第298話 銃音寛治は燃え尽きた。



「ささ、め」


「うんうん、合ってるよ」


「…………か……か…………よし」


「良くないッスよ? あれ、シャチホコちゃん、俺のことわからないッスか?」


「ささめの、まね」


「苅澤さん?」


「(にっこり)」


「笑って誤魔化そうとしてるッスよね」


「ぎゅう」

「きゅるる」



現在、僕は東学区にある病院のベットの上で横にさせられており、そんな僕から離れない、人の姿を取れるようになったシャチホコに、紗々芽さんと戒斗、そしてギンシャリとワサビは興味津々だった。


一方で英里佳と詩織さんだが……



「また、無茶してた」


「犯罪組織と遭遇してそのまま遭難したと思ったら、来道副会長と合流して、また分断されて、犯罪組織の妙な兵器と戦ってたらシャチホコが進化して、そのあと戻ってきた、と


……はぁ」



悲し気な英里佳と、ため息をつく詩織さんに、僕は物凄くいたたまれない気分になる。



「あの……今回に関しては僕、全面的に悪くないと思うんだけど……」


「そうね、まぁ、遭難に関しては誰が悪いかって言えば、銃音寛治と、それに協力した面々ね」


「それに、話を聞いた限りだけど……歌丸くんが相手にした天使って、多分ステータスが高い人がいるほど強くなる能力もってたし」


「鬼龍院一人だけでも半端なく強くなってたし……ヴァイスとシュバルツがいなかったらこうして無事じゃいられなかったよ」



ちなみに、現在あの二匹は稲生と一緒に別の病室にいる。


僕、稲生、それに銃音寛治の三人がそれぞれ別室で入院中である。


僕と稲生は肉体的な怪我は回復薬やら僕のスキルでほぼ完治しているが、ヴァイスとシュバルツの同時融合によって体に変調がないかの検査入院で一日このままだ。


銃音寛治の方は、足が切断されたということでまだ足が上手く動かせないらしく、さらに発熱などして起きられないらしい。


……まぁ、僕が天使を倒した直後、むりやり起き上がって犯罪組織“ディー”の施設の中を片足引きずりながら歩き回っていたからそれも原因の一つなんだろうな。


……あの後、施設の中を見て回ったが……学生証を黒く加工する施設っぽいものが見つかった。


ぽい、というのは……僕はもちろん、あの場にいた誰もその施設を利用することが出来なかったのだ。


学生証と合わせたくぼみのある台座があった。


似た様な施設としては、前線基地にある転職とかに使う台座があるし、同型の施設だということでドラゴンに対して追求することとなったので、その結果待ちだ。


……そして、他には大量の学生証が床にゴミみたいに散らばっていた。


会津先輩と来道先輩、それに土門先輩がいくつか確認したところ、行方不明になった生徒ばかりだったと聞く。それも一年生……お世辞にもステータスが高いとは言えないものばかりだった。


これで確信したことだが……迷宮で死亡した生徒の死体は、迷宮生物に食われえるか、迷宮の床や壁に吸収されるか、階層によってはゾンビとなるかというのが一般的だ。


しかし……持ち物に関しては同じようになると思われ続けていたのだが……少なくとも、学生証に関しては今までのすべてが“ディー”の元に流れ着いていたと考えた方が良いだろう。


