第305話 ヒステリー、バカップル、戦闘狂 生徒会女子は魔境
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歌丸連理と稲生薺が南学区にて色々と話し合ってるその間、とある通達が北学区にいの一番に届く。
「ああああああああああああああああああ!!!!」
そしてその通達の意味を理解したと同時に、一人の少女が狂乱した様子で机に並べていた書類を部屋中にぶん投げた。
少女の名は
北学区の二年生副会長にして、現生徒会の運営の実権を握っている責任者
別名、北学区随一の犠牲者である。
そして現在彼女が部屋の中にぶちまけているのは、この夏休みに実施される予定の
「め、メイメイ、落ち着いて、ね?」
普段は自由気ままな金剛瑠璃であるが、流石に今のヒステリーを起こした明依を前におふざけできなかった。
なんせ、ここ数日の彼女の張り切り振りを知っていたのだから猶の事だ。
GWのクリアスパイダーとの一戦を犠牲者0で解決したことのように、今回の大規模戦闘では不足の事態もなく、怪我人すら最低限度で犠牲者0になるような作戦を何十……いや、下手をすると百を超えるパターンを想定して作っていたのだ。
だが、それがすべて無駄になった。
なぜならその作戦は、とある大前提があることが条件なのだから。
「卒業後も学生証と制服を所持できるクラスへの在籍する権利、か……」
「それは誰だって欲しいだろ……」
そして狂乱する後輩女子をしり目に、通達の内容を確認する三年の来道黒鵜と会津清松
「ふっふ~ん……これは随分と、今年のレイドは荒れそうじゃない」
そして物凄く珍しく生徒会に顔を出している生徒会長の天藤紅羽は、その通達に喜色満面である。もうニッコニコである。
「特権だらけのクラスへの在籍する権利……それもドラゴンが裁量で選ぶとなれば……当然、成果を求めて戦うわよね」
「確かに……安全策とはいえ、個人での武功が評価されにくい氷川の作戦に応じるとは考えにくいな」
そう――すべては、参加者がこちらの作戦に従ってくれるという、いたって当然の大前提だったのだ。
しかし今、それが完全に崩された。
世界的な特権と認識される学生証の存在と、世界最強の鎧である制服が手に入れられるという爆弾的な特権によって。
まだ公開こそされていないが、明日にはこれが学園中の生徒が知ることとなる。
そうなれば何が起こるか、考えるまでもない。
大混乱必至。
とてもとても、氷川明依の考えた作戦に従ってくれるような状況にはならない。
「おのれ歌丸連理ぃいいいいいいいいいいいいいいい!!!」
「いや今回あいつ悪くないだろ……」
「いいえ、奴のせいです!
だってここに名前が書いてあります!!」
通達された内容がまとめてあるプリントには、確かに歌丸連理の名前があるが、そこにあるのはあくまでも歌丸連理を中心としたクラスを作るという旨のみであり、決して歌丸連理が特別クラスの在籍者を決められるなどの権利を持っているという内容ではなかった。
「ぉ、ぉお……」
血走った白目に瞳孔開き気味の氷川明依の普段ではありえないような言動に思わず気圧される会津清松
そっと小声で来道黒鵜に確認を取る。
「……なぁ、そう言えば氷川ってこのところずっと夜遅くまで生徒会室に残ってたが……どんくらい働いてんだ?」
「昼間は生徒会の通常業務と、今回の合宿運営の報告連絡のまとめと必要な物資手配……この辺りは歌丸たちのおかげで例年よりだいぶ楽になってるんだが……氷川のヤツ、その後自主的に残って作戦練ってたからなぁ……仮眠はしてるが、もう五日間はベッドで寝てないはずだぞ」
「なんでこいつセルフでブラック労働してんの……?」
「GWや体育祭の歌丸たちの活躍に、少なからず対抗意識燃やしてたんだろ。
本人も、自分の作戦を歌丸たちに利用されたって認識だから、今度は逆に歌丸たちを自分の作戦で利用してやるって意気込んでいたからな……それがぶっ潰されて反動でヒスるのも、無理はない」
「あー……あいつ二年になってからあんまり戦闘で良い所なかったし目立たなくなったもんな」
体育祭前の模擬戦が、今のところ一番目立った活躍ではないだろうかと清松は考えるが、それすらも今まさに氷川明依を落ち着かせようとしている金剛瑠璃の大魔法のインパクトには負けていた。
「意外と自己顕示欲と承認欲求が高いんだよな、氷川って」
「まぁそんなことよりさ、二人はこれ、どうする?
