第274話 女子力とは、かく語りき①



「…………ごめんなさい、歌丸くん」



英里佳がもの凄く申し訳なさそうに謝るのを見て、僕は内心とてつもなく申し訳ない気持ちになる。


まさか、青汁グゥレイトですら飲み込めるようになったはずなのに、英里佳が作った料理を吐いてしてしまうとは、僕もまだまだだったな。



「あー……えっと……その、英里佳、あの……失敗は誰にでもあるから気にしないでよ」


「いやでも、スキル発動させる連理吐かせるって相当ッスよ」


「シャラップ戒斗」



くそぅ、どうして僕はあの時吐いてしまったんだ!


確かに、あのピンクの物質を口にした瞬間に、口の中がゲロ吐いた直後みたいに酸っぱい感じになってたしまったけど、だからって吐くことないじゃないか僕の馬鹿!!



「つか、意外っスね、二人が付いてたのに」



戒斗のその言葉に、英里佳と一緒に料理していた詩織さんと紗々芽さんが目を背けた。



「返す言葉もないわ」


「……英里佳、前より腕を上げてて」


「嫌な上達ッスね」


「どうでもいいけど、戒斗今日はなんか不機嫌ね。


いつもより毒舌よ。なんかあったの?」


「ん? あー、悪いッス、ちょっとさっきまで兎たちにボコされてちょい苛ついてたみたいッス。


榎並さん、ごめんッス。言い過ぎたッス」


「う、ううん……気にしないで。


……二人とも一緒に出掛けてたけど、一緒に訓練してたの?」



英里佳のその質問に、僕も戒斗も思わず苦い顔をしてしまう。



「何かあったの?」


「あったというか……何もなかったというか」


「単に俺のボコられ損ッスよ」


「どういうことよ?」



詩織さんも興味を持ってようで質問してくるが……ぶっちゃけ、大した内容は無い。



「実は、伊都先生から譲ってもらった魔剣の力を引き出す実験をしてみたんだけど……」


「魔剣……鬼形のことよね?」


「うん、伊都先生は現役時代、あの魔剣で色んな技を使えたらしくてさ、僕もそれを使えないか試してみようと思って、まずはスキルを発動させないで使ってみようとしたんだけど……」


「だけど……歌丸くん、何があったの?」



英里佳が心配そうに僕に訊ねてくるが……



「いや、それが……五秒しか意識が持たなくて、気絶する直前にスキルが勝手に発動して結局は御崎鋼真と戦ったときと変わらなかったんだ」


「……つまり、現状何もできなかったわけね。


まぁ、そりゃそうよね。なんたってレイドウェポンと同格以上とされている魔剣なんだから。


私たちでも扱えるか怪しいのに、スキル無しであんたが使えたらそりゃ苦労しないわよね」


「ごもっともです」



詩織さんの意見に何も言えない。


やっぱり僕ってスキル頼りでしたね。



「まぁ、順当に魔剣・鬼形の有効活用を考えたら私が二刀流で使うことかしらね。


レイドの時も凄い力を感じたし」


「えぇ~……」


「何が不満なのよ?」


「だってさぁ、ようやく手に入った僕の念願の攻撃手段なのにさぁ……あれあれば僕も人並みに戦えるんだよ」


「そうね、人並みには戦えるわね。


レイドウェポン並の武器を持って、ようやく、人並みに、ね」


「ぐっ……だ、だからこそ魔剣の力を引き出そうと思って、ですね……!」


「あんたは直接戦うタイプじゃないでしょ。


それに、たぶんあんたが言ってる技なら私使えるわ」


「え、マジで?」


「マジよ。アキレスタートル相手には使う場面はなかったけど、鬼形から力の使い方のイメージが頭に流れ込んできたから」


「えぇ……」



じゃあ、僕の努力って一体……というか、え、僕の武器なのに僕以上に詩織さんが使えるって凄く複雑。



「英里佳はそれでいいの?


あの魔剣、もともとはお母さんが英里佳に渡す予定だって聞いたけど」


「そうみたいだけど……私も詩織が持ってた方が良いと思う。


私の戦闘スタイルも蹴り主体で、両手はどっちかというと武器とか道具を使い分けるように敢えてフリーにしてるから。


それにベルセルクのスキルと丸被りするから……たぶんあんまり高い効果は見込めないと思う」


「冷静に考えると、実質ベルセルクが二人いることになるわけッスね。


連理いること前提のパーティッスね、完全に」


「うん、普通に考えたら絶対に近づきたくない集団だよね」



自分もその一員なのを自覚してるのだろうか、紗々芽さん?


