第51話 生きるって恥ずかしい。

浅い眠りから目覚め、苅澤紗々芽かりさわささめはゆっくりとベッドから起きる。


そして、部屋の中がやけに閑散としていることに気が付いて記憶をたどる。



「そっか……詩織ちゃん、まだ迷宮に……」



GWゴールデンウィークのイベントの初日のレイド、なんとか自分たちのパーティである『チーム天守閣』は損傷も無しで終えられた。


戦闘方法は他の生徒がエリアボスの注意を引いている間に、死角から攻撃を続けるというものでかなりの安全策だったが、常に走り回る体力的に過酷なものであった。


故に紗々芽は得たポイントは迷わず能力値上昇につぎ込んで、レイド中、少しでも仲間である榎並英里佳えなみえりか日暮戎斗ひぐらしかいとについていけるようにした。


英里佳は当然訓練していたのは知っていたが、戎斗も相当な健脚で、攻撃のための銃火器を担いで身軽に動くその姿はかなり頼もしく思えたものだ。



「あと……四体もあんなの倒さないといけないんだ」



初日に倒したのは超が付くほどに巨大なオーガという、鬼を模した迷宮生物モンスターだった。


その迫力は虚仮威しなどではなく、明確に人を簡単に殺せるだけの力も備わっていた。


あれと同じか、それ以上のものがあと四体も待っていると思うと、肩が震えた。



「……ううん、駄目だ駄目だ……私がしっかりしないと」



自分にそう言い聞かせて顔を叩く。


少しばかり頬が赤くなったが、気持ちは切り替えられた。



「詩織ちゃんもきっと頑張ってる。歌丸くんも諦めてない。


だから私も、二人を助けられるように頑張らないと」


「……きゅう?」


「あ……ごめんね、起こしちゃった?」



歌丸のパートナーであるエンぺラビットのシャチホコ


現在は紗々芽の部屋で預かっている状態だった。



「きゅう」


「ご飯、移動しながら食べよ。


多分二人とも先に行ってるから」


「きゅ」



すぐに身支度を整えてシャチホコと一緒に部屋を出る紗々芽。


そう、彼女は悩んでなんていられないのだ。


だって……



「もっと的確に……弱点を狙って……駄目、普通の銃を使うのも減って大きいのは久しぶりだから感覚がなまってた……今度はもっとうまく当てて……弾丸も、もっと殺傷性の高いものに……貫通するより、傷口を広げて少しでも回復を妨げて……」(ブツブツブツブツ)



「次に出てくるのは昆虫タイプ……複眼だから視野が広いッスね……いやでも、知能が低いから注意を引けばなんとか……ハイディングのスキルレベルをあげれば……いやでも虫の眼だったら平気ッスかね? ならいっそ俺も爆薬を……いや、それじゃ今の安全策が崩れる危険性が……」



まだほとんど生徒が来ていない早朝6時、レイド時の待機所である中央広場。


そこで先遣隊が集めた次のレイドのエリアボスの情報を元に作戦をブツブツと立てている二人。



――だが目が異常だ。



二人は話し合っているわけではなく、昨日の安全策をどうやってより効率的に行えるかのブラッシュアップに専念していた。それ自体はいいことだ。



――だが目が異常だ。



自分にできることをわきまえて、それをどこまで効率的にできるかを追求する。下手にわき目を振っていろんなことに手を出すと器用貧乏きようびんぼうとなってしまうからだ。



――だが目が異常だ。



英里佳は貸し出された狙撃銃を布を広げた上に分解して整備し、そしてその銃の特性を事細かに確認してメモを取っていた。



――だが目が異常だ。



戎斗は集めた情報を手帳にまとめ、そして同タイプの迷宮生物の行動パターンを頭に叩き込んで自分たちがどう動くべきなのかを親指をくわえながら考えいた。



――だが目が異常だ。



「ふ、二人ともおはよう」「きゅう」



声が若干上擦りながらも、できるだけ明るくそう挨拶する。


シャチホコもいちおう声を出すが、二人の様子に怯えて紗々芽の脚にしがみついていた。


瞬間、二人がほぼ同時に首を動かして紗々芽を見た。



「っ」「きゅっ」



その迫力にビクッと紗々芽は肩が跳ねたが、シャチホコと違って悲鳴をあげることだけはどうにか堪えた。



「おはよう、紗々芽ちゃん」


「おはようッス」



挨拶もそこそこに、二人はそのまま自分の作業に戻る。


会話など不要


とにかく勝つために思考を止めない。


もはや執念すら感じる二人のその姿に、紗々芽は止めることもできずにいた。



(英里佳はともかく……日暮君がこんなに責任感強かったなんて…………あ、いや、というより罪悪感なのかな?)



