第172話 気付いた時にはほとんど終わってた。



「……………………あれぇ?」



ベッドの上で目を覚ました僕は、首をひねる。


自分の格好がパジャマになっていて、傍らには洗濯された制服が綺麗にたたまれた状態でおかれており、学生証もアドバンスカードも置いてある。


そして足元を見れば三匹のウサギが団子状になっていた。


自分がどうしてここにいるのかわからず首を傾げる。


そして自分の最後の記憶を冷静に考えてみる。



「……確か、クルーザーを天藤会長の飛竜に引っ張ってもらって島に戻って……それで…………えっと」



西側ではなく、普段の人がの利用が少ない北側に回り込んだところまではおぼえているのだけど……その後の記憶がない。



「意識覚醒が、切れた……?


いや、もしかしてこれって……」



なんとなく学生証に手を伸ばして情報を確認する。



「スキルが……表示されてる」



僕のユニークスキルの一つ、生存強想


今まで非表示状態だったそれが、Lv.10まで表示されていたのだ。



「……でも、これ……」



生存強想Lv.10 売流事路捨途ウルズロスト


他のスキルはまだ修得してないことを示す灰色の文字での表示だが、このスキルだけは灰色表示のほかに、赤い×マークが重ねられていた。



「クールタイム?」



試しに押して見たら、莫大な要求スキルポイントのほかにクールタイムがでてきた。



「次回使用は……だいたい一年後、か」



つまり、覚えること自体は可能なんだ。


未来の椿咲の影響なのか、スキル詳細を事前に把握できるようになった。


今までだと、適応する人類ホモ・アディクエイションが発動しないとわからないその先が表示されなかったのだが……



「って、そうだ……今の時間は…………土曜日?」



学生証で時計を確認して驚いた。


昨日の時点ではまだ金曜日の昼前だったはずなのに、今は土曜日のお昼過ぎ。


つまり僕は二十四時間以上眠っていたことになる。



「まさか、椿咲のスキルの影響が僕にも出たのか?


英里佳の時みたいに、一時的にスキルが不調になった時みたいに……」



意識覚醒のある僕が気絶する理由なんてそれ以外に思いつかない。


僕が使ったわけじゃないけど、とんでもない能力であることは改めて実感させられるな……



「……過去を改変するスキル、か」



とんでもない代物だと実感する。


そして、その代償も


あの時の、消えていく椿咲の姿を思い出す。


タイムパラドックスによる結果だというが、ある意味であれはこのスキルを発動させた代償の一つと考えてもいい。


だって、過去に戻る時点でタイムパラドックスを起こしているようなものなのだ。


このスキルを使えば、僕も……………



「……僕も、過去にいける?」



ふと、いたって普通のそんな結論に僕はあることが頭によぎった。


過去に戻れるって、どこまでだ?


どこまで戻れる?



「……十年前に戻ることは、できるのかな?」



十年前


僕がまだこの学園にいなかったとき


そして……英里佳のお父さんがまだ教師としてこの学園にいた時期


それに戻ることができれば――――



「――歌丸くん?」


「え、あ」



声を掛けられ、顔をあげる。


扉を開けた姿の英里佳が、そこに立っていたのだ。



「よかった、目が覚めたんだねっ」



そう言って、彼女は笑顔を浮かべながら僕の方に歩み寄ってきた。



「う、うん、ついさっき」



僕はなんとなく、手に持っていた学生証の表示を切り替えた。



「昨日、船から降りた途端急に倒れて、みんな心配してたんだよ?」


「ごめんごめん……えっと、なんか、スキルの反動で意識覚醒が切れたみたいで」


「……それって、もしかして未来の椿咲さんの影響ってこと?」


「うん、まぁ…………なんでそれを知ってるの?」



あの場に戒斗はいたからまだいい。


あの消えた椿咲が未来から来た、みたいなことも推測はできるが……英里佳が船にやってきたのは消えた後で……



「もしかして戒斗に聞いたの?」


「ううん、そうじゃなくて実は――――あ」


「実は?」


「――――――」


「……英里佳?」



途中で言葉を詰まらせたのかと思いきや、何やら急に英里佳の顔が真っ赤になる。


視線がもうバタフライ以上に激しく動き回り、顔の赤みが増し増しで、気のせいか蒸気みたいなものが見える。



「わ、わ、わわわわたし、み、みみ、みみみみんな、呼んで、クル」


「なんでカタコト?


