第306話 歌丸連理の価値①
まさかまさかの稲生家の父親との面会の後日のこと
稲生は北学区の寮へと移動手続きが完了した。
また、今日は生徒会の仕事終了後に、稲生が正式にチーム竜胆からチーム天守閣に移籍することについても話し合う予定だったのだが……生徒会からの呼び出しで僕たちは北学区の校舎に来ていた。
緊急事態ということで、今日の生徒会としての業務は一時中断
そして知らされたのは、寝耳に水の僕、歌丸連理を中心とした特別クラスが作られるということ。
これはドラゴンではなく、人間の教師陣からの発案と聞いてちょっと驚いたが……問題なのはその後だった。
なんでも、特別クラスについての会議をしている時に、ドラゴンが乱入してきてレイドの成績によって特別クラスへ編入できるようにしたのだとか……
しかも、特別クラスに在籍した特典として……卒業後に制服と学生証を保持したままにできるようになるという。
制服の重要性は、以前西学区の模擬店にて、白木先輩からよく聞かされたので僕なりに理解しているつもりだ。
「……で、すごく大事だとは思いますけどなんで皆さんそんなに深刻そうなんですか?」
「――――」
「氷川ステイステイステイ!! ノータイムで矢を番えるな!!」
「今回は歌丸悪くないって何度も言ってるだろ!!
お前らも落ち着いてくれ、頼む、こいつ今相当に追い込まれてるんだ!!」
氷川が血走った目でこちらを睨んで矢を番え、即座に英里佳と詩織さんが武器を構え、一方で氷川を来道先輩と会津先輩の二人掛かりで抑えこむ。
「まぁ、一応歌丸くんに直撃させないように構える程度に理性は残ってるようので……」
「そうね……今のはちょっと連理も無神経だったし……」
一方で英里佳と詩織さんもなんだか納得している様子だ。
というか凄いな、あの一瞬で矢がどこに飛ぶのか理解したのか……
「ひすてりー」
「ああ、こわいな」
でも流石にいきなり矢を飛ばして来るとかとんでもなく物騒で、僕の傍らにいたシャチホコが氷川を指さし、僕も同意する。
「――殺す」
「鎮静剤! 鎮静剤持ってこい!
そしてそこの兎耳! 今の氷川を煽るな!」
「れ、レンりん、悪いんだけどシャチホコちゃんはアドバンスカードにいれてて……」
「あ、はい」
「むぅ」
シャチホコは不満げだったが、瑠璃先輩に言われたら仕方がない。
シャチホコをアドバンスカードの中に戻し、一方で氷川が何やら錠剤を口に放り込んで噛み砕きながら水を飲む。それ、飲み方合ってる?
「連理、この状況で学生証と制服の特典がついてる特別クラスへの編入する権利がレイドの成果によってもらえると聞いたら、どうなると思うのよ?」
なぜか子供を諭すような語り口で僕に質問をしてくる詩織さん。
「そりゃ、やる気が出るんじゃない?」
「そうね、確かに凄くやる気になるわ。
でも問題なのは、その特別クラスには誰もが入れるわけじゃない……となると?」
「えっと…………」
「ソシャゲーの上位ランク報酬」
一体何が問題なのかと首を傾げ、視線で戒斗に助けを求めると、的確な答えが返ってきた。
「なるほど、奪い合いになって統率が取れなくなるのか」
「……まぁ、そういうことよ」
おかしい。正解したはずなのに詩織さんがより残念な子どもを見るような目で僕を見てくる。
「そういうことよ……ええ、そういうことなのよ、全部全部、台無しになってんのよ!」
ガンガンと机をたたいて叫ぶ氷川。怖っ。
僕だけでなく、チーム竜胆の面々で、一番図太そうな壁くんまで目を見開いている。相当だな、これは。
そしてちゃっかりこの場に混ざっている稲生が僕の傍に来ている。
「氷川、やっぱりお前は休んでいた方が……」
「いいえ……この場で歌丸連理が変に暴走しないか見張らせてください」
いや、誰の目から見ても一番暴走しそうなのはお前だろう……
そう思ったのは僕だけではないはず。
「そうだな……ああ、そうだな」
来道先輩、なんで今二回言った? しかも即答で。
そしておかしなことに僕の周囲の誰も奴の言葉に一切反応を見せない。完全に黙認されている。
え……僕ってあんなヒステリー起こしてる氷川以上になんかやらかすと普段から思われてたの?