吊り橋で歌丸は戎斗だけでも助けようとその背中を押し、結果歌丸は落ちて戎斗は助かった。


その事実が、戎斗の性格を一気に変えた。


もう、正直語尾に「~~ッス」が付く以外ほとんど別人である。


もはやここにいるのは日暮戎斗であって、日暮戎斗ではない。


闇夜に紛れてエリアボスに奇襲をかけ続ける必殺的な感じの仕事人プロフェッショナルである。


まぁ、これでもまだマシな方なのだ。


一番の問題は……



「昨日の戦果で評価はあがったから、もっと強力な弾丸を……それに爆薬があれば……」



歌丸の意識覚醒アウェアーが働いているはずなのにとても冷静には見えない英里佳。いや、むしろ高ぶった感情のまま思考がクリアになってる分さらに質が悪いと言える。


負の感情が全部まとめてデストローイな方向に向いているのだから。


昨日の時点では彼女の十八番である狂狼変化ルー・ガルーは使わなかったが、正直いつ飛び出して至近距離で銃をぶっ放すような荒業をやり出すのか不安でしかたなかった。


正直、普段の彼女よりも今の彼女の方が数段ベルセルクっぽさがある。


理知的なベルセルクとはこれ如何に。



(ああ、せめて歌丸くんがいてくれれば……)



紗々芽個人としては歌丸のことは話し相手の一人程度でしかないが、歌丸はこのパーティにおいてムードメーカーのような側面があったのだ。


特にシャチホコとのやり取りなど紗々芽も見ていてほっこりするような感じがあり、結構影響を受けていたのだといまさら実感する。


そう、リーダーこそ三上詩織ではあったが、このパーティの中心にいたのは歌丸だ。


彼のどこかズレてはいるが高い協調性と、意外と真っ直ぐな迷宮攻略のモチベーションは、パーティの雰囲気の屋台骨そのものだったのだ。


なのに、リーダーとその肝心なムードメーカーを二人同時に失った。


このパーティはいつ破綻してもおかしくない危うい状況だ。



(とにかく、どうにか残り最低でも四日間もたせないと……)



