第308話 歌丸連理の価値③
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「――何を勝手なことをしてるの貴方たちは!!!!」
その日の夜、氷川明依の怒号が生徒会役員室内に響き渡る。
そんな説教を受けて正座をしているのは三人
日暮戒斗
榎並英里佳
三上詩織
榎並英里佳はともかく、他二名に関しては氷川明依が怒鳴り声をあげるのはとても珍しかった。
その最大の理由は……
「たった三人で、しかも一年生だけでドラゴンスケルトンに挑むなんて、無茶を通り越して自殺行為よ!!」
前代未聞のエリアボス討伐に挑んだことが、バレたのだ。
まぁ、なぜバレたのかといえば……
「上に報告せずにこっそり武器を作って欲しいなんて……愚弟、あなた、私の経歴に泥を塗りたくるつもり?」
日暮戒斗の実姉である日暮亜里沙からのタレコミである。
そして、そんな彼女も静かにキレていた。
「突然ドラゴンスケルトンの翼の指骨を持ってきたかと思えば……こっそり加工して欲しいって……は?」
これまで声を荒げることは度々あったが、今の彼女は淡々としている。しかしその眼にはドロドロとした怒りが滾っているのは誰の目から見ても明らかである。
氷川明依が怒鳴りつつも目が冷たいのとは対照的である。
「まったく……榎並英里佳はともかく、三上さん、あなたまで何をしてるんですか?」
「……すいません」
自分でも無茶をした自覚があるので、素直に謝る詩織
一方で英里佳は一応頭を下げてはいるが、その表情は無関心。
ただただこの状況を面倒くさいと思っているのが明け透けていたが……そもそもドラゴン討伐を単独で実行しようとしていた狂人なので、今更であった。
「まったく、歌丸連理じゃないんですから!」
「そうよ、歌丸くんじゃないんだから……」
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「ばっくしょん?!」
「いきなり何よ?」
「歌丸くん、風邪?」
「……いや、なんか……噂でもされたのかな……?」
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この場にいないにもかかわらず罵倒された事実をひそかに察した歌丸連理だったが、ひとまずスルー
「いやでも、こうして無事に戻ってこれたわけで……」
「無事なら何でもいいってものじゃないわよ愚弟」
「そうです。あなたたちはもっと、自分の立場という者を理解しなさい!
こんな説教、歌丸連理相手だけでも頭が痛いというのに……!!」
本気で苛立っているのか、若干頭をかき乱す氷川明依
彼女のストレス値は歌丸連理の入学以降、衰えることを知らないのである。
「だけど、いまはほんの少しでも強くなるための戦力が欲しいんです」
一切ゆるぎない目で言い放つ戒斗
反省はしているらしいが、後悔は一切していないという様子だ。
「だから、姉貴、氷川先輩、俺に武器を下さい」
そのまま頭を下げる戒斗の姿に気迫を感じる。
「私からもお願いします。
今回の作戦、戒斗が攻撃手段を持つことは今回のレイドで必ずプラスになります」
「……歌丸くんを守る意味でも、日暮くんの戦力強化を必要になります。彼は、下手な三年生よりも強いです」
詩織と英里佳のその言葉を、二人とも黙って目配せをして思案する。
否定はしなかった。氷川明依も、日暮亜里沙も……二人ともそれだけ日暮戒斗という少年の実力を疑ってはいないのだ。
「それに、ドラゴンを倒す戦力として、彼は今回のレイドでさらに強くなってもらわないと私たちが困ります」
だが、続く英里佳の言葉には不快感を覚える。
そして何より、その言葉に一切の動揺も見せない当人の姿に、姉である亜里沙はさらなる苛立ちを覚える。
「愚弟……あなた、本気で学園長を――ドラゴンを殺すつもりでいるの?」
「……正直、まだまだそれが自分にできるとは思えない」
その言葉に、内心で安堵する。まだ大丈夫だ。
良くも悪くも、弟はチーム天守閣の中で歌丸連理とのつながりが薄い。
