画的な、いや、少女漫画あんまり読んだことないけど、なんとなく、そういう、そんな感じの表情に、似てる、ような、気が、する、感じ、みたいな、表情で顔をあげてぇぇえぇーーーーーー……!!!!
「……あの、兄さんはどうしてそんな凄い表情で日暮先輩の肩を掴んでるの?」
「全然、普通だよ」
「いや、全然普通じゃないッスよ? 痛いッス、地味に痛いッス」
「おいこら、戒斗こらおい」
「どうしたんスか? 氷川先輩並の塩対応されるような覚えないッスよ俺?」
「うちの妹に何気安く触ってんの? お兄さんは許しませんよ」
「え? 別に妹ちゃんにそういう意図は…………えっと、なんとなくお前の真似したけど、それが駄目だったッスかねぇ?」
「うん駄目だよねぇ~、僕身内、君他人、っていう一線をね、ほら、ね?」
「お前割と榎並さんに割と近いこと頻繁にやってるッスよね?」
「それはそれ、これはこれ」
僕は良いの、でも戒斗、テメェは駄目だ。
「兄さん、先輩に失礼だよ」
「大丈夫、いつもこんな感じ」
「いや、妹ちゃんの言う通りいつもより刺々しいッス」
「……あの……先輩」
「ん? どうしたんスか?」
「……その……ちゃんと名前を呼んでもらいたいんですけど……」
「え? あー……まぁ、確かに冷静に考えると妹ちゃんっていうのも呼び名としては失礼ッスよね。
じゃあその…………椿咲、ちゃん?」
「……は、はいっ」
戒斗に名前を呼ばれ、なんかはにかんだ感じの表情を見せる椿咲
「――パワーストライク(指)」
「ぎゃああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ!?」
なんかやったらできた。
普段は殴る動作にしか使えないスキルが、部分的に指だけに集中して発動した。
熟練度が上がったよ!
「テメェ何するんスか!!
めっちゃ左肩に指がめり込んだんスけど! 痛いっていうか、一瞬肩に何も感じなくなったッスよぉ!!」
「あれれぇ~、ごめんねぇ~」
「この野郎、喧嘩なら買うッスよぉ!
俺の方が強いってことわからせてやるッス!!」
「上等だぁ!
うちの妹に何色目使ってんだテメェ、日暮先輩に言いつけるぞ!!」
「姉貴関係ねぇだろ!」
「あー、うちの妹に色目使ったの否定しないんだなテメェ!!」
「ちげぇッス!!
別にそんな下心とか全然ないッスよぉ!」
お互いににらみ合い、距離を取って構える。
「に、兄さんも……その、戒斗先輩も落ち着いて!」
「なんで名前で呼んだの? さっきまで名字だったのになんで名前?」
「そ、それはその……えっと……」
僕の質問に、椿咲は何故か顔を赤くして視線を逸らしぃぃぃぃいいいいあああああああああああああああああああああ!!
「貴様を倒す、今日、ここでぇ!!」
「なんでそんな決意の果てにラスボスに挑む勇者みたいな台詞なんスか?」
「黙れ黙れ黙れぇ! お前は歌丸家の未来のために、生かしちゃおけねぇ!!」
「ちょっと今日のお前普段の数倍おかしいッス!」
「それは普段のおかしい僕が人並みじゃないってことかぁ! 許せねぇ、ぶん殴ってやる!!」
「落ち着くッス、人並みにおかしいってつまりおかしいだけッス」
「おかしくならずに、いられないっ!!」
「ちょっと今日のこいつは俺の手に余るッス! 苅澤さん、苅澤さんヘルプ、ヘルプーーーーーーーーーーーー!!」
戒斗が何か言っているがもう知らない。
こうなれば歌丸家に伝わるという秘奥義で決着を……!
