第277話 女子力とは、かく語りき④

前回起きたこと。


英里佳が兎耳になって制服がファンシーになった。


その写真を学生証に記録した。


……あとでちゃんと現像するかデジタルデータにして卒業後も見られるようにしないと。


閑話休題


現在、僕と英里佳は人気の少ない林から、出店が並ぶエリアに戻ってきていた。



「う、うぅ……!」



一応僕が持っていた私服の中で女の子が着ても違和感の少ないパーカーを貸して兎耳を隠しているのだが……変化した制服のスカートのひらひらレースは隠せてなくて注目を集めている。


そうでなくても僕や英里佳派かなり注目されるようになってしまっていたので、なお酷い。


だが、悪いことばかりじゃない。



「なんでこんなことに……」



英里佳は涙目で自分の姿を周囲から隠すように僕の背に密着しているのだ。


感覚として本人は壁とか気に隠れてる感じかもしれないが、傍目には人目もはばからずにイチャついてるカップルに見えているのだろうな。


あと英里佳、自分の姿を周囲から隠そうと意識するあまり超絶密着状態にあることに気付いていない。


英里佳って、グラマラスな詩織さんやダイナマイトの紗々芽さんと比べると確かに見劣りはするけど、ちゃんと女の子らしい体つきをしてるわけで……どことは具体的に言わないけど十分にやわわな感触が背中に当たってる。


この密着具合に加えて何が良いって、普段とのギャップだよね。


いつもなら僕ってむしろ英里佳に守られる側の立場なわけで、それが今こうして英里佳に頼られているってシチュエーションがぐっと来る。



「――おいそこの不審者、止まれ」



不審者? こんなところにそんな人がいるのか。


まぁ僕らには関係の無いことなので気にせず先に――



「ウォールライン」



なんか見覚えのあるスキルで通行を止められた。



「っ……歌丸くん、下がって!」



英里佳は来ていたパーカーを脱ぎ捨てて身構える。


戦闘態勢に入っているからか、耳がピンと立っていて毛が逆立っていた。



「あー、英里佳、落ち着いて、別に敵じゃないってば」



僕は英里佳の肩に手を置いて落ち着かせる。


……なんか普段のシャチホコも似た様なリアクションしてたな。


むしろ英里佳ならこういう場合を事前に警戒してたから相手の反応の前に動いてたような……こういうところも融合してるからか?



「一体何の用だ、鬼龍院」



振り返って見た先にいたのは、腕章を身に着けた仏頂面の身長が小さい男


僕たちチーム天守閣と同期で同じ立場にあるチーム竜胆のリーダーである。



「それはこっちのセリフだ。


お前は自分の仲間にコスプレさせて何をやっている」


「っ!!」



パーカーを脱ぎ捨てた英里佳の姿はファンタジーなお姫様っぽくなった制服


しかもシャチホコと融合した兎耳


まぁ、傍目から見れば完全にコスプレなわけだが……



「なんだ、羨ましいのか?」


「お前どういう思考回路してんだ」



真顔で返された。



「今日はお前らは休養日だと聞いて少しは大人しくしていると思ったら……こんな場所で、融合スキルを使って何をしている?


