第309話 歌丸連理の価値④
■
「シャチホコの回復魔法使うくらいなら、一気に治せばいいのに……」
「駄目よ。強力な回復魔法って使い過ぎるとかえって体の免疫力が弱まるのよ」
現在、僕は男子寮の自室にてベットに寝かされており、そんな僕を看病している稲生は僕をそうたしなめる。
英里佳たちは朝にお見舞いに来てくれたが、レイドに備えて紗々芽さんのポイントを稼ぐために迷宮にワサビと一緒に潜っている。
戒斗は何やらお姉さんの日暮亜里沙先輩のところにギンシャリと一緒に向かっている。
そしてシャチホコは……
「きゅぽ」「きゅぷ」
「だめ、あばれない」
元気に部屋の中を走り回っているヴァイスとシュバルツの子兎二匹を人の姿で面倒を見ている。
ちなみに現在は紗々芽さんの幼女姿を取っており、本人よりも微弱な回復魔法も使えて、現在はそのスキルを使って僕は休んでいる。
「やっぱりあんたのスキルって万能じゃないのね。
いくら筋肉は治って息切れしなくても、こうして風邪ひくし」
「別に、この状態でも普段通りに戦えるのに……湊先輩が大袈裟なんだよ」
熱っぽい感じはあるけど、動けばどうせ身体は熱くなるし、意識については
ちょい注意散漫なところはあるけど……気合でどうにかなるレベルだ。
「体が休みたいって言ってるのよ。自分の身体だからっていじめちゃ駄目でしょ」
「いてっ」
稲生がデコピンしながらよく絞った濡れタオルを僕の額に当てる。
ひんやりとした心地よさを感じつつ、稲生は僕のベッドの傍らに置かれた椅子に腰かける。
「食欲は?」
「普通、朝食はちゃんと食べたよ」
「頭は痛くない? 気持ち悪くない?」
「いや、ちょっとぼんやりするかな。あとちょっと関節が痛い」
「うーん……確か間接の痛みって、体温上げた際に生じる炎症だったわね……我慢できないならシャチホコに魔法かけなおしてもらう?」
「いや、そこまでじゃないよ」
今まで感じてきた痛みと比べればかなり楽なものだ。
迷宮生物に噛まれたり、犯罪組織に斬られたり刺されたりするのに比べれば全然である。
……比較対象がちょっとおかしい気がするが、とにかく平気だ。
「そっか。なら、何か欲しいものとかある?」
「……僕より、作戦の方はどうなってるの?」
「あんた無しでの立ち回りの確認よ。
あんたがいるといないとでどれだけ戦況が楽になるのか、体感させて作戦に参加した方が良いって思わせたいんじゃないかしら」
「……やっぱり参加者って減ってるのか?」
僕の問いに、稲生は少しばかり目を泳がせた。
「……訓練に参加してた人たちは減ってないけど……見学してた人たちは明らかに減ってるらしいわ。
でも、勘違いするんじゃないわよ。これに関しては歌丸、あんたがいてもいなくても変わらない。
氷川先輩には悪いけど……もともと評判良くないもの」
僕はベッドの中で拳を握る。
氷川のことは好きではないが、それでも努力している奴だと知っている。それが報われないという事実は……なんだか胸の奥が不快感で息苦しくなりそうだ。
訓練に参加し、僕の能力の効果を受ければ考えは変わるかもしれないが……そもそも訓練に参加すらしてないのでは話にならない。
そうなれば僕にできることは何もない。
頭ではそう分かっているが……やはりやるせない気持ちになる。
「こーら」
「ひふぁ?」
頬をぐにーっと軽く引っ張られる。
「思いつめた顔しない。あんたは何も悪くないんだから、今は休みなさいよ」
「でも……やっぱりこんな状況で休むなんて……」
回復魔法を使えば、すぐに治る程度の風邪だ。
やっぱり訓練した方が良い気がする。
「だから自分の身体をいじめちゃダメって言ったでしょ。
今までずっと無理してきたんだから、今日くらいはじっくり休みなさいよ」
「……そうだけどさ」
「色々考えるからそうなるのよ。
こういう時は……ほら、本読むとか、テレビ見るとかラジオ聞くとかして気を紛らわせるとかした方が良いわよ」
「といっても、テレビもラジオもないし、本だって教科書とか迷宮攻略の参考書くらいしか僕持ってないよ」
「……あんたって意外とストイックな生活してるのね」
