第275話 女子力とは、かく語りき②
■
学園内部にあるとある施設
周囲には外部の光が入ってくることはなく、冷たいコンクリート打ちっぱなしの壁が周囲にある。
「――ここ、は……」
そんな部屋で、一人の少女が目を覚ます。
「目が覚めたか、
いや……蛇のアサシンと呼んだ方が良いか」
かつて、日暮戒斗との一対一の対決で敗北し、囚われた犯罪組織のアサシンの三年生
それが今、全身を拘束された状態でベッドの上に横たわっていた。
「っ……銃音、寛治……」
「俺のことはどうでもいい。質問に答えろ」
「…………」
階戸佑は、自分を見下ろす銃音寛治を見て、そして周囲を見回そうとしたが……自分の眼前にスタンド照明を向けられて目が眩む。
「っ……!」
白熱球の熱を帯びた光が眼前に近づけられ、チリチリと肌を焼かれる痛みと、瞼を閉じても感じる眩しさが眼球の奥を刺激してくる。
「質問に答えろ犯罪者。このまま無事に、司法の手で裁かれたいのならな」
「……答えなかったら?」
「呪殺死体が一つ増えるな」
そう語る銃音寛治の瞳に、一切の遊びはない。
ここで階戸佑が自分に従わないという選択肢は絶対に許さないという意志があった。
「…………ふっ……いいさ、私の知ってること、すべて話してやる」
「……ずいぶんとあっさりしてるな。
もう少し粘ると思ったんだが」
「……こうして私が目覚めたということは、私の呪いがすべてなくなったということだろ。
ようやく自由を手に入れたんだ。
ならば、当然、少しでも生き残るために最善の選択をしなければ損だろう」
意味深な発言
呪い、というのはおそらく事前に掛けられていた呪殺のことだけではないのだろう。
彼女は今まで、記憶を失っていた。
それを解除して意識を取り戻したのは、ひとえにドラゴンが力を貸したことに他ならない。
――逆を言えば、ドラゴンでなければ解除できないほど強力な記憶の封印が彼女には施されていた、ということだ。
そしておそらく階戸佑の言っている呪いというのは、記憶の封印のことも含まれているのだろうと、銃音寛治は考えた。
「今までさんざん殺しておきながら、お前は命乞いをするのか。反吐が出る」
「否定はしないが、私に選択肢はなかった。
言っただろ、呪い……いや、あいつらの言葉なら“祝福”か。
それがあったからこそ、私たちは誰も逆らえなかった」
「脅されていたから悪くないってか。どこまでも見下げ果てたクソだな」
「まぁ、流石に二年以上殺人を強要されては、楽しんでもいなければやってられなかったからな……そういう風に開き直った時点で私は外道以外の何者でもなくなった。
……鼠の奴は、むしろ嬉々としていたようだったが……まぁ、結局は私も同類だ。
そのことを誤魔化すつもりはない」
「……ベラベラと余計なことを喋りたがる舌だな。
いいから聞かれたことを話せ」
「話すさ、というよりもう話した」
「……は?」
「私たちは祝福を与えられた。その時点でもう、どんな手段を用いようと逆らえない。
そして私たちはお互いに祝福を受けた存在だという認識を持っているだけで、お互いのことは全く知らない」
「ふざけてんのか? その片目、焼いてやろうか?」
「ああ、頼む。ドラゴンの加護が薄い、五体満足な人間が祝福がもたらされる最低条件のようだし……二度とああはなりたくない」
階戸佑は一切怯えていない。
自分の眼球に白熱電球が近づけれているのに、熱がっては見せても恐怖しているようには一切見えなかった。
「……犯罪組織には、物の流れや日本本島にそれ以上の莫大な金の流れがあった。
それにお前は関わってないって言うのか? それだけの実力を持っていながら。
あれだけの任務に関わっているというのに」
「あいつらの組織の本体は学園には存在しない。
いや、できない、という方が正しいのか……」
「学園の外から、どうやってあれだけの規模の組織を動かしていた?
