第175話 波間に消える涙
■
「お疲れ様。
スキルがあるとはいえ、なんか面倒ごと押し付けてるみたいで悪いわね」
連理のもとから詩織の方へと戻ってきた紗々芽
「別に大したこと無いよ。
少し落ち着けば歌丸くんも割とおとなしくなるから」
「……おとなしくなるというか、なんか放心してるみたいだよ?」
英里佳の言葉の通りである。
先ほどまで騒がしいほどに戒斗に敵意を向けていたのに、今は何やら魂でも抜けたかのように虚空を見上げている。
「放っておけば戻るから大丈夫だよ」
紗々芽はそう普段通りに微笑んでいる。
「……ねぇ、なんか顔赤いけど……もしかして熱あるの?」
「え?」
だが、僅かな変化を幼馴染である詩織は見逃さなかった。
「紗々芽ちゃん、大丈夫?」
そのことに英里佳も心配して紗々芽の顔を覗き込もうとしたが、紗々芽はすっと一歩引く。
「ちょっとコンロの近くにいたから火照ったのかな?
少し顔洗ってくるね」
そう言い残して、紗々芽はその場から離れて行った。
「……なんか変ね?」
「そうなの? どのあたりが?」
「どこがどうっていうわけじゃないんだけど……なんだろう……なんか変なんだけど……具体的にどこが変なのかちょっとわからないわね……」
紗々芽の違和感に首を傾げる詩織
「私にはいつも通りに見えるけど……?」
一体何が変なのかと、詩織の態度に英里佳も首を傾げるのであった。
そして、一方の紗々芽だが……
人気のない、近くの校舎内にある女子トイレへとやってきた。
「………………~~~~~~~っ!」
そしてこれまで特に変化のなかった表情がまるで火でもついたかのように真っ赤になった。
「わ、私なんてこと……!」
先ほどの連理に言ってしまった自分の言葉を反芻して自分の顔を手で覆った。
もううなじまで真っ赤に見える。
「そんな大それたこと言うつもりなかったはずなのに……私、どうしたんだろ……?」
自分で自分の発言に戸惑いを隠せない。
「いや、待って、落ち着いて紗々芽……歌丸くんのことだからきっと追い込まれたりしたら何するかわからない。
だからあれでいいの、あれで…………いい………………っ~~~~~~~~!!!!」
ぶんぶんぶんぶんと、髪が乱れるほどに首を激しく横に振る。
蛇口を全開にして水を出して、何度も何度も顔に当てる。
「――――ああもう、分かってる…………どんなことしてでも、歌丸くんに死んでほしくないんだから、仕方ないだもん……私が、歌丸くんにあげられるものなんて、他にないんだから……」
水で濡れ、少しだけ冷えた頭で鏡を覗き込む。
そこに映っている、まだ赤みの抜けない顔をした自分に語り掛けるように紗々芽は言葉を続ける。
「英里佳みたいに、想われてない……」
彼がずっと支え、そして追いかけている少女のような強さは自分に無い。
「詩織ちゃんみたいに、支えてあげられない」
彼と共に協力し、そして彼の望む場所へと導く強さも自分には無い。
「私は……ただ、止めるだけ…………歌丸くんが死なないように注意することでしか、私はあそこにいられない」
力がない。
それを改めて実感した。
力が無くても、強くなくても大丈夫だと思った。
だがその幻想はあっさりとより強い力の前に打ち砕かれた。
結局、歌丸連理はまた命の危機に脅かされた。
「……私は」
ぎゅっと、自分の胸に手を当てる。
鼓動をしっかり感じる。
今の歌丸には、それすら無い。
そう考えると、何故か自分の胸が苦しくなるのを紗々芽は感じた。
「……絶対に、歌丸くんを死なせない。
そのためなら……私は……なんだってあげられる」
そう言って、鏡の前で決意を口にしたが……ふと考える。
このまま無事に、彼が生きて卒業したら……
「~~~~~~~~~~~~~っ!!!!」
そう想像した途端、また顔から火が出るほど羞恥に襲われて蛇口から出る水を何度も顔にかける。
「お、落ち着いて!