あの二人の役割を自分一人で果たすことは無理だとは自覚しているが、それでもどうにかしなくては、と紗々芽は自分を鼓舞する。



「……きゅう」



不安げに、足元でシャチホコが鳴いていたがとにかく頑張るしかないと紗々芽は覚悟を決めるのであった。





「――っ……朝か」



あらかじめ設定した時間に意識覚醒アウェアーが発動するようにして仮眠を取った。


体調を確認し、手足や腹などを確認したが特に異常はない。


やっぱり体の大きさに応じてそれなりの量の胞子を吸い込まないと体が植物化しないようだ。



「ふぅ……ふぅ……ふぅ……」



そして目覚めた僕のすぐ近くには、大きな葉っぱを何枚か重ねて簡易的な寝床で横になっている三上さんがいた。


昨日、大量の胞子を間近で受けた彼女はやはりエンぺラビットたちが語ったものと同じ状態になっていた。


植物化こそしてないが、話に聞いた通り、高熱と激痛で今苦しんでいる。



「……うた、まる……起きたの?」



息を苦し気にしつつ、三上さんは額に汗をかきながらもこちらを見る。



「うん……三上さんは? ちゃんと寝た?」


「……少しはね」



嘘だな。


すぐにわかった。彼女は僕と共有している意識覚醒アウェアーを一時的にでもoffにせずずっと起きていたんだろう。


だけどそれをあえて指摘はしなかった。


その気持ちは、なんとなくわかるからだ。



「……ごめん」


「なんで……あんたが謝るのよ?」


「ドライアドの擬態……もっと早く気づいていれば三上さんが感染することなんてなかったのに」


「そ、れは……お互い様、よ……


私だって気づいてなかったんだし……そもそも、あんたに言われなくたってああ動いたわよ……アレがあの場での最適解だった……」


「だけど……」


「ふふっ」



突然、三上さんが笑い出す。



「……今、何となくあんたの気持ちがわかるわ」


「え……」


「いいって言ってるのに……謝られるのってなんかイラッと来るわね」


「……あ…………うん、そうだね」



こんな状況だけど、僕もすこし笑ってしまった。



「ぎゅう」

《ごはん》



そんなやり取りをしていると、エンぺラビットが果物を持ってきた。



「ありがとう。


移ると悪いし、お前は離れてていいよ」



果物を渡すと、そのエンぺラビットは大人しく下がっていく。


ここはエンぺラビットたちの隠れ里だ。


ドライアドに敗走した僕たちはとりあえずの安全地帯であるここに戻ってきたわけだ。



「じゃあ、とりあえず今後どうするかだね……」



果物を十徳ナイフで切り分けて、一口サイズにしていく。



「……一番堅実なのは、救助を待つことかしらね」


「…………そうだね」




悔しいけど、それが一番だ。


三上さんが戦えなくなった今、僕一人であのドライアドを倒すのは難しい。


何より、地中にいる本体をどうやっておびき出すのか。


どれくらいの深さに本体があるのかわからない。


浅いところにいるのならまだいいが、結構な深さにいる場合はかなり難しい。



「擬態してる偽物を攻撃しても……やっぱり本体にダメージはなかったし……倒すのは難しいかな」



あの擬態は今にして思うと髪の毛に隠れて根っこのようなものが地面の中につながっていたのだろう。


だがいうならばあれは末端。新しい偽物がすぐに生えてきた時点で重要な部位でもないことはすぐに予想できた。



「英里佳なら力技で強引に地面を抉れただろうし……苅澤さんがいたらスプレッドの付与魔法エンチャントでどうにかできただろうけど…………現時点では無理だよね」



ステータスアップポーションはあくまでも肉体の強化しか効力はなく。リーチが伸びることはない。


普段からどれだけ恵まれた環境で迷宮攻略に挑んでいたのかを改めて思い知らされる。


考えれば考えるほど、現時点でドライアドを倒せる手段が思いつかない。



「……ねぇ、どうしてあんなに、ドライアドに……怒ってたの?」


「………………少し、長くなるけど、いいかな?」


「ええ……聞かせて」


「僕が手術云々ってのは、言ったよね」



正直、語るのはあまり良く思わなかったけど……伝えておいたほうが良い気がした。



「生まれつき心臓が弱くてさ……小さい頃もろくに運動できなくて、ちょっと走るだけで呼吸もまともにできなくなるほどしんどくなったんだ。


それで、成長すると僕の心臓がその負荷に耐え切れなくなるって言われたんだ」



体は普通に健康に成長するが、心臓は幼い子供のままとなれば当然無理が生じる。


例えるならバイクのエンジンで自動車を動かそうとするようなものだ。自動車の重量を動かす負荷に耐え切れずにエンジンがぶっ壊れる。



「僕が生き残るには心臓そのものを入れ替える必要があるって言われてさ……でも都合よく僕の体に合うドナーの心臓が見つかることはなかった」



「そのうち歩くだけでも辛くなって、すぐに寝たきりになった」



「病院にいる間はずっと退屈で……クラスメイトの子も最初は何度か来てくれたけど……そのうち、家族以外誰も来なくなった」



その時のことを思い出すと、今でも心が冷たくなる。



「――なんで生きてるんだろうって、わからなくなってきたんだ」



聞いていた、まったく面白くない話だ。


語っている僕がそう思ってるんだから、聞いている三上さんもそのはずだ。


だけど彼女は、激痛と高熱で辛いはずなのに真っ直ぐに僕の方を見て耳を傾けている。


だから僕も、話を中断はしなかった。



「病院での生活は退屈だったけど話し相手はいたんだ。


高齢の患者の人たちで、わざわざ別の病室なのに僕のところに来て話をしてくれた人もいたんだ。


話すのが上手な人も、口下手な人も色々いたんだけど…………家族の話や、昔の友達の話、恋人や仕事をしていたときの話……その人の人生の話を、その人たちから色々きいた……でも当時の僕って本当にひねくれててさ……しばらくしてこう思っちゃったんだ」






