第303話 リモート「娘さんを僕にください」の図



その日、僕、歌丸連理は前回と同じように北学区以外の一年生を引き連れてニ十層まで向かうということを繰り返していた。


英里佳や詩織さん、それに戒斗も僕の護衛として一緒に来たがっていたけど、すぐには配置変更もできないということで、代わりに一緒に来たのは……



「ふぅ……迷宮の往復って思ったよりずっと疲れるのね。


ユキムラは疲れてない?」

「BOW」



南学区一年にして、正式にチーム天守閣に所属することとなった稲生薺である。


現在僕はそのユキムラの背に乗っており、ご丁寧に鞍やあぶみまで設置して、さらに僕自身もベルトを巻かれ、体が完全に固定されている。乗り慣れえてない僕にも安心な状態にされている。


守られている身分ではあるが、これでは抱っこ紐で固定されている赤ン坊のようではないかと思えてしまう…………とはいえ、文句も言えない。


僕自身も狙われやすくなっていることをいい加減自覚しているのだ。


いくら強くなっても、僕より強い存在はごろごろいるわけなのだから。



「はぁ……」


「ちょっと、ユキムラの乗り心地の何が不満なのよ」


「いや、そっちは別に問題じゃないよ。むしろ凄く快適」


「そりゃそうよ。わざわざユキムラが普段付けたがらない鞍とかも付けてんだから。


じゃあ何が不満なのよ」


「何ってお前……この状況、何か不思議に思わないのか?」


「この状況って……」



僕の問いに、稲生は周囲を見回す。


ここは既に迷宮の外、地上であり……中央広場から南学区へと向かう途中の道だ。


今は夏休みということで、平日でも多くの人が出歩いていることもあり、出店とかが多くあり、自然と人目も多い。


もう、メッチャこっちを見ている。普段よりもずっと視線が多い。



「何が不思議なの?」


「滅茶苦茶目立ってるって言ってんだよ」



そんな中で……僕は現在、しっかり固定された状態でユキムラに乗っている。


それだけならまだいいが……



「きゅぷ」

「きょぽ」



僕や稲生を両親のように認識しているヴァイスとシュバルツは、現在稲生の両肩に乗っていて……



「きゅぅ……」



時折興味深そうに屋台の方を見ている白髪兎耳の幼女――シャチホコはユキムより前を歩いていて……そんな中で僕だけユキムラに乗って歩いているとか……何様なのかって感じである。


いや、悪いことしてるわけじゃないけどさ…………いや、やっぱり人目が多くないか。いくら何でも見過ぎだろ。



「いいから大人しくしなさいよ。あんたが悪目立ちするの何て今更でしょ」


「だからって積極的に目立ちたいわけじゃないんだけど……」


「それにユキムラだって、私たちが目の前から消えたことずっと気にしてるのよ。


今は少しでも傍にいてあげてこの子安心させて」



そういわれると、これ以上強く言えなかった。


今朝、ユキムラと再会したとき、物凄く興奮して稲生だけじゃなくて僕にも凄く体をこすりつけてめっちゃ顔を舐めて甘えてきた。


迷宮にいる間も、普段よりずっと周囲を警戒していたし……あのシルエットのヤツから僕と稲生を守れなかったことがよっぽどトラウマになっているらしい。



「……はぁ……わかったよ。


……でさ、稲生先輩にはこれから話をしに行くだよな、稲生がうちに来るって話」


「そりゃ昨日決まったばっかりだし……本当なら事情の説明に紗々芽には来て欲しかったんだけど……」


「回復魔法使える人って貴重だからね……仕方ないよ」



現在、紗々芽さんは医務室の方にて今回の迷宮攻略支援プログラムに参加して怪我し人の対応に駆り出されている。


紗々芽さんの回復魔法は時間経過で回復するもので緊急性の高い人には効果は薄いけど、それでも軽傷の人には充分だし、一度使えば効果は継続して、規模にもよるけど、骨折なら十分くらいで治るらしい。


