第49話 それでも僕は生きている。
「ぐ、おぉぉぉおおおお……!」
手足からどんどん熱が奪われていく。
しかし、胸の奥からそれを補って余りあるほどの熱が生まれて全身を駆け巡る。
「ふっ……この程度がどうした。
これくらい吸われたって、僕には全然効かないぜッ!」
テキストでは貧血を防ぐという程度しか書かれていないこのスキルは、僕の体からいくら血を流しても一定以上の血液の量が減らなくなるというものだった。
そのスキルが、今僕の手足に絡まって血液を吸う木の根っこに奪われた量と同じだけ僕の体に血液を生み出していた。
「ドライアド、これは根競べだ。植物だけに!
僕とお前、どっちらが先に根を上げるかの勝負だ! 植物だけに!!
ここが根性の見せどころだ! 植物だけにィ!!」
「遊んでないでさっさとスキル覚えなさいよ」
「ウッス」
無理にでもテンション上げようとしたけどやっぱり無理だった。
「あと“ねをあげる”の字は“根っこ”の
「ウッス」
やだ、恥ずかしい。
三上さんが僕の手足に絡まった木の根を切断し、僕はいったんその場から離れて学生証のスキルツリーダイアグラムを見た。
だが、やはりスキルの構成に変化はない。
「また駄目か……」
「困ったわね。
これじゃあ下手に近づけばエンぺラビットたちの二の舞よ」
現在僕たちは、ドライアド攻略のためにとあるスキルの習得を狙っていたのだが、すでに難航していたのであった。
■
「胞子?」
「左様。
彼のドライアドは自分の周囲に胞子をまき散らし、それを使うことで獲物の動きを封じる」
エンぺラビットの長は、ドライアドが如何にしてエンぺラビットたちを捉えたのかを伝えてくれた。
そもそもエンぺラビットは死の危険には敏感ではあるのだが、直接命を脅かすものではない罠に対してはわずかに反応が遅れるのだという。
今、樹と一体化しているエンぺラビットたちも動けないだけで実はまだ生きていて無事なのだという。
「こうしている分には命に別状はないのだが……長い時間をかけるとドライアドはこちらに根を伸ばす。
寄生した胞子は、ドライアドに自分の居場所を教える力が備わっているのだ」
「厄介な性質ね……それってつまり、栄養を途絶えさせることなく木の根を広げていけるってことじゃない。
ドライアドの一番厄介なのはその根っこなの。それが多く広げられたらもうそれだけで十分に脅威だわ」
三上さんの言う通り、それってつまりあたり一面が罠だらけってことになる。
そんな中を歩くことになったらどれだけ被害が出るか……
「……胞子に感染したら、どれくらい動けなくなるの?」
「一日だな」
バッサリと告げた長の言葉に僕も三上さんも瞠目を隠せない。
いくらなんでも早すぎる。
そこまで強力なのか、これ。
「もっとも、体が小さいものほど進行が早かった。
ウタ達ならば動けなくなるまでもう少し余裕はあるだろう」
「ちなみに、胞子に感染した場合の症状ってどんな感じ?」
「うむ……まず痙攣が起こる」
うん、その時点で普通に動けなくなると思うが……まぁ、
「次に激痛と高熱で意識が朦朧とする」
我慢と根性と
「そして五感が鈍くなっていき、その時点で肉体の植物化が始まる」
そこまで話をきいて、僕と三上さんは顔を見合わせた。
「……一応、突撃かけて無理矢理倒すってことも不可能じゃないっぽいけど、どうする?」
「それ本気で言ってるならあんたは本当に命知らずよね。
ドライアド本体の戦闘能力もまだ確定してないのよ」
確かに。
僕の足元でのんきに丸くなっているエンぺラビットがいうには、僕の打撃昆による攻撃で倒せるとは言っていたが……向こうにこちらを攻撃する能力がある可能性だってある。
そんな極限状態で戦闘したら、負ける可能性は高いと言わざるを得ない。
そんなわけで、三上さんは僕に一つの命令をする。