未だに彼だけ歌丸連理からスキルを受取っていないのがその証拠だ。
あれは強力な力であるが、同時に受け取った側の人生を狂わせかねない爆弾であると亜里沙は認識していた。
自滅の道に進むはずだった榎並英里佳が今もこうして生きているのは良い結果だが……他の面々にはもっと平和な道があったのではないかと考えることがある。
姉として、今ならまだ弟は引き返せると、そう思った。
「だけど」
そしてそう思っているのは、この場では亜里沙だけだった。
「可能性は確かに見た」
すでに彼は、日暮戒斗は、歌丸連理の狂気に呑まれた一人なのだ。
「0が1%になっただけかもしれなくても、確かに可能性があった。
なら後は、その可能性を少しでも上げていく。
このレイドは、俺にとって最大のチャンスでもある。
絶対に物にしてみせる。だから、お願いします」
「戒斗、あなたは……」
弟の今まで見たことのないような真剣なその姿に、焦燥感を覚える。
姉として止めたいと思うが……それで彼が止まるかといえば、絶対にありえないと断言もできた。
もう、今の戒斗は自分が知る今までの弟より強くなっているのだと実感した。
「……日暮副会長……北学区生徒会として、彼のレイドウェポンの製作を依頼できませんか」
「氷川さん、あなた……」
「彼らの行いについては反省すべき点は多々ありますが……こちらとしても彼が強くなることは賛成です」
「…………はぁ……わかりました。
ただし……時間がない以上、こっちで勝手に作らせてもらうわよ。文句は受け付けない。いいわね」
「――姉貴の腕なら信用できるッス」
普段のおどけた口調に戻る戒斗
そんな彼の姿に昔の、それこそヒーローを目指していたころの幼さを垣間見た気がした。
(成長してるんだか退化してるんだか……)
先日の体育祭期間中に実家に戻ってようやく父と和解した戒斗
お互いにしこりが完全に無くなったわけではないが、父の真意を知って少しは大人になったと思ったが……まだまだ本質的には自分に甘えているあたりはまだまだだなと姉として判断する。
「戒斗、ジャッジ・トリガーを見せなさい」
「え……あ、はい」
急にどうしたのだろうかと思いつつも、素直に自身の愛銃を手渡す。
そして亜里沙は銃を受取ると、グリップの底にあるカバーをスライドさせて、メモリーカードらしきものを取り出す。
戒斗はそれを見て「え何それ知らない」と呟くが、軽くスルー
そのまま慣れた手つきで自分専用の携帯端末にメモリーを挿入して画面を見る。
「……やっぱりクイックドロウを多用してるわね。
でも、弾丸の種類は多用してるわね……相手に応じて使い分けてるわね」
どうやらメモリーの中にはいままでの戒斗の戦闘記録が表示されているらしい。
「……こちらの想定よりもジャッジ・トリガーを使いこなせているわね」
「いやぁ」
姉からのその評価に照れくさそうに笑う戒斗
「だからこそジャッジ・トリガーの
「は……?」
亜里沙のその言葉に、戒斗は間の抜けた表情をして、すぐに隣にいる詩織を見た。
「ジャッジ・トリガーにも、クリアブリザードと同じ機能があったんですか?」
亜里沙の作った武装を使う詩織も同じく驚く。
超過駆動――一部のレイドウェポンで実装されている、魔力機構を意図的に暴走させて高出力を出すためのもの……一旦使用するとしばらく出力が下がる諸刃の剣だが……この機能で三上詩織はこれまで強力な相手とも戦えていた。
それと同じ機能がジャッジ・トリガーにあるなど、戒斗は夢にも思わなかった。
「クリアブリザードのような設計思想から超過駆動を組み込んだものではない、完全に非常時用のものよ。
そもそも超過駆動事態は、単なる魔力の込めすぎで起こるもので、やろうと思えば簡単に発生するのよ。
――こんな風に」
亜里沙はジャッジ・トリガーを構えると……ジャッジ・トリガーの銃身が赤く発光するラインが見え、そのまま展開して内部構造が見えるようになり、一回り大きくなった。
自分の愛銃の知らない機能を見せられて戒斗は開いた口がふさがらない。
「この状態なら通常時の最低でも5倍の威力の弾丸が放てるわ。