返答次第では……大樹」


「……俺は、壁だ」



鬼龍院に呼ばれて出現したのは、谷川大樹くん、通所“壁くん”がのっそりと鬼龍院と反対方向に現れた。


情況的には挟み撃ちって感じだが、危機感はあんまりない。



「可愛いでしょ」


「っ」



僕の何気ない一言で顔を赤くしている英里佳すこ。



「うむ」

「大樹、答えなくていい。そして激しくどうでもいい。


俺はどうして、こんな平和な場所で融合スキルを使っているかと聞いているんだ」


「いや、うっかり融合したら戻れなくなっちゃたんだよ」


「そんなしゃっくりみたいな感じのスキルじゃねぇだろそれ。


嘘ついてんじゃねぇ」


「嘘じゃないよ。ね、英里佳」


「…………はい」



英里佳がいそいそと脱ぎ捨てたパーカーを拾い直して羽織る。


ハーフなので普通の日本人よりも白い肌が分かりやすく赤くなっている。



「……本気か?」


「……はい……ごめんなさい」


「…………俺の記憶だと、お前ら体育祭でそのスキル発動させるのに苦労してなかったか?」


「人は皆、誰しも日々進歩するものだぞ鬼龍院」


「いらん方向に進歩しやがって……!」



物凄く忌々しいと言わんばかりに睨まれた。



「……ごめんなさい、本当にごめんなさい」



英里佳がフードを目深く被ってその場で小さくなってしまった。


これもこれで可愛いけど、英里佳が落ち込んでしまうのは僕の望むところではない。



「……つまり、別に危険なことがあって備えるためにスキルを使ったわけじゃないんだな?」


「そう言ってるじゃないか。


というかなんでお前ら二人してそんな戦闘態勢で声かけてくるわけ?」



今更ながら、鬼龍院も壁くんも、制服を腕章の力で迷宮仕様に変化させている。


そんな状態で声をかけるなんて威圧的すぎる。パワハラ? パワハラなのか?



「……ひとまず移動するぞ。ここは人目が多い」



確かに、ここは屋台が多くある場所なので先ほどから周りが足を止めてこちらの様子を伺っている感じだった。


居心地が悪いな、これは。


言われた通りに僕と英里佳は再び移動して、人気の少ない場所に来た。


もう、今日は本当に移動が多いな。



「俺たちは普通に見回りの任務をしてたんだが、通報があったからだ」


「通報?」


「榎並英里佳が、ドラゴンの首を消し飛ばした時と同じ姿で南学区をうろついてるってな」


「なにそれ?」


「あのな、世界を支配してる絶対強者のドラゴンを殺せる力を使える姿だろ。


そんなの包丁を抜き身で持ち歩いているようなものだし、もしかして南学区に相当な危険な迷宮生物が出たんじゃないかって思われるだろ」


「なるほど」



確かにそう言われると納得せざるを得ない。



「というわけで、能力が発動してる間は人気の無い所に行け」


「それは無理」


「……あ? ふざけんじゃねぇ」


「いやふざけてないよ。


実はね、シャチホコが英里佳との融合を解除したくないって言っててさ、そのためには屋台で食べ歩きしないといけなくて」


「ふざけてんのか?」


「ふざけてないよ」


「……ふざけてんのか?」


「ふざけてないよ」


「ふざけんな」


「ふざけてないってば」


「ふざけんなこの野郎!」


「キレるなよ」



胸倉を思い切り掴まれた。


カルシウム不足かな?



「じゃあ、こうしよう。


鬼龍院と壁くん、僕たちの人避けになってくれ」


「何をどうやったらそんな結論が出てくるんだ?


お前の頭の思考回路はどうなってるんだ?」



「いや、周囲の視線が鬱陶しいなとは僕も思ってて……英里佳も、今の状態周りから見られるのって嫌がるからさ。


だったら事情を知る二人が近くにいてくれればいいかなって」


「ふざけんな」


「気に入ったの?」


「ふざ――んんっ! あのな、俺たちは暇じゃないんだ。


これ以上面倒ごとを起こす前にさっさとこの場から去れ!」


「壁くんは?」


「俺は壁だ。視線を遮るのもまた、壁だ」


「OKだって」


「大樹、最近お前の伝達力が本気で心配なんだが。というかOKするな。


見回りとどっちが大事だと思ってんだ」


「……ふむ」


「悩むな!」


「……ならば……これを使うといい」



壁くんが学生証のストレージから何やらマントらしきものを取り出した。


……なんか見覚えがある。



「……そのマント」


「シーフ系やエージェント系でなくても隠密スキルが使用できるようになるマントだ。身に着けてフードを被るだけで効果を発揮する」



思い出した、チーム天守閣結成当時に見回りでMIYABIが女子のスカート捲りしてた時に使ってたマントだ。


スキルを付与したアイテムって高価なはずなのになんでこいつら持ってるんだ?