こんなの私らしくない、そう落ち着いて、落ち着いてまずは……!」
ばっと顔をあげて、紗々芽は水滴で濡れてしまった鏡を見る。
「まずは、子どもの人数とか、マイホームかマンションかどうかを決めないと!」(←混乱中)
このあと完全に落ち着くまで紗々芽は十数分間水を出しっぱなしにしていたという。
■
……どうも、歌丸連理です。
紗々芽さんからのご褒美で放心していたら、いつの間にか見送りの時間になっていた。
……いや、まぁ、ね、色々と話したりはしたけどさ、最後の最後まで妹である椿咲が兄である僕じゃなくて、戒斗とその間ずっと話し込んでいるというのは、こう、なんというか、やっぱりね、なんかもう……
「納得できなストライク!!」
「何度も食らうかッスぅ!!」
「ちぃ! 手が滑っトライクぅ!!」
「言い訳しながら攻撃すんなぁ!!」
「パワーストライク!!」
「取り繕うのやめろって意味じゃねぇッス! というか攻撃やめろボケぇ!」
「この野郎、拳銃なんかで僕が屈すると思うな!」
「うるせぇ食らえ!!」
拳銃を取り出して構えたところで僕は止まらないとわかると本当に撃ってきやがった!
だが、いつまでも僕が一般人レベルだと思われるのは心外である!
「おらぁ!!」
「なっ――避けたぁ!?」
「悪路羽途は回避行動でも発動するのだよ!
その状態の僕なら一発くらいギリ避けられる!」
「じゃあ連射ッス」
「あ、ちょ、それは流石にむ――――ぎゃあああああああああああああ!!!!」
威力は抑えめだったけど滅茶苦茶痛かった。
「紗々芽が止めに入らないと自滅するのね、あいつ……」
「流石の日暮くんも怒ってたんだね……」
「………………」
離れた場所で僕たちを見ていた詩織さんのつぶやきが聞こえた。
今回ばかりは僕に非があると英里佳もスルー!
一向に何も言ってこない紗々芽さん!
そして道の真ん中で突っ伏してる僕の前まで来た椿咲が冷めた目で僕を見ている。
「兄さん、少し反省して」
「あの、椿咲さん、確かに最初に仕掛けたのは僕だけどさ、飛び道具で一方的に蹂躙してきた相手の方を注意して欲しいなって、心配してもらいたいなって思ったり思わなかったり……」
「妹として、兄さんにはこれからは必要以上に心配をしないと決めましたので。
ほら、みっともないからさっさと立って」
「……はい」
手を貸してくれることもなく、僕は自力で立ち上がる。
「まったく……次、本島の体育祭の時、お父さんやお母さんと一緒に見に行くんだから、しっかりしてよ?」
「うん、頑張るよ。
父さんと母さんによろしく。
あと……」
「なんですか?」
「いや……その、椿咲も気をつけてね」
「……はいっ」
僕の方が椿咲を心配する。
これまでの関係を考えるとあまり考えられなかったことだ。
僕も椿咲も、この学園でようやく本来の兄妹としての関係がつくれるようになったのかな。
そんなこと考えながら、僕たちは港の方へと移動する。
港にはちょっと大きめの船が停泊していた。
その船が椿咲や他の中学生の帰りの船なんだろうけど、その船の前で意外な人が待っていた。
「――やぁ、歌丸くん」
「創太郎さん!」
そこで待っていたのは世界の金瀬、その直系の血筋である金瀬創太郎さんだった。
そう言えば昨日の会議にも出席してたから学園に来ていたんだ。
「随分と大変な目に遇ったみたいだが……無事でよかったよ」
「まぁ、なんとか運よく無事です。
でも、どうして創太郎さんがこちらに?
