第304話 フルコンタクトで決めようぜ!

「「」」



リモートで言われた言葉に、僕はもちろん、土門先輩、稲生先輩も黙ってしまう。


……そうだった、濃すぎる日々の連続でかなり過去のような気がしていたけど、あれってまだ一カ月ちょいくらいしか経過してない。



『俺だってな、別に気に入らないって理由だけでお前たちに反対してるわけじゃないんだぞ!


でもな、でも、よりにもよってそいつはいくら何でも違うだろ!


だって変態だぞ! 凄い奴だってことは認めるけど、それと同時に同じくらい、全世界的にも認知された、状況が許せば女子の制服をひん剥く変態だぞ!!』


「い、いえ、あの違うんです……!」


『何が違うんだテメェ!』



そう言って、何やらパソコンを操作しているのか、画面が切り替わり……




『――僕は今から、相打ち覚悟でお前の服を引っぺがす』


『…………え』




かつての自分の発言と、それに唖然とする稲生の様子を遠回しから撮影している映像が流れた。


思わず顔を手で覆ってしまう僕。


今更だけど言い訳できません……過去の僕、もう少し発言を考えてくれよ……よりにもよって過去の自分にこんなに苦しめられることってある……?



「――それがなによ」



そんな中で稲生がまるで何でもないようような風な態度……あ、でもちょっと耳が赤い。



『ナズナ、何言ってるんだ。どうみてもこれは変態だぞ!』


「そんなの今更でしょ」


「え……」



強く否定することはできないけれど、そんな力強く断言されるのはそれはそれで傷つく。



「周りから何て言われたって、どんな風に見られてたって、その時その時で……歌丸連理っていう男は必死に勝とうとしてるだけ。


この時は……その……たまたまそういう手段じゃないと勝てなかったっていうだけの話よ」


『――いやでも、セクハラだぞ?』


「………………」



ですよね!


なんかいい話風に持って行こうとしたけど、結局この時僕が実行しようとしたことを一言で言うと完全に「セクハラ」である。


流石に女子で、かつ当の被害者である稲生も黙らざるを得ない。



『勝つ為ならセクハラするって、お前、それ……その小僧のセクハラ許容範囲なのか?』


「そ、そういう意味では……」


『他人に露出を強要して、それをネット配信させるって……相当ハイレベルな変態行為だぞ。しかもこれ、自分にダメージ覚悟ってことは……ことはだぞ……』



まるで怨敵を見るような目で、しかし、その目にはどこか畏怖が感じられる、そんな視線をモニター越しに向けられる。



『そいつは超絶なドMな、露出狂という……歪んだ現代社気が生み出した変態モンスターだぞ!!』



僕の存在が社会問題になっている。



「ち、ちがうわよ!」



しかし、まだ稲生は僕のことを見捨てていなかった。


ここから何か、逆転の一手を打ってくれるのか、稲生!!



「こいつは獣耳のコスプレ女子が大好きな変態よ!!」



――まさかのフレンドリーファイア。



「「あー……」」



そしてそれに納得の一声を出す土門先輩と稲生先輩



「……けものみみ?」


「シャチホコ、気にしなくていいからね」



ピコピコ動く自分の頭の耳を触るシャチホコ。


可愛らしい動作でとてもいい。


稲生の猫耳メイドはエロ可愛い感じだが、これはほっこりする感じにかわいい。



『――つまり、そこにいる稲生はその小僧の性癖の影響でその姿だというのか……!』


「いやちょっと、なんで飛躍した結論になるんですか!?」


『今のナズナの発言聞けば、どう考えてもその子、お前の性癖大爆発な感じの結実だろうが!!』


「そこは強く否定はしないが!」「しないのか」


「僕の稲生の好みは猫耳メイドで、稲生にピッタリなのは兎耳ではありません!」

「歌丸くん……」



なんか発言の途中で土門先輩と稲生先輩がもの凄く残念な生物を見るような目で僕を見ている気がするが、きっと気のせいだろう。



『どっちにしても変態じゃねぇか!』


「僕を変態呼ばわりするのは、この際どうでもいい!!」

「良くない良くない良くない」



隣の稲生の発言はひとまず置いておこう。



「しかし、ちゃんと僕の発言を聞いていただきたい!」


『変態の言葉に耳を貸すわけが――』「これ後でデータで送ります」



僕はすかさず、稲生には見えない角度で学生証からとある画像を表示させてパソコンのカメラにその画像を見せた。



『……話して見ろ』


「ちょっと何見せたの?


