第276話 女子力とは、かく語りき③



「馬鹿な……」


「ありえない……」


「嘘、だろ……!」



悪質な冗談の企画が実施されたその会場の空気は、殺伐としたものになっていた。



――虹色大根料理のフルコース完食挑戦会



それが、この空気のに包まれた会場で実施された企画だ。


虹色大根とは、その名の通りの虹色の大根であり、主に迷宮生物が食す素材


一応人間も食べられるが、あまりにもバラエティー性に富んだカオスな味に、食べる者は殆どいない。


少量を混ぜるだけでも味覚破壊兵器になるとすら言われているその食材は、とても料理になどできるはずがないのだ。


しかし、その会場には多くの者たちが地に伏している。


理由は簡単。


――完食出来たら高級食材詰め合わせ!



迷宮学園の食材は世界最先端を行くものであり、この南学区の用意する食材は、日本本島でで食べようと思ったら末端価格は軽く万を超える。


正真正銘の美食、それゆえに多少無理してでも食べたいというものがいて、そしてそのすべてが虹色大根の前に敗れた。


もっとも、それは当然の帰結であり、この会場の殺伐とした空気を生み出した原因は他にいる。



「――ふぅ、美味しかった」



酸っぱ辛い匂いがする黄緑のスープを飲み干す一人の少女


いま世界で注目を集めている一人であり、先日、ドラゴンの頭を消し飛ばした少女


榎並英里佳


彼女は今、虹色大根のフルコース料理を完食したのだ。


しかも無理した様子などない、涼しい余裕の表情で


そして、そんな彼女を傍らで見ているひとりの少年――歌丸連理は、ドン引きしていた。





僕、歌丸連理はつい先ほどの虹色大根料理を完食した英里佳の様子を見て確信した。


英里佳に挑戦させたのは僕自身だが……正直一口でアウトになると思っていたし、そうなって欲しかったが……見事にあらゆる意味で予想が覆された。


そして同時に、今の英里佳の身に起きた変化にかなりの確信が持てた。



「たぶんこれ、融合の副作用だと思う」


「副作用?」

「もきゅ?」



当の英里佳はシャチホコを膝に乗せ、先ほどの賞品であるリンゴをシャチホコに食べさせている。



「英里佳、前は青汁グゥレイトは酷い味だったって言ってたよね?」


「確かに言ったけど……今は凄く美味しいと思うよ」


「そこなんだよ……シャチホコたちもアレがかなり好きみたいで……そして虹色大根も大好物。


青汁グゥレイトを愛用してる詩織さんでも、流石に虹色大根は避けるのに、英里佳はそれを美味しく食べきった。


味覚が完全にエンペラビットよりになってるんだよ」


「そんな大げさじゃないかな?


味の好みが変わったくらいで……」


「英里佳、さっきの会場での他の人の反応は覚えてる?」


「え? みんな静かだったから……別に大したことじゃないんじゃない?」


「違うよ、完全にドン引きして言葉が出なかったんだよ」



ドラゴンの頭を吹っ飛ばした時ですらあそこまで気味悪がられるようなことは無かったと思う。


というか、主催者が一番驚いていた。


まさか完食できる奴が現れるとは思っていなかったのだろう。



「とはいえ……現状、味覚以外に何か変わったとかは無いんだよね?」


「味覚が変わったって実感も今のところは無いけど……他には別に感じないかな?」


「シャチホコはどうだ?」


「きゅ?」


「なんすか?」的な感じで首を傾げるシャチホコ


特に何か変わった自覚はこちらにもなさそうだ。



「うーん……まぁ、何か特別問題がある感じではなさそうでひとまずは安心だけど……念のために帰ったらみんなに報告くらいはしておこう」


「それは大袈裟だと思うんだけど……」


「いや、どっちにしても英里佳が虹色大根料理完食したって時点で、その噂がみんなの耳に入るのは時間の問題だから隠せないと思う」


「……まぁ、確かにそうかもだけど……」



腑に落ちないという反応をする英里佳


……なんか、彼女の中で虹色大根に対する認識が普通の食材並になってる気がする。


僕にとっては劇物以外の何者でもないのに……


でも、これでようやく謎が解けた。


前に食べた弁当より味が酷くなったのは、確実に英里佳がシャチホコの味覚に影響を受けているからだ。


栄養素を第一に考え、そして味見をしても彼女にとっては美味いと感じてしまうのならば、下手をすれば虹色大根や黄金パセリなどが我が物顔で食卓に上がる可能性が出てくる。


それだけは絶対に防がなければならない。


ここは早急に、食事への意識を改める必要がある。



「とにかく、別のものを食べよう!