昨日の時点でもう会議の出席者は帰ったはずでは?」
「なに、ちょっとした我儘でね、君たちチーム天守閣に会っておきたかったのさ」
そう言って、創太郎さんは僕たちの方に近づいてきて、椿咲や他の人たちには聞こえない程度の声量で話す。
「大丈夫だとは思うが、念のために船では私が見ておく。
本島に戻ればこれまで通りに手配したものが護衛をしてくれる」
「……色々ありがとうございます」
「何、これくらいは君たちのしてくれたことに比べれば軽いものさ。
それに、今回の君たちの活躍でさらに踏み込めるしね。
ああ、あと……君たちが目撃した黒いカードについて、一枚だけこちらが研究用で預かってわかったことがある」
黒いカード……アサシンが魔法を使うようにしたあれか。
それにネクロマンサーの方も、エージェントのスキルを使っていたし……
「あれ……学生証、でいいんですかね?」
「ああ、材料はそれで間違いない。
より正確に言えば……在学中に死亡、もしくは行方不明となった学生のものだ」
創太郎さんの言葉に、僕たち全員の表情が険しくなった。
「死んだ生徒の学生証って、ああいう風になるものなんですか?」
「いや、普通はただの情報を記録しただけのカードになるだけだ。
私も在学中に友人を亡くしたが……ああいう風にはならなかった。
学長が関わっているのかと思ったが……この件に関しては話題にすら出さないので詳細は不明だし、聞き出そうとしてもはぐらかされるばかりだ」
「それは……妙ですね」
あの学長なら、他人に迷惑をかけても自分のした行為はわりと口外する。
相田和也の一件だって、ことが多少明るみに出そうになっただけであっさり認めるほどだ。
わざわざ聞かれてまで沈黙を通すような奴とは思えない。
そんな僕と同じ考えなのか、創太郎さんは僕を見てから頷く。
「ああ妙だ。……私は、どうにもこれは学長の行いではないと思う。
おそらくだが、学生証に干渉できるほどの知識と技術……犯罪組織はそれを所有して黒いカードを量産している可能性がある。
そしてそれこそが、この組織の力の根幹だと私は睨んでいる」
「……確かに、学生証の能力は同じ学生証を持っていない限りは脅威そのものッス。
その効果を得られる学生証を本島に持ち込めば……お金にはなるッスよね。組織の資金源にもなってる可能性が高いッス」
戒斗の言う通り、学生証の力は本島では絶大だ。
目の前の創太郎さんがそうであるように、使い方次第では世界を動かせるものなのだから。
「そうだ。
まだ確認されていないが、油断はできない。
君たちの家族への警護は増やすつもりだから、安心してくれ」
そこまで行って、創太郎さんは僕たちから視線を椿咲に向けた。
「やぁ、歌丸椿咲さん。
改めまして、金瀬創太郎だ。よろしく」
「よ、よろしくお願いします。
き、昨日はその……お恥ずかしいところをお見せしました」
「いや、そんなことはない。
寧ろ君の言葉はあの会議で聞いた他の誰よりも私の胸に響いたよ。
では、私はこれにて。船内でちょっと溜まった仕事を片付けないといけないのでね」
そう言って、先に船へと乗り込んだ創太郎さん。
戦闘職でこそないが、学生証の恩恵を持っている彼なら下手な警察官より強いから安心できる。
そう思っていると、荷物であるキャリーバックを転がしていた椿咲が向き直って、思いつめたような表情で頭を下げた。
「その…………皆さんには今回、色々とご迷惑をおかけして申し訳ございませんでした」
椿咲は顔をあげて、英里佳の方を見て、また頭を下げた。
「榎並先輩には、その……本当に今回は私、自分のことばっかりで……本当に、本当にすいませんでした」
「え、あ、その…………私も、キツイこと言っちゃったから……」
「……あと、私がこういうこと言うのは、筋違いだというのは重々承知してるんですが……兄のこと、よろしくお願いします」
「え……う、うん」
「本当、友達も少なかったせいでちょっと対人関係で変なところもありますけど……これから良くなっていくので、どうか長い目で見てあげてください。
私が言うのもなんですけど、凄く頑張っていることも今回よくわかりまして、良い所もたくさんあるので、本当によろしくお願いし……あの、兄さん、なんで私の背中を押すの?」
「さぁー、さっさと船に乗ろうかー、もう他のみんな乗ってるよー!」
「ちょっと待って、まだ榎並先輩に色々と頼みたいことが……あ、ちょっと、力強いっ」
妹よ、それは余計なお世話だぜ。
「あ、戒斗先輩、体育祭頑張ってくださいねっ」
「あはははっ……椿咲ちゃんも、勉強とか頑張るッスよ~」
戒斗、あとでシャチホコけしかけてやる。
僕じゃ駄目でも、シャチホコ相手なら手も足もでないだろぉ!(←他力本願)
まぁ、そんなこんなで、僕たちは椿咲が乗った船を見送る。
椿咲は船のデッキから身を乗り出して、姿が見えなくなるまでずっと手を振っていた。
僕も、ずっと手を振る。
見送りもこれで終わって、集まっていた関係者もすでに全員解散となった。
僕たちも帰路に着くわけだが……
「わ、私ちょっと寄るところあるから……」
と英里佳
「えっと……夕飯の買い出しに」
と紗々芽さん
「姉貴に呼び出しされてるんで顔出してくるッス」
と戒斗
基本的に、僕を一人で外を出歩かせるのは危険だという認識がこのパーティにはあるので、特に用事の無い詩織さんが僕を男子寮まで見送ってくれることとなった。
……普通立場逆だと思うけど。
一緒に駅から寮までの道を歩く。
ふと、少し高台を通るといつものランニングコースが見下ろせて、そのさきに海が見えた。
「……色々と大変だったけど、椿咲さん、いい子だったわね」
「うん、まぁ…………椿咲のおかげで僕も生き残れたわけだし……」
ザァーザァーと、耳を澄ませばここからでも波の音が聞こえる。
あの道から階段を少し下りれば砂浜だ。
太陽は傾いていて、空が赤みがかっていた。
もうすぐ日が沈む。
「詩織さん」
「何?」
「もっと強くなるには……どうしたらいいんだろ?」
「あんたはちゃんと強くなってるわよ。
能力値こそ上りが遅いけど、それでも現段階で十分に戦えてる」
「いや、その…………詩織さんや、英里佳みたいに…………ううん、僕を助けてくれた、未来の椿咲みたいに……どうやったらそれくらい強くなれるのかなって」
「……え?」
……馬鹿か僕は。
そんな方法があるなら、とっくの昔に実行してるだろう。
「……何でもない。
早く帰ろう、ちょっと疲れちゃったよ」
「…………そう、ね」
そのまま、僕たちは何も会話をしなかった。
詩織さんに男子寮まで送ってもらい、彼女は女子寮へと戻る。
それを見送って、姿が見えなくなったのを確認した僕は、寮に入らずに、一人でランニングコースで活用している、さっき高台から見た道を歩く。
そして普段は下りない階段を進み、砂浜まできた。
波の音が強く感じる。
「…………ここでなら、もう大丈夫かな」
そう呟いた途端、僕の内側から押さえられない感情がこぼれていく。
「くぅ……ぅ……あ、ぁ……あぁあああ……!」
口から詰まったような音がして、目からは涙がこぼれる。
「ごめん……椿咲、ごめん……!」
もうここにはいない妹に謝る。
船に乗って本島に戻っていった妹に、ではない。
僕を守って戦い、そして……僕の目の前で消えていった妹に、僕は謝りたかったのだ。
「く、ぅ……ごめん、ごめん、ごめん……!