つまり、今まで亡くなった生徒の能力はすべて“ディー”が使用可能になっている。


やつらの漠然とした脅威度に一定の基準が付いたわけだ。



「まぁ、犯罪組織のことは置いておいても……色々とエンペラビットについては生徒会ではどうするかって話になったの?」



先に地上に戻った植木先輩たちが、エンペラビットが迷宮でなくなった人の魂の集合体から転生した存在……つまり、元々は人間であったということは知らせてくれたはずだ。


植木先輩の所属する南としては積極的にエンペラビットの保護に注力してくれるだろうが……



「北学区としては、見かけても攻撃しないように周知徹底することにはなるらしいわ。


もっとも……人間だったってことは黙ったままにするらしいわよ」


「……まぁ、それが妥当だよね」



今、こうして人の姿になったやシャチホコを見る。


……こんな小さな子供を僕は生きるためだとはいえ戦わせていたんだと、今更ながらちょっと罪悪感を覚える。


それに……やっぱり迷宮で亡くなった遺族の人たちのことを考えると、エンペラビットの力を借りざるを得ない今の状況ではその公表は悪手となりえる。



「……歌丸くんがあまり気に病むことは無いと思うよ」


「え……?」



英里佳は優しい微笑みを浮かべ、僕の手を握ってくれた。



「お父さんが私たちに力を貸してくれているのかもしれない。


そう思えるのは、凄く幸せだし、私は、凄く嬉しい。


そんなこと考える人ばっかりじゃないかもしれないけど……それでもきっと、私と同じ思いの人はいると思う。だから、歌丸くんがそこまで気に病むことなんて無いんだよ」


「……そうだね、ありがとう英里佳」



その言葉に少しばかり僕は気持ちが軽くなるが……それでも僕は黙っていることがある。





時間は戻り、地上に戻る直前……僕たちは来道先輩からとあることについて口留めを受けた。



「俺たちを襲ってきた、あの男の情報については口外するな。特に、榎並英里佳に対してはなおさらだ」



その時、犯罪組織“ディー”のアジトにいた僕たち善人はあのシルエットに隠れていた、赤髮の西洋人の男の顔を見た。


そしてその全員が、その風貌に英里佳のことを連想した。


そして……奴は“ドラゴンスレイヤー”を連想させる発言をいくつも残していた。



「奴らは自分たちのボスを神といい、そして自分の肉体を汚れた器と呼んだ。


そして俺たちを邪神の使徒と……そして……」



来道先輩は、僕の傍にいる幼い英里佳みたいな容姿となったシャチホコを見る。



「歌丸の力があれば、汚れない完璧な器が生み出せるとも言っていたな。


おそらく、奴らの欲する存在は今のシャチホコのような存在なのだろうな」


「シャチホコが狙われるってことですか?」


「かもしれないが……おそらく違うだろうな。


奴はそのあと、妙なことを言っていたんだが……」



来道先輩は、一度会津先輩に目配せをして、会津先輩が頷いたのを確認してから僕を探るように見てくる。



「奴は、去る直前に『歌丸連理の力を肉体から引き剥がしたことも、残った肉体にこの力を生み出させることだったのだ!』と言っていた。


何か、心当たりはないか?」


「え……そんなこと言われても……何のことなのかさっぱりなんですけど」



本当に心当たりがない。


僕はそもそもこの学園に来るまで犯罪組織の存在すら知らなかったわけだし……



「……そうか。


ひとまず、あのシルエットの男に関しては俺の方で調べを進めるから、決して口外するなよ」





と、注意を受けた。


……気になる点は様々残っているが……ひとまずはあの男の正体だ。


もし、あの男がすでに捕まえた犯罪組織の二人みたいに何かに操られえていて……そして……もしあの男が本当に英里佳の……



「歌丸くん?」


「え……あ、いや、ごめん、ちょっとぼうっとしちゃって」



いかんいかん、そうでなくても今回のことで英里佳を心配させたのに、さらに心配させるなんて……



「まぁ、無理もないわよね。いきなり迷宮生物と融合それも二匹同時とかしてたわけだし……肉体に何か異常が起きていても不思議じゃないわ」


「うん、私も一応定期的に検診受けて正常だったけど……歌丸くんまで大丈夫だとは限らないし」


「まぁ、難しい話はそれくらいにしない」



そう言って、シャチホコを抱っこしている紗々芽さんが話しに入ってきた。



「私たちは明日も仕事だし、今日は日暮くんとギンシャリちゃんが護衛として残ってくれるから安心でしょ」


「……そうね、ウタマル、しっかり休みなさい。私たちの仕事だってまだまだあるんだから」


「うん、わかった」



そしてチーム天守閣の女性陣は去っていき、残ったのは僕と戒斗、ギンシャリの男子チームのみとなった。



「なんかごめんね、色々と気を遣わせちゃって」


「別に俺は良いんスけどね……榎並さんは気にしてたみたいッスけど……お前と一緒にいたメンバーの実力は、俺らと大差なかったし、その上で遭難とかなったら、もうどうすんだって感じっスから」