お前が命令を受けて他の連中を動かしていたのか?」
「そうだとも言えるし、違うとも言える」
「馬鹿にしてるのか?」
「いいや。気に障ったなら謝罪するが、結局私も鼠も、他の連中も……一部金に釣られた連中を覗けば使い捨ての手ごまに過ぎない。
多くは呪殺をちらつかされて何もできずにただ従うだけ。
さらに一部は、仮初の名を与えられ、安全なところで高みの見物を決め込んでいる連中の手足として動かされる」
「お前らに命令をしていた奴のことを教えろ」
「違う、命令じゃない。
文字通り、手足として動かされるんだ」
「どういう意味だ?」
階戸佑の言葉の意味がわからない。不可解過ぎるその言動に、銃音寛治は訝し気な表情を浮かべる。
「他は知らんが、少なくとも私はこの学園に来てから二年以上、ずっと意識はあったが、半分以上の時間を、自分ではない別の存在に、体を操られ続けていたんだ」
「…………」
思わず耳を疑うその告げられた内容に、表情は保ちつつも内心で動揺する銃音寛治
「そんな言葉を、信じろと?
随分と組織への忠義が篤いようだな」
「今更信じてもらおうとは思ってない。
だが、それでも言わせて欲しい。少しでもあいつらの情報が、ドラゴン側……君たち生徒会関係者に広まれば、それだけあいつらも学園に対して下手なことはできなくなるからね」
未だに白熱電球が近づけられているにもかかわらず、階戸佑の口調は変わらない。
……今まで、犯罪組織――それも、学園内部にいた生徒の存在にはかなり不可解な点が多かった。
これまで呪殺で犯罪組織に関わった生徒について調べたところ、明らかにそう言うった筋とは無縁の一般家庭の出身者ばかりだったのだ。
そんな者たちばかりが、犯罪組織に加わるきっかけや過程が、とてもあやふやだったのだ。
だがもし、彼女の言うようにこれまでの生徒が突発的な“祝福”とやらで抵抗することすら封じられていたのだとすれば?
「……お前らを操っていた連中は何者だ?
お前は、そいつらのことをどこまで知っている?」
顔に近づけていた白熱電球を引き離しながら再度訊ねる。
「……名前は知らない。
でも、この学園に来る直前に、私はそいつの声を聞いた」
すると、階戸佑はゆっくりと細めていた目を開き、銃音寛治の方を見てハッキリと告げる。
「――穢れし獣よ、信仰に従え。
その声を聞いた瞬間から、私は蛇のアサシンにされた」
■
「おー……ここはいつ来ても賑わってるねぇ」
「きゅうきゅきゅきゅ!」
「シャチホコ、荒ぶるな荒ぶるな」
西学期域の電車を降りてすぐに美味しそうな匂いがしてくる。
雑食で食い意地の張っているシャチホコは特にはしゃいでいて、僕の頭の上でその長い耳を忙しなく動かしまくっている。
「うぅ……人が多い」
そして相も変わらず英里佳は人混みが嫌いらしい。
ちなみに今回僕たちについてきたのはシャチホコのみだ。
ギンシャリとワサビは今回は寮に残った。
なぜか食堂からは出てくるまでは着いてきたけど。
「えっと、それじゃあ今回の趣旨は僕の好きな物を英里佳が一緒に食べるってことだけど…………大丈夫?」
英里佳は見るからに落ち着かない様子だ。
「……なんか……人目がいつもより多いような気がして」
「え…………そういえば、確かになんかいつもより見られているような……?」
前にもシャチホコが注目を浴びたことはあったが……なんかその時よりも人目が向けられている気がする。
「あ、あの、歌丸連理さんですよね!」
「え、あ、はい、なんですか?」
急に見知らぬ女子から声をかけられた。
制服のラインの色やネクタイの色から、南学区の同じ一年だとわかる。
「この間の体育祭、凄かったです!