今のままだと英里佳、日常生活において割とシャレにならない支障が出るから!」


「そこまではいくらなんでも……」


「いいから、とにかく別の、普通のものを食べよう、ね!!」


「う、うん」



英里佳の手を引いて食べ物の屋台に向かう。





「揚げ物の定番、唐揚げ!


サクサクした衣の中からジュワッと肉汁があふれる鶏肉!」


「醤油と塩以外にも味があるんだね」



歌丸くん……連理くんに手を引かれてついたのは、学園内で育てている鶏肉で作っている唐揚げ屋さんだった。


こういう場所の料理って衛生的にどうかと思ったけど、高温の油で揚げるならちょっと安心かな。



「歌丸くんはどんな味が好きなの?」


「僕個人としてはやっぱり醤油かな。


王道こそ至高だと思う」



今も挙げられている唐揚げを見て目を輝かせている連理くん。


出会った頃は頼りなく、最近は逞しくなってきたけど……こういうところは凄く子供っぽいと思う。


連理くん、さっきは私の味覚がどうこう言ってたけど、連理君は味覚が子どもっぽ過ぎると思うんだけどなぁ……



「おぉ、米粉の生地でクレープみたいに食べられるのか、おしゃれだ」


「味が複数選べるんだね」


「よし、醤油、塩、ブラックペッパーのセットで! 英里佳は?」


「私は……小さいサイズので同じものを」



さっき虹色大根のフルコースを食べたばっかりだから少し押さえないと……あんまり食べ過ぎると体型が崩れて動きに支障が出るかもしれないもん。


揚げたてのから揚げが米粉の生地に包まれてクレープみたいに出てきた。


生地越しでもかなり温かいから、かなり熱いから気をつけないと……



「早速いただきまーす」


「え、連理君ちょっと待った方が……あ」



私が止める前に豪快に大口を開けて唐揚げにかじりつく。



「うん、おい―――――――っ!!!!」



口の中に唐揚げを含んだ途端に目をカッと見開いて顔を強張らせる連理くん


多分口の中が熱さで大変なことになっちゃたんだね……



「ちょっと待ってて、すぐ飲み物を……あ、かき氷持ってくるから!」



歌丸くんに私の分の唐揚げを持たせて、急いでかき氷を買いに行く。


味は複数選べるみたいだけど……でもかき氷って味はどれも同じって言うし、無難にイチゴ味を買うことにした。



「連理くん、はい、かき氷、これで口の中冷やして」


「ん、むぁ、てない」



口を半開きにしながら涙目になっている連理くん。


そう言えば両手がさっき買った唐揚げと私が預けたので塞がっていた。



「えっと、じゃあ、はい、あーんして、あーん」


「あー……!」



よっぽど口の中を冷やしたかったのか、すぐに口を開く連理くんは、私が差し出したかき氷の盛られたスプーンをほおばった。


そしてまだ口の中にあったであろう唐揚げと合わせて咀嚼して、ゆっくりと飲み込む。



火傷したやひぇひょひは……」



真っ赤になった舌を外に出す歌丸くん


口の中がよっぽど痛いのか、まともに喋れてない。



「はい、かき氷でもっと冷やして」


「ありはほ……」


「はい、あーん」


「あーん」



揚げたては確かに美味しいけど、こういうところは気を付けるように言っておかないと……



「……?」



なんか、また人の視線が向けられてる気がする。


元々私と連理くんは周囲から注目を集めている自覚はあったけれど……今の視線はなんか違うような……こう、たまに紗々芽ちゃんから向けられるような、妙にくすぐったい視線が……



「…………んぐ」



連理君が突然私が差し出したスプーンを口に加えたまま渋い顔になってる。


……頭がキーンってなったのかな?



「……えりか、ちょっと……いどう、ひよう」


「う、うん?」



まだ火傷で痛いのか舌ッ足らずな喋り方になってる連理君。


本人は意識してないみたいなんだけど、それが逆に可愛らしく思えてしまう。



「うかつだった……あんな、バカップルみたいなことを自分でしてしまうとは……」



歩きながらそんなことを呟く連理君。


バカップルっぽいこと?