歌丸、ポケットに隠さない。何見せたの、ねぇ、ちょっと?」



いつぞや撮影した獣耳ガールコレクションがこんな形で役に立つとは……



「「…………」」



そして角度的に僕が何を見せたのかばっちり見ていた先輩方が何とも言えない表情で僕を見ているが、気にしない。



「貴方が言っていた練習試合の発言については、確かに僕はそのような発言はしましたが……今仮に同じような状況になっても決して僕は稲生を裸に仕様だなんて絶対に思いません。


稲生は今、僕にとってそれだけ大事な存在なんです」


『性的な意味でか』「お父さん」『ひぇ』



スゲェ、こんな冷たいお父さんって呼び方があるんだ。



「まだそういう関係ではありません」


『“まだ”、だと?』



ぴくりと、眉が大きく動く稲生牧人さん。



『いずれはそうなると、そう言いたいのか……小僧』


「――そうなりたいと、思い始めている僕はいます」


「ち――ちょっと歌丸!?」



稲生が隣で顔を赤くする一方で「おぉ」と感嘆したような表情を見せる先輩たち。



『このクソガキが……!』


「さらに言えば……僕の好きな女の子は他にもいます。


……将来的に僕の能力とかも考慮すると……稲生も含めて僕は五人の女の子と関係を持つ予定です」


『………………』



僕の発言に、稲生牧人は静かに瞑目し……そしてゆっくりを目を開いて告げる。



『これがモニター越しで良かったな。


――じゃなきゃ今すぐテメェをぶっ殺してたぞ』



モニター越しでもわかる殺意の滲む視線。


気持ちは、理解できなくもない。


もし僕も、妹の椿咲のことを、僕と同じような扱いをする男が現れたら……戒斗がもしそんなことをしようとするのなら何をしていたのかわからないから。


その気持ちがわかるからこそ……僕は、この人と向き合わなければならない。



「なら、改めて卒業後に僕はあなたの前で同じことを言いに行きます。


その時、全力で貴方の怒りを受け止めます」


『何を分かった風でいるんだ小僧!