「――正座しなさい」
「ウッス」
聞こえてきた言葉に即効で従う。
「はっ、僕は一体何を……!」
「ちょっとしばらく黙って食事しよっか?」
喋ることも封じられた。
■
「あいつは……騒ぎを起こさないと気が済まないのかしら?」
離れた場所で騒いでいた歌丸連理を見て、三上詩織は軽い頭痛を覚えた。
「歌丸くんらしいと言えば、らしいかな……」
そして榎並英里佳も、少し離れた場所で衆人環視の中正座させられている連理を眺めて苦笑を浮かべる。
「……正直、頭の中私はパンクしそうよ。
あれだけの爆弾抱えてたのに、全然気づいてなかった。
話を聞いてなかったはずの紗々芽の方が、連理の状態を重く受け止めていたんだから……本当に駄目ね、私は」
「そんなこと無いよ。
詩織はそれだけ歌丸くんのこと信じてたんだし……それに比べれば私は……」
「「………………」」
お互い沈黙が流れ、居心地が悪くなってお互いにお茶を口に含む。
「やめましょう、これは悩んでもあいつのためにならないわ」
「そう、だね……むしろ、私達に悩ませるのが嫌だから歌丸くんだって黙ってたんだし」
「寧ろ前向きに考えて……ノルンの確保のために、次の体育祭は負けられないわね」
「うん、絶対に勝とう」
■
「いててぇ……地味に痛むッスねぇ……」
「すいません、本当に兄がすいません……!」
連理から思い切り掴まれた肩を押さえる戒斗
そしてそんな戒斗に連理に変わって謝る椿咲
現在二人は、紗々芽から正座で説教を受けている連理から離れた場所で一緒に食事をしていた。
「いや、椿咲ちゃんのせいじゃないッスから。
まぁあいつ、アレで身内のこととなると結構喧嘩早いみたいで……それだけ大切に思われてるってことなんスねぇ」
「でもだからって、戒斗さんに怪我させるなんて許せませんっ」
分かりやすく不機嫌そうに眉をしかめる椿咲
そんな彼女のリアクションに、戒斗は一つの疑問をぶつける。
「今の君は、別に三年後の君とは違うはずッスよね?」
「え? あ、はい。
寧ろ、兄さんの話を聞くまではあの時の、未来の私があの場にいたなんてことも知りませんでしたし……」
「……なんか、三年後の君と俺ってどうに仲が良かったみたいなんスけど……今の椿咲ちゃんも、アレ以降妙に親しくしてくれてて、もしかしてそっちの記憶みたいなものが移ったのかなぁって思ったんスよ」
「そんなことはないと思いますけど…………でも、確かに言われてみると戒斗さんに対して、以前よりも気がおけなくなった……気がします?」
「いや、俺に聞かれても……」
「あ、でも……少し変な夢を見た気がします」
「夢?」
「はい。
私が迷宮学園の制服を着てて……それで、船に乗ってこの学園にやってきて……私はずっと俯いて道を歩いてたんです。
周囲の景色も見えなくて、音もほとんど聞こえなく……ただ、なんとなく気分が暗くて……でも、そんな私に、声を掛けてくれた人がいたんです」
そう言いながら、椿咲は戒斗に笑顔を向けた。
「その時……なんか凄く温かい気持ちになって…………もしかしたら、あの夢って、三年後の私の記憶の一部なのかなって……
それからなんです。戒斗さんと、もっと仲良くなりたいなって、思って…………変ですよね?」
「そんなこと無いッスよ。
…………まぁ、その……ちょっと……いや中々に嬉しいッス」
連理の妹だが、容姿は中々整っている英里佳たちにも引けを取らない美少女
そんな相手に好意的にみられるということに満更もなく照れる戒斗であるが……
「あ、カイくーん!」
「こら、今はやめろって!」
「「っ!!」」
聞こえてきた声に、戒斗も椿咲も咄嗟に一歩ずつお互いから距離を取った。
「あれ、なんか邪魔しちゃった?」
その場にやってきたのは戒斗達が所属するギルドの長である金剛瑠璃であった。
そしてそのすぐ後からやってきて、ため息を吐いているのは同じギルドの先輩である下村大地である。
「べ、別にそんな……ただ普通に話してただけッスよ? ね、ねぇ椿咲ちゃん?」
「は、はい、ただちょっと戒斗先輩と話してただけで……」
「あれ、いつの間にか名前呼びだ!