「おい、それ備品だぞ」


「少なくとも今日は使う予定はない。


俺たちも明日に備え、簡単な見回りのみ。


下手に騒ぎを起こされるくらいならば、今の榎並英里佳に貸し出すのが最適だ。


氷川先輩にはこちらから連絡しておく」


「え……氷川の奴に連絡するの……?」



それ絶対に後で色々文句言ってくる奴じゃん。



「当たり前だろ。


だいたいお前らチーム天守閣は生徒会直属なのに仕事しなさすぎだろ」


「それは……まぁ、そう言われると弱いな……」



僕たちの場合は、所属ギルドである風紀委員(笑)の方針でまずは強くなることを最優先としてほぼ拘束なしで迷宮とか訓練に時間を当てている。


生徒会としての仕事は、チーム竜胆に比べるとやってないも同然だ。



「だが、今のこの状態……榎並英里佳が融合スキルを使いこなそうとしている兆候だともとれる。


対ドラゴンのことを考えれば、下手に止めるのは人類全体にとっても良くはないのではないか?」


「………………そうだな、物凄く不本意だが……確かにその通りだ。


わかった、俺の分も使え」



そう言って、鬼龍院までマントを出して俺に手渡してきた。



「鬼龍院」


「礼ならいらんぞ、気持ち悪い。これはあくまで仕方なく――」

「もっと大きいサイズありませんか?」


「返せこの野郎!!」



鬼龍院がまたつかみかかってきたが、壁くんが止めてくれた。


ひとまず



「では、見回りに戻る。


マントは明日の朝のミーティングに返してくれればいい」


「ありがとう壁くん」


「……ありがとうございます」


「俺は、壁だ。気にするな」


「……歌丸連理、お前今度絶対に泣かすからな」



鬼龍院が物騒なこと言っていたけど平常通りなので気にしない。


結局、僕と英里佳はそれぞれ貸してもらったマントを交換して身に着ける。



「英里佳、これなら大丈夫?」


「うん……ひとまずこれなら普通に歩けそう」



試しにマントを身に着けて屋台のある通りに戻ってきたけど、最初にここに来た時とは打って変わって誰もこちらに視線を向けない。


僕と英里佳の姿は隠密スキルで見えないようだ。


逆に、隠密スキルを発動させている者同士はお互いを認識できる。


何度か戒斗にスキルを使ってもらったことはあるけど、人相手に使ってもらったことは無かったのでちょっと新鮮だ。


英里佳はほっとした様子だったが……しまった、これじゃあ密着する大義名分が……!


などと一人で内心愕然としていたら、英里佳が僕の腕に抱き着いてきた。



「それじゃあ連理くん、行こ」


「え、あ……う、うん」


「どうしたの?」


「いや、どうしたってわけでもないんだけど……英里佳から積極的にくっつかれるのは珍しいなって」


「……言われてみると、確かにそうかも」



英里佳ははっとした表情になったが、密着はそのままだ。



「……もしかしてこれもシャチホコの影響なのかな?」


「……かも。なんか、普段以上に連理くんの傍にいないと……普段以上に凄く落ち着かないから」



シャチホコ、ナイス


今度時間が合ったらいっぱい遊んであげよう。そうしよう。


そんなことを考えながら屋台のある場所まで、人とぶつからないように気をつけながら見て回る。



「あ、連理くん、あの、少し歩くの早い……かも」


「え、あ、ごめん」



周りに人はこちらが見えてないから普通に歩いていたらぶつかりそうになるので、避けるために早めに動いていたが……英里佳がバランスを崩しそうになっていたようだ。



「あ、そっか、制服だけじゃなく靴まで変化してたんだったよね、ごめんね気付けなくて」



英里佳の靴は今はハイヒールになっていて、そのせいでバランスがとりづらくなっていたようだ。


駄目だな、男としてこういうところに気が使えないと……



「う、ううん、私こそゴメンね」


「謝ること無いって……それにしても全く見えなくなるのはそれはそれで困るもんだね」


「えっと……このマント、身に着けてる状態で隠密スキルの効果が変わるんだって。フードを被ってると完全に周りから見えないけど、フードを外せばそこに人がいる程度の認識は持たれるみたい」


「わぁ、凄い便利」



ご都合主義っぽい能力だけど、これは僕にとってはいいこと尽くめ。


だってフードを外すってことは英里佳がどうどうと兎耳を見せてくれるってことじゃん。最高じゃん。


ファンシーな制服は見れないのは残念だが、まぁ、兎耳が見れればいいか。



「ふぅ」



フードを外し軽く顔を振る英里佳。


ああ……揺れる兎耳……最高!


そしてそんな状態でもかなりの密着具合を発揮する英里佳


ああ、最高だわ、これ!



「……それじゃあ連理くん、何食べる?」


「え?」


「えって……あの、私たち食べ歩きするために戻ってきたんだよね?」


「あ、そうだった」



鬼龍院の妨害も入ったので本来の目的を忘れてた。



「なんか英里佳と一緒に歩くことだけ考えてすっかり忘れてたかも」


「っ……そ、そっか」



なんか英里佳が急にそっぽを向いてしまった。何故だ?