お前、自分がどれだけ最低なこと言ってるかわかってないだろ!!』



確かに、最低なことを言っている。


だけど、それでも僕はこの最低な自分を受け入れる。



「僕は、元々この学園を卒業すると同時に死ぬ予定でした。


いや、今のままでも、卒業すると同時に死にます」


『は』「え」



稲生牧人と、隣の稲生が驚愕している。


一方で、土門先輩たちは僕の言葉に驚いてこそいるが反応は薄い。


どちらかと言うとこの場でその事実を吐露した発言そのものに驚いているのだろう。僕の心臓の状況は完全非公開ってわけでもないから、推測することは容易だろうしね。



「……僕は今、心臓が機能していません。


代わりに、両親がドラゴンと取引をして卒業するまでの間は心臓の代わりにドラゴンの力で血流を保ってもらっている状態です。


だから……後悔しないように生きて、後悔しないで死ぬために僕は迷宮に挑みました。


僕のためにいろんなことを犠牲にした両親に、少しでも報いたくてお金が欲しくて、北学区に来ました」



『……お前の自分語り何てどうでもいい。


卒業後に死ぬならなおさらナズナと関わるな』


「ちょっとお父さ」「大丈夫だから」



稲生が怒りに顔を真っ赤にして怒鳴ろうとしたが、肩に手を置いてなだめる。


……それが当然の反応だ。


僕がこの人の立場なら、絶対に同じことを言う。


それくらい、その拒絶と罵倒は当たり前のことなのだ。



「最後まで聞いてください」


『誰が聞くか。


土門くん、牡丹、聞いただろ。こんな奴にナズナは任せられない。


いくら君たちが人柄を気に入ったからといって、そんなすぐに死ぬような奴は娘に相応しくない』


「なら、なおのこと僕は死なない。


卒業して、あんたの前まで言って続きを聞いてもらう」


『はぁ? 卒業したら死ぬとか言った奴はどこのどいつだ?』


「今は卒業後も生きたいって思えるようになった。


卒業後も生きられるかもしれないって、そういう可能性を仲間が示してくれた。


だから僕は生きて卒業する。


生きてドラゴンを倒す。


そして生きて、稲生と一緒に貴方に会いに行きます」


『……………』


「その時に、僕は貴方の怒りを全部受け止めた上で、僕と稲生のこと……僕の大切な人たちとの関係、まるごと受け入れてもらいます」


『勝手なことばかりを……ああまったく、モニター越しじゃなかったら絶対に十回以上は殴ってるぞ』



苦虫を嚙み潰したような表情でモニター越しに僕を睨む。



『俺は絶対にお前を認めん』



ため息交じりにそんなことを告げ、稲生牧人は僕を睨む。



『お前みたいな絵空事並べるだけの小僧が俺は死ぬほど嫌いだ。


そんな奴が、ナズナの彼氏だとは絶対に認めん』


「か、彼氏って……そういう関係では、まだ……!」


『……』



稲生の姿を見て物凄く複雑な表情を見せる稲生牧人である。



『歌丸連理』


「はい」


『ナズナに手を出したり、泣かせたりしたら絶対に許さない。


だから、まずはちゃんと俺に殴られに来い。


話はそれからだ』


「はいっ」


『返事だけはいっちょ前だな…………土門くん』


「はい、なんですか?」


『不愉快だ。一旦通信を切る。


そいつが退室してから掛け直してくれ』


「あー、はい、わかりました」



通話がそこで切れる。


土門先輩は笑っており、稲生先輩はやれやれと肩をすくめている。



「…………えっと、これ……つまりどうしたらいいの?」



稲生はモニターと僕、それに先輩たちの方を目まぐるしく見ている。



「……まぁ、大丈夫じゃないかしら?」


「だな。とりあえず予定通りパーティ組んで頑張れってことだろ」


「……んー……でも、お父さん怒ってたし……いくら何でも殴るとか言わなくても……」


「「……はぁ」」


「本当に呆れるわよね、お父さんったらまったく頑固なんだから……」



いや、今の二人のため息はお前に対してだぞ、稲生。


まぁ、敢えて言わないけど……



「……色々と、お騒がせしてすいません」


「いえ、こちらこそごめんなさい。


私たちの早とちりで…………でも、歌丸くん、さっきの心臓のこと……本当に大丈夫なの?」


「はい、大丈夫です。チーム天守閣のみんなで体育祭前に話し合って何とかするってことになったんで。


具体的な方法は……まぁ、結局迷宮攻略するしかないんですけどね」


「まぁ、普段からドラゴンと戦うことを目標に据えてれば今更そこまで悩むほどのことじゃないよな、それは」



まぁ、確かにドラゴンと戦って勝利することと比べれば霊薬エリクシルを手に入れることも……別に、ねぇ。



「……私、聞いてなかったんだけど?」



不満顔で僕を見てくる稲生。


ちょっとむくれているのが可愛い。



「お前加入決まったの昨日だろ。話す暇がなかったんだって。


まさか出会い頭に『僕卒業後に死ぬけどよろしくね!』とか言われても困るだろ」


「それはそうだけど……う~~~~~……!」



理解はできるが納得はできない、という風な反応である。



「ひとまず、今日のところは僕は帰ります。


……土門先輩、後で画像送るので、牧人さんの方に転送しておいてください」


「あー、わかった」


「? 何の話」

「ちょっと別件」

「ふーん」



この子ちょっと騙されやす過ぎませんかね?



「まぁいいわ。


じゃあ、お姉ちゃん、私歌丸を北学区に送ってくるわね。


あと、北の寮に休み中に移ろうかとも思ってるんだけど……」


「その辺りは、戻ってから落ち着いて話しましょ。


お父さんともまた通信する予定だし、その時ちゃんとナズナも話しましょう」


「わかった。じゃあ歌丸行くわよ。ほら、シャチホコちゃんも」


「おう」「きゅ」





歌丸連理が稲生薺、そしてシャチホコと共に部屋を出ていく。


それを確認し、柳田土門は再びパソコンを操作して稲生牧人との通信を再開する。



「どうでした、連理は?」


『とりあえず変態であることはわかった』


「もう、お父さん」


『露出狂じゃなくて獣耳狂いなのは認めてたし、お前たちもなんか納得してただろ』


「……まぁ、そうね。歌丸くん、そういうところあったわね」



獣耳が絡んだ歌丸連理の行動を思い返すと否定できないのを二人とも思い出す。


……そして冷静に考えると、彼のその行動の発端を作ったのは自分たちにもあるのでは、と考えてしまう稲生牡丹であった。



「でもナズナのことは大事にしてくれるわ。


……文字通り、命懸けで」


『……牡丹、本気でナズナのこと心配した結果、あいつに任せるのが最善だと思ったのか?』


「うん。私たちは来年以降はここにはいない。


他の後輩たちも信頼はできるけど……その人たちも再来年にはいなくなる。


だったら、同年代でずっとナズナを守ってくれる人……守ってくれるだけの人脈を持っている歌丸くんが最善なの」



「ああ、こんな利用するみたいなやり方は……正直俺も嫌だけどさ……色々と話し合ってやっぱりこれが最善だと思うんです。


連理はこの学園で危険の中心にいるけど……だからって連理と関係のない人が安全である保障はこの学園には無い。


危険になるかもしれないっていう予兆すら与えられずに、死ぬ可能性だってある。


だったらいっそ、ナズナは連理とくっつけた方が安心できる。


それが俺と牡丹の結論です」



二人の真剣な言葉に、稲生牧人は面白くなさそうな表情をして両手を組む。



『……どっちにしても、卒業して会いに来たら俺はあいつを殴る。それはもう決定だ』


「わかってますってば」


「ふふっ……ナズナの変に素直じゃない所ってお父さん似よね、やっぱり」


『ひとまず一緒にいることは認めるけど、それだけだからな!


絶対にその先とか、俺は認めないからな!!』


「ええ、俺たちが在学の間は節度を守るように言っておきます」


『卒業までだからな! 土門くん、牡丹、絶対にナズナちゃんにその辺り強く念押しするんだぞ!!』



稲生牧人は歌丸連理のことを改めて今日知った。


そして嫌いになった。


だが、同時に一つだけ認めた。


彼が生きて、娘を守って自分に会いに来るということを。


その日が来るまでは、稲生牧人は歌丸連理が嫌いであり続けるのである。



『ってか五股するとか言ってるけど、それはマジで俺許さんから。


あいつぶん殴るから、歯が折れる位は殴るから。それは今から覚悟しとけと伝えといてな』


「「あ、はい」」



……その日が来てもやっぱり嫌い続けるかもしれない。

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