「――自分には誰かに語れるような人生が無い」






空っぽだった。


何にもなくて、毎日が淡々として……モノクロとした毎日で、いっそ早く終われとすら願った。



「僕の話し相手になってくれた人も……そのうち亡くなった。


歳が歳だったからね……そのうちみんないなくなって、僕の話し相手は誰もいなくなった」


「……つらくなかった?」


「冷血かもしれないけど正直、それほどでもなかった。自分のことばっかりで、他人のことを考えてる余裕がなかったんだ。



ただ、次は自分かなって思って…………最初は怖くなったけど、そのうちそうやって死んでいくおじいさんやおばあさんが羨ましいとか思い始めてた」



色んな人がいた。


家族に泣かれて見送られる人


ねぎらいの言葉を友人にかけられて永眠する人


病院にいた人以外誰も来ることなく寂しげに死んでいった人


また明日と笑いながら、翌日には突然亡くなった人


僕は病院で6年間、いろんな人の死を見てきた。



「ちゃんとした人生を……誰かに話せるだけの中身のある人生を謳歌したのに、僕は何もないなって…………筋違いなのにその人たちが妬ましく思えたんだ。


このまま何もできないくらいなら、いっそ早く終われって毎日思った」



起きるたびに自分がまだ生きていて、弱々しい心臓の鼓動がとても鬱陶しく思えた記憶がある。



「そして……結局ドナーは現れなくて、分の悪い賭けの手術を受けることになった。


心臓の拡張だとか、迷宮学園でつくった新技術だとか言われたけど……正直僕はほとんど聞いて無くて、成功率が低いって言われて……ああ、これでようやく終わるんだって……両親が泣きそうにしている横でそんなこと考えてた」



本当に、最低だ。


親が子供のために必死に頑張っていたのに、子供はそんなことも考えようともせず死ぬことを望んでいたのだから。


本当に、最低だ。



「そして僕は目が覚めた。


……主治医の先生は信じられない、奇跡だとかいって……親と妹は泣きながら僕を抱きしめて…………それで、検査を受けてこれからは普通に生きられるって教えられて…………」



「――恥ずかしかった」



無意識のうちに、僕は顔を手で覆っていた。


あの時の感情は、今でも決して忘れることができない。



「今までさんざんどうでもいいって思ってたのに、生きられるって言われて……それを嬉しいって思って、凄く凄く……死ぬほど恥ずかしくなった」


「どうして、恥ずかしいの……?」


「僕は……本当は生きていたかったんだ。


おじいさんやおばあさんたちは……僕でも気づいてなかった僕の想いを……気づかせようっていろんなこと話してくれていたんだって…………自分が死にそうになるまで気づかなかった」



ただ早く死にたい。


そう考えていた……いや、思い込もうとしていた僕が少しでも前向きになれる様にって教えようとしてくれていたはずなのに……



「それどころか……僕は死んでいくあの人たちを羨ましいって思った。


みんなの気持ちを考えず、僕はただ僕が楽になる方法ばっかり考えていた。


ちゃんと生きて、その上で僕みたいな馬鹿に大切なことを教えようとした人たちの人生を……勝手に都合がいいように解釈して……その想いを踏み躙ろうとしていた」



生きていればいいことがある。


そんな陳腐で、ありきたりで、ありふれた言葉の本当の意味を僕に話してくれていたはずだ。


それを僕は、上辺でしか感じようとしていなかった。



「それが本当嫌だったから……人生の最後、貴重な時間を僕のために割いてくれた人たちに報いたいって思った。


あの人たちが語ってくれたように、ううん……それ以上に誰かに笑って語れるような人生を謳歌してみせるって決めたんだ」



罪滅ぼしとか、きっとそういうのは望んでないはずだ。


だから僕は、ただ教えようとしてくれたことを実践して見せる。



「あの人たちがやったことを無駄にしたくないと思った。


死んだ人たちの尊厳を、守りたいって思った」



だからこそ、僕はドライアドのことを認められないのだろう。



「――だから……死んだ人を自分の都合のいいように利用しているように見えたあのドライアドが、昔の自分と重なって……腹が立ったんだ」



理由をすべて語り終え、三上さんは静かに目を閉じてから何かを考えて、そして口を開いた。



「……そっか」



短く、それ以上のことはいわなかった。


別に感想をもとめていたわけじゃないから……それでいいと僕は思った。



「――私の親は、迷宮学園が出現する前に高校を卒業した世代だったの……」


「え……」


「あんただけ……身内の事情語るの、なんか……不公平でしょ?


