第174話 食う! 寝る! 撃ちたい! だって男の子だもんっ!



「おのれ戒斗ぉ……!」


「歌丸くん、いい加減にしないと私も本気で怒るし、椿咲さんに嫌われるよ?」


「いやでも、だってでも……!」


「でももだってもありません。


椿咲さんの顔見れば、気持ちだってわかるでしょ?


日暮くんも知らない相手じゃないんだし、つまらない嫉妬で邪魔しない」


「ぐぬぬぬぬぬっ…………い、いやだけどさ、僕は椿咲の兄としてこれからしっかりしていこうと決めた手前、ここで何もしないわけには!」


「――なんの話をしてるのかしら?」

「――なんでここで正座してるのよ」



おや、誰か来たようだ。


現在の南学区の生徒会長の稲生牡丹先輩とその妹の稲生薺の二人だった。



「どうも、ところで……ユキムラは?


いつも一緒にいると思ったんだけど」


「流石に学外の人が多いこの場では出せないわよ。


今はアドバンスカードの中にいるわ」


「そうか……まぁ、確かに初見にはインパクト強いもんな……


あ、苅澤さん、正座解かせて」


「……椿咲さんの邪魔しない?」


「………………しません」


「間が気になるけど……まぁいいよ、立っても」



お許しが出たことで体の自由が戻る。



「稲生会長、今回ギンシャリとワサビを進化させてくれてありがとうございました」


「良いのよ気にしなくて。


あの子たち自身の強い想いと努力の結果だもの。


むしろ……今回南であなたがさらわれたことを謝らせて。


もっと警戒しておけば未然に防げていたかもしれないもの」


「……ごめんなさい。


私も、迂闊に現場を離れるべきじゃなかった」


「本来は正式な謝罪文とか用意すべきなんだろうけど……ごめんなさいね、今回のことはあまり公にしない方がいいみたいだから」


「いえそんな、気にしないでください。


悪いのは相手で、それに今は捕まえられたんだから結果オーライですよ。


……ところで土門かい……じゃなかった、土門先輩はいないんですか?


こういう席は好きそうなのに姿が見えないんですけど」


「私もそう思って誘ったんだけど、今回自分は何もしてないからいない方が良いって。


今回の騒動を後から聞いて、何もしなかった自分を戒めてるみたいなの。


でも、貴方たちにも会いたそうだったから、よかったら暇なときにでも顔を見せてあげてくれないかしら」


「わかりました。


近いうちに顔出しに行きます」


「お願いね。


あと、エンペラビットの進化について少し妙なところがあったの」


「妙っていうと?


ギンシャリもワサビも、しっかり進化してるみたいですけど……」


「私もブリーダーとして迷宮生物の進化は何度か関わってきて、その中に特定条件でしか進化しないって子もいるの。


……たぶんだけど、ギンシャリちゃんもワサビちゃんも正当な進化とは違う気がするの。


だって、途中までは似たような姿の変化をしていたのに、突然それぞれ違う姿になったんだもの。


それが失敗ってことではないのよ。だけど……たぶん他にも進化の道があるとは思うの」


「他の進化……」



僕はその視線を、今も野菜の中に頭を突っ込んでむさぼるシャチホコを見た。


今はその小さい尻尾の生えた尻しか見えない。


なんとも間抜けだ。



「私なりに今回のことをまとめたレポートよ。


よかったら参考にして」


「ありがとうございます。


でも、いいんですか? こういうのって貴重なものじゃ……」


「情報は活用されなければ無いと同じよ。


それに歌丸くんだけにしか見せてないし」


「……では、ありがたく」



学生証から取り出されたレポートを、僕も学生証に納める。


後で内容を確認させてもらおう。



「それじゃあ私は挨拶周りをしてくるけど……ナズナはどうする?」


「私も行く。生徒会の一員として顔を覚えてもらわないと」


「あら? 本当にいいの?」


「いいのっ!」



そのまま稲生に背中を押され、会長はその場を去っていく。



「流石姉妹、仲が良いよね」


「……歌丸くんはもう少し稲生会長を見習った方が良いと思う」


「そうだね、僕も稲生会長みたいにシャチホコやギンシャリ、ワサビをしっかり育てないと」


「いやそうじゃなくて……はぁ……もういいや」



なんかものすごく紗々芽さんに呆れられた。どうしたんだろうか?



