第50話 普通に敗走する系主人公!(ネタばれ)

「ぎゅう!」

『くせぇ!』


「我慢しろ、というかあんまり吸い込むな」


「ぎゅ」

『わかった』


「なぜ頭に乗るっ!?」



なんかこのエンぺラビット図々しいな。


ひとまず僕を先頭に、お手製除草剤を巻きながらドライアドがいるであろう方向に進む。


木の皮や根っこ、木のみや葉っぱを磨り潰して水で薄め、それをビニール袋に入れて、木の根っこのトラップが密集している場所に撒いて進む。


結構多めに作ってビニール袋に入れて小分けしているから、いざとなったら水風船みたいに投げて使える寸法だ。


当初の予定ではかなり迂回しなければならなかったルートも、これならほぼ一直線に進める。


時刻はすでに夜で、迷宮の中も全体的に暗くなっているが植物系は明るい時期は活発に動くので攻めるなら今だ。


イベントも流石にそろそろ一日目は終了してしまったのだろうか?


特性共有ジョイントが継続されているから英里佳は無事なのだろうが、戎斗は大丈夫かな? 僕のこと気にし過ぎてないといいけど……


苅澤さんはまぁ……気にしなくても平気かな。あの人なんだかんだで結構強かだし。


で、まぁ…………現時点での問題は……



「…………」



さっきから辛気臭い顔で僕の後ろをついてきている三上さんだよっ!


なんだよもう、気にしすぎだろ!


総合的に見ても英里佳の方がよっぽどヘビィな事情抱えてるよ!


現状僕、迷宮攻略をメッチャエンジョイしてるんだから何にも問題ないんだってば!



「三上さん」


「な、なに?


あ、もしかして疲れたんなら除草剤私が持つ?」



――イラッ


……堪えろ僕、ここは怒るところじゃない。



「この程度のことでいちいち疲れたりしないよ。


そんなことより、周囲の警戒お願い。ドライアド以外にも迷宮生物モンスターはいるし……夜行性の奴もいるしね」


「そう、ね……うん、ごめん」


「いや、別に謝ることじゃ……念のため程度だし」



僕の頭の上と、そして三上さんの後ろにそれぞれエンぺラビットが二匹もいる。


一匹いるだけでも敏感なセンサーなのにそれ二つとなればもう周囲の警戒は任せてもいいくらいだ。


その上で三上さんに警戒を促したのは、少しでも他に気を向けさせないとずっと落ち込み続けそうだったからだ。



というか、なんで僕が指示だしてるんだろ……?