面白い話でもないけど……聞いてもらって、いい?」


「……うん、僕も聞いてみたい」



「つまらない話よ」と苦笑しながら、彼女は続ける。



「……迷宮攻略をさせるのに、すごい熱心で…………小さいころから色んなことを習わされた。


実際に、攻略に挑んだ人の講演会とあったら……聞きに行ったりしてね……いい話だったら、私にもああなれ、気に入らない内容だったら、ああいう風にはなるな……


そんな風に……自分ができなかった迷宮攻略にすごく高い理想を持っていたの」



「だけど」と三上さんは表情に少しばかり影ができた。



「私は、うんざりした。


周りの親は、子供たちが少しでも生き残れるようにとか心配してるのに…………私の親は攻略攻略、攻略攻略って……自分ができなかったことを私にさせて自己投影してて……すごく鬱陶しかった。


そして……恥ずかしくもあった。


技術を教えてくれる先生たちは、いろんな技術は人類のためになるって語ってるのに……私の親はただ私が活躍して、それを自慢したかっただけで…………親が恥ずかしかった。


そんな両親みたいになりたくなくて……私は立派な志を持とうって決めた。


……まぁ、それくらいね。あんた以上に薄っぺらいのよね、私の迷宮攻略の動機」


「そんなことないと思うけど……」


「いいえ、薄っぺらいわ。


だって……今こうしてあんたと話しててわかっちゃったもの…………私は、ただ親に反抗してただけ……ただ意趣返しをしたくてそんな目標を立ててただけだって……」



それはなんというか……かなり皮肉っぽい気がした。


だって……結局彼女の反抗は、親の要望通りに迷宮攻略に挑む理由そのものなのだから。



「「…………」」



その場に、なんとも言えない沈黙が流れた。


お互い、なんというか身内の事情を語り合って、それでどうにもコメントがしづらい。



「「あの……あ」」



まったく同じタイミングで同じ言葉を口にしていた。



「ふふっ」

「ははっ」



そんな状況じゃないのに、不思議と笑ってしまった。



「なんていうか……僕たちって結構正反対な人生歩んでるね」


「そうかもしれないわね」



だからこそ、ちょっと不思議だった。


今、こうして僕たちが一緒に迷宮攻略をしているということが。



「えっと……あ……とりあえず果物どうぞ」


「どうぞって……なにしてんの?」


「所謂“あーん”ってやつ? ほら、手動かしづらいみたいだし」


「…………」


「に、睨まないでよ。他意とか無いから。いたって普通の看病だよ?」


「……わかったわよ」



かなり渋々な了承だったが、口元まで果物を運ぶと三上さんはそれを食べた。


一口サイズに切り分けていたから食べるのに苦労はしていない。


とりあえずまだ食えるくらいの体力はあるみたいだ。



「はい、あーん」


「……あーん」



楊枝で指した果物を口元に持っていて食べさせる。


直接触れると感染する恐れがあるとエンぺラビットたちは言っていたが、それは多分完全に植物化した後のようで現時点では触れても問題はないらしい。


そうやってとりあえず果実を半分くらい食べたあたりで三上さんはお腹いっぱいだったという。



「……ひとまず、エンぺラビットたちには悪いけど……あとは救助を待ちましょう」


「……うん……そうだね」



悔しいけど、もうそれ以外に方法がない。


今の僕はあまりにも無力だ。



「……ちょっと、水貰ってくるね」


「ええ」



少し三上さんから離れて、歩きながら一人で考えてみるが、やっぱりドライアドを倒せる手段が思いつかない。


どっちにしろ、最悪残り六日でイベントが終了して、シャチホコがここに来るはずだ。


それを追って英里佳たちも来るし、ドライアドのアドバンスカードの一件で生徒会も動く。


しばらくはエンぺラビットたちには悪いけど、この一件は必ずいい方向に終わるはずだ。


だから、今は無理せずに救助を待つべきなのだろう。


すごく、すごく悔しいし……なんというか、しこりも残るけどそれは仕方ない。



「はぁ……」



自分でそう言い聞かせても、やっぱり納得できない自分がいる。


気持ちの整理がつかないんだろうな。


そんな風に考えていると、妙にエンぺラビットたちが騒いでいるのが聞こえてきた。



「どうかしたのか?」


「……ウタよ」



奥から長が出てきた。


何やら深刻そうな顔……ああいや、エンぺラビットの顔だから表情はよくわからないけど……雰囲気的に深刻そうだ。



「長、どうかした?」



僕の質問に、長は重々しく口を開く。



「――ドライアドの根が、里の中に到達した」



そして思い知らされる。


もう僕たちには、救助を待つ余裕すらないのだと。

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