「そういう稲生は普段は暇なとき何してんだよ」
「生徒会役員だもの、色々と勉強してるし、将来のために獣医学の勉強だってしてるわよ」
ブーメラン刺さってんぞ。
「あ、でも暗記系の勉強はラジオ聞きながらしてるわね」
「へぇ、なんで?」
「暗記系はとにかく思い出すためのきっかけを増やすの。好きなラジオを聞きながらやると思い出しやすいし楽しいしで二度おいしいのよ」
どや顔で語る稲生はそう言いつつ自分の学生証の表面をフリック操作する。
「ストレージにラジオでも入れてるのか?」
「違うわよ、学生証の掲示板に専用のラジオチャンネルがあって、そこで色々聞けるのよ」
「ラジオって……この学園、本当に何でもやってるな」
「最初は学生の部活動の延長くらいだったけど……MIYABIが入学してから外部の大人も本気になってかなり本格化してるらしいわよ。
ここで人気が出て去年卒業した人が日本で本当にラジオDJになったみたいだし。
……よし、今あんたの学生証にもリンク送ったから、そっちで聞いてみなさいよ」
この学園って本当に色んなことが将来につながるな。
「……稲生はさ、卒業したら自分がどうなるかって考えてた?」
「何よ、藪から棒に」
「いや、なんとなく……お前もさ、僕に関わらなければ生徒会役員としてエリートコース確定だったじゃん。
今も生徒会所属だけど……実質北学区に来たようなものだし」
「そうね……ひとまず政治家になる予定だったわ」
「政治家ぁ?」
稲生の口からまったく予想していなかった単語が出てきた思わず聞き返してしまう。
「ユキムラみたいに、人間と一緒に生活できる迷宮生物を学園の外に連れてって、いつでも一緒にいられる。
そんな世界を作りたかったの、私」
「……そうか」
なるほど。
政治家になりたいって言うのは、あくまでも目的のための手段の一つだったわけか。
確かに生徒会役員ならコネは作られるな。
迷宮生物を学園の外に……か。この間の体育祭、ゴブリンが街中に出現しただけで大パニックだったのを考えると……実現は中々大変そうな気がするな。
そんな道を、僕が邪魔をしている。
そうでなくても怠いのに、胸の辺りがもっと重たくなった気がした。
「でも、今はもっといい道を見つけたと思ってるわよ」
「え……」
稲生が手招きすると、すぐにヴァイスとシュバルツが駆け寄ってきた。
「きゅぷ」「きょぽ」
『『ままー』』
「ふふ、はいはい」
子兎たちを胸に抱いて微笑む稲生。
その表情が、とてもとても幸せそうだった。
「今こうして、誰にも触れなかったエンペラビットと触れ合えるようになった。
歌丸、あんたと一緒にいれば私が目指してた世界にもっと早く近づけるって、私はそう思ってるの」
「……そっか」
別に、意図したわけではない。
そもそも僕は稲生を巻き込むつもりじゃなかったし、ここに至るまで結果的にそうなっただけだ。
それが悪いことばかりだと思っていたが……こうしてプラスに捉えてくれる人がいるんだな。
そう思うと……少しだけ気分が楽になる。我ながら本当に現金な奴だと思う。
「む」
そんな時、傍らでこちらを見ていたシャチホコが、その兎耳をピンと立て、その姿を紗々芽さんから詩織さんの幼女バージョンに変わり、その手にクリアブリザードを模した玩具のような武器を手にする。
「誰か来た」
何故か知らんが、詩織さんの姿になるとちょっと悠長に喋れるシャチホコなのである。
部屋の扉がノックされ、僕はシャチホコに目配せをする。
シャチホコならここまでの音で相手が誰なのか把握してるはずだが……
「チビと地味なの」
「なるほど、鬼龍院とダイナ――萩原君か」
「あんたどういう覚え方してんのよ」
いや、この場合はシャチホコの表現に問題があると思うが……
ひとまず稲生が代わりに対応すると、案の定鬼龍院と萩原くんが部屋に入ってきた。
手にはビニール袋があり、どうやらお見舞いに来てくれたらしい。
「お前、今俺のこと馬鹿にしただろ」
「酷い言いがかりだ。僕はそんなこと一切口にしてないぞ」
開口一番に僕に対して敵意を向けてくる鬼龍院。なんてふてぇ野郎だ!