顔赤いけど、どうかしたの?」


「なっ――!?」



僕の指摘に、英里佳は自分の顔に両手を当てながら驚く。



「あの、英里佳、大丈夫?」



さっきまでベットで寝ていた僕が言うのもなんだが、英里佳の様子がおかしい。


もしかして体調が悪いのではないだろうかと心配になって手を伸ばし、額に手を当ててみようとしたが……



「――ぴゃっ!!」


「え、ちょ、英里佳ぁ?!」



額に手が触れる直前で僕の手に驚いたかのように、英里佳がその場でバク宙しながら下がっていく。



「み、みんな呼んで来るぅーーーーーーーーーーーーーーーー!!」


「そのままっ!?」



そして英里佳はバク宙からバク転に動きを切り替えながら部屋を出ていく。


部屋に残された僕は唖然とそれを見送る。



「……一体、今のは何だったんだ?」


「きゅう」

「ぎゅうぅ」

「きゅるるん」



いつの間にか起きていたシャチホコ、ギンシャリ、ワサビも、英里佳の奇行に驚いたのか目を大きくして開けっ放しの扉を見ているのであった。





「あ、あ、あわわ……わわわわわわわわわわわぁぁ~~~~……!」



女子トイレの個室に入り、英里佳は真っ赤になった顔を手で抑えながら、その場で身もだえする。



「どうしようどうしようどうしようどうしよう……!」



うなじまで真っ赤になっている。


元々ハーフで、白人の血が流れているためか、色白な肌故にその赤さがさらに目立つ。



「もう私……」



その場にへたり込んでしまう。


言葉も元気がない。


だが、それと反して表情は……



「どんな顔して、歌丸くんに会えばいいのぉ……?」



めっちゃニヤけていた。



『僕は、英里佳のことが好きなんだ』



あの時、あのクルーザーで連理が椿咲に向かって行った言葉。



「え、えへ……えへへへへへへ……」



思い出し笑いが止まらず、声が漏れる。


本来ならばそれを聞いていた人物は椿咲以外にはいなかったはずだが……



実はこれ、今回の作戦指揮の各生徒会の副会長四名のほかにも、聞いていた人物がいた。


一人は、日暮戒斗


本人の希望と彼の状況判断能力を信じ、詩織が二つしかない受信機を持たせたのである。


そしてもう一つは、実はこの身もだえしている英里佳


足がチーム天守閣の中で最も早く、一番に到着するであろうという予測から持つことになったのだ。


結果、彼女はあの嵐の中を、海の上を疾走しながら歌丸の言葉を聞いた。


それに動揺したこともあり、途中で紗々芽が海に溺れた時に助けようとして手間取って結局出遅れてしまったりもしたのだが……



まぁ、つまりそんなわけで……



連理のあの時の告白は、よりにもよって張本人に盗聴されていたのだ。


そしてこの事実を知る者は、生徒会副会長四人衆と、日暮戒斗


プライバシーと生徒会の面子を考えて盗聴内容は公表しないことを誓約書まで書かされたが、当人に聞かれてしまってはもはや無意味という。



この事実に日暮戒斗は人知れず頭を抱えて悩んでもいるのだが、歌丸連理の明日がどうなるか、まだ誰も知らない。





「つまり……もう全部終わってたんだね……」


「ええ、会議も無事に終了しました。


あなたの妹とは思えないほどにとても立派です」


「ファッションメガネ叩き割るぞ」


「サングラスです。あと言い方」



僕は相変わらずベッドの上にいた。


ここは北学区にある簡易の病院だ。


僕の外傷はクルーザーにて紗々芽さんの回復魔法で治療されていたので、単なる気絶扱いでこちらにいた。


そして今そんな病室には例の会議をすべて終えた氷川明依副会長ファッションメガネが、僕の妹の椿咲の護衛として一緒に来ていた。



「ドラゴンの力を使っての体育祭の安全面の保証……ハッキリ言って、こちらの考えていた最上のさらに上を行く安全保障です」


「うん……正直意外過ぎて驚いた。


椿咲のおかげで安心して体育祭に臨めるね」


「い、いえ……私は別に特別何かしたわけではないので」


「……まぁ、自覚はないのは仕方ないよ。