三上さんも三上さんで僕なんかの指示に律儀に従わないで貰いたい。


寧ろここは『言われなくても分かってるわよ!』くらい言い返してもらいたかった。



「おっと……準備準備と」



これから戦闘する場合のことを考慮して準備をしておく。


苅澤さんと一緒の時はほとんど出番がなかったけど、こういう時は使っておかないとね。


一通り必要な道具を学生証のポケットに入れておいて、打撃昆を持っておく。


そして口にはマスクを装備し、エンぺラビットたちにもマスクを渡す。



「ぎゅぎゅ」

「きゅるぅ」



明らかに顔のサイズに合ってないが、なんか可愛いので学生証で写真を撮っておいた。



「ふふっ、帰ったらシャチホコに見せてやろうっと」



アイツの仲間と仲良くなれたんだから、きっと喜ぶだろう。いや、案外嫉妬したりして。



「…………あの、さ」


「なに?」


「……………ごめん、なんでもない」


「……そう。これからドライアドとの対面だし、とりあえずそっちに集中しよう。


なんか釈然としないって言うなら、全部終わった後で考えようよ。話し合いたいっていうなら、いくらでも付き合うから」


「……そうね」



三上さんはそういって自分の顔を軽く叩く。



「ごめん、切り替えるわ」



彼女はその手に剣を持って前を向く。


その顔には先ほどまでのウジウジした感じはなくなっていた。


少しは戻った感じだ。



「よし、行こう」


「えぇ」



マスクを装備してかなり根っこが集中している場所へと踏み出し、僕たちはそこに行く。



「――だ、誰かいるの?」



そんな時、聞こえてきたのは女の子と思われる声だった。


僕たちは顔を見回せ、合図で確認を取ってから三上さんが懐中電灯を手にして前方を照らした。



「っ……あ、よ、よかった……ようやく誰か来てくれたんだっ」



そこにいたのは、ボロボロになった長い白を基調としたローブを身に纏った女子生徒と思われる人だった。


あの服はおそらく、魔術師系統の後衛職に制服が変化した形態だろう。



「こんなところに人が……大丈夫、怪我はな――歌丸?」



安易に近づこうとする三上さんの肩に手を置いて僕は制止させる。


こういう展開はベッタベタ過ぎて、逆に予想外だったかもね。



「ライト、貸して」


「え、えぇ」



三上さんから受け取ったライトを使い、周囲を確認する。



「ぎゅ、ぎゅぎゅう……」

「きゅるぅるぅ……」



僕の頭に乗っていたエンぺラビットも、後ろについてきたエンぺラビットも、今は肩身を寄せ合って僕たちの後ろで震えている。



「名前と学年、学区、それと職業ジョブは?」


「あ、はい。


私は金瀬千歳かなせちとせ、二年生で東学区所属です。職業はドルイドです」



ドルイド、ゲームだと回復系の職業って相場が決まってるけど……一応確認をしないとな。



「三上さん、ドルイドについては知ってる?」


「え、えぇ……基本的にエンチャンターを回復や防御方面に特化させた職業よ。


他にも植物を媒介にしていろんな魔法を使ったり、薬草を調合するスキルとかもあって製薬関係に進む人が多いわね……」


「もしかしてだけど……その職業ってドライアドと相性は良かったりする?」


「それは、まぁそうね。


魔法職の中には迷宮生物を対価を支払って呼び出して力を借りるものもあるし…………ドルイドにはドライアドを召喚するスキルがあった筈よ。


それに召喚の能力を持っている魔法職のアドバンスカードの需要はテイマーの次に高いわ」



まぁ、なんというか…………ああ、ベッタベタだ。



「あの、私、助かるんですか?」



不安げに声を掛けてくる自称金瀬さん。



「え、ええ。とりあえずここは危ないし安全な場所に移動しましょう。


歌丸、良いでしょ?」


「その前に、質問」



なんで気づかないんだよ、こんなありきたりなトラップ。


ゲームや漫画とかで手垢が付くくらい使い古されたシチュエーションじゃないか。



「ここには大量のドライアドのトラップがあるのに、どうして無事なの?」


「ドライアド……?


あ、それなら大丈夫よ、あの子は私のパートナーなの。ほら」



そう言いながら、自称金瀬さんは制服のポケットから一枚のカードを取り出した。


それは僕が持っているエンぺラビットの者と同じアドバンスカードだった。



「え……それじゃあ…………あの長が嘘を言ってたの?」



「ぎゅう!!」

『嘘、違ウ!!』



「あ、ごめん。でも、だったら勘違いしてたってことよね?


私達、エンぺラビットたちに頼まれてここに来たんです」


「え……エンぺラビットに? ……ああ」



自称金瀬さんは三上さんの言葉に驚いたようだが、すぐ足元にいるエンぺラビットに気づいた。



「歌丸、逆光で見えづらいみたいだからライト横に向けて」


「……そうだね」



三上さんは普段の調子で自称金瀬さんに話を続ける。



「エンぺラビットたちが貴方のドライアドの能力の影響を受けて、それを解除して欲しいって私たちは頼まれたの。


だから、あなたがドライアドに能力を解除するように言ってもらえれば、この子たちに上の階層へ安全なルートで案内してもらえるの」


「そうなの? よかった、だったらすぐに止めないと…………ごめんなさい、だけど私足を怪我してて動けないの。


あの子に能力を止めるように言うから、肩を貸してもらえない?」


「もちろん。


歌丸、ちょっと荷物持ってもらっていい?」



ああ……イライラする。


なんでこんな茶番にすらならないもんに付き合わないといけないんだ。



「――くだらない芝居とか、もうやめろよ」


「……歌丸?」


「芝居って……あの、どういうことですか?」



三上さんの困惑した顔も、自称金瀬の唖然とした表情も、何もかもが癪に障る。



「ああ……お前見てるとイライラする。


そうやって悲劇のヒロイン気取って楽しいか?」



持っていた荷物を三上さんに押し付けて、自称金瀬に近づいた。



「何のつもりでそんなことしてるのか知らないけどさ、これだけ誰も近づけないようにしておいてなんだよその態度?