どういうことだろうかと私は不思議に思いつつ、手に持ったかき氷を見た。


……少し溶けてきている。折角買ったのにもったいない。


そう思って、私はかき氷を一匙食べて……



「あ」


「ん?」



かき氷を食べた私を見て、連理君が顔を少し赤くした。


唐揚げを食べたばかりで、油で少しだけてかっている彼の唇に自然と視線が向かう。


…………………あ


――そこで私はようやく気が付いた。


先ほどの私自身の行動と、そして今、私がしてしまったこと。



「――きゅ!?」



足元でシャチホコが突然鳴いたようだけど、それどころではないくらいに私は混乱していた。


お、落ち着いて、落ち着きなさい、榎並英里佳


別に、私と連理くんは……その、そういう仲なんだから、これくらい……あーんで食べさせてあげたり、間接キスくらい別に、どうということは……



「英里佳……あの」


「な、なに? 私は別に、そんな、深い意味とかはなくて、でも別にいやってわけじゃなくて、あの、私たち、一応、付き合ってるから、別に恥ずかしがることなんて全然ないから、私、全然まったくこれっぽちも恥ずかしがったりとかしてないわけで!!!!」


「いや、そうじゃなくて……あの……耳」


「……耳?」



どういうことなのかと不思議に思い、かき氷を持ってない方の手で自分の耳に触れる。


……モフッとした。



「「………………」」



足元を見ると、先ほどまでついてきていたシャチホコの姿がない。



「「…………」」



「……連理くん」


「うん」


「あの……もしかして、なんだけど……」


「うん」


「……スキル、発動……してない?」


「大丈夫」



……そ、そうだよね、流石にこんな状況でいきなり“月兎羅月”が発動するなんてことは……



「めっちゃ可愛い」



連理くんはこれまで見たことが無いほどのキメ顔だったと思う。





「英里佳ー、英里佳ってばー、隠れてないで出てきてよー!」



僕は今、人気のない茂みの中にいた。


現状を一言で言い表すのならば、こうだ。



英里佳 は にげだした。



間接キスで僕もドギマギしたけど、英里佳の場合はそれでまさかのスキルが発動してしまう位にドギマギしていたのがバレてよっぽど恥ずかしかったのだろう。


目にも止まらぬ速さで僕の前から消えた。


脱兎のごとくとか、もうそんな次元じゃなかった。


とはいえ、そこまで離れた場所には行ってはいないようだ。


自分で言ってて悲しくなるが、僕を単独にしたらろくなことが起こらないという共通認識があるので、英里佳が一瞬で僕の傍に来れる範囲内にはいるのだ。


それに僕はシャチホコを追跡するスキルを持っているわけで、今の英里佳がどこにいるのかはわかっているのだ。


そして、英里佳が隠れているだろう茂みの前まで来た。



「英里佳ー、大丈夫だから出てきてよー」


「――――」



返事はしないが、そこにいるのは確実だ。



「ほら、まだまだ色んな美味しいものあるし……」


「もういい……」



返事は返してくれたが、もう落ち込んでいるのが手に取るくらいにわかるほど気落ちした声がした。



「こんな格好……他の人に見せたくない」


「いや、こんなって……凄く可愛いと思うよ、英里佳の兎耳。うん、世界一可愛い」


「っ……そ、そういうことじゃなくて……!」



英里佳は茂みからピクピク小刻みに動く耳と共に顔を少しだけ出してきた。


……やばい、可愛すぎて鼻血出そう……



「……今の私見たら……きっと、みんな……私のこと……恥ずかしい女の子だって……思うし」


「恥ずかしいって……なんで?」


「だ、だって……前に、全国中継してるのに、神吉千早妃が……!」


「千早妃? ………………あー」



そう言えば、体育祭の大規模戦闘のタイムアタック前に、千早妃はシャチホコと融合していた英里佳を見て「発情兎」とか言ってたっけ。



「あれのせいで……掲示板で私のこと、いやらしいとか、変態だとか……え、エッチだとか……色々言われ出してたみたいで……!」


「掲示板見てるんだ……」



英里佳って意外と情報収集にも積極的だから、学生証での掲示板とかもチェックしててもおかしくはないか。



「私専用のスレッド立てされてて……そこで、すっごく色々書かれてた……」


「書かれてたのか……」


「連理君のスレッド以上に盛り上がってた……」


「僕のスレッドもあるのかぁ……」



なんか自分が思っていた以上に有名だったんだなと今さらながら実感する。



「違うのに……私、別に……は、は、発情なんて……してないのに……!」



……少なくとも前回融合したときは完全に否定しきれないのではないかな、お互いに。


そう思った僕だったが、口に出すと英里佳がまた逃げ出すので黙っておくことにした。



「わかった、わかったから。


とりあえず融合解除しよ、ね?」


「……うん」



英里佳は耳をしおらせながらも頷いてくれた。


そして少し待ち……五秒、十秒と待つ。



「…………あれ?」


「あれって言った?