あいつが評価したのは、多分あっちの椿咲込みだと思うし」


「……あっちの?」



三年後の椿咲のこと……本人は知らないみたいだ。


いやまぁ、あの状況を正確に話せる奴ってネクロマンサーと、そして隠れて状況を伺っていたアサシンくらいか。


戒斗は……現地にやってきたのは遅かったから微妙だ。



「連理!」

「歌丸くん!」



勢いよくドアが開いたかと想えば、詩織さんと紗々芽さんが入ってきた。



「こら、病院で騒がない」


「あ、す、すいません」

「ご、ごめんなさい」



氷川に注意されて頭を下げる二人。



「よぉ、無事みたいッスね」



そして遅れてやってきた戒斗



「……し、しつれいしまーす」



最後にやってきた英里佳が、何故かこちらに顔を向けない様にしながら扉を閉めた。


なんかよそよそしいけど、何故?



「さて……それでは私は事務処理がありますので戻ります。


もう安全だとは思いますが、西の船が離れるまでは気を抜かないように」


「あ、ありがとうございました」


「……あの、氷川先輩」


「……………………え?」



なんで普通に読んだだけなのに驚いてんのこいつ?



「な、なんですか歌丸連理……?」


「なんで身構えるんだよ…………えっと、捕まったアサシンとネクロマンサーはどうなった?


もしかしてまた呪殺されたりとか……」



僕が質問すると、氷川せ……やっぱ氷川でいいか。


氷川は難しい顔をしたが、少しして小さく頷く。



「……まぁ、あなたたちにも当人なわけですし、そのことについて触り程度は話しておきましょうか。


捕まえた犯罪組織の二人は、実行犯の中でもかなりの実力者で、アサシンは蛇、ネクロマンサーは鼠という呼称が使われていたようですね。


呪殺についても、即効性はなかったので無事に解呪もして、今は生徒会の所有施設にて拘束しています。


何故か意識は回復していませんが、健康そのものです。


現在は学生証をはく奪、及び学長の手により能力値もすべて封印した上に、来道先輩が直接監視をしていますのでもう逃げることはできないでしょうね」


「封印っていうのは?」


「昔からの学長と生徒会での取り決めです。


学生証の確保が大前提ですが、犯罪行為を行った学生を生徒会やそれに類する組織が身柄を押さえた場合に限り、学長がその生徒の学生証の能力を一時的に封印するんです。


これであの生徒は普通の人間同然。スキルも無ければ身体能力も元の肉体のままなわけですから、貴方よりも弱いです」



そこで何故僕を比較対象に出すのかなぁ?


……というかあのドラゴン、そんなことできるならなんで相田和也の時にしなかったんだ?


学生証封印できるならとっととしてれば……いや、あいつのことだ、どうせ困ったふりして単純に僕を焚きつけたかっただけか。



「犯罪組織の構成員としてはかなりの上位に位置する存在ですので、その扱いについては慎重となるので、これから時間をかけて尋問していく必要があるでしょうね」



そうか、金瀬千歳の一件でその存在は公表されていたけど、あの時は結局直接組織につながる部分は取り逃したんだっけ。



「……まぁ、それはそれとして、歌丸連理、あなたが今回の西の学園からの接触についても後で報告をしてもらいますので、今のうちにこの場にいるメンバーと情報をすり合わせておきなさい。


三上さんと苅澤さんはその手の資料のまとめ方を知っていますから、明日までに報告書をまとめて提出するように」


「げっ……」



明日までにって、えぇ……僕起きたばっかりなんだけど……



「明日は椿咲たちの送別会もありますし……それ終わったらすぐに期末試験なんですからね」


「げげぇ……」



そうだ……確かに体育祭の前に期末試験をやるんだった。


一応勉強はしてたけど、すっかり忘れてた。



「今回の一件もあるので、特別に……特別に、貴方たちは試験の日程を一日だけずらせますが、その日はしっかり勉強してもらうので、今日中に簡単でいいから資料をまとめるように。