「まったく……ほら、お肉焦げちゃうから食べよう」


「うんそうだね」



紗々芽さんがさらに肉や野菜を丁度いい量で盛ってくれた。



「歌丸くん、今回は……その、ごめんね」


「え? 何が?」



受け取った皿の肉を食べながら、どうして紗々芽さんが謝るのかと首を傾げる。



「私、一緒にいたのにむしろ足引っ張っちゃって……そのせいで攫われたから」


「足を引っ張ったなんてそんなこと全然ないよ。


それにほら、僕の怪我もすぐに治してもらったからおかげでこんなに元気いっぱいだし」


「だけど……」


「というか、僕のことより……ララはどう?


犯罪組織について、今度こそ手掛かりがつかめそうなところまで来たわけだけど……」



確か、僕が最初に乗っていた船と紗々芽さんたちは入れ違いで結局合流はできなかったんだよね。


ララの身柄も、陸地に戻ってから来道先輩が保護してくれて、その伝手で僕が気絶してる間に紗々芽さんのもとに戻って来たとか。



「様子は普段通りだけど……あの捕まえた二人の情報を意識はしてるみたい。


実行犯は捕まったけど、まだその依頼した首謀者が見つかっていないから」


「冷静に考えると僕たち凄いことしてるんだよねぇ……いやまぁ、実際に捕まえたのは戒斗だけなんだけど……それでも犯罪組織の人間倒しちゃうなんてさ」


「確かに……最初狙われたときはどうなるかと思ったけど……返り討ちにしちゃってるもんね。


でも調子に乗っちゃ駄目だよ? 本当は関わらないのが一番いいんだから」


「わ、わかってるよ。僕だって別にそんな関わりたいわけじゃないからっ


ドラゴンぶっ殺したいだけで、僕はそんな危ないことするつもり何て一切無いんだから」


「それが一番危ないことだって少し自覚したほうがいいよ」



おっと、そうだった。



「みんなは敢えて聞かなかったけど……歌丸くん、本当に卒業してからも生き残る気があるの?」


「え?」


「だって……ドラゴンと戦うのって現状だと負ける以外の未来が私には見えないから。


弱気に聞こえるかもしれないけど……ドラゴンに挑めば、みんな死んじゃうことになるかもしれないんだよ」


「…………正直なことを言えば、この学園に来た時はわりと捨て鉢な気分があったのは否定しない。


でも今は、生きていたいって気持ちも強くなってる。


……僕の目標が、その気持ちと矛盾もしている自覚はあるよ」


「でも……変える気は無いんだね」


「まぁね。


最初は英里佳の手伝いのつもりだったけど…………僕個人でも、あいつは倒したいって気持ちは出来上がってるんだ」



僕は肉を食べて、周囲を見回す。



「倒したいって気持ちは変わらない。


けど……そのためにはたくさんの人の協力がいるんだよね」


「どういうこと?」


「その……自分で言ってて悲しいけどさ、僕って結局一人じゃ戦えないんだなって。


もし僕がドラゴンに挑むときがくるとすれば……それはきっと、たくさんの人たちの力を借りる状況だと思うんだ」


「…………まぁ、そうかもね」


「実際その時が来て…………僕が自分の命だけでなく、他の人にも命を賭けさせられるのかって言うと……正直、強制はできないと思う。


だから、もちろん諦めてはいないけど、現実的に厳しいっていうのは認めざるをえないんだよね」



そこまで言ってから、僕はさらに盛られた野菜と肉を一気に口にかっこむ。



「――ごくっ……ふぅ……だから、僕が今すべきことはどうやったらドラゴンを倒すって目的にたくさんの人が共感してくれるのかってことを考える。


まぁ、最善なのは僕一人だけでもドラゴンを倒す方法を確立できることだけど……それを目指しつつ、学園全体でドラゴンを倒すための流れを作る、その方法を見つけていくことが今の僕の目標だよ」


「つまり、結局他人頼りなんだね……歌丸くんらしいといえばらしいけど……」





(本気なんだ)