「思われてるよ」
「今更でしょ」
言葉にしてないはずなのに、紗々芽さんと稲生が僕の疑問を回答してくる。
以心伝心でこんなに悲しくなることってある……?
「とりあえずここから先は俺が説明する。
先ほども言った通り、俺を含めてこの場にいる7名が特別クラスへの編入が確定している。
そして……歌丸以外はレイドへの参加するには編入する権利を放棄することが条件とされている」
「「……」」
チーム天守閣で権利を持っている英里佳と詩織さんは何とも言い難い表情だ。
「だが、流石に俺たちが全く参加しないとなると一般生徒への被害がでる恐れがあるので……歌丸以外のメンバーは最後列――つまりは最終防衛ラインでならば権利を放棄しなくても参加することができるように学長と交渉した。
……ちなみに灰谷の奴は普通に最前線から参加するらしいぞ」
「まぁ、あの人ならそうするッスよね……
……ん? ってことは、先輩方はその最終防衛ラインにいるってことっスか?」
自分の師匠に当たる灰谷先輩の行動に納得しつつも、今の来道先輩の言葉に疑問を持った戒斗
その質問に、なんとも苦い表情を見せる来道先輩と会津先輩、あと瑠璃先輩までも表情が暗い。
「この状況、下手に前に出ると余計な混乱を招く恐れがある。
特に混戦が予想されるからな、瑠璃の大規模魔法で他の生徒が犠牲にならないとも限らない」
「というわけで、生徒会長命令で英里佳と三上さんも前線に出ちゃ駄目でーす」
「は?」「なっ」
割り込むように宣言する天藤会長に、英里佳は苛立ちを覚え、詩織は絶句する。
「正気ですか? チーム天守閣の攻撃の要の二人がいないとそれはチームとしての機能が出来なくなります」
「稲生さん――マーナガルムがそちらに移動するらしいじゃない。昨日、わざわざ南の生徒会に挨拶まで行ったんでしょ、歌丸くんが」
紗々芽さんの質問を窘めるように言い放つ会長。
その一方で、鬼龍院は僕たち……というか僕を睨む。
「どういうことだ、歌丸連理?」
「いや、今日の業務終了後に伝えようと思ってて……」
「……はぁ……」
怒鳴られるかなと思って思わずしどろもどろになってしまったが、鬼龍院は思ったよりも反応が薄く、そしてどこか残念そうな反応である。
「今日はお前のおごりで豪華ディナーだなレンや~ん」
「……わかってる。そしてレンやん言うな」
ポンと、ダイナマイト君こと萩原渉から肩に手を置かれてからかわれている。
「え……あの……いいの?」
そんな仲間たちの反応に、稲生はキョトンとした表情である。
「いや、あれだけ仲の良さを間近で見せつけておいて何を今さら……まぁ、俺と大樹は夏休み明けくらいかなと予想していたんだが……」
「ちなみに俺、麗奈ちゃんは夏休み中だって予想してたぜ」
どうやら彼らの中でももう稲生がこちらに移籍すること自体はほぼ決定事項だったらしい。
「あとお二人の昨日の様子が掲示板で話題になっておりましたよ」
「「掲示板?」」
なんのことかと僕も稲生も首を傾げる。
そんなところに会津先輩が呆れ気味な様子で掲示板を表示している学生証を見せてくれた。
「あのな……今のシャチホコがどんだけ異常なのかわかってるのか?