耳は凄いピクピク動いてるけど……シャチホコ、今のやり取りにどこかテンション上がるポイントあったか?


ひとまず何を食べるか……お、たこ焼きもいいな。



「じゃあ、たこ焼きを」


「……たこ焼きって色んな味があるんだね」


「味って言うか、中身?」



ソースに甘口辛口とか調整ができるのはあるが……他にもエビ、明太子、チーズ、ポークとかある。



「たこ焼き……でいいの、これ?


たこ入ってないよね、明らかに?」


「だね……たまにあるよね、こういう形式だけ残して本質が伴わない現象」



メロンパンってずっとメロンが入ってると思ったけど実は入ってなかったとか……最近は入っているのもあるけど……それに近いものを感じる。どうでもいいけどね。



「とりあえず好きなの選んで食べようか。


僕は……明太子とチーズっての選んでみよう」


「じゃあ私は普通のやつと……エビ、かな」



さっそく購入し、一つずつ食べてみる。



「うん、美味い。一緒に食べても美味い」



明太子とチーズって鉄板だ。一つ一つで食べても美味しいけど、一緒に食べると更に美味しい。



「英里佳、こっちも美味しいよ、食べてみる?」



英里佳にも食べさせてあげようと思ってたこ焼きの入ったパックを差し出す。


爪楊枝を刺してこれで食べられるはずと思ったのだが……



「あーん」


「え」


「あーん」



英里佳がさも当然のように僕に向かって口を開けてきた。



「えっと……はい、あーん」


「あー……ん……うん、連理くんの言った通り、美味しいね」



普通に美味しそうに食べた。


普段の英里佳なら照れて自分からはしないと思ったのだが……



「はい、連理くんも、あーん」


「う、うん……あ、あーん」



英里佳から差し出されたたこ焼き


食べてみたがこちらは普通の奴だった。


うん、やっぱこれこそたこ焼きだよね。たこ入ってるし。



「おいしい?」


「う、うん、美味しいね」



……あれ、なんか凄いデートっぽいぞこれ?


普段なら英里佳派こういうの凄い照れてやらないところだけど……シャチホコとの融合でその辺りのハードルが大分下がっているのかもしれない。



そしてその後も……いろんなお店でも英里佳は自分の変化に気付くこと無く食べさせ合いっこが続く。



「これも美味しいねっ」

「連理君、はいあーん」



色んなものをシャチホコが食べたがっているということで敢えてアメリカンドックを一本を買って二人で食べるとかもやってみた。



「あ、歌丸くん顔にケチャップ付いてるよ」



とか言って僕の顔に着いたケチャップを指で拭う。


英里佳にもついていると指摘すると……



「連理くん、拭いて」



などと甘えてくる英里佳


一般的にはあざといとか言われるかもしれない行為なのだが……なんか凄い自然。


自然に可愛い。



「えへへ」



慣れないハイヒールということで僕の腕に抱き着いているのがもう自然というか……むしろ凄い嬉しそう。



「これも美味しいよ、はい、あーん」



間接キスで照れていた英里佳が無邪気にチョコバナナを差し出してくる。


で、実際に僕が食べると……



「……あ」



間接キスに気が付いて時間差で照れる。


で、照れながらも僕た食べた後のチョコバナナを食べる英里佳。


あー、可愛いかよーー……凄い癒される。


あーんをねだられるのって普段シャチホコに餌やってるときも似た様なことなんだけど、それが英里佳がやるだけでこんな違うものなのか!


いやまぁ元々英里佳は可愛いけどね、普段は凛々しさがあってカッコいいって感じで可愛さが若干抑えられる感じがあったんだけど、今はそう言うのがなくて、こう甘えん坊な一面が見られるというか……


英里佳と融合してるシャチホコの影響なのだろうけど……



「…………あれ?」



この時、僕はふと、ある考えが脳裏によぎる。



「もしかして……英里佳より、シャチホコの方が女子力高い?」



ふと思ったことを呟く。


別に、英里佳に言ったつもりなどなかった。


独り言で、かなりの小声だ。


だから聞こえるはずがないと思ったのだ。思ったのだが……



「……え」



英里佳の顔が愕然とした表情で凍り付く。


英里佳が今、シャチホコと融合している。


つまり…………シャチホコと同じ聴力を持っているということを、僕はうっかり忘れていたのだった。



――ガッツリ聞かれますた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る