「歌丸、あんたがドライアドに対して有効なスキルを覚えるのよ」
■
まぁ、そんなこんなで色々頑張ってるわけです。
あの後休憩と、服を乾かしてからエンぺラビットたちに案内されて元の第13層に戻ってきたわけだけど、そこから先がまったく進展しない。
「ぎゅう」
『ゴ飯』
「きゅるう」
『ドウゾ』
「ありがとう」
エンぺラビットたちが持ってきてくれた果物を食べながら、僕たちはドライアドの罠の手前で休憩する。
三上さんも一緒にリンゴっぽい果物を食しながら首を傾げる。
「兎語とか覚えたんだから、スキルは機能してるはずなのに……どうしてドライアドに対して有効なスキルを覚えないのかしら?」
「さぁ……僕もよくわからないんだよね」
「スキルの発動条件とかあるのかしら?」
そういわれて、僕はふと学生証を見た。
発動条件:4回以上死を覚悟した後に生き残ること。
「…………え、もしかしてこれ?」
「なに、わかったの?」
「あ、いや、その……うん、たぶんだけど……この条件」
僕は“適応する人類”の項目を表示させた学生証を三上さんに見せる。
「これって最初にスキルを発現させる条件でしょ?」
「そう思ったんだけど……いや、兎語覚えたときにさ、ほら、勢いよく落ちたじゃん」
「そうね」
「その時、死ぬかもって思って」
「…………それで?」
「そのあとスキルを覚えた」
そう聞いて、三上さんは額に手を当てて上を仰いだ。
「ちょっと待ちなさい。
それが正しいなら、あんたすでに何個かスキル覚えていてもおかしくないでしょ。
吊り橋が落ちたときとか、溺れかけたときとか、何か覚えてもおかしくないでしょ」
「あ、うん……それで思ったんだけど……それに加えて三上さんが僕の上に落ちてきたじゃん?」
「それが何よ?」
「あまりに突然のことだったから、その時僕も『死ぬっ!』って思ってさ……それ全部足したら……四回、死を覚悟してるってことにならない?」
「…………」
三上さんは無言で、ゆっくり指折りして数える。
本来そんなことするような数ではないのだが、事態を冷静に理解するためには必要なことなのだろう。
「…………
「痛いッ!?」
唐突な暴力が僕を襲う!!
「何よそれ、なんでそんな貴重な機会を兎語なんてつまらないものに使ってるのよアンタは!!」
「い、意思疎通の手段はないのかって聞いたのそっちじゃなああああああ頭が割れるゥゥゥ!?」
唐突なアイアンクローがまた僕を襲う!
これはいくら何でも理不尽すぎるぅ!!??
「ぎゅう」「きゅるぅ」
ほら、案内してくれたエンぺラビットたちがドン引きしてるじゃないか!
「あ……ご、ごめんなさい。ちょっと取り乱したわ……」
「勘弁してよ……痛い」
「本当にごめん……」
怖い、グンマー怖い。群馬県出身は伊達じゃないッ!
※個人の感想を多分に含みます。
「じゃあ、新しいスキルを覚えるためにはあんたに少なくとも四回は死ぬかもしれないって思わせないと駄目ってこと?」
「たぶん、だけどね……てっきり僕も最初の一回だけかと思ったけど、なんて面倒な発動条件……ん?」
「どうかしたの?」
「あ、いやその……前は気づかなかったんだけど……発動条件の項目の下に“
前にこんなのあったかな?
「他にも発動条件があるってことかしら……でもわからないならないのと同じよ。
そして今からあんたに四回も死ぬ危険性を感じさせるなんて現実的じゃないわ。
スキルはひとまず置いておいて、別の方法を考えましょう」
「別の方法って……?」
うぅ……まだ頭がじんじんする……
「まずは放火ね」
「放火……」
「ええ、ドライアドのいる周りに火をつけていくの。
うまくいけばそのままドライアドを焼き殺せるけど、まぁそこまでは無理でしょうね。
でもトラップは減らせるし、胞子も燃やせるからかなり安全だと思うわ」
ドヤ顔だけど、とんでもないこと言ってる自覚があるのだろうか?