あの、これからも応援してるので頑張ってください!」
「ど、どうも?」
応援してるって、いきなり言われてもどういうことか戸惑っていると、女子生徒はそのまま「言っちゃった言っちゃった!」と元気そうに走り去っていく。
「……知り合い?」
「いや、知らない人だけど……」
「きゅう?」
頭の上でシャチホコが首を傾げる。
「歌丸くんよね、こんにちは」
そう思っていると、今度はまた別の人がこちらに近づいて来る。
「あ、はい……こんにちは」
今度は西学区の二年生のようだが……うん、全然知らない。誰だろうマジで。
「今日は彼女と一緒にデートですか?」
「か、彼女……!」
英里佳が二年生の言葉に反応している。
……まぁ、確かにもうどちらかといえば僕らはそういう仲だと言えるだろう。
昨日の夜、ちゃんとお互いの気持ちを言葉にして確かめ合ったわけだし……
「ま、まぁ……そんなところです。
ところで、僕らに何か用ですか?」
「用ってほどではないんですけど……私、今この近くで出店出してるんだけど、良かったら寄っていかない?」
質問形式の言葉であるが、すでにその行動はこちらを逃す気がないのか、腕を絡ませてくる。
「え、ちょ……!」
余りの密着具合にこちらが驚いていると、その女子先輩は俺の耳元に顔を近づけてきた……
「今なら、特別なサービス……たーっぷりしてあげるわよ」
「いや、あの僕は別に」
耳元に囁かれたその言葉に戸惑っていると――
「――ひっ」
突如、女子先輩が蒼い顔をして悲鳴をあげて僕から離れた。
そして、その空いた手に即座に英里佳が抱き着いて来る。
「私たち、他に行くところがあるので」
……うん、前にもしてたね、これ。
カップルコンテストで稲生に英里佳がうっかりで発したプレッシャー、前回より指向性がつけられていて僕はほとんど感じなかったけど……女子先輩はそうではないらしい。
「客引きなら、他をあたってください」
「そ、そそそそそうね、じゃまして、ごめんなさいっ!」
脱兎のごとくというか……物凄い逃げ足だ。
「英里佳、今のってスキル?」
「何が?」
「いや、今の威圧っぽい奴」
「私は普通に声をかけただけだったんだけど?」
……無意識か。
うん、なんだかんだで英里佳も相当の猛者なんだよねぇ。
前に僕が銃音副会長と言い合いになったときも伊都さんの威圧スキルで仲裁されたけど……親のスキルとか子供が受け継ぐって本当っぽいな。
もしかすると僕の知らない死線スキルみたいに威圧関係のシークレットスキルとか覚えているかもしれないな。
「それじゃ行こうか」
「え……あ、う、うん、そうだね」
僕がそう言うと、英里佳が僕から離れようとした。
完全に離れる前に、僕は英里佳の手を握る。
「歌丸、くん?」
「このまま行こう。人混みではぐれると大変だし。
それに……まぁ、その……折角だからこうして居たいんだ。
駄目かな?」
「う、ううん、駄目じゃないよ。
わ、私も……歌丸くんとこうして、いたい」
言いながら顔を赤くする英里佳を見て、可愛いなと思ってしまう。
「今は近くに知り合いいないし、また名前で呼んでもいいんじゃない?」
「それは……まだ、ちょっと恥ずかしい……」
英里佳はどうも、他の人がいるところで僕の名前を呼ぶのが恥ずかしいらしい。
まぁ、今までずっと歌丸くんって呼び方で通してたからなぁ……
「まぁ、ひとまず色んなの見て回ろう。英里佳は苦手な物とかある?」
「私は特に……」
「わかった、じゃあひとまず軽く見て回ってから食べたそうなの決めていこう」
「きゅぅぅ~」
英里佳は問題ないようだが、シャチホコが不満そうだ。
コイツの場合はすぐにでもたくさん食べたいという感じだろう。
小さい体の癖に僕よりもたくさん食べるからなぁ、こいつ。
「ほら、おやつに黄金パセリやるから落ち着け」
「きゅきゅ」
持っててよかった黄金パセリ
人間が食べれば不味い劇物なのだが、こいつの場合は虹色大根も御馳走なんだよなぁ……僕が食べるものも美味しさがわかるから味覚はそこまで変わらないはずなのにどうしてあれが美味いと感じるのか、不思議だ。
それはそれとして……
「なぁ、あれ」
「おぉ……本物だ」
先ほどからすれ違う人たちがこちらを見ている。
気のせいとかじゃない。
おかげで人見知りが強い英里佳が先ほどから委縮している。
「やっぱり、僕たち目立ってるよね?」
「うん……多分、体育祭のことで目立ちすぎたんだと思う」
そういえば日本にいた時も紗々芽さんにハニートラップが仕掛けられるんじゃないかってことも言ってたかな。
もしかしてさっきのもハニートラップなのか?