もしかして、二人とも大規模戦闘に参加しちゃう?」
「「…………」」
確かめるようなその言葉に、来道黒鵜も会津清松も渋い顔をした。
「あ、先に言っておくけど私は今回参加しないわよ。
だってすでに歌丸くんの特別クラスへの在籍する権利貰ってるんだから……大規模戦闘参加の条件がその返上なら、流石に私だってもったいないって思うもん」
そう、氷川明依が更に狂乱してる理由がこれだ。
ドラゴンが独自の裁量で、すでに一部の生徒には歌丸連理中心の特別クラス編入が確定しており、その対象者の名前も記載されている。
その対象者は――
北学区生徒会長『ドラゴンメイデン』天藤紅羽
北学区生徒会副会長『次元切断』来道黒鵜
北学区生徒会会計『
北学区生徒会書記『デストロイヤー』金剛瑠璃
対人戦最強の『ガンナー』灰谷昇真
ドラゴン抹殺という狂気に挑む『ベルセルク』榎並英里佳
人類の希望『ルーンナイト』三上詩織
そして今回の特別クラスの中心である歌丸連理
この八名が現時点ですでに権利を手に入れている。
さらに歌丸連理を覗いた七名は、大規模戦闘に参加する場合はその権利を捨てることとなることまで明記されていた。
現時点でのこの学園においてトップクラスの実力者に、実質参加するなと通達を出して来ているのだ。
参加者たちが作戦に従ってくれる可能性、そしていざという時のためのレイドボスを撃破するための最高戦力
その二つの支柱が一気に崩されかけているのだ。
基本的に来道黒鵜も会津清松も善良な人間であるが……それでも自己を犠牲にしてまで他人を助けたいと思うほど聖人のような精神の持ち主でもない。
参加しないとは言わないが……可能なら参加しなくても良い方向で話を進めたいのだ。
「制服のデザイン変更も自由ってことは、私服として日本で着続けることも可能なわけよね。
流行りの服とかに変えられるなら、服の料金も抑えられてお得よね」
「……正直意外だな。
お前のことだから、学生証はともかく制服には興味を示さないと思っていたんだが……」
天藤紅羽は戦闘狂だ。迷宮攻略に精を出すのは、より強い敵を求めているからこそなのだ。
その彼女が、年に数回しかない大規模戦闘のボスを逃してまで制服を求めるというのは、来道黒鵜の知る天藤紅羽という少女の認識とは若干ブレが生じる。
「まぁ、正直制服はそこまで欲しくはないんだけどね。
そもそも私、ソラと融合すればステータスの防御力って制服じゃなくて体表の鱗に反映されるみたいだからなくてもそこまで不都合ないし」
彼女のドラゴンメイデンのスキルは、アドバンスカードにある。
そしてアドバンスカードについては、手に入れたと同時に卒業後まで所持を許可されているので、すでに天藤紅羽は人類最強の一角の強さを手に入れているのである。
「……なら、なんで大規模戦闘の参加を辞退する?」
来道黒鵜の問いに、天藤紅羽は微笑を浮かべたまま窓の外に視線を向ける。
そこからは夕焼けに染まった校舎や、チラホラと夏季休暇中ながら自主トレや勉強のために校舎にいた生徒が寮やアパートに帰っていくのが見える。
「私ね、思うのよ。
ドラゴンを倒す場合の戦力って、現時点でどれくらい必要になるのかって」
「……俺からすれば、学園全員の戦力をつぎ込んでも足りなさそうだけどな」
「そうね、少し前なら私も漠然とそう思っていたんだけど……でも、今ってぶっちゃけドラゴンの急所を見つけることと、物理無効っていう攻撃手段、それに空間干渉が必要で……現時点でこの三つはそれぞれ達成できてるでしょ?」
「まぁ、そうだな」
丁度、大規模戦闘の時期に重なるように転校してくる神吉千早妃ならば、ドラゴンの本体を見つけられると、ドラゴン本人が言っていた。
物理無効については、榎並英里佳と、まだ修得はできてないが時間で解決されるであろう三上詩織
次元干渉については、すでにエージェント系のスキルを極めると魔法とは異なる形の転移方法が発現するということを体育祭で公表したので今後も出てくる可能性は高い。