意味が分からない、近づけたくないのに助けて欲しい? 馬鹿じゃねぇの」



「ちょっと、歌丸あんた何を」「黙ってて!」



今、自分でも驚くほどに気が立っている。


どうしてこんなにイラつくのか……



「ぎゅうぅ」

「きゅる……」



だが、どうにもエンぺラビットたちも似たような感情を持っているらしい。


ああ……多分、これ、やっぱりそういうことなのか。


許せないんだ。


死んだ人の尊厳を踏み躙り、死を穢す行いが、どうにも僕は許せない。


どうしてかそれが見過ごせない、見逃せない。いや、より正確に言うなら



「――死んだ自分のご主人を疑似餌にして餌を捕まえるのがそんなに楽しいのか、ドライアド」



僕は懐からビニール袋で小分けした除草剤を取り出して、自称金瀬のすぐ足元に思い切り叩きつけた。



「え……」



最初はきょとんとした顔を見せた自称金瀬だが、すぐに反応を見せた。



「あ、あぁああああああああああアアアアアアAAAAAAA!!」



唐突に苦しみ出したかと思えば、地面が隆起して木の根が伸びてきた。



「なっ――!?」



目の前の光景に驚いたように声をあげた三上さんだが、僕はお構いなしで打撃昆を振りかぶる。



「パワーストライク!」



全力を込めて一撃を自称金瀬の頭部に向かって放つ。


そしてその時の感触はファングラットやウルフなど肉を叩いた感触じゃなかった。


固い中身の詰まった樹を叩いたような感触。


それによって確信が絶対なものとなる。



「い、痛い、痛い――痛いィ!!」



金切り声のような悲鳴と共に、地面からボコボコと音を立てて根っこが生えて来て僕に向かって振るわれる。



「ぐはぁ」



回避できれば格好良かったのだが、生憎そこまで運動神経は良くはないので打撃昆で防御し、その上で吹っ飛ばされる。



「このっ!」



お返しとして懐にしまっていた除草剤を直接ぶつけてやった。



「AAAAAAAAAAAAAAAAAA!!??」



顔面にぶちまけられた除草剤


あれは普通に人間でもキツイ。



「歌丸!」


「ぎゅう!」「きゅる!」



すぐに僕の前に立って剣を構える三上さん。



「本当にドライアドだったのね……よくわかったわね、あんた」


「シチュエーション的に定番だし……それになにより……」



顔を押え、悲鳴をあげながらもだえ苦しむ自称金瀬――ドライアドが来ているその制服を見た。



「なんか、あの制服と着ている奴が猛烈に気がした」

「ぎゅううん」「ぎゅるるん」



僕の言葉に二匹のエンぺラビットがそろって頷いた。



「どういうことよ?」


「ごめん、自分でもよくわからないんだけど……とにかくあの制服はあいつのものじゃないってわかったんだ。


それは絶対に違うってのはわかった」



とにかく一度立ち上がり、僕も打撃昆を構えて前に出る。


胞子以外に何か特殊な攻撃をしてくるかと思ったけど、攻撃手段はあの根っこを鞭みたいに使うことでそれ以外に目立ったものはないらしい。


これならいけるはずだ。



「どう、して……?」



ドライアドは僕に殴られた箇所を押えてこちらを見ている。



「どうして、そんな酷いことするの……?」



まだ懲りずに人間の振りをするつもりなのか?