君も周囲から結構な噂立てられているはずだけどな……腹黒いとか、笑顔でえげつねぇとか。残酷な天使、とか言われてるらしいけど。



「まぁとにかく、まずは私はクリアブリザードを使いこなせるようにならないとね。


普段使いして変な癖付きそうだし、普段は連理が護身用として使いなさい」


「そう……だね……うん、あははは……」


「なおさら俺ボコられ損じゃないッスか……」



戒斗から半眼で睨まれて余計に居た堪れない。



「日暮くんがボコられ損って具体的にどんなの?」


「連理との訓練で、兎三匹も同時に戦ったんスけど……連理が魔剣を使いこなせなかった時点で訓練の意味合いも殆ど無いってことでワサビは止まったんスけど……シャチホコとギンシャリ……特にシャチホコがしつこく俺に体当たりしてきたんスよ


素早い相手の目を慣らすって意味じゃ有益かもしれないッスけど……ぶっちゃけ普段から動き回ってるの見てるんで。


ギンシャリならまだしも、耐久力の低いシャチホコを撃つわけにもいかず……終始ボコられたッス」


「それは……災難だったね」


「それで何がムカつくって……俺が降参すると、あの兎、俺の頭踏んづけてスゲーどや顔するんスよ」


「……僕もギンシャリにやられたなぁ」



始めてギンシャリに出会ったときを思い出す。


いやぁ……あれから本当に強くなったよね、ギンシャリ。



「ギンシャリは途中からこっちの意図汲んで攻撃はやめたッスよ。


アイツ、動きを見切られたことをこっちが行動する前に気付くわけッスから」


「……え、ちょっと待って、戒斗、あんた……ギンシャリの動きを読んだの?」


「読み切れそうだった……が、正しいッスね。その前にあいつは攻撃を止めたッスから」


「それでも大したものよ。


私だって一対一なのに読み切れたこと無いわよ」



……やっぱり戒斗って何気に戦闘技術って群を抜いて高いよね。


使える武器がシングルアクションの銃に限定されていたから今まで芽が出たかったけど、専用の武器を日暮先輩に貰ってから一気に開花した感じ。



「午後も訓練するつもりなの?」


「それは下村先輩から止められた。


特訓しても意味がなさそうだから、明日に備えて休めってさ」


「連理の場合は、私たちみたいに階層ごとの見張りじゃなくて、他の学部の誘導だったわね」


「そうそう」



毎年、この時期に他の学部の一、二年生が卒業資格を得るために迷宮のニ十層を目指すのだ。


他の学部の場合はそこまで行ってしまえばあとはもう迷宮にいく必要性がなくなるからね。


英里佳、詩織さん、戒斗の三人は生徒会関係の二、三年に混じって森林エリアで待機


紗々芽さんは怪我人が出た時のために十層かニ十層の安全エリアで待機


で、僕はシャチホコたちと一緒に、非戦闘員の多い他の学区の学生たちを道案内して安全にニ十層まで導く。


例年だと僕の役割が一番負担が大きいらしいのだが……シャチホコたちがいるから、正直これは心配してないんだよねぇ……一応護衛もいるらしいし、拘束時間が長いけど楽な仕事になると思う。