その分、生徒会の関係者として赤点は絶対に許しませんので、そのことゆめゆめ忘れないように。では」



聞きたくもないことを念押しして、今度こそ氷川は出て行った。



残ったのは僕たちチーム天守閣と椿咲、そして僕の足元で団子状態で鳴いているシャチホコたちだった。



「……えっと……じゃあまず僕から話すってことでいいかな?」


「…………その前に、連理、一ついいかしら?」


「どうしたの?」



まず何から話そうかと思った直後、詩織さんが何やら深刻そうな顔で僕を見ていた。


そして彼女は紗々芽さん、英里佳、戒斗、そして最後に椿咲を見て、また僕の方を見た。



「あんた本人が話すまで、私も言うべきは無いとずっと思っていたけど……今回のことで私も改めて考えたの。


……あんた、西の学園からスカウトされてたんでしょ?」


「……まぁ、そうだね」


「私は、あんたがそれに乗るはずがないと思ってたし、現にあんたもそれに乗らなかったけど……これって、よく考えれば、西の学園にはあんたが行きたがるようなメリットがあるってことよね?


それって…………あんたが私たちに言ってない、この学園に……ううん、何も力を持ってない身であったにもかかわらず、北学区に来た理由に関係があるんじゃないの?」



その言葉を受け、僕はなんとなく自分の胸に――鼓動の無い、心臓が無くなった個所に手を当てた。


……言葉を選んでいるのを察するに、十三層で遭難したときの会話を漏らしてはないようだ。


だが……



「……歌丸くんの事情、生徒会でおおよそ把握してる人がいたの。


歌丸くん、話さないだけで、特に情報を隠してないから、調べようと思えば知れるって……だから……私達も、歌丸くんの事情を知ることはできたけど……できるなら、ちゃんと歌丸くんの口から事情を聴きたいの」



真剣な顔で紗々芽さんがそんなことを言う。



「…………私も、無理に聞き出したいとは思わないけど……できれば、ちゃんと歌丸くんのこと聞きたい」



先ほどから顔を逸らし気味だった英里佳も、今度はこちらを向いてそう話す。



どうやら、本当に……少なくとも紗々芽さんと英里佳は知らないようだ。



「……戒斗はちゃんと黙っててくれてたんだね」


「そりゃ、約束ッスからね……だけど、ことここに及んだ時点ではもう話したほうがいいと思うッス。


もちろん、妹さんにも。


両親から何も知らされてはいないみたいッスけど、ここに送り出された時点で知る権利は十分にあるはずッス」



戒斗の言葉に、僕は少しばかり迷う。



「……兄さんのこと、ちゃんと話して。


そう、約束したから。


私も……ちゃんと兄さんの言葉を聞くから」



そんな僕の迷いを見透かした妹の言葉に、僕は選択肢などもう他にないことを悟る。


仮に、ここで沈黙を選んだとしても……そもそもさっき紗々芽さんが言ったように少し調べられれば簡単に推測はできるわけだしね。


まぁ、隠さなかった理由については……むしろ隠したほうがめちゃくちゃ怪しいプロフィールになるから隠すことを諦めただけ、というしょうもないオチなわけだが……



「わかった、じゃあ……少し長くなるけど、最初から話すよ」



――十三層にて話した、僕の現在の身体の状態


――そして、敢えて話さなかった僕の寿命


――その解決策となる霊薬エリクシル



ここまで話した時点で、事情をすべて知ってる戒斗以外はみんな動揺を示す。


特に、霊薬エリクシルのことを知ったみんなの反応はとてもひどかった。


入手困難な逸品であることもそうだが……何より椿咲以外の女子がその点で驚愕してる理由は別にあった。



「じゃあ……あの時、臨海学校で、クエストをちゃんとこなしてれば……!」



なんか急に英里佳がとんでもなく悲壮感漂う表情になった。


え……あの、急にどうしたんの?