まぁ、どっちにしろ無駄だ。


僕の殴った箇所は陥没した状態で亀裂が入り、そこから木の部分が見えた。


そして除草剤をダイレクトにかけられた場所など、肌に擬態させられていた部分が変色して黒ずんでいる。


人間の肌では、あれだけ希釈した除草剤を受けてもあんな風にはならない。


これはもう完全に人間ではないと理性でも感情でもわかりきった。



「……なんか、様子が変じゃない?」


「関係ないよ、そんなの」



どうにもこのドライアドのやっていることは腹が立つ。



「その化けの皮、徹底的に引き剥がしてやる……!!」


「歌丸、落ち着きなさいよ。あんたなんか変よ」


「かもね。だけど大丈夫、さっさとこいつを始末さえすればそれで落ち着くから」



ぐだぐだ話してても仕方がない。


いくらマスクをしていても、あんまり長い時間いたら僕たちも感染する恐れがある。


さっきライトを当てて気づいたけど、髪に擬態しているところから埃のようなものが出ているのが確認できた。


おそらくアレが胞子だ。


胞子を出している時点でこいつはもう僕たちに対して攻撃を仕掛けているも同然なんだ。



「い、い、いや……来ないで、来ないで! 助けて、助けて“ララ”!!」



ドライアドが悲鳴のようにそんなことを言った途端、木の根っこの動きがさらに激しくなった。


そして足元からも生えて来て、僕たちに絡まろうとする。



「このっ!」



三上さんは咄嗟にその根っこを切り、迫る根っこを回避する。



「僕が囮になる、三上さんは回り込んで背後から仕留めて」


「わかったわ」



小声でそんなやり取りをして、僕は手に持ったライトをドライアドの顔に向ける。



「いつまで人間の振りをするつもりだドライアド!」



視覚があるのはさっきのやり取りでわかった。逆光でエンぺラビットが僕たちの足元にいるのに奴は気づかなかった。


だからこうしてライトで視界を狭めて、三上さんから視線を外させる。



「来ないで、ララ、お願いだからこいつらを追い払って!!」



その言葉と共に、木の根っこが僕に迫る。


想定通り、三上さんの方に根っこは行ってない。



「ふ、ぬ、ぐぉ!?」



大雑把に振るわれる根っこはよく見ればギリギリ回避できるものだが、数が多い。



「こうなったら……」



懐に忍ばせていたを出し、その栓を抜く。


息を止めながらマスクをずらし、そしてその中身を一気に飲み込む。



「プハッ!」



瓶を捨てて、迫る根っこを見る。



「ふんふんふんふんふんふんふんっ!!!!」



先ほどまではギリギリで回避していたが、今度はどれも完全に避け切って見せた。


苅澤さんに筋力強化フィジカルアップを使ってもらった時と同じくらいに動けるようになった。



ステータスアップポーション



今僕が飲んだ代物の名称だ。


先日の学長の悪ふざけで行われた臨海学校での特典アイテムの一つ


飲めば一定時間能力値を上昇させてくれるというもので、要するに苅澤さんのエンチャントをアイテムで行っている状態だ。


使い捨てで高価なものだが、効力時間が3時間、ほぼ平日一日の攻略中は効果が持続する仕様だ。


苅澤さんがいるから使う必要もないと御蔵入りさせていたが、さっきストレージを確認してその存在を思い出した。


これなら僕でも十分戦える。



「お返しだ!!」



再び除草剤の投擲。


嫌がらせ以外の何物でもないが、やつにとってはこれ以上ないほど鬱陶しいはずだ。


直撃こそしなかったが、奴の足元には根っこが張り巡らされている。


そこから除草剤の成分を吸収するのは、さぞ苦しいだろう。



「あ、あぁああ! や、やめて、お願い、やめて、酷いことしないで!!」


「いつまで人間ごっこ続ける気だ! 同情でも引こうってのか! 余計に腹立つんだよそういうの!!」


「いや、いやいやいやいやぁ!! ララ、ララ、助けてララ!!」



ララ、ララって、なんなんださっきから?


他に何かいるのかと思ったが、それならエンぺラビットたちが反応するはずだ。


というか、あいつらちゃっかり逃げ出してるし。


もうこの場にいるのはドライアドと僕と三上さんだけ。


なのに、やつは一体誰に助けを求めてるんだ?



