第307話 歌丸連理の価値②
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実りの無い会議が終わってかれこれ二日経過した。
その間に何もしなかったというわけではないが……正直、焼け石に水といわざるを得ない。
前線での生徒会主力抜きでも連携を高めるため公開訓練の実施と参加者の募集。
主に僕と紗々芽さんという広範囲にバフを配れる有用性と、英里佳たちには及ばずとも火力の高いギルド風紀委員(笑)の下村先輩や、チーム竜胆の鬼龍院麗奈さん、マーナガルムのユキムラを前面に押し出した氷川の考えた作戦で動くこと。
前線で自分たちに協力すれば利益があるぞと、この訓練を発信することで無駄な犠牲を減らそうという思惑があるのだが……正直評判は芳しくない。
すでに特別クラス編入が確定している僕はともかく、他の面々……特に作戦を考えた氷川へはバッシングが酷い。
犠牲を少しでも減らすための呼びかけなのだが……実績を求めている人たちにしてみれば目の上のたん瘤という感じだ。
直接的な被害は無いが……陰口や掲示板での叩かれ方が酷いものである。
求めている人が少ないこの状況での訓練は最早、やらないよりマシというより僕たちの気休めのためにやっていると言った方が良いかもしれえない。
「はぁ……」
飲みかけのスポーツドリンクを口から離すと、重いため息が自然と零れた。
「歌丸くん、大丈夫?」
「あ、うん……僕は全然。
それよりは、紗々芽さんこそ大丈夫?
結構スキル使いまくってるけど……」
「ドルイドの強み、かな。
迷宮の外で陽気も良いからララのおかげで魔力もすぐ回復するから平気だよ」
「ドルイドとドライアドの組み合わせは有名だったけど……実際ここまで凄いものなんだね」
どちらも植物に関する能力だ。
周囲の植物を操るドルイドの紗々芽さんが、ララと植物を同調を強め、ララは周囲の植物が光合成で得た余剰エネルギーを吸収し、それを魔力に変換して紗々芽さんに流す。
「まぁ、歌丸くんの農業スキルあってのものだけどね」
本来、この中央広場は石畳となっているのだが……レイドに備えて大量の土が巻かれて、芝生状態になっている。
土門先輩から受け継いだ農業スキルによって、わずか二日で石畳の地面が芝生に早変わり。
……これ、ガチで将来食っていける職業の一つになるのでは?
などと下らないことを考えつつ周囲を見回す。
一応前線基地に行くための場所は残しているが……もう青々としている。
サッカーやりたくなるね。実際にやったの小学校低学年までだけど。
「はっ、はっ、はっ、はっ」
ユキムラはゴロゴロと芝生の上を転がり……
「ふむぅ~」
そんなユキムラを枕にするシャチホコ
「きゅぽっぽ」
「きゅぷぷぅ」
その周りを走り回るヴァイスとシュバルツの子兎コンビ
そして…………
「――はー! はー! はー!」
そんな平和な光景を鼻息荒くして見つめている不審者
……物凄く残念ながら、我が住まいの男子寮の寮母さんの白里恵さんである。
今回、僕たちの訓練の様子を撮影し、寮生たちにお知らせするための広報担当として手伝ってくれる。
寮の仕事だって楽ではないはずなのだが……休憩時間の度にシャチホコたちの様子を撮影したいからやらせて欲しいと手を上げてくれた。
物凄くありがたいんだけど……女性としてその表情は大丈夫なのだろうか。
「まーだ悩んでんの、あんた?」
白里さんの光景に内心でドン引きしていると、後ろから稲生が話しかけてきた。
「他人のことグチグチ悩んでる暇、私たちにだってないのよ。
あんたはともかく、私や紗々芽、それに日暮くんだって今回のレイドで実績出さないといけないんだから」
「それはわかってる。
他の人と、稲生や紗々芽さんを天秤に掛けられたら、僕は迷わず二人を取る。
優先順位は絶対に間違えない」
結局、僕は聖人とは程遠い精神性の持ち主なのだ。
「これは僕の我儘で、未練だ。
どうしようもないって、頭では何度も結論は出てるけど……それでもなんとかならないのかって、考えずにはいられな…………え?」
紗々芽さんに顔を触られたかと思えば、そのまま後頭部を包まれる形で引っ張られる。
「むっ」
言葉通りに稲生がむっとしていて、僕はそれを見上げ態勢になった。そして後頭部にはやわらかな感触。
「いい子いい子」
「……紗々芽、さん?」
なんか急に紗々芽さんに膝枕されて、頭をなでなでされてしまった。
なんだこの状況。もっとお願いしま――げふんげふん……!