仲良くなっててお姉さん嬉しいよぉ~」
瑠璃はポンポンと二人の肩を叩き、その一方で安堵したように椿咲の方を見た。
「男の人苦手みたいだったから、私実はちょっと心配してたんだよねぇ~」
「え?」
「あれ、自覚なし?
椿咲ちゃん、この学園に来た時とかお兄さんのレンりん以外の男の人が近づくと一歩引いちゃうから」
「……そうだったんですか?」
椿咲の首を傾げながらの問いに、戒斗も、そして大地も頷く。
「まぁ、その傾向はあったッスね」
「俺は瑠璃に指摘されるまで気付かなかったがな。
会議の様子、モニターで見ていたが……見違えるほどに堂々としていた。立派だった」
「あ、ありがとうございます」
「日暮も、今回大金星を挙げたな」
「え、いや、俺なんてまだまだ……」
「もうちょっと自信を持て。
お前、俺でも勝てるか怪しい実力者を捉えたんだぞ?
来道先輩も監視の役目があるからこっちに来れないが……相当にお前のこと褒めてたらしいぞ」
「い、いやぁ……!」
褒められ慣れてないのか、照れくさそうに身をよじる戒斗。
それだけのことをしているのだが、どうにも本人の三下アイデンティティでそのすごさが霞んでしまうのが玉に瑕である。
「ところで椿咲ちゃんは来年どこに入る~?」
「え? どこにって……えっと」
椿咲は瑠璃からのその質問に少し考える。
未来の自分は北学区で生徒会長になっていたという。
自分もそれをするべきなのだろうかと考えたのだが、その時と今とでは状況が違うとも考える。
「今回は色々ドタバタしてたけど少なくとも北学区以外は知ることができたでしょ?
気に入ったところとか、あったんじゃない?」
「それは……まぁ、そうですけど…………先輩は、北学区に誘おうとは思わないんですか?」
「他の学区はともかく……北の場合は自主的に来ようと思わない限りは長続きしないから。
来てくれるならそれはそれで大歓迎するけど……今の椿咲ちゃんには、無理してでも北に来る理由もないでしょ?」
「……そうかもしれません」
未来の椿咲が成し遂げた時点で、今ここにいる椿咲が北学区を選択しなければならない理由もない。
それにもともと、戦うことが好きなわけでもない。
「まだ、どこが自分に合ってるのか決められません。
だから……ちゃんとよく考えて、来年この学園に来たいと思います」
最初に聞かれた質問の答えに放ってないが、今の椿咲にはこれが最善の答えだった。
しかし、瑠璃にとってもそれは良い回答でもあった。
「うんうん、そっか。ちゃんと正しく悩めるのなら何よりだよ」
すると即座に踵を返してその場から移動する。
「それじゃあ説教中のレンりんのところにもいってこよー!」
「自由過ぎだろ…………じゃあな日暮、今日はゆっくり羽を伸ばせよ。
妹さんも、この時間は気楽に楽しんでくれ」
「はい」
大地はそう言い残して、すぐに移動してしまった瑠璃の後を追う。
そんな二人を見送ってから、椿咲は口を開いた。
「戒斗先輩、私……多分北学区には進学しないと思います」
「そうッスか」
「すいません、色々と教えてもらった立場なのに」
「別にいいんスよ。
寧ろちょっと俺も安心したッス。なんだかんだ言っても危ないッスからね」
「だけど……その」
「ん?」
「来年、違う学区で入っても……その……話しかけても、良いですか?」
「――当たり前じゃないッスか。
むしろ、俺の方こそ休日とか一緒にご飯誘ってもいいかな?」
「あ……!」
戒斗のその言葉に、椿咲はパッと表情を明るくした。
「来年、椿咲ちゃんが入学してくるまでに色んな店リサーチしておくよ。
だから来年、美味しいご飯の食べられるお店、一緒に行こう」
「はいっ、約束ですよ?」
「うん、約束だ」
そして二人はお互いに微笑みながら、指切りをするのであった。
そしてその時……
「お兄さんは許しま」「静かに」「うっす」
人知れず、正座時間がさらに十分追加されていた連理であった。
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