「……連理、覚えてないんスか?


あの日の学長の用意した課題で、霊薬エリクシルが手に入れられた奴があったじゃないッスか」



呆れたように告げる戒斗の言葉に、僕は思い出して思わず手を合わせた。



「ああ、そういえばそうだった」



ラブチュッチュしろとかいう、ふざけた課題の内容だったから記憶から消していた。



「兄さん軽すぎ…………こほんっ……えっと……つまり、兄さんは自分でみすみす自分の身体を治すチャンスを取り逃がしたの?」


「いや別にそんなつもりはないけど……少なくとも、僕があの時エリクシル目的で動いたら、学長はエリクシルを渡さないよ。


あいつが見たがっていたのは、そう言うことじゃない。


椿咲も、なんとなくわかるだろ?」


「……うん、そうかも。


そのミッションの内容が何なのかは知らないけど……単なる物欲で動く相手を、あのドラゴンは嫌うと思う」


「そういうこと。


だから英里佳がその件で責任を感じる必要はないよ」


「でも……!」


「それに……多分その時に僕がエリクシルを手に入れていたとしたら、僕は別の学区に行っていたか……もしくは、今みたいに戦えずに死んでいたかもしれない。


そう考えると、僕はまだそれを手にするべきじゃない気がするんだ」


「……でも、でもやっぱり……このままじゃ歌丸くんが……!」



納得できない様に、英里佳が臨海学校でのことを後悔しているようだ。


言葉にはしないが、詩織さんも紗々芽さんもあの時何かしていれば、という後悔を感じているようだ。


……こういうのが嫌だから黙っていたんだけどな。



「まぁ、ちょっと話の続きを聞いて欲しいんだ。


僕が卒業後も助かる方法についてなんだけど……それを確実にするヒントが、西の学園にあるみたいなんだ」


「ん? それは初耳ッスね」


「うん、というかこれが最初に詩織さんが言ってた、僕が西に行くメリットでもあるんだ。


そして話の内容を総合すると、このメリットは、僕たち東部迷宮学園が、体育祭で勝利することでも十二分に達成できるメリットだと考えられる」



そして、僕がみんなにこの話をする決心がついた理由の一つだ。


これを知っていれば英里佳も詩織さんも無茶をする可能性がグンと少なくなるはずだ。



「その理由って……なに?」



皆の意見を代表するように訊ねる英里佳に、僕は頷いて答える。



「神吉千早妃


僕たちと同い年で、西部迷宮学園の中心的な存在……ノルンっていう、未来視の能力を持った特殊職業エクストラジョブの女子」



……未来の~~ってあたりは面倒くさいから省いておこう。


うん、別に問題はないはずだ。うん、絶対に問題なんてない。(←フラグ)



「もし僕が西に行けば、その子の協力を得て確実に助かる。だから西に来い。そう言われた。


だけど……能力を考えればその子の協力さえ得られれば場所は関係ないと思ったんだ。


だからこそ、僕が卒業後の未来も生き残るなら……今度の体育祭で勝利して、神吉千早妃をこの東部迷宮学園に入れる。


それが僕が一番に望み、尚且つ生き残るための最善ルートなんだ」





「まったく、なんなのだあの若造風情が!」



東部迷宮学園から、日本本当へと向かって行く船。


その一室で、一人の小太りの男が荒れていた。



「組織の連中も使えん!


どれだけ大枚をはたいたと思ってるんだ! 役立たずの無能共がぁ!!」



男の名は久川伴三


西の学園の有力者の一人である。


備え付けの椅子を倒し、棚のグラスを叩き割り、そしてゴルフクラブを振り回して机を叩き割る。



「はぁ……はぁ……はぁ……!」



一通り暴れ、息を切らしながら椅子に座る。


そのタイミングを見計らったかのように、水を手にしたメガネをかけた薄毛の男が素早く接近する。


長年、久川伴三の秘書を務めていた男だ。



「先生、どうぞ」


「ああ……まったく!」



水をあおりながらも、怒りが収まることはない。



「それで……今後はどういたしましょうか?」


「……あぁ!?」



秘書の言葉に激昂し、手に持っていた飲みかけの水を顔に掛ける。



「お前は何年私の秘書をやっている!