「できることが増えると、責任も増えるけど……歌丸くんの場合、できないことが多いのに気負い過ぎだよ。
まぁ、歌丸くんの場合、周囲に期待されちゃうから何とかしなくちゃって思っちゃうんだよね」
「いや、僕は別に……」
「何とかするためのスキル……発現しないかなって考えてない?」
「………………」
それは、否定できない。
これまでどんな絶望的な状況の中でも、僕はスキルによって打開してきたわけだから……
「歌丸くんの力は、そういうのじゃないよ。
今まで歌丸くんが今の自分を信じて、今の自分で何とかしようとして、その結果としてスキルが発現してきた。
初めから都合のいい新しいスキルを頼りにして行動してきて痛い目には何度も合ってない?」
「それはまぁ、確かに」
英里佳と最初にあったときとか、スキル一つもなかったのに我武者羅にやって、偶然と奇跡が組み合わさって僕は“
しかし……冷静に考えると新しいスキルを狙って出せたことって一度もないか。
一回目の遭難したときとか、あの時は何とかするスキルを何でもいいから発現しろって必死にもがいて、肉体をかなりイジメたけど……結局は詩織さんとしっかり話し合った結果スキルを得られたわけだし。
「一発逆転の奇跡を狙うより、堅実に今できることをこなしていく方がよっぽど有益よ」
「うん……そうだね」
稲生の言う通りだ。
今で切ることをやる。それ以上のことなんて、望んだところでどうせできないし、時間の無駄だ。
それに、この訓練にだって呼びかけに応じて参加してくれてた人だっている。
せめてその人たちだけでも守れるように、僕が上手く立ち回ればいいんだから。
「――歌丸くん」
呼びかけられ、僕は名残惜しい気持ちを我慢して起き上がると、生徒会役員の一人である湊雲母先輩がこちらに来ていた。
「湊先輩、どうかしました?」
学園でも珍しい、回復特化のクレリックである先輩は、戦闘力こそほとんどないが生徒会役員としての地位を確立しており、普段から怪我の多い北学区の生徒の治療に当たっている良識者。
一部では聖女とか呼ばれて崇拝されているとか……
「今回の作戦だけど、歌丸くん基本的な動きのパターンは覚えた」
「……はい! 頑張ります!!」
「覚えられなかったのね……」
前向きに答えたがやはりだめだったか……
いやでも、言い訳をさせて欲しい。
基本的に僕って直接戦うわけじゃないけど、僕のスキルって僕を中心に範囲内にいる人たちに効果が及ぶわけで……全体の動きを見て僕がそれに合わせて効率的なバフを配っていくわけだ。
そのためには、レイドボスの動きにもよるけど、常時動き回る必要があるし、今までの経験から僕が付け狙われるのは確実だ。
つまりどういうことかというと……敵の種類と動きを想定して僕が動くパターンが半端なく多いってことだ。
他の面々は一定の場所に待機して僕がそこに誘導する形になるわけだから、そちらは難しくないけど、こっちは先ほどから頭を使いまくって中央広場の中を走り回っているのである。
スキルによって肉体は疲れなくても、頭がパンクしそうだ。
「あ、それなら私が全部覚えたので大丈夫ですよ。
いざとなれば私が歌丸くんに命令して動かしますので」
あれ、ここまで僕が頭を使って走った意味は……?
いや、確かに紗々芽さんって僕よりはるかに学力高いし……
「そう、なら丁度良かった。
歌丸くん、今日の晩御飯からレイド本番までこのメニューを守ってね」
「? はぁ……わかりました」
手渡されたプリントを頷きつつ受け取る。
トレーニングメニューかな?
基本的に学生の身体能力は、学生証から受けられるステータス補正が主だけど、体を鍛えておけばその分も速くなるのは確かだ。
レイドに向け、少しでも僕を鍛えようということかな?