あと、なんか本人も魔力操作の練習になるとか言ってたからいいだろう。



「まぁ、でもいいんじゃない。


いちおう事前にこっちの事情は伝えてくれてるって話だし」


「……それが不安なんだけど」


「え、なにが?」


「……なんでもないわよ。


それより……紗々芽って、前からあんなだったの?」


「あんなってどんなだよ」


「だから、なんというか……こう…………腹黒い……? 策士というか……こう

……色々と凄く考えてるって言うか……」


「ああ、なんとなく言いたいことは分かった。


うーん……でもどうかな、僕の印象としては、最初にあったときは積極性が無い人だったけど……」



思えば相田和也に僕が殺されそうになった時あたりかな……それ以降積極的に意見を出してくれるようになったけど、前は聞かれて初めて意見するって感じだった気がする。



「……まぁ、腹黒いってのは、おおよそ……というか十割僕が原因だと思うからあんまり悪く思わないで上げて。


僕が弱すぎるから、僕を守るために自然とああなったんだと思う……」


「別に悪いとは思ってないわよ。私も少しは見習いたいって思う時あるし。


でも、自分のせいっていうのは考えすぎだと思うわよ……絶対にあれは素よ、素」



などと軽口を叩き合いながら、僕たちが向かった先は南学区にある校舎である。


流石に校舎の中でユキムラに乗るわけにはいかず、ユキムラはカードの中、ヴァイスとシュバルツも僕のカードの中に戻った。


唯一残ったシャチホコは、護衛ってことで頑なに戻るのを拒んだので出っ放しである。


……しかし、なんだろうか……ユキムラから降りたのにまだ視線が多い気がする。


現状、ここまで目立つのっておかしくないか?


そんな疑問を抱きつつも、僕たちは南学区の校舎の中を進み、とある一室まで到着した。


南学区生徒会室


ここで稲生を生徒会役員の活動の一環として、チーム天守閣に所属していくということを伝え、その了解を貰う予定だが……



「……なんか、気のせいか凄い雰囲気重いんだけど」


「奇遇ね……私も、なんかものすごくこの場から離れたい気分よ」



なんかよくわからないけど、扉越しになんかのプレッシャーを感じる。


一体なんなのだろうか……この空気。


基本的に南学区の生徒会役員の人たちにはみんな面識があるけど……こんなプレッシャーを放つような人っていただろうか?


不思議に思いつつ、扉をノックする。



『はい、どうぞ』



中から知っている声がした。


稲生先輩はちゃんといるようだ。



「失礼しま……え……あれ……土門先輩もいらっしゃったんですか?」



部屋に入ると、稲生先輩だけでなく、土門先輩までソファーに座った姿でこちらを出迎える。


すでに生徒会を引退したはずの土門先輩がこの部屋にいるのは妙だなと首を傾げる。



「まぁ……俺も現場にいたんでその報告にちょっと、な」



何やら神妙な面持ちである。最後にあったときは普通そうだったのに。



「……きゅ?」



シャチホコも部屋の空気を感じ取ってか、不思議そうに首を傾げている。



「……その子が、シャチホコちゃんの進化した姿……で、いいのかしら?」


「あ、はい。


なんか、結局先輩が言ってた進化とも違う感じになっちゃったぽくて……」



稲生先輩の予測だと、耳が発達した感じになると思ってたんだよな。


それが何がどうなって、こんな人間っぽい姿になるのやら……



「まぁ、エンペラビットはまだまだ未知なことが多いから……それで、今は……榎並さんに似てるけど……他の姿にもなれるのよね?」


「え……あ、はい」


「ナズナの姿にもなれるのよね、見せてもらっても良いかしら?」


「稲生、問題ないか?」


「別に良いわよ」



一応稲生の許可ももらったので、早速アドバンスカードを操作して、シャチホコの姿が稲生を幼くし、白髪赤目の兎耳幼女へと姿を変えた。



――――っ!

「「!!!!」」



「「ん」」

「きゅ?」



なんか変な気配がしたかと思えば、突然稲生先輩と土門先輩が一瞬だけ奇妙な動きを見せた。


明らかに何かを隠しているようだが……一体どうしたんだろうか?



「……お姉ちゃ――んんっ……会長、他にどなたかいらっしゃいますか?」


「……い、いいえ、この部屋には私たち以外は誰もいないわよ」

「あ、ああ……この部屋にいるのは、間違いなく俺たちだけだ。うん、そうだ」


「?」



何やら含みのある二人の言葉に、僕も稲生も首を傾げてしまう。



「ま、まぁいいから二人ともそっちに座って」



稲生先輩に促され、対面のソファに並んで座る。


そして丁度僕たちの間にすっぽりとシャチホコが収まる感じになる。



「……なんかぱっと見親子みたいね」


「……牡丹、今は迂闊なこといって刺激するな」


「あ、ご、ごめんなさい」


「「?」」



二人の妙な態度にますます困惑してしまう。


とはいえ、まずはこちらの要件をはっきり伝えるのが先だろう。



「すでにこちらの苅澤紗々芽から連絡が行っていると思いますが……稲生薺さんを、正式にチーム天守閣に所属させたいんです。


そのための許可を、生徒会長であり、姉である稲生先輩に頂きたく来ました」


「私からもお願いします。


生徒会役員としての業務は、これまで通りとはいきませんが……歌丸と一緒に行動すれば、必ず南学区にとって良い結果が出せる思ってます」


「え、えぇ……それは、ね。うん、それについては……うん、私は賛成よ。


他のみんなも、むしろ真っ先に迷宮内部で歌丸くんが何を見つけたのかって情報を得られる経路を確保できるのは大賛成してくれたし……生徒会長としては、ええ、大賛成よ」


「あ、ああ……まぁ、そうだな。


連理たちのことは俺たちみんなよく知ってるし……うん、俺もその方が色々と安心だしな。うんうん」



……おおむね大丈夫っぽいのだが……何やら奥歯に物が挟まったような物言いだ。



「……で、でもね……あの……」


「……牡丹、俺が聞く。これでも義兄になるんだからな」


「……ええ、お願いね」



何やら覚悟を決めたような顔で、土門先輩は僕と稲生を交互に見る。



「二人とも、将来結婚を前提にこれから付き合っていくつもりで、いいんだな」


「「……え」」



土門先輩が何を言っているのかわからず、僕も稲生もただただ困惑してしまう。



「……ん? そういう話で進んでるんじゃなかったのか?」



土門先輩が困惑している一方で、稲生の方は無表情になる。怖い。



「…………あの、紗々芽からなんて連絡を?」


「ナズナが正直になったので、これから歌丸くんと一緒になりますって」


「あ、の、女ぁ……!!」



頭を抱えてうつむいてしまう稲生。



「え……違うの?」


「ち、ちが、ちがうわよ、そういう意味じゃないから!!」


「歌丸くんは?」


「え、あー……まぁ……その……まだお二人が思ってる様なところまでは」



稲生の気持ちについては……まぁ、色々と察しちゃってるけど……流石にいきなり結婚とかは発展しすぎてる気がする。



「まだ、かぁ……」

「まだ……ねぇ」


「~~~~~~っ!」


「いたいいたい、地味にいたい」



僕の言葉に稲生が顔を赤くして叩いてくる。本気ではないが、それでも地味に痛いのでやめて欲しい。


そして目の前の二人が「あら~」って感じでこっちを見ている。



『――ゆるさーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!!』



そんな時、突然室内に響き渡る聞き覚えの無い男性の声。



「あ、あら? 音量、最小にしたわよね……?」


「おじさん、どんだけ声張ってんだよ……」


「この声……もしかして…………え、も、もしかして……!」


「稲生?」



なんか稲生が目を見開いて驚いているが、どう言うことだろうかと思うと、何やら土門先輩が後ろからタブレットPCを取り出した。


見た所、ビデオ通話状態みたいで、そこには見知らぬ男性の顔がアップで映っていたが……



「お父さん!?」



隣の稲生が凄く驚いた様子である。



「ちょっと待って、今カメラ切り替えて……音量も戻して……お父さん、もう普通に喋っていいからあんまり騒がないでね」


『――――あ、あー……これでいいのか?