僕のせいで……僕の、せいで……!」
どれだけ泣いても、どれだけ嗚咽をあげても、それは波の音で消されていく。
こんな情けないところ、誰にも見られたくなかったし、聞かれたくなかった。
暗くなってきた空、駅から寮まで遠回りの道で、ここなら誰にも僕のことは見えないし、聞こえない。
そう思っていたんだけど……
「――連理」
「っ!」
声が聞こえた。
波の音がうるさいくらいのこの場所でもはっきりと
それだけ近くに、人がいる。
驚いて振り返ると、そこにいたのは詩織さんだった。
「な、なんで……帰ったんじゃ……?」
「様子がおかしいと思ったから、少し見てたのよ。
そしたら一人でここに来て…………泣いてたの?」
「ち、ちがうよ……ちょっと、ただなんとなく……」
顔を袖でぬぐう。
いつも通りだ。
いつも通り、みんなの前ではいつも通りに笑ってよう。
そうじゃないと……椿咲に約束した立派なお兄ちゃんになれない。
「連理」
そう思ったのだが、詩織さんがすぐ近くまでやって僕の顔に手を当てた。
「……もしかして、未来の……消えたっていう椿咲さんのこと、気にしてるの?」
「そんなこと……」
言葉を続けようとしたら、顔に当てられた詩織さんの手に力が込められた。
「心に思ってもない……それどころか反対のことは言っちゃ駄目。
それは連理自身をもっと傷つけることになるわよ」
「…………う、ぅ……!」
こらえきれず、勝手に涙があふれてきた。
「……辛いことがあるなら話して。
私、ちゃんと連理のこと知りたいの。
話したくないかもしれないけど……それでも、そんな辛そうな顔するくらいなら、私に話して。
ちゃんと聞くから。
もう、あんたが一人で抱え込ませるようなことさせたくないの」
■
今度はちゃんと気付くことができた。
詩織は自分の直感に場違いながら安堵していた。
同時に、恐ろしくなった。
もし、あのまま普通に寮にもどっていたなら……歌丸連理はたった一人でこの砂浜で泣いていたのだろう。
そう考えると、立つ瀬が無くなっていくような焦燥感に似た恐怖を覚えるのだ。
「僕は……目の前にいたんだ」
「手の届く、本当にすぐ近くにたんだ」
「なのに、僕は……僕は、椿咲に守られてばかりで……あいつが、殺されるところをただ見ていることしか、できなかった……!!」
それはもう変わった未来の出来事。
もうこの世界とは関係ないし、関わることもない世界からの来訪者の話
だが、それはどうしようもないほどに連理の心に強く刻まれたトラウマとなっていた。
「兄さんって、呼んでくれていたのに……妹を、椿咲を、僕は……僕は目の前で死なせてしまった……!
過去が変わったから消えるって……今の、椿咲に何の影響もないって…………だからって、だからってあんな……あんなのって、無い、絶対にあっちゃいけない!!」
詩織はそれを知らない。
盗聴器の受信機を持っていなかったし、現場に間に合わなかった。
戒斗は唯一それを見ていたようだが……結局は間に合わなかったのだ。
「三年、三年間だ!
椿咲は、僕なんかのために……来たくもなかったはずの北学区で、ずっと戦ってきて、生徒会長なんかにもなって……それで……その三年間で積み上げてきたもの全部失ってまで、僕を助けに来てくれたんだ!
それが、どれだけ辛いことだったのか、どれだけ苦しかったことか……あいつが、どんなに悩んだのか想像すらできない……それだけ大変だったはずなんだ……!!」
どんな時でも、笑っていて、時々怒っていて……だけど、それでもこれだけ辛そうに泣いている連理を詩織は初めて見た。
義憤だったり私怨だったりで怒っても、彼がここまで泣いている姿など、今まで見たことがなかった。
「なのに、あんな最後、あんな、あんな、あんなぁ!!」
それがどんな最後なのか、詩織にはわからない。
だが、連理にとっては涙し、怒り、取り乱すほどに許せないことだったのだろう。
「痛かったのに、寒かったのに、気持ち悪かったのに、寂しかったのに、悲しかったのに!
それでも、僕のこと心配して……僕のこと、最後の最後まで……!
なんで、なんで、なんでなんでなんでなんで!!!!」
その場で崩れ落ち、手を、頭を、何度も砂に叩きつける。
「――なんで椿咲が、あんな最後を迎えなきゃいけないんだよっ!
なんで頑張ったのに、一生懸命努力したのに、なんであんな辛い目にあいつが遇わなきゃいけなんだよ!!
なんで、どうして! あいつは、悪いことなんて何もしてない!! 悪いのは、僕の方だ!