そう思いつつプリントに目を通すと……
「牛乳毎食コップ一杯、豆腐ハンバーグ、きくらげの卵とじ、エビとブロッコリーのサラダ、サケの包み焼き、納豆、カレイの煮付け、ホウレンソウのおひたし……期間中のカフェインやスナック菓子の摂取は厳禁……
一日一時間以上、日光を浴びながらの運動と、適度な水分補給…………あの、なんですかこれ?」
てっきり激しい運動メニューとかを想定したんだけど、どっちかと言うと食事に関するものばかりだ。
「歌丸くん、この間の体育祭で疲労骨折したでしょ」
「ええ、まぁ……そうですね」
「今回のレイドでも同じことが起きたら、本気でまずいと思うの。
歌丸くんのスキルポイントって、身体能力の強化に殆ど使えないでしょ」
真実が一番人を傷つける。
そう、ステータスの伸びは、その人の
詩織さんみたいな戦士系ならば力や耐久が上がりやすく、紗々芽さんみたいな魔法系ならば魔力や精神、知性が上がりやすいという具合に。
僕の職業であるヒューマン・ビーイングは、ステータスの伸びがどれも低い。
先ほどスキルに頼るのは良くないと語り合ったところだが、スキルをいつでも覚えられるようにポイントをストックしておくのが賢いと言えるくらい、僕のステータスの伸びは滅茶苦茶悪い。
「つまり、歌丸がレイドでへましないように、骨の方を鍛えるってわけね」
「確かに……歌丸くん、肺活量と筋肉はスキルでいくらでもごまかしが利くけど、骨だけはスキルでどうにもならないもんね」
僕のスキル、効果は凄いんだけど、効果範囲がピンポイントなのが本当に厄介だよなぁ……
「学園の食堂に話は通してるから、しばらくはそこで食事してね。食べ残しは絶対に駄目だから」
「は、はい……」
「……もしかして、苦手な物あった?」
「いえ、そうではなくて……頭ではわかってるんですけど……もっと僕に他にできること無いのかなって思えてしまって」
「……あなたが焦る気持ちは、よくわかるわ。私も同じだし」
「湊先輩も?」
「強力な回復魔法が使えるからって……私は直接戦うことは無い。
今だって、怪我人が出た時の対応のために私も立ち回りの訓練に参加しているけど……それでもやっぱり自分が無力だと思えてしまうわ。
今だって、結局は歌丸くん頼りなわけだし」
聖女とか呼ばれる湊先輩でも、そんなこと悩むんだな……
「けど、だからといって焦っては駄目よ。
自分にできることを見失えば、本当に何もできなくなってしまうんだから」
「……はい」
そうだ……焦ってもしょうがない。
結局何度悩んだって答えが出ないんだ。
■
「ぎゅぎゅぅ……」
「きゅるるる……」
迷宮の暗闇エリアを先導する二匹の兎
ドワーフラビットのギンシャリと、エルフラビットのワサビ
その二匹が今、毛を逆立て警戒心を露わにしている。
その二匹の後ろいたのは、そこをヘッドライトを装備した状態で進む三人
現在地上で訓練を受けている歌丸連理、苅澤紗々芽、稲生薺とは別行動をしている。
「これも、天運って言うのかしらね……」
緊張から喉の奥が渇いていくのを実感する、三上詩織
「……前のより、少し大きい気がする」
狼の耳がピンと立って微かに毛皮が逆立っている榎並英里佳
「――あの学園長の気遣いだったんスかね。
俺たちが戦ったのって、少し弱めだったのかもしれないッスね」
そして、決意の眼差しで魔銃ジャッジ・トリガーを構える日暮戒斗
彼らは本来、大規模戦闘に備えて少しでも強くなろうとポイントを集めに迷宮に挑んでいたのだが……予想外の存在が、そこに現れた。
その視線の先にいる、その存在は……
【GUOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO!!!!】
ドラゴンスケルトン
迷宮二十層からの暗闇エリアに出現するエリアボス
竜種の迷宮生物が死亡し、その残った骨が迷宮に潜む亡霊や悪霊が操る
出現確率は完全にランダムのため、遭遇することこそ珍しい。
そして遭遇したら逃げることを推奨される危険な存在。
かつて、チーム竜胆の面々と協力して倒したエリアボスと同じ存在が、三人と二匹の前に現れた。
「どうする?」
「普通は逃げるところよね……でも」
英里佳も詩織も、すでにレイドウェポンを装備して身構える。
「絶好の機会、逃すなんて手はないッスよ」
「……正気?」
狂化スキル持ちのベルセルクである英里佳ですら、今の戒斗の発言に正気を疑った。
「エリアボス相手なら、倒さなくてダメージ与えるだけでがっぽりポイントが手に入る。
しかも奴の身体の一部でも手に入れれば強力な武器の素材になる。
まさに、今の俺たちにとっては打ってつけの素材ッス」
「……まぁ、確かに……普段どっかのお馬鹿がこれでもかって無茶してるんだから、私たちも少しくらい無茶しといた方が良いわよね」
「詩織まで……はぁ……安全策を最優先退路の確保、忘れないようにね」
二人の声を聞き、戒斗はジャッジ・トリガーを天井に向け、引き金を引く。
放たれた弾丸は、暗闇の部屋を照らし出す照明となり、激しく燃える。
「さぁ、行くッスよ!!」
堅実に今できる土台を固めていく歌丸連理
無茶を承知で新たな力を求める日暮戒斗
普段とは逆だが、対照的な少年二人は、必死に迫るレイドに備えているのであった。
――レイド開始まで、残り11日
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