本来この学園には高校生以上の人間しかいないはずなんだぞ。
そんなところに一見幼児にしか見えないシャチホコがいたら、妙な勘繰りされるに決まってるだろ」
『速報☆歌丸連理×稲生薺 第一子!?☆速報』
そんなタイトルの掲示板に様々なコメントと、昨日の僕たちが南学区で移動してる姿の写真が掲載されている。
……昨日はやけに人目が多かったと思ったが……そうか、僕というよりシャチホコが目立っていたのか。
「な、ななななななな!?」
一方の稲生は物凄く取り乱している。
「……もしかして、これを狙ってシャチホコを出しっぱなしにするように念押しした?」
一方で僕はこの事態が作為的な気がして紗々芽さんに確認する。
一方の紗々芽さんは普段と変わらずにやわらかに微笑む。
「え、なんのこと?」
「……あ、うん、なんでもないです」
確信犯だな。
そして視線を英里佳と詩織さんに向けると、目が泳いでるのが見えた。
黙認してらっしゃる。
まぁ、三人とも盛大に目立つのは得意じゃないし……おそらくは、僕を対象にしたハニートラップ対策として、敢えて稲生を目立たせて弾避け代わりにしたのだろうか。
本人に聞いたら怒りそうだから黙ってよう。藪蛇やだし。
「不純異性交遊の通報があって、俺が対応させられたんだが」
「マジですいませんでした」
それはマジで申し訳ない。
会津先輩に素直に頭を下げる。
「ンンッ……話が脱線したが……結局のところ統制は既に不可能だと判断し、俺たち生徒会と榎並、三上は後方で待機。
前線が突破された場合の最後の砦として、レイドボスの後始末を担当する」
来道先輩は淡々とそう語るが、この場にいる多くの者たちが納得いかない様子だった。
「ちょっと待ってください」
当然、それは僕もだ。
「それは、前線で戦う人たちを見捨てるってことですか」
「人聞きが悪いな、歌丸くん。
個人の自主性に任せるんだよ」
ニヤニヤと笑う天藤会長
その姿が、ドラゴンと異様にダブる。
「みんな学生証と制服という、未来へのプレミアムチケットが欲しい。
命を賭ける価値があると、その人たちは判断して、戦うんだよ。
そんな言い方するなんて、その人たちに失礼じゃないかな?」
窘めるようなその物言いとは裏腹に、愉悦に目を細める会長のその姿に、僕はドラゴンが人類に向けた悪意無き害悪を感じる。
「みんな、君のために戦うんだよ」
「なっ……」
音もなく、胸を刺されたような錯覚を覚えた。
「だってこれって、要するに歌丸くんのための特別クラス編入のための試験でしょ。
そのために頑張る人たちなんだから、むしろ歌丸くんがこの場で一番応援してあげなきゃ」「紅羽、黙れ」
来道先輩が止めに入るが、一方で僕は息苦しくなって胸を抑える。
末端から熱が徐々に奪われていくような気がして、微かに手が震え出すと……すぐに英里佳が僕の手を握ってくれた。
「歌丸くんのせいじゃない。悪いのはドラゴンだけ」
「そうよ。あんたはむしろ学園長のダシに使われただけ。被害者よ。
あんたが思い悩むのは筋違いよ」
英里佳の言葉に賛同し、詩織さんも僕の肩に手を置く。
たったそれだけで、少しだけ息苦しさがまぎれた気がした。我ながら本当に単純だ。
「……歌丸、こんな言い方は卑怯だが……俺たち人間は全知全能じゃない。
俺たちがいくら強い力を持っていてもお前みたいに場の流れを変えられないように……お前一人だけでは、満足に戦えないようにな」
「だからこそ、前に出て戦うべきじゃないんですか!
僕のスキルなら、会津先輩だってかなり強化されますよね! 来道先輩の強力な攻撃もある! レイドボスなんてすぐに片付けられます!」
「そんな単純なレイドボスを、あの学園長が用意すると思ってるのか?」
「そ、れは……」
「……お前が戦ったって言う天使みたいに、俺たちに合わせて強くなる敵だって、学園長なら用意できそうなものだがな」
確かに、自称神を名乗るディーという組織の存在ができたことが、あのドラゴンにできないという保証はどこにもない。いやむしろ、できるけど今までやらなかっただけという可能性の方がよっぽど高い。
「だいたい、俺たちが下手に前に出ると、いざとなれば守ってもらえると期待して、もしかしたら活躍できるかもしれないという実力不足な奴も前に出る。
それならいっそ、俺たちは守らないという警告を出すことで、自制を促すしかないんだ」
「そんなの、無責任じゃないですか!」
「……レンりん、私たちもね、何とかする方法がないか昨日からずっと考えてたの。
でもね……他に方法が思いつかないの」
「っ……」
よく見れば、氷川以外の生徒会のメンバーは全員目元にうっすら隈が……訂正、会長以外の全員が寝不足な様子だった。
そうだ……この人たちは、会長以外はみんなすごいいい人だった。
会長以外は、本当に心から信用できる人たちばかりだ。
氷川だって、僕は気に食わないところもあるが、性根は善人だって知ってる。
そう……この場にいる人間で、会長以外は最善を尽くしているのだ。
「――ひとまずレイドに向けてできる限りの対策と、その告知をするから……お前たちの意見を聞かせてくれ」
その後の会議は……結局、碌な解決案が出ないまま、終わった。
――レイド開始まで、残り13日
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