ナズナ、お父さんの声ちゃんと聞こえてるか?』


「う、うん……でも……あの、これどういうことなのお姉ちゃん?」


「えっと……ナズナがとうとう嫁入りの決意を固めたのかなって思って、これはお父さんにも伝えなきゃいけないと思ったの。


で、生徒会長権限で東学区から通信機器をお取り寄せを少々……」



普段凄い落ち着いてるけど、この人も意外とそそっかしいな……流石は姉妹というところか。



『それより――おい、小僧』


「あ、はい」


『お前……この前の体育祭で他の女の子のために戦っていたな』


「え……あー、まぁ、はい」



御崎鋼真との戦いのことだろう。あれ全国中継していたからなぁ……



『根性があることは認めてやる。


だがな、そんな相手がいるのにうちの娘にまで手を出すとは何事だ!!』



何も言えねぇ!


直接手を出した覚えはないけど、結果的にはそれに近い感じになってるわけだからなぁ……



「すげぇ、俺に姉妹二人とも娶らないかとか提案した人の言葉とは思えないぞ」


「お父さんって結構自分のこと棚上げするのよね……」


「え……お父さん、何それ初耳なんだけど?」



ん……ああ、そう言えば稲生はそんな話になってるのって土門先輩から聞いてなかったのか。



『いや、俺はナズナの幸せを思ってだな……土門くんならその辺り信用できるし、お前だって別に嫌じゃないだろ?』


「は?」


『……………ごめんなさい』



弱っ! 稲生まだ殆ど何も言ってないのに……



「いいから、まずはさっきの態度、歌丸に謝って。いくらなんでも初対面の相手に失礼過ぎるわよ」


「いや、お前も初対面のとき相当失礼だったぞ」


「――いくらなんでも初対面の相手柄に失礼すぎるわよっ」



僕のツッコミを無かったことにした。



「ナズナってお父さん似よね」


「ああ、ノリはおじさんそっくりだよな」


『ぐ、ぬぬぅ……!』



何か葛藤している様子の稲生の父


そんな様子を見ていると、隣に座っていたシャチホコが僕の袖を引いて来る。



「どうした、シャチホコ?」


「このひと、うるさい」


『――ぐはぁ!?』



何故かダメージを受けたように画面の向こうで突っ伏す稲生父。


一体どうしたのだろうかと思ったが……冷静に考えれば今のシャチホコの見た目って稲生を幼くした姿だし……見るからに親バカだからこの一言は効くのかな。



「そうなの。お父さん、いつも声大きくて……牧場で私たち離れたところで遊んでてよく叫んでたからか、家の中でもうるさいの」


「えぇ……すごいやだ」


『かぷ、けぽぉ』


「稲生、シャチホコ、ちょっとやめたげて! お父さん白目剥いてるぞ!」


『――誰がお前のお義父さんだ小僧!!』



あ、よかった復活した。



「ま、まぁとにかく落ち着いてください。


こほんっ……改めまして、歌丸連理です。


この度、娘の稲生薺さんと同じチームで行動させていただくことになりました」



『貴様に名乗る名前なぞ』「お姉ちゃん、挨拶終わったからもう帰っていい」


『あ、待って待って待って待って、ナズナちゃん、お願い、待ってください!』



よっわ……



『……稲生牧人いなせまきとだ。


うちの可愛い可愛いナズナちゃんに、随分とあれやこれやしたらしいじゃないかクソガキ』


「え、ええ……まぁ、色々とお世話になっております。はい」


『色々と、お世話だとぉ!!!!


お前うちの娘にナニをお世話して――』「うるさい」『あ、はい』



弱い。(確信)


しかも今の稲生じゃなくてシャチホコだし。



「お父さん」


『あ、はい』


「これ以上うるさいなら通話切って、もう出ていくからね」


『いやだって、そいつが……』


「さっきから騒いでるのお父さんだけなんだけど」


「そうよ、お父さん。少し落ち着いて」


「おじさん、連理の人柄については俺が保障するから」



そんな風に稲生姉妹と土門先輩に諫められる稲生父であった。


まぁ、確かにいくらなんでもここまで悪く言われるいわれとか僕には無いし。


流石にそろそろ文句の一つくらいは――



『嘘つけ!


そいつ前にナズナの裸を全国放送で晒そうとしたってこと、知ってるんだぞ!!』



――何も言えねぇ。

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