僕が弱いのが、全部悪いんだろ! なのに、なんで僕が無事で、あいつが死んで、その死すら、無かったことにされてるんだよ! おかしいだろ、こんなの、おかしい! 絶対におかしい、間違ってる!!」
理屈で言えば、何もおかしくない。
だが、感情がその理屈を受け付けられない。
現実的には誰も死んでいなくても、歌丸連理にとっては、確かに目の前で大事な家族が死んだのだ。
「僕は……弱い……!!」
だからこそ、そのトラウマが、これまでのすべてを否定する。
「弱いくらいなら僕は……僕は……」
それまでの根幹であるものを、すべて覆す。
「僕は、死にたい」
言ってはいけない言葉だ。
人間にとって、いや、生きている者にとってその言葉は誰もが絶対に言ってはいけない。
まして、そのために死線を潜らなければならない連理にとっては、何よりもその言葉は禁句のはずだった。
「連理」
見ていられなかった。
まるで懺悔するかのように頭を地面にこすりつける、その小さな背中に手を当てる。
そしてその場でしゃがみ込み、ゆっくりを連理の顔をあげさせる。
「ごめんなさい……私たちが、ちゃんと傍にいれば……あんたはそんな辛い思いをしなくて済んだのに」
「違う……違う! 僕が悪いんだ、全部、僕が……僕が!」
――守りたい。
――この人を、守りたい。
今、詩織は誰よりもそう強く思った。
再び、詩織はその手を連理の顔に当てた。
「誰がなんて言おうと、私は知ってる。
歌丸連理は、強いわ。弱くなんてない」
「だったら、だったらどうして椿咲は――」
「それは、私が弱かったから。
あんたを守る力が、私に無かったから」
「違う違う違う違う違う!
これは僕が、僕のせいで、僕が弱いから、僕が、僕が!」
幼い子供の癇癪の様に泣きながら怒鳴り散らす連理
だが詩織はそんな連理を前にしても動じず、それどころか抱き寄せた。
「私は、歌丸連理のために戦うわ」
「……――え」
「私の剣が、連理の剣。私の盾が、連理の盾。
連理に助けられた、あの日から……私の力は、全部連理のために使うためにあった」
抱き寄せられ、連理は詩織の胸の鼓動を聞く。
今にも破裂しそうなくらい、激しい鼓動で、それでも一生懸命に詩織は連理に自分の気持ちを伝えようとしているのだ。
「だから……自分を責めないで。
一人で、全部抱え込まないで……一緒に、私も一緒に抱えるから……!
私を恨んでもいい、責めてもいい、役に立たないって……傷つけられてもいいから……だから、お願いだから……!」
■
抱きしめられながら、僕は顔をあげた。
そして気付く。
まったくもって、僕は一体何度、同じことをすれば気が済むのだろうか?
椿咲のことから、何も学んでいない。
僕はこんな時まで、自分のことしか考えていなかった。
「――死にたいなんて、言わないで……」
詩織さんが、泣いていた。
いつも強くて、みんなをまとめている彼女が泣いていた。
十三層で見て以来、ずっとみんなと笑っていた彼女が泣いていた。
……いや、違う。
僕が、泣かせてしまったんだ。
僕はクズだ。
女の子を泣かせないと、自分がどれだけ愚かなのか気付かないんだから。
「詩織、さ――んっ」
そして愚かな僕は、本当に死んだ方が良いのかもしれないと思う。
「私が絶対、守ってあげる。
今度こそ……絶対に、三上詩織が、歌丸連理を守るから」
女の子からキスされて、そんなことを言われて、気分が軽くなっているとか……男としてあまりにも情けなさすぎる。
スキル発生
――――
共存共栄Lv.3
修得者:歌丸連理
効果:
・自分の修得しているスキルを任意の相手に渡す。
・一度渡したスキルは返還不可
・再習得する場合は倍のポイントが要求される。
生存強想Lv3
修得者:苅澤紗々芽
効果:
・魔法詠唱短縮、効果増大スキル
・味方の補助、回復系統の魔法に限定して、視線を向けるだけで効果が発動
・視線を向けた対象への想いの強さで効果増大
対象:
歌丸連理 ×3
三上詩織 ×2.5
榎並英里佳 ×2
日暮戒斗 ×1.
・スタンドアローン
※このスキルはLv.1
共存共栄 Lv.4
修得者:三上詩織
効果:
・歌丸連理の受けたダメージを、接触している時に引き受ける。
・歌丸連理からダメージを引き受けた分だけ能力値が向上する。
・能力の向上はダメージがある間のみ。回復魔法など、治療されればその効果減少。
・アクティブジョイント
※このスキルは修得者の任意で発動し、同時にLv.1
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