その代わり、魔力消費も反動も大きくなって、放てる弾丸は最大でも100発……それ以上は安全装置が働いて五分間使用できなくなるわ」
「五倍って……そんな凄い機能があるなら、なんで言ってくれなかったんスか?」
「言ったでしょ、これはあくまでも保険。
そもそも超過駆動が起こること自体が魔導機構に負担が掛かって故障の原因になるのよ。
これはあくまでも壊れないようにしつつ武器として使用が出来るようにすることを主目的として、仕方なく……ほんとーーーーに仕方なくつけることを義務付けられた仕様なの。
こんな無駄な機構をつける位なら、もっと魔力効率を上げたかったくらいよ」
男の子としてはロマンあふれる仕様なのだが、製作者の亜里沙にとっては、弟の安全のために仕方なくつけたものだったらしい。
「でも……この記録データを見る限り、オミットしても問題なさそうね。
その分空いたキャパシティはジャッジ・トリガーの基礎性能向上に回しましょう」
「え……」
「何か文句あるのかしら、愚弟?」
「え、だって……折角そんな機能あるならもっと活用した方が……ほら……ね?」
この場に連理がいたのなら戒斗の発言に大賛成したであろう。
しかし、悲しいかな。
「不要よ」
「基礎スペックが上がるならそっちの方がいい」
「ジャッジ・トリガーの五倍の威力よりも私や英里佳の方が強い攻撃できるし」
「そうね、明らかにそっちの方が良いわ」
この場にいる女子は下手なロマンなどより実用性を取るのである。
露骨に戒斗が残念そうにする一方で、彼の戦闘スタイルのデータを再度確認する。
「榎並英里佳さん、三上詩織さん。
率直に聞きますけど、愚弟はドラゴンスケルトン相手に通用していましたか?」
「立ち回りについては文句はない。
私と詩織で相手を引き付けて、相手の隙をついて即座に射撃をしてた」
「そうね。ヘイトが溜まっても、即座に隠密スキルで隠れし……暗闇エリアでの光源が切れないようにしてたし、特殊弾丸を使用する際も私たちの邪魔にはならなかったわ」
二人の言葉に自慢げに笑う戒斗である。
「「ただ殆ど攻撃は効いてなかった」です」
「そう、やっぱりね」
即座に撃沈。でもしかたない。本人もわかっていた。
他の二人の攻撃が、ドラゴンスケルトンの表面を削る中、戒斗の弾丸はかすり傷を与えるかどうか。与えても自己再生能力で即座に直っていたのだから。
「元々ジャッジ・トリガーはその性能上単体ではザコ狩りに特化している。
それを補うために天炉弾やウォルフラム弾などの強力な弾丸も込められるようにしていました。
しかし、そう言ったものは消耗品の割にはかなり高い上に、全てのレイドボスに有効とも言えないし……そもそも、今の榎並英里佳さんの攻撃力の方が高い」
「……そうッスよ。
だからこそ、俺は攻撃力がもっと欲しいんス」
絶対的な攻撃力。
すでにチーム天守閣としては、一年生どころか学園随一の力を持っているが……ドラゴン相手にはいくらあっても足りないものであると言えた。
亜里沙はすでに戒斗にとって今何が必要なのかという答えを導きだす。
「愚弟」
「はい、なんスか?」
「一つ選びなさい」
亜里沙は指を一つずつ立てていく。
「超過駆動を駆使した超高火力射撃ライフル。
単発式で一度打てばメンテナンス必須だけど、ドラゴンスケルトンの頭部だって破壊して見せるわ」
「同じく超過駆動を駆使したショットガン。
射程も一撃の威力は落ちるけど、連射はできるし、メンテナンスも簡易。ゼロ距離なら三発以内にドラゴンスケルトンの頭部を破壊できる」
その二択はどちらも事実ならば戒斗にとっては喉から手が出るほどに欲しい機能だった。
「そして」
その一瞬、亜里沙は戒斗達のすぐ傍にいる二匹の兎を見た。
「――物理無効攻撃の手段。
この三つの内一つが私の用意できる戒斗、あなたの最後の我儘への答えよ」
■
日暮戒斗が新たな力に指をかけようとして、それと同時刻。
「37度2分……風邪ね」
「え」
唐突な体調不良が歌丸を襲う!!
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