え、ちょっと……今、あれって言った?」


「……ちょっと待って」


「あ、うん」



更に十秒、二十秒、三十秒



「…………え、なんで?」


「なんでって言ったよね、完全に言ったよね?


え……もしかして……戻れなくなったの?」



いつも融合するのには手間取っていても、戻るのに手間取ったことなんてなかったはずなのに?



「う、うん……いつもは、なんか知らない間に勝手に解除されてたんだけど……」


「いつもとは何か違う感じがするとか、ある?」


「えっと……あ、何かシャチホコが言ってるみたい」



融合状態でもシャチホコに意識があるのは僕も知っていたが、僕からは意志疎通が出来なくなる。


ただ、融合状態ということで英里佳は普段以上に意識が読めるようになるんだろう。



「……えっと…………ずるい、って言われた」


「……シャチホコが?」


「う、うん。


私たちだけ美味しいものたくさん食べて、ズルいって」


「さっきから一緒に食べさせてたじゃん……」


「量が少ないって」


「シャチホコの食べる量で屋台のもの食べてたら僕の財布が破綻するんだけど……」


「あとはわたしだけ虹色大根食べてたのが気に入らなかったみたい……


この状態なら一緒に味わえるからって」


「えぇ……いや、確かにシャチホコの好物だけどさぁ……」


「ど、どうしよう……虹色大根を食べるのは別にいいんだけど」



絶対に良くないと思う。



「こんな状態で人前に出るのは……今は……ちょっと」



恥ずかしそうに兎耳を隠そうとして隠し切れてない英里佳


めっちゃかわええ。



「シャチホコ、我儘言ってないで英里佳との融合解除しなさい」


「……えっと……『英里佳の方が勝手に融合したから、シャチホコ悪くない』だって」


「一人称名前だったのか……」


「えっと……え……そんな、いきなり言われても……えぇ……」



何やら英里佳が独り言を呟きながら困った顔を見せる。


シャチホコが何か言っているのだろうが……



「シャチホコ、なんだって?」


「その……いつも自分だけ置いていかれてズルいから、今日は連理くんと遊ぶって」


「……普段からいつも一緒にいるけど」


「連理君が遊んでるときに限っていつも置いていかれるって怒ってる。前のモンスターパーティの時とか根に持ってるみたい」


「あー……あの白里さんに着せ替え人形にされてた時か」



あの後ちゃんと色々御馳走してやったのに……



「……うーん……まぁ、確かにそう言われてみるとシャチホコと一緒に遊んであげたことってあんまりなかったかも」



本人は訓練を遊びと思っていた節はあったっぽいけど、最近はそれもギンシャリたちとのローテーションで回数は減ったし。



「……英里佳、ちょっと悪いんだけど……」


「う、うん……私もシャチホコにはいつも助けられてるし……そこまで言うなら……まぁ」



英里佳が渋々な感じで頷いているのだが……なんか耳が凄い忙しなく動き出した。


……耳の主導権ってシャチホコにあるのかな?



「うぅ……恥ずかしい」



英里佳は耳を押さえながら草むらから出てくる英里佳。



「……あれ、ちょっと英里佳、制服……なんか変わってない?」


「え?」



草むらから姿を現した英里佳


先ほどまでの制服姿から、使用が変更されている。


更に、普段の迷宮のベルセルク時のようにスカートの下にスパッツが追加されたり、アーマーが付いているわけじゃない。


物凄く、こう……ガーリッシュな感じになってる。


裾とか制服の要所要所にレースのフワフワが追加されており、スカートは長くなっているが、こちらもレースがふんだんにあしらわれていた。


靴も、普通のローファーからハイヒールっぽくなってる。


基本的なデザインは普段の制服を維持しているのだが……絵本とかのお姫様みたいな感じになっている。



「な、なにこれぇーーーー!?」



自分の変化に驚き絶叫する英里佳。


そんな英里佳を見て、僕は……



「ちょっとポーズお願いします」



ひとまず写真を取ることにした。

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