「「「「…………」」」」


「四人ともなんで微妙な表情なの?」



僕がそう問いかけると、四人とも顔を見回せて……


「いや、だって……歌丸くん」

「あんた一人にさせると」

「絶対何か起こるもん」


「そんなことは………………ないとも言い切れない」


「いや、完全にあるッスよ。


むしろお前一人にさせてよかった試しがねぇッス」



戒斗の言葉に頷く三人。



「そんな心配しなくても今回は僕以外に他の学区の人もいるし、何より護衛は一人じゃない。


その人たちと離れないようにするから。


それに護衛組ともみんなも交代するし、ずっと離れっぱなしってわけでもないんだから心配いらないってば」



そう、バラバラなのはあくまで最初だけ。経験を積ませるって意味合いが強いのだ。


だからある程度落ち着いたら今まで通りのメンバーで活動だってするわけで……



「お前がそう語るとフラグにしか聞こえないんスよね」


「戒斗、しつこい発言は逆にフラグになると思うんだよ、僕は」


「いや、お前の場合は今更ッスよ」



はは、言いよる。だが、正直夏休みの初めは僕は心配してない。


だってドラゴンのやつ、未だに疲弊してるもん。


英里佳に頭吹っ飛ばされたこともあるが、体育祭ではっちゃけて日本全土に結界張ったりとかしてたしね。


奴が回復する夏休みの終盤――毎年恒例の夏季休暇記念大規模戦闘


GWの大規模戦闘と違って、今度は迷宮から地上に向けてレイドボスが出てこようとするので、今回はこちらが守備側となる。


地上に出てこられたらガチで大変なので……まぁ、他の学区の生徒は迷宮の入り口のある中央には絶対に近づかなくなるのだとか。


まぁ、大規模戦闘については追々だな……




「そんなわけで、今のうちに羽を伸ばしておけって言われてさ……午後はどうするかまだ決めてないんだよね」


「……そう、じゃあ……連理、英里佳と一緒に南学区に行くわよ」


「「え?」」



まさかの詩織さんからの提案に僕と英里佳はハモって首を傾げた。



「英里佳、さっき白里さんと話して決めたんだけど……一朝一夕であんたの料理の腕を向上させるのは非常に難しいと判断したわ」


「うん、というかごめんなさい。不可能だと私は思う」


「そ、そんな……」



仲間からのまさかの辛辣な言葉に英里佳が目に見えてショックを受けている。


……でも正直擁護できないので僕も戒斗フォローはしない。というかできない。



「でも、それがどうして僕と英里佳が南に行くのにつながるの?」


「――よくぞ聞いてくれました」



僕のその質問に答えたのは、詩織さんでも紗々芽さんでもなく……カウンターの方から顔を出した寮母の白里さんだった。



「英里佳ちゃんには、明日から毎日、夏休みの間は歌丸くんのお弁当を作ってもらいます」


「お弁当……わ、私が?」



まさかの提案に英里佳が困惑していた。



「てか、お前の昼食ってほぼほぼ詩織さんか苅澤さんの弁当ッスよね?」


「うん、凄く美味しくて平日の楽しみです」


「……女子二人から毎日弁当作ってもらえるってお前、どんだけ恵まれてるんスか」



うーん……今更だけど僕って実はすごくリア充だった? うん、リア充だった。



「今日とこれまでの英里佳ちゃんの料理の傾向を見ると……どうも自分が作ったって言うインパクトを求めてる嫌いがあると思うのよね」


「そうなの?」


「そんなつもりはないんだけど……」


「無意識ならなお悪いわ。


個性を出そうとしているといえば聞こえがいいけど……悪く言えばネタに走っているわ、英里佳ちゃんの料理は」


「……ネタ」



本人は真面目に作ったつもりだったから、ネタ扱いされて明らかに落ち込んでいる。



「だから毎日お弁当を作って、ちゃんとした手順を数をこなして覚えさせつつ、食べる相手……歌丸くんから毎日感想を貰うようにするのよ」


「はぁ……でも、それがなんで今から僕と英里佳が一緒に南学区に行くことにつながるんですか?」


「これよこれ」



そう言って白里さんが取り出したのは一枚のチラシだった。


南学区で開催されている、イベントで……先日の体育祭で消費しきれなかった食材とか、逆に本島から大量に安く仕入れた食材を大量に使った食べ放題のイベントが開催されているという内容だった。



「これで味のインプットよ。


英里佳ちゃんの食生活って、聞いてみたら味よりも身体作りメインだったのよ。


それに倣って健康をのいいものを入れようとして味付けを崩してる感じなのよね。


だからここでたくさん食べて、歌丸くんの好みの味付けを自分でも味わって知ってもらおうと思って」


「なるほど、同じものたべて僕の好みを具体的に英里佳に知ってもらうわけですか」


「そういうことよ」



しかし、だったら僕と英里佳だけでなくみんなで言ったらいいんじゃないのかな?