その程度のわからないのか!」


「す、すいません……


その、あの……な、何分、このようなことは久しくなかったので……!」


「馬鹿か! 今回の一件の連絡員を黙らせろ!


西の連中に話を通して、金瀬の死んだ娘の時の様に私につながる連中をすべて消せ!


歌丸椿咲なんていう小娘一人連れてこれない無能の連中だ! その責任を取らせてタダで動かせ! できなければこっちも相応の手段にでると脅せ!


どうせ奴らも、こちらが手を貸さなければ何もできないゴミどもだ!


いいな、すぐにだ! 捕まった馬鹿どもが余計なこと喋る前に、証拠は全部消せ!!」


「は、はい、直ちに!」



頭を下げ、そして秘書はすぐさま部屋を出ていく。


そして廊下を歩きながら、周囲に人気がないことを十分に確認して、懐から小さなマイクと、片方だけのイヤホンを取り出して耳に着けた。



「……こ、これでいいか?」


『――ああ、上出来だ。


あんたのおかげで長時間オッサンの喚き声を聞かずに聞きたいことだけスパッと聞けた。


ばっちり言質はとれたぜ』



聞こえてきたのは若い男――というか、少年の言葉だ。


まだ二十歳にも届かない、しかしそれでも十分に脅威を感じる声だ。



「これで……姪のことは大丈夫なんだろうな?」


『ああ、もちろんだぜ上原亮さん。


こっちも、わざわざ自分の学校の生徒を傷つけたくはないしな。


代わりに、あんたの姪には、ちゃんと後期の生徒会に関わる機会を用意してやるさ。


そこから生徒会に食い込めるかは本人次第だが……これまでの実績を考えれば俺の紹介も込みで安泰だろう。


そしてあんたの将来も、今回の一件で良心が痛み、苦心の末に情報提供……ってことにして、来年俺が卒業した後に雇ってやるさ。


それまで安心して、秘書業務を続けてくれよ』


「……本当に、大丈夫なんだろうな?」


『さぁな』


「なっ……それじゃ話が違う!」


『おいおい、ガキに何期待してんだよ。


大人でも危ない橋を、俺なら渡り切れるっていう保証は完全にはできないしな。


ただ……面倒だけど、このままあんたもまとめてあのオッサンを沈めるか、あんたを利用してより合理的にかつ楽にオッサンを沈めるか。


あんたに残されたのは何もしない前者か俺を手伝う後者の二択だけだ。


あんたの保証はともかく、姪の明るい将来がある程度で確約されてる分、後者を選ぶのが賢い選択だし、慈善に満ちてるだろ』


「……希望を持たせてすらくれないのか?」


『希望を抱けるほど前向きならそれも考えたけどなぁ……あんたの場合こっちのほうが裏切らないっぽいしな。


現に、あんたに甘い汁を吸わせるオッサンより、俺についてるわけだし』


「…………」


『ああ、下手な会話で俺の言質取ろうとしても無駄だからな。


固有名詞には気をつけてるんだ。じゃあな』



そこで通話は完全に切れる。


秘書――上原亮は会話の内容を別の機会で録音を試みてはいたが、確かにそれについてもあまり役に立たない。



「……くそぉ」



惨めな気持ちになりつつ、愛する家族のために、そして遠くない未来に必ず来るであろう破滅を避けるために、上原は保身のために動くのであった。





「さてさて……これで久川伴三の首は取ったも同然。


あとは他の船の盗聴しながら弱点を探らせてもらうか」



西の生徒会の所有する一室


そこの主である銃音寛治


西の船が会議前日に港に停泊した時点で、彼の策は開始していた。



「体育祭までに、いい情報はいてくれよな」



合同体育祭


ドラゴン同士で勝手なことを始めた一方で、人間同士での争いも始まってはいたのだが……


その状況は、わりと一方的な形で事が進められることとなるのであった。

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