「って、考えてる暇はないか……!」



僕に迫る根っこの攻撃が激しくなる。


もったいないけど、ポーションをもう一本飲む。



「――んぐっ――プっ、ァワーストライク!!」



瓶を吐き捨てながらスキル発動。


2本飲んだことでさらにステータスが上昇し、普段の倍以上に早いスイングで迫りくる根っこを薙ぎ払う。


ちょっと感動。


英里佳や三上さんならこれくらい素の状態でもできるんだろうけどね。


だから――



「僕たちの勝ちだッ」



本当にお粗末すぎるドライアドだ。


こんな作戦とも言えないような単純な囮に素直に引っかかるとかね――



「――スラッシュ!!」



ドライアドの背後から、その首を切り落とそうと迫る三上さん。



「え――」



振り返った時にはもうすでに遅い。


三上さんの一撃は、ドライアドの首を切り落とした。



「よしっ!」



思わずガッツポーズをとってしまった。


僕に迫っていた根っこも力なく地面に倒れていき、鎮静化する。



「ふぅ……思ったよりあっさり終わったわね」


「楽なのに越したことはないよ」



剣を腰の鞘に納め、こちらに歩いて戻ってこようとする三上さん。


僕もそちらに向かって歩き出し――そして、目を見張った。



「後ろっ!!」



思わず叫ぶ。だが、遅かった。


三上さんの背後には、首が無くなったはずのドライアドがまだ動いていて、そのまま彼女の後ろから抱き着いてきた。



「え――」



咄嗟のことに唖然とする三上さん。


瞬間、彼女の姿が黄色い煙で包まれて見えなくなった。



「まさか、胞子っ!?」



まずい、あんな至近距離であんな大量に受けたら――!!



「ひ、ど……い……よ……」


「っ!?」



駆け寄ろうとして、足が止まる。


三上さんが先ほど切り落としたドライアドの首を見た。



「そんな……切り落とした部位が動くはず…………っ!?」



ここで僕は勘違いに気づく。


そうだ、わかってたことじゃないか。


あの姿は擬態だ。つまり、偽物。


偽物を倒したところで、本体を倒せたわけじゃない。



「――酷いよ……また、みんな……私を見捨てるんだ」



そんなわけのわからないことを言いながら、地面から先ほどと同じ姿のドライアドの擬態が姿を現した。


先ほどと同じ顔で、服を着ていない状態だ。ただし別に女の子の裸ってわけじゃない。


服を着ていないマネキンのような、ボディラインだけを再現したような色気のない体だ。これも擬態だ。


おそらく、今の光景を見た限りこのドライアドの本体は地面の中にいる。


それを倒さない限り、擬態をいくら倒したって意味がない。



「死にたくないって……そう思ってるだけなのに……助けてって、何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も、何度も、何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も」



のっぺりとした平坦な声で、しかし混沌とした感情が乗ったその声に恐怖を覚える。


普通じゃない。


人間を再現した疑似餌だとしても、これはおかしい。


そもそもこちらはもう相手を完全にドライアドと認めて戦闘しているのにいまだに擬態を生み出す必要性がわからない。


会話が成立している以上、知性が欠けているとは思えない。


なのに、なんでこいつは――



「歌、丸っ!」


「え、あっえっ!?」



唖然としていた僕だったが、迫ってきた木の根っこが体をかすめた。


僕自身が避けたわけじゃない。


苦しそうに顔をゆがめている三上さんが、咄嗟に僕の襟を掴んで走っていたのだ。



「み、三上さん!?」



い、生きてた!?


って、あ、そうか、あれってあくまで胞子であって即死するようなものじゃなかった!


雰囲気で無意識に死んだと思っちゃったよ! ごめんねっ! とりあえず心の中で謝るよ!!



「一旦、逃げ……る、わよ……!」



とても苦しそうに精一杯に言葉を絞り出す三上さんに、僕は何度も頷く。



「う、うん、とりあえず自分で走るよ」



この根っこ、どうにも擬態から離れるほど動きが遅くなるっぽい。


ひとまずここは戦略的撤退として、僕たちは走ってその場から逃げ出した。



「待って……待ってよ、置いていかないでよぉ!!」



背後から聞こえるドライアドの悲鳴とも思われるその声。


さきほどまで感じていた怒りは完全に消え失せて、僕はそんなドライアドの声にただただ恐怖するのであった。

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