普通に違反行為である。
いや、まぁもともと放火が違反になったのって、他の生徒が火や煙に巻き込まれる危険性があるからだったから、今は問題ないかもしれないけどさ……
「ぎゅぎゅぎゅぎゅう!」
《駄目、駄目駄目、絶対駄目!》
「きゅるるんきゅるんっ!」
《火、怖イ、煙、危ナイ、巣、危ナイ!》
エンぺラビットたちが猛反対だ。
確かに、そんな広範囲を燃やすとなれば煙の量も尋常ではないし、エンぺラビットたちの巣にまで煙が行く可能性がある。
「こいつらの味方をするわけじゃないけど……迷宮の中にある植物って燃やすと猛毒を発するものもあるし、僕たちも危ないよ、それ?」
一応放火だって所定の場所以外では禁止されているわけだしね。
「むぅ……まぁ、エンぺラビットたちに被害が出たらあんたとしても本末転倒よね。
だったら次は……今言った毒のある植物を集めて、簡易的な除草剤をつくるのはどう?」
「除草剤か……ドライアドに効くのかな?」
「即効性はないだろうけど、確実に嫌がるはずよ。
それを撒きながら進めば根っこを伸ばそうとはしないはず。実際にその方法で罠を回避したって記録もあるの。
胞子については、聞いた限りは肺に入れさえしなければ何とかなるはずよ。
救急セットの中にはマスクも入ってるし、それを使えばなんとかなるはずよ」
「よし、それじゃあそれで行こう。
えっと……確か植物マニュアルがアイテムストレージに入ってたっけ」
学生証を弄り、アイテムを取り出そうとして……
「お?」
「なんかあった?」
「あ、いや、なんでもない。
えっと……あ、これだ」
すぐに使うものではなかったので今はスルー
とりあえず厚めの本を一冊取り出してページをめくる。
「えっと…………あ、これこれ。
なぁ、これが生えてる場所に案内してくれない?」
植物の写真が載っているページをエンぺラビットに見せる。
一つはクルミのような迷宮原産の植物
クルミには周囲の他の植物を枯らす成分が含まれているらしいが、この植物は特にその効果が強い。
森林エリアで見つければその辺り一面には同じ植物しかないので僕でも見たことがある。
そしてもう一つはキョウチクトウという植物の特徴を持つ迷宮原産植物で、これはガチで危ない。
さっきも言った燃やすと危険な植物の一つだ。
植物全体に強力な毒性があり、土にも毒が残るのだという。
故に、他の植物はこの植物の周りには生えない。
これらをクルミ7、キョウチクトウ2、その他数種類少々で混ぜるとドライアドよけの除草剤が作れると書いてある。
「ぎゅう」
《任せろ》
エンぺラビットが頼もしい感じで歩き出す。
僕と三上さんは並んでエンぺラビットについていく。
「なんか不思議な感じね」
「何が?」
「何って……テイムしたわけでもない、普通の迷宮生物と一緒に行動するなんてありえないことよ?
しかもエンぺラビットのためにドライアド討伐…………脱出のための最善手段だってわかってはいるんだけど、未だにこんなことしている自分が信じられないわ」
「……言われてみれば確かにそうだね。なんだろこの状況」
「いや、どう考えても原因はアンタでしょ」
「僕? どうして?」
「エンぺラビットにあれだけ気に入られるとか、普通じゃないわよ。
あの長の言ってた“死の理解者”ってどういう意味なのか本当にわからないの?
なんか思い当たるところとかは?」
「うーん……いや、まぁ……うん、大したことじゃないよ」
「さっきもそういってはぐらかしたけど、そういうのされるとすごく気になるのよ。
いいから話しなさいよ」
「えぇ~……」
「何を渋ってるのよ?
これ以上はぐらかすならコレよ」
そう言いながら右手でパーを見せる三上さん。
完全に脅迫だ。
なんかもう最近軽く三上さんのアイアンクローがトラウマ気味になってるんですけど……
仕方ないと観念して、僕は喋ることにした。
「……単純に、僕が死んだことがあるからじゃないかな」
「へぇ………………え?」
隣を歩いていた三上さんが、突然足を止めた。
「どうしたの?」
「……あんたが今言ったことを理解しようと考えたけど……全然理解できない。
どういう意味なの、それ?」
「うーん……説明を求められても、正直僕もわかってないというか…………」
今でも不思議に思うのだが……
「医学的には……ああ、いや、常識的にどう考えても僕ってもう死んでるはずなんだ」
「……え?」
さらに困惑したような顔をする三上さんに、僕はとりあえず、自分の胸の真ん中あたりを指さしてみせた。
「レントゲンとかCTとか色々撮って調べてもらったんだけど……僕、ここに心臓が無いんだってさ」
僕の言葉に、唖然と固まった三上さん。
少し時間を置いてからようやく復活して、僕に詰め寄った。
「…………ちょっといい」
三上さんは僕の手を取り、手首を押えて脈を測る。
「普通に脈があるじゃない」
「って思うよね? 胸のあたり触ってみればわかると思うよ」
「……触るわよ?」
「どうぞ」
恐る恐ると、制服の上からではあるが三上さんの手が僕の胸に触れられた。
そして数秒、三上さんは目を見開いて、焦ったように僕の胸に当てる手を動かし、そのままシャツの中に手を突っ込んだ。
「ひっ、わははっ、ちょ、くすぐったいっ!」
「動かないでっ」「ウッス」
身じろぎもせず、再び直立不動で待つ。
そしてそこからさらに数秒してから、ようやく三上さんは僕の胸から手を放す。
「……脈も熱も感じる。だけど……心臓の鼓動が感じられない」
「でしょ?」
「でしょって…………本当にこれ、どういうことなのよ?」
「だから僕もわからないんだってば。
手術に失敗して、そのまま死んだと思ったら生き返ったって主治医の先生も驚いててさ」
「手術? 主治医?」
「…………あ」
やべっ、いらんこと言った。
しかし、もう遅い。
三上さんは僕から一切目を逸らさず、その眼に僕も釘付けにさせられる。
「…………あんた、中学ずっと引きこもってたって言ってたわよね?」
「まぁ……うん」
「運動も勉強もろくにしてなかったのよね?」
「運動は……まぁ、得意じゃないし……勉強については、親が好きにしていいっていってたから……なんとなくサボってた、かなぁ~」
「………………」
「………………」
「……………………ねぇ」
「……………………はい」
真っ直ぐに、僕の目を見て三上さんは質問をぶつけてきた。
「あんた、中学時代ずっと病院とかにいたの?」
真正面からそう言われてしまい、僕は少し考える。
考えて、頷いた。
「まぁ……うん、具体的には、小学校の三年生くらいからずっと、ね」
別に隠していたわけでもない。
現に担任である武中先生も僕のことをすぐに調べられたわけだし……
でも、なんとなくあんまり話したくはなかったかもしれない。
「歌丸……それ、つまり…………」
彼女のまるで腫物でも扱うかのようなその表情が、昔の自分がいた空間を連想させた。
「ああもう、辛気臭いから入院してた話はやめよう。
とりあえずそっちは置いておいて、心臓の件についてだよね?」
「え、ええ……そうね」
「とりあえず歩こう。
エンぺラビットたちも待ってるし」
再び歩き出した僕たち。
三上さんは暗い表情で隣を歩く。
ああ……これならいっそアイアンクロー受けてた方が気楽だったかもなぁ……
「心臓の件についてだけど……多分僕の親が学長となんか取引したっぽいんだよね」
「……取引? どんな?」
「具体的なことは何にも。
だけど両親は二人とも迷宮学園の第一期卒業生でさ、学長とも面識があったらしいんだ。二人の会話でそんな話題が出たことがあった」
僕が人生の中で一番最初に効いた迷宮学園の冒険譚は、両親の出会いの物語でもあったからね。
「学長とどんな取引をしたのかは知らないし、教えてもくれないけど……ただ二人とも僕に迷宮の攻略をしろって言った。
二人のおかげでこうして元気になれたんだから、二人のいうことを聞いて僕は北学区に入学した。はい、以上、おしまい、終了、これで終わり」
「それは
「事実を箇条書きしたら本当にこんな感じなんだよ。それ以上でも以下でもない」
まぁ、確かに黙っていることはあるが……それは誰にも知られたくないしね。
こればっかりは武中先生にも周りには話さないように念は押した。
「だから三上さんがそこまで気にするようなことじゃないよ」
僕がそういうが、三上さんの表情は晴れない。
「……ごめんなさい」
「何が?」
「その……あんまり話したくなかったことだったろうし……それに、その…………あんたが中学時代にサボってたとか何にも知らずに酷いこと言ってたじゃない、私」
「あーもう、だからサボったのは事実!
運動はともかく、勉強とかは自分の意思でサボってたんだから自業自得なの!
それにそこまで隠してたわけじゃないから気にしないでってば!」
「……うん、ごめん」
「だーかーらー…………はぁ」
三上さんにそうも殊勝な態度を取られてしまうとすごく調子が狂う。
「とりあえずさ、そういう風に気にされるのとか僕も嫌いだからできるだけ早くいつも通りに戻ってよ。
それと、やっぱり三上さんみたいにみんなも気にすると嫌だからこのことみんなには黙っててね」
「そうね……わかった、少なくとも私からはみんなには言わないし、なるべく追及させないようにするわ」
「うん、お願い」
二人で並んでエンぺラビットについてき、やがて目的の植物がある場所に着いた。
ひとまず手分けをしてその植物を集めることになったが、その際に僕は一人で愚痴る。
「気ィ遣われるのヤダなー……」
そうされると、自分が物凄く惨めに思えてしまうから。
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