僕は何も悪いことは言っていないというのに! そう、僕は言ってない。僕は
稲生がなんか言いたげな目で僕を見ているが、本当に僕は何も言っていないのでセーフだ。
誰がなんて言おうと僕は無実だ。
「ははは、思ったより元気そうだな」
「ふんっ、この程度で軟弱者め」
「蓮山くん、あんまり煽らないで。
無理にでも休ませないとこのまま訓練に行こうとしたんだから」
「……まぁ、確かにやろうと思えばスキルでいくらでも無理出来るもんな、歌丸って」
稲生の言葉に何故かドン引き気味になる萩原くん。
「……確かに今のは俺の失言だったな。ほれ、詫びの品として受け取れ」
「レンやんくーん、見舞いの品くらい素直に渡そうぜ」
「レンやん言うな」
果物系のゼリーやスポーツドリンクの入ったビニールを稲生が代わりに受け取って、部屋にある備え付けの冷蔵庫に入れてくれた。
ひとまず僕は壁に枕を置いて寄りかかって上体を起こす。
流石に来客中に寝たままというのはちょっと悪い気がしたので。
「意外だな、麗奈さんはともかく、お前が来るとは思ってなかった」
「……お前、麗奈に手を出したらただじゃ済まさないからな」
「そういう意味じゃねぇよ。で、要件はなんだ?」
「おいおい、用もないのに来ちゃいけないのかよ」
僕の言葉にやれやれと萩原君が肩をすくめる。確かに今の物言いはちょっと失礼だったかもしれない。
「萩原くんなら義理とかで来てくれるかもだけど……僕の知る鬼龍院蓮山は合理的な男だからね。
わざわざ足を運ぶ理由があると思ったんだけど……もしかして僕って、意外と好感度高かった?」
「寝言は寝て言え。
お前の想像通り。確認したいことがある」
「手短に頼むよ」
「他人の死を見る覚悟はできてるか」
熱っぽくて火照っていた頭に、冷水を浴びせられた気分になる。
「……どういう意味だ?」
「言葉通りだ。今度の大規模戦闘、死人が出るのは必至だ。
前回の大規模戦闘は途中参加で、死人が出る瞬間を目の当たりにしてなかったお前には刺激が強すぎると思ってな。
本番にパニックになられても困るから忠告に来た」
「……誰も死なせないためにみんな頑張ってるんだろ」
「頑張れば必ず結果が出るわけじゃない。
主力が揃わない、統制の取れない戦場でのレイドボスと向き合えばどうなるかなんてわかり切ったことだろ」
自分でも意外なほどに低い声が出たが、鬼龍院は落ち着き払った態度を崩さない。
「死人は絶対に出る。
クリアスパイダー戦のような奇跡は期待するな。期待を持たせるな」
「……出てけ」
怒りで拳を握りしめながら絞り出すようにそう言うと、鬼龍院は何も言わずに部屋を出ていく。
萩原君はそれを見送ってから、僕を見る。
その目には敵意こそないが……少なくともポジティブな感情は感じられなかった。
「あいつは不器用だからあんな言い方してるが……お前のこと気遣ってるんだ。
現状、他の参加者にはお前がまた何かやってくれるんじゃないかって期待してる連中もいる。
そういう奴らが馬鹿するのはともかく、お前が下手に前向きだとそういう連中が増える可能性があるんだ。
お前が悪いわけじゃないってのは、蓮山も十分に理解しているが……少し、明るく振舞うのは自重してくれ。
そうすれば、余計な被害は減るし、お前が無用な火の粉を浴びなくて済む。
……じゃあな」
言いたいことを言って、萩原君も部屋を出ていった。
少し離れた場所で話を聞いていた稲生は、僕の傍らにやってきてそっと肩に手を置く。
「……今は難しいこと考えず、横になりましょ。ね?」
「……ああ」
その後、僕は横になって眠りについた。
起きた時には夕方になっており、すでに稲生の姿はない。