そう思ったのが顔に出ていたのか、紗々芽さんがこっそり耳打ちしてくる。



「英里佳、思ったより落ち込んでるみたいだから少し慰めてあげて」



……なるほど。


英里佳はチラシの内容を見ていて今の紗々芽さんの行動には気付いていないようだ。


普段ならすぐに気づくのに……どうやら僕が思っている以上に落ち込んでいるらしい。



「じゃあ、英里佳、一緒に行こうか」


「え……あ、う、うんっ」


「英里佳が一緒なら大丈夫だろうけど、危ない所に行くんじゃないわよ」


「だから僕をどう思って……いや、やっぱ言わなくていいです。だからそんな目で僕を見ないで」



もうなんか、みんなと一緒にいる時の詩織さんの僕を見る目って凄い保護者っぽいんだよなぁ……


まぁ、実際に守ってもらってる立場なわけなんだけど……やっぱり男として立つ瀬がないというか。





連理が英里佳と共に南学区へ向かうために寮から去る。



「さて……それじゃ俺は射撃場にでも…………あの、寮母さん、なんで肩を掴むんスか?」


「日暮くん、お腹、空いてるわよね?」


「え、いや別に」「男の子なんだもん、一杯食べないとねっ」



その言葉と、カウンターの奥から漂ってくる酸っぱい匂いに戒斗は猛烈な嫌な予感がした。



「俺に、食えと、あのピンクの物体を……!」


「まぁ……それなりには安心しなさい」


「……一応、私たちなりに味は調えられるだけ調えたから」



寮母と料理できる女子2名は言葉とは裏腹に表情は暗い。


つまり、お世辞に美味いとは言えないのだろう。



「いやいやいやいや、それこそ連理の仕事じゃないんスか!?


アイツのために作られたんだから、あいつが食うべきッスよ!」



なぜ自分がまきこまれなければならないのかと納得いかない戒斗。当然の反応である。


彼は主人公のとばっちりを一方的に受ける様な不遇キャラではないのだ。嫌なことはハッキリ嫌といえる系日本男児なのである。



「流石に吐いた直後の人に、味を調えたとはいえ同じものを食べさせるのはどうかと思って……」


「英里佳は捨てても良いって言ってたけど……ほら、もったいないし」


「理屈はわかるッスけど、だからって俺に食わせるのはどうかと思うッス」



なんだかんだでやっぱりこの二人は連理に甘いのだなぁ再認識させられる。


まぁ、申し訳ない表情はしてるので断り切れるかもしれないが……



「別に一人で食べろとは言わないわ。


私たちも食べるから、少し食べて行って、お願い!


今夜日暮くんにだけ一品増やすから!」


「むっ」



白里恵の言葉に気持ちが揺れる戒斗



「「「「――ちょっと待った!」」」」



そんな時に聞こえた、四人の男の声



「え、なんっスか?」


「なんだかんだといわれれば!」

「同じ男子寮に住む者だ!」


「まぁそうッスよね。いや、というか何の用ッスか?」



突然現れた四人の顔のいい男子生徒と、その後ろに微妙な表情のこれまた顔のいい男子生徒が一人いた。



(NI5の人たちだね)

(何の用かしら?)



先ほどからずっと食堂でたむろしていた、一部女子たちからNI5と呼ばれるイケメン集団であるが、つい先ほど紗々芽も詩織も知ったばかりなので、戒斗は当然の如く知らないのである。



「聞けば、女子の手作り料理を食べると、今晩のおかずが増えるという話じゃないか!」

「是非!」

「俺たちにも!」

「食べさせてくれ!」


「お前らみっともないからやめろ!」



マツジと呼ばれていた少年が平身低頭する仲間たちの姿を見て叫ぶ。


そんな彼の姿を見てどこかシンパシーを感じる戒斗なのであったが……



「あの……お前ら、ずっとここにいたッスよね?


なら、分かるッスよね……これから食べるの、さっき連理が食った奴と同じのっすよ」


「愚問だな、日暮戒斗」



顔を上げ、これまたイケメンに髪をかき上げるリーダーと呼ばれた少年。



「女子の手作り。


それだけで十分に食べる価値がある」



キメ顔で語るタツキ



「男子ならば、男子ならばここは絶対に食うべきだろう!」



と熱くなるキム



「しかも、榎並さんだけでなく、寮母の白里さん、三上さん、苅澤さんの合作だぞ!」



眼が血走っている山ちゃん



「え何こいつら怖いんスけど」



――この後、NI5(マツジ以外)の活躍により、英里佳謹製のカレー(ピンク)は無事完食された。


しかしこの後、男子寮のトイレの個室が長時間空くことが無かったとかあったとか……

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