……いや、変に考えるのはやめよう、折角美味しいもの食べに来たのにこれじゃあ楽しめない。
「おっ……あれ美味しそうっ」
「あれは……ドネルケバブ?」
出店の暖簾に書かれている料理名を英里佳が読み上げる。
さらに店先では巨大な肉の塊が鉄の棒に刺さったまま立たされて、美容院の看板みたいに回っている。
「よし、あれを食べよう」
「きゅきゅーう!」
英里佳の手を引きながら早速屋台の方に向かう。
「すいません、三つください」
「はい、ありがとうございますっ」
人がいなかったのですぐに注文できた。
学生証を使ってそのまま三人分の金額を支払う。
「え……あの、私自分で出すよ?」
「いいのいいの、デートでは男が払うのが普通なんだから」
「デ、デート……?」
「そうそう、だから気にしない気にしない」
渡されたケバブは薄いパン生地の中にたっぷりのキャベツと店先で見かけた肉の塊から切り出された肉が多めに入っている。
「はぐ、むぐっ」
「あむ」
「もきゅもきゅ」
少し離れたところで人がいなさそうな通路の傍らで早速食べる。
シャチホコに頭の上でキャベツこぼされちゃ堪らないの一旦地面に降ろして食べさせる。
シャチホコの小さな手では持ちきれなさそうだが、なんか耳まで使ってケバブの袋を掴んでいた。器用だ。
「うん、美味い! それにキャベツもなんか甘い!」
「うんっ、凄く新鮮なもの使ってるんだね。
あと……ケバブの肉に使ってる香辛料、匂いがしっかりしてると思ったけど実際に食べてみるとそこまで主張が強くないかな。
ヨーグルトで味を調えてるのかな」
「え、ヨーグルト? 入れてんの?」
「多分。ヨーグルトも広義の意味ではスパイスに分類されし、こういう中東料理だとよく使われるんだよ」
「へぇ……英里佳、詳しいんだね」
「一応、料理の勉強はしたから……」
ならなんであんな壊滅的な味になったのだろうか? と思ったが、一応口には出さない。
寮母の白里さんが言ったように、英里佳は味よりも栄養素メインで献立を立ててしまうからああなっただけなのだろう。
「それに、これいいかも……お肉と一緒に野菜も獲れるし……これを黄金パセリに変えれば栄養価は完璧に」
とか思った傍からケバブの魔改造を考えていた。
「英里佳、冷静に考えて、僕、黄金パセリは食べないよ?」
「え……あ、そうだね、ごめん」
英里佳、前にキャベツのかき揚げとか作ってたから、別に普通に料理はできるはずなんだけどなぁ……
「でも、実際に食べてみたら美味しいよ?」
「……………………ん?」
今、なんか、僕の耳がおかしくなった。
「……英里佳、ちょっと……いや、まさか、ね……あはは、凄い聞き間違いしちゃったんだけど」
「? 何が?」
「英里佳がさ、なんかその……黄金パセリを実際に食べたって聞こえて、あははははは! そんなはずないのにねぇ!!」
「食べたよ」
「あはははははははははは、はははは、は、はは…………は…………はいぃ?」
「あの、だから、食べてみたの。歌丸くんに食べてもらう前に、実際にどんな味なのか確かめてみて、ね。
そしたら凄く美味しかったから、大丈夫かなって思って」
「………………え、ガチで? 冗談じゃなくて?」
「うん、本当に美味しかったんだけど……」
「……………………」
「あと、最近、詩織の言ってた青汁グゥレイトも美味しく感じるようになったんだよ」
「はー、ほー、ふーん、ほほぉー、あー、なるほどーなるほどー」
ここまで聞いて、僕はとある結論に至った。
――英里佳の味覚がベルセルクるった。
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