メールを確認すると、ヴァイスとシュバルツは引き取ってくれたらしい。
起きた時にシャチホコが持ってきてくれた体温計で熱を測ると、平熱に戻っていた。
もともと大した症状じゃなかったからな。
「しかし……暇だな」
身体のだるさが無くなると、なんか色々と体を動かしたくなる。
かといって迷宮に行くわけにはいかないし、トレーニングも流石に駄目だろう。
他のみんなも今は迷宮行ったりトレーニング中だろうしなぁ……
「……シャチホコ、ちょっと散歩行かないか」
「うん」
一応僕の看病をしている立場だが、シャチホコも今日はずっと退屈だったのかあっさり了承。
温度調整機能のある制服に着替え、シャチホコと一緒に北学区の敷地内をゆっくり散歩する。
そしてシャチホコだが……どうやら兎の姿にも戻れるらしい。もっと早く教えろよ、と思ったが、本人もできることに気付いたのはついさっきらしい。
まぁとにかく、現在は兎の姿で僕の頭の上に乗っかっている。
この夏休みの時期、北学区は他の学区の部活動で結構な活気があるらしいが……流石にこの時間だと人はほぼ見当たらない。
無音のままだと、鬼龍院に言われたことばかり考えてネガティブになるので、なんとなく稲生に教えてもらったラジオチャンネルを学生証で機動させ、胸ポケットに入れながら歩く。
『――夏休みも中盤が過ぎてきました。日中はまだまだ暑いですが、夜になると肌寒さを感じますね』
聞こえてくるのは、なんだか聞き覚えのある女子の声だ。
『本日も始まりました。
本日も、学園で起きた出来事や、本島での最新情報など皆さんにお伝えしていきたいと思います』
ああ、思い出した。前にチーム竜胆との模擬戦とか、体育祭の模擬試合の実況してた人だ。
あんまり覚えてなかったけど、妙に縁があるな。
そんなことを想いつつ、僕はラジオの内容を聞き流しながら兎状態のシャチホコを頭に乗せながら歩く。
『――さて、大規模戦闘まで、残り10日となりました』
ラジオから聞こえてきたその話題に、思わず顔が強張る。
確かに、迷宮学園の情報を扱うのならば、当然その話題も出てくるのは当然のことだ。
『今回の大規模戦闘に向けての訓練を北学区生徒会主導で中央広場にて行われております。
現在も参加者募集中ということです』
そうか、こういうラジオでも呼びかけをやってたのか。知らなかった。
とはいえ、中身には殆ど触れないコマーシャルで、なんとも味気ないものだ。
……夕陽も落ちて、とっぷりと暗い空模様となる。
「そろそろ帰るか」
「きゅう……きゅ?」
僕の言葉に頷いたシャチホコだったが、突如首を傾げる。
何だろうかと思って、僕はシャチホコに感覚共有を発動させる。
「――なんで、なんで……うぅ、ぐす……ぅぇぇええ……!!」
……なんだか尋常じゃない雰囲気の声が聞こえる。
明らかに怪しいが声の主は女子だ。
学生しかいないが、それでも不審者が出ないとは限らない。
これでも生徒会関係者なのだから……一応様子確認すべきだろう。
そう思って、僕はシャチホコを頭に乗せたままそちらに向かう。
そこで、僕が見たのは……
「なんでみんなして、わたしのこといじめるのよーーーーー!!
ううぅえええええぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
大量の空き缶が道に散乱し、そこにおいてあるベンチの上で、中身の入った缶を片手に叫ぶ、北学区生徒会副会長
氷川明依の格好した酔っ払いが……そこにいた。
どうやら、幻覚が見える位に僕の風邪は酷いらしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます