第302話 上司の突拍子の無い発案で現場が翻弄される一例

「えー……以上が、夏休み終盤頃に双方の学園から転校する生徒についての日程とその対応になります」



東西南北のそれぞれの教員が一斉に集められて行われる大規模な会議


本来ならば行われない転校の手続きで色々と追われていた。


もっとも、ルーティンワークが大嫌いなドラゴンが毎年毎年ちょっかいを出してくることに比べればまだだいぶ平和的なことである。



「それで……漸次的に行われる各学園のクラス替えについてですが……」



視界を任されている若い教員が、困ったような視線をある人物に向けていた。


この場で最も疲れた顔をしているその男性教員――歌丸連理の担任である武中幸人は、ため息をつきながら挙手をする。


司会がそれを確認して「武中先生、どうぞ」と促され、席を立って会議用に配置されているマイクに電源を入れて話し始める。



「――うちのクラスに在籍している歌丸連理についてですが……特例的に彼を中心とした特別クラスを編成することを提案します」



その提案に、会議室の中にざわめきが発生するが、各学区の上層メンバーは驚きがほとんどない。


事前に話は通していたらしい。



「すでに知っての通り、歌丸連理と、彼が所属するチーム天守閣は世界的にも偉業といっても良い数々の功績を打ち立てています。


史上初のエンペラビットのテイムと、それによる迷宮攻略の安全性を数段引き上げ。


レイドボスを死者を出すことなく討伐


そして……ドラゴンに対して有効打を与えるスキルの発見と、実証もされました」



記憶にも新しい、体育祭で榎並英里佳がドラゴンの首を吹っ飛ばしたあの光景。


同じようにドラゴンに攻撃した者はこれまで何百何千という者たちがいたが、その誰一人としてドラゴンにダメージを与えられなかった。


故に、あの光景は人類にとっては大きな大きな、歴史的な瞬間だった。


当然、その力を榎並英里佳に与えた歌丸連理の存在は無視できない。



「これから歌丸連理を中心に、迷宮の攻略による資源発見・回収、迷宮生物との新たな共存関係の構築、そして最終的にはドラゴンの討伐も視野に入れて、北だけでなく他の学区からこれまで以上に協力が得られやすい環境を、学園側としても全面的にバックアップしていくべきだと判断しました」



「――質問、よろしいでしょうか?」


「はい、なんでしょうか国里先生」



同じく北学区に所属する、歌丸連理とは別クラスの一年生を担任している女性教師が立ち上がると、用意されたマイクを手にする。



「歌丸連理君やその仲間だけに特例を許すというのは、他の生徒たちから贔屓されているように見られるのではないでしょうか?


彼の能力はもちろん私も認めていますが、私たち教員は、生徒たちを平等に接するべきだと思います。


それに歌丸君も、あまり周囲からそのような……言い方は悪いかもしれませんが、隔離するような環境は望ましいとは言い難いです」


「先ほども言った通り、歌丸連理の能力を最大限に活かすために………………はぁ…………すいません、ちょっと正直にお話させていただきます」



武中は少し考えてから、手に持っていたらしきメモをくしゃくしゃにして机の上に置く。


それを見て彼の上司にあたる教頭が驚いた顔を見せたが、武中は構わず続ける。



「我々は歌丸連理を可能な限り周囲から隔離することを第一に考えてこの特別クラスの接地を考えてます」


「え……そ、それはどういう意味ですか?


彼の能力を評価しているからこそ、そのための環境を作ると先ほどおっしゃっていたではありませんか」


「つい先日発表された、日本本島での犯罪組織の一斉摘発。


これに、歌丸連理が絡んでいます。


歌丸連理は、奴らとは浅からぬ因縁があるんです。


もし犯罪組織の残党が出現し、歌丸連理だけでなく無関係な生徒が被害に遭うというリスクを、今の内から少しでも取り除いておきたいんです」



相手がもし人間であるなら、さすがにここまであからさまなことは教員側も避けていただろう。


しかし、部の教員にはすでにドラゴンと同等の存在が犯罪組織の裏にいるという報告されており、来年になれば確実にその息の掛かった新入生が入学してくる。


ドラゴンに対処する力を身に着け初めているチーム天守閣や、その力に追随しているチーム竜胆以外の一年生が、それらの脅威にさらされた時に無事でいられるかなど考えれば……まず無理だ。


だからこそ、歌丸連理を隔離する方向に教員は動いているのだ。


歌丸連理を守るためではなく、その彼に巻き込まれるかもしれな者たちを守るために。



「どうか、皆さんのご理解とご協力をお願い致します」


「……わかりました。そういった事情ならば仕方がありません。


私からの質問は以上です」



犯罪組織のことを出されれば、教育者としての生徒の平等云々を語っている場合ではない。


ドラゴン並の存在がいるとかの話以前に、同じ人間から襲われることも十二分に脅威なのだ。


生徒の命を守ることも彼らの役目、最優先事項といっても良い。



「……歌丸連理の特別クラスの編成については後日詳細をご連絡いたします。


こちらからは以上です」



そう言って、武中は席についてから内心で毒づいた。



(くだらない小芝居やらせやがって……)



ここまでの一連の流れ、すべて仕組まれたことだ。


同じ北学区の国里が質問したこともまるで用意したカンペを放棄したように見せて本音を話させたのも、すべて事前に、わざわざ秘匿回線で暗号文を用いた電子メールで打ち合わせたのだ。


今の流れで、事情を知らない者たちからの無駄な質問を牽制した……という目的もないわけではないが……



(いくら疲弊して大人しくなったとはいえ、この会議にはあのドラゴンの眼がある。


……実質的に歌丸を隔離するこの提案をドラゴンが気に入らないという理由で妨害されるのはこれで牽制できたか)



実際のところは、ドラゴン対策のパフォーマンスだ。


あのドラゴンは、生徒だけでなく教員たちが困ったりしているのも見て楽しむ悪癖もある。


だからこそ、歌丸の隔離も、本当はやりたくはないんだけど仕方なくやっているんだというアピールをすることも忘れてはならないのだ。



『異議あーーーーーーり!!』



まぁ、だからといって邪魔が100%入らないという保証もないのだが。


会議室に響いたにっく腐れ外道ドラゴンの声に、思わず武中は頭を抱えたくなるほどの頭痛を覚えた。


パサパサと、タオルを翻したような気の抜ける羽搏きで姿を現すドラゴン(ミニバージョン)


よりにもよって武中の目の前に出現したのだ。



「武中先生、いけませんねー、こういう大事なことを私抜きで勝手に決められては」



大声ではないのに、会場にいる全員がその声が聞こえるという謎の発声方法


魔法で同じことはできる者は学園にいるが、それとは異なるやり方をしているのだとなまじ魔法が使える武中は理解できてしまい、それがなおのこと不気味だった。



「歌丸を現状のクラスにとどめておくことより、よほど良いことだと思います。


他の学区からの支援も今以上に受けられますし」


「まぁ、確かにその点はアリですね。


南学区の稲生さんとの仲も進展したようなので、それは私としてはアリアリです」



思わず表情が強張る武中


流石に歌丸の周辺環境に関しては知らなかったが、女性関係でさらなる発展が遂げられていると知って驚愕していた。


そして同時に、そんなプライベートなことを暴露されてしまった歌丸に同情する。


いくら日本国内で一夫多妻制が進展気味だとしても、これまでの価値観からみれば歌丸連理は周囲の女性に手を出しまくっているクソ野郎なのである。


というか、彼の能力的に直接戦えるわけでもないので、内心でヒモ扱いしている教員だって少なくはない。



「とはいえ、歌丸くんに関しては問題はありません。


ですが、ですがですよ。


私としてはそのクラスに他の生徒を簡単に加えて良いものか甚だ疑問が残るわけなのですよ、これが」


「……おっしゃる意味が、よくわからないのですが」



察しは着くが、あえてすっ呆ける。


内心では自分の考えが外れていることを強く強く願う武中であったが……



「榎並英里佳さん、三上詩織さん……この二人に関してはまぁいいでしょう。


実際に特別な力を持っていますからね。


ですが……苅澤紗々芽、日暮戒斗の二人はどうですかね。もちろん見どころは十二分にありますが、他の生徒が劣っているとも断言はできません。


他にも優秀な生徒は多くいると思いますし……かといって、それらを無差別に加えるのは私の主義に反します。


やはりこういうことは、自分の力でつかみ取るものだと思います」



訊ねてくるような語り口であるが、こちらの意見など、初めから聞く気の無いのはありありと伝わってくる。


そして、ミニチュアのドラゴンはバサッと翼を広げて宣言する。



「夏休み終盤に開催予定の大規模戦闘レイドで、実績を上げた生徒には学年学区問わず、歌丸くんを中心とした特別クラスの編入、もしくは在籍する権利を与えましょう!


そして特典として卒業後の学生証保持の確定、学生服のデザインの自由変更権限の付与に、こちらも卒業後に自由に持っていけるようにします!」


「なっ――」



その言葉に、教員たちは絶句する。


卒業後の学生証の保持


これは喉から手が出るほど欲する者は多い。


持っているからといって、人生の成功者であるとは断定できないが……現在の世界の若い成功者の7割以上は学生証を持って卒業した者たちだ。


それだけ、迷宮学園で得られた力を学園外で使えるというのは大きなアドバンテージとなる。


さらには学生服という、地上最高の鎧


これは卒業後に学外には持っていけない。


卒業後に成功が約束された者が、何らかの不幸な事故によって亡くなったという事例もあるが……もし学生服があったなら、生き残れたであろう出来事ばかりだ。


卒業した今も、学生服が無くなって周囲からの脅威に怯えて過ごしている者だって少なからずいるこの物騒なご時世に、その存在はどれだけの価値があるのか計り知れない。



「これから大々的に公表します!


さぁ、今回の大規模戦闘レイド……大盛り上がりしますよぉ~!!」



テンションが上がりまくっているドラゴンをよそ眼に、多くの教員は血の気が引く。


効率的に、損害も、人死にもなく終わらせられると思っていた歌丸を加えた新体制の大規模戦闘レイド


その万全の体制に今、とんでもない爆弾が放り込まれた。



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