探り程度で聞いてみたが、やはりと紗々芽は確信した。


歌丸連理は、本気でドラゴンを倒すつもりでいる。


そして、同時に生き残るための算段も組むつもりだ。


まだ実効性は乏しいし、具体案もほとんどないような状態だが、どちらも諦めてない。



(私は、正直いまだに想像することすらできないし、しようとも思わないのに)



誰よりも強くなるためのハードルが高いのに、誰よりも強くなりたいと、誰よりも高い目標を抱き、それに向かっている。


それがどれだけ危ういことなのかも知らずに。



「――歌丸くん、一つだけ約束してもらっていい?」



だからこそ、紗々芽は一つだけ保険をかけておくこととした。


年頃の男子にとっては、特攻とすら言ってもいい特大の保険を。





「――歌丸くん、一つだけ約束してもらっていい?」



なんか紗々芽さんがもの凄く真剣な表情になった。



「突然どうしたの? まぁ、内容にもよるけど……」


「少なくとも、勝てる見込みがない状態では絶対にドラゴンに挑まないこと。


たとえ卒業直前でもだよ」


「元々そのつもりだけど……」


「とにかく約束して。


代わりに、約束守ってくれたらご褒美上げるから」


「ご褒美?」



なんだろうか、美味しいものでも食べさせてくれるのだろうか?


そう思いながら首を傾げると、紗々芽さんはそっと僕に耳打ちをしてくれた。



「学園を無事卒業したら、私が歌丸くんの言うことなんでも聞いて……あ・げ・る」



あ、最後の「あ・げ・る」ってところめっちゃ色っぽくて耳がぞわぞわした。


………………って、え?



「―――ん、今、なんでもって」「言ったよ」



……ネタに走ったつもりで自分から袋小路に突っ込んだ気がした。



「…………あ、わかったー! 聞いてあげるって、聞いて終わるってオチだなー、もー紗々芽さんったら意地悪だなぁ~」


「そんなことないよ。


歌丸くんのお願いなんでも叶えてあげるって意味で言ったんだけど」


「――――――――」



……え、ちょ……え、なんでも?


なんでも聞いてくれるって…………え、なんでもお願い叶えてくれるって………………え?



「ぅ――、す、すぁ……こほんっ……さ、参考までに……あの、どこまで……?」


「そんなことをここで言わせるの? ……エッチ」


「(ガタガタガタガタガタガタッ)」←激しく震えている。



紗々芽さんはちょっと顔を赤くして僕に「めっ」ってしてきた。めっちゃ可愛い。


というか、それ、つまり……ここじゃ言えないことまでOKってことですかそれはぁあーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!



「ち、ちょっと……紗々芽さん、いくらなんでも悪ふざけが過ぎるよ……!


そ、そそそそそそそんな冗談ばっかり言ってると、いつか後悔を……ぉぉぉぉおぉ!?」


いつの間にか紗々芽さんが距離を詰めてきて、僕の目の前で顔を覗き込んでくる。


近すぎて密着しているというか、もう、なんかおっぱ――胸が当たっているわけでして、えぇ、その、はい……!



「こんなこと、歌丸くん以外には絶対に言わないよ」


「あ、え、いや、でも、あの――ん」



ぴっと、いつかやられたみたいに僕の唇に紗々芽さんの指が添えられる。



「これ、二人だけの秘密だよ?」


「…………………(こくんっ)」



僕が頷くと、紗々芽さんは微笑みを浮かべたまま離れ、そしてそのまま軽く手を振ってから詩織さんたちの方に戻る。


なんとなく周囲を見たが、特にこちらの様子を見ていた人はいなかった。


先ほどの正座よりは大したリアクションはないようだが…………………



「……………………………………え」



僕は混乱する。


ぶっちゃけ、英里佳に告白された以上の衝撃だ。



「えっと……つまり……うーんと……」



冷静に、噛み砕いて、先ほどの紗々芽さんの言葉を思い出しながら理解していこうとする。


そして…………僕はポンと手を合わせた。



「……そうか、卒業後に卒業(意味深)が控えているのか」



僕がこの現状を正しく理解できるようになるのはまた少し先だった。


まぁ、この時点でもある意味で正しく理解はできていたのかもしれないけどさ……

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