そもそも現時点で歌丸も似た様な事をしているので、あれを攻撃に転用する方法を見つけられればすぐにでも解決することだろう。
「あとは時間停止対策だけど……まぁ、とにかく……ドラゴン相手にはいくら対策しても足りない位の能力が必要になるわ」
「それは同意するが……それとお前が大規模戦闘に参加しないこととどう関係がある」
「ぶっちゃけね……私、もう少し時間かければ私とソラで弱点を見つける以外のドラゴン対策は可能だと思うのよ。
物理無効スキルだって、まだ修得できてないけどソラのスキルの中に発現を確認したわ」
「なっ……」
「え……」
「は……」
黙って話を聞いていた会津清松、金剛瑠璃、氷川明依も、流石にこの発言は見逃せなかった。
「ミィス種、だったか……確かにとんでもない存在だもんな、ソラは」
ドラゴンが、人類に対するハンデとして残した正式なドラゴン攻略のための手段の一つ。
ミィス種。
パートナーである学生の気持ちに応え、独自で進化して力を獲得するその生態は、歌丸連理の持つスキルを獲得するスキル“
「でもね、本当の意味でドラゴンを殺すなら……やっぱりドラゴンが与えただけの力じゃ足りない可能性があるって考えるようになったのよ。歌丸くんを見ていて」
「あいつの力も、元々はドラゴンの力だろ」
「エンペラビット……あれって、結局はこれまで学園で死んだ人間の力みたいなものでしょ。
それもドラゴンの力?」
「……微妙なラインだな」
人の魂という存在は、昔から定義があいまいだったが……少なくとも、この学園において、特に迷宮で死んだ人間の魂はエンペラビットになるということだけは確定した。
人間の魂――つまりは人間の存在が根幹にあるが、そこに一切ドラゴンが関わっていないかと言うとそれもまた断言はできないのである。
「そう、微妙なの。
別に純粋な人類の力じゃドラゴンには刃が立たないのは二十年前に証明されてるんだから私だってそこに拘ってないわ。
私が今の力を手に入れたきっかけは、歌丸くんたちの活躍を見て、私が力が必要だという判断をソラが汲んでくれたからなの。
だから私はね、ドラゴンに与えられた力を人間がどう使うのか、どう発展させるのか……その多様性こそがドラゴンを殺す上で必要なプロセスだと思ったのよ」
入学時点で、歌丸連理という存在はそもそも北学区にいるべき人間ではなかった。
異物といっても良い。
しかし、榎並英里佳は成り行きとはいえ彼の存在を受け入れ、ともに迷宮に進んだ。
それがあったからこそ、彼は今、エンペラビットと出会い、力を手に入れ、本来死んでいたはずの榎並英里佳がドラゴンを殺すための明確な力を手に入れるに至った。
入学時点で、北学区に入るための制限がなかったからこそ、効率度外視の多様性が今の彼の起点となっている。
「理屈はわかったが、まだお前が大規模戦闘に参加しない理由には直結しないぞ」
「多様性よ。
もしかしたら今回の大規模戦闘で、私たちの予想を超える誰かが力を発揮するかもしれない。
死の恐怖の中でも、力を求め続けることができるなら……きっと、私たちが予想もしなかった力を見つける誰かが出てくるはずよ。
そういう存在を、私は探してるの。ドラゴンと戦うために」
「……お前、わかってるのか?」
「何が?」
「お前、その考えは…………いや、いい」
来道黒鵜は途中で言葉をひっこめた。
もし今それを指摘してしまえば、何か決定的なことが起こるかもしれないと思ったからだ。
――ドラゴンの考えとまったく同じだろ。
ついさっきまで出掛かったその言葉が、現実にならないことを来道黒鵜は祈る。
(なまじドラゴンメイデンなんてのになれるようになれるからな……流石に冗談でも笑えないだろ、それは)
もし彼女がそうなってしまったら――その時自分は、彼女の傍らにいられるのかと……そんな漠然とした不安が来道黒鵜の胸中に渦巻くのであった。
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