「……いや、だとしたら、やっぱり僕が軽率だったよ。


あの時、ユキムラやシャチホコ、鬼龍院のことをもっと信用すべきだった」



迂闊な攻撃をした結果、僕だけじゃなくて稲生も鬼龍院も遭難させてしまった。


自分のせいで誰かが死ぬかもしれないというあの恐怖と後悔は……多分、一生僕は忘れられない。



「……改めて痛感したよ。僕、実はすっごく戒斗たちに依存してたんだなって。凄く心細かった」


「……ちょっとは学んだらしいッスね」


「え?」


「お前のその気持ち、たぶんそれより辛いのをあの三人は昨日丸一日……いや、その前からお前に何がある度にずっと感じてたはずッス」


「…………ごめん」


「俺に謝ってどうすんスか」


「いや、三人にももちろん謝るけど……戒斗にも心配かけたから……だから、ごめん」


「……はぁ……まぁ、俺もグチグチ言うつもりはないッスよ。


ひとまずさっさと寝ろ。お前、明日からまたガイドの仕事あるんからね」


「うん、わかった」


「ぎゅぎゅ」


「ああ……ギンシャリも、おやすみ」



僕は意識覚醒アウェアーを解除して目を閉じた。



―――

―――――

―――――――



……そして、ふともう一度目を開くと、周囲が暗くなっていた。


時計の方を見ると、短針が2を示していた。


……どうやら思っていた以上に疲れていてすぐに眠っていたらしい。


「ぎゅ?」

「起きたんスか?」


「あ……ああ、戒斗は? もしかしてずっと起きてたの?」


「まさか、何かもの音がしたらすぐに起きるようにしてただけッスよ。


で、水ッスか、トイレッスか?」


「あー……ちょっとトイレに行こうかな」


「なら、念のため隠密スキル発動させてついていくッスよ」


「大袈裟過ぎない?」


「お前の護衛だったら全く足りないくらいッスよ」

「ぎゅう」



そう言って戒斗は腕章の力で制服を迷宮仕様に変化させた。


ギンシャリまで同意見というのはちょっと納得いかないが……事が起きた直後なので大人しく従おう。


戒斗の力で周囲からは僕たちの姿は見えなくなり、その状態で廊下を歩いていく。


ちなみにギンシャリは僕の頭の上の乗っている。



「夜の病院って怖いってよく言うけど……戒斗がいると普通に倒せるなって思ってしまう」


「ガチの幽霊やゾンビがいる暗闇エリアで慣れたもんすからねぇ……」



何気に僕たち二人のコンビでの不死存在アンデットの撃退数は半端ない。


迷宮ゴーストバスターズを名乗れるのではないかと個人的に思っている。


基本的にはゴーストは遭遇しないように逃げるか、追い払うためのガチガチの装備を固めないと対処できないらしいしね。



「あ……でも、エンペラビットたちのこと考えると、ゴーストに関しては積極的に戦った方が今後はいいのかな?」


「ゴーストの一部は死んだ学生たちだったってのは前から言われてたっスけど……確かに、あのままよりはエンペラビットになった方がマシなのかもしれないッスね……そのあたりも、話あった方が良さそう……」



戒斗が言葉の途中で黙り、何があったのかと思ったが……その理由はすぐに分かった。


僕たちと反対方向から、松葉杖をついた男が歩いて来るのだ。


別にそれだけなら問題ないのだが……その男は、まるで今まで話していたゴーストを連想させる幽鬼のような雰囲気で歩いていたのだ。



「銃音、寛治」

「ッスね……」



今、僕たちの姿は奴には見えていない。


だからだろうか、焦点が定まらないまま視線を前に向けて歩く奴の姿が、とてつもなく不気味に見えた。



「どうするッスか?」


「どうって……なんか様子がおかしいし、放っておくのも……ねぇ」


「……ちょっとだけ様子を見るッスよ」



僕たちは隠密スキルを維持したまま、ゆっくりと廊下を歩いていく奴についていく。


そして何を考えたのか、奴は松葉杖のまま階段を上っていく。途中で危なっかしい所はあったが、鍛えているだけあって一人で階段を登り切った。


最終的に奴は屋上へと到達する。


深夜ということで周囲は静かなものであるが、遠くに西学区の繁華街の明かりが見える位だ。



「なんか、凄い嫌な予感がするのは僕だけ?」


「……そういや、あいつ犯罪組織に対して並々ならない執念見せてたっスよね。


なのに、ぶっちゃけ今回の成果って殆ど何もわからなかったんスよね」


「まぁ、ドラゴンが用意したものと同じような台座とか、行方不明になった生徒の学生証はみつかったけど……犯罪組織の具体的なルートに関してはわからなかったよね……」



確かに、そう考えると奴にとっては骨折り損のくたびれ儲け……いや、骨折れたどころか足切断されたところでエリクサーまで使ったのだからそれ以上なのか……?



「もしかして、自殺とか……」

「ありえるッス……」



いざという時のために拘束用のレージングを準備しようかと考え始めた時だった。


銃音寛治は唐突にこちらの方を見た。



「――するかアホ共が」


「「っ」」


「俺の職業は今アサシンだぞ。低レベルな隠密くらいわかるわ。


寧ろ、俺レベルの奴には却って目立つぞ」



……どうやら完全にバレていたらしい。



「戒斗、言われてるよ」


「ジャッジ・トリガー使うのに魔力系のステータス上げるの優先してるんスから仕方ないだろ……」


「たくっ……人が気付かない振りしてれば随分と好き勝手言いやがって……」


「……そう思うくらい、あんた酷い顔してるんだけど。


らしくなさすぎて、心配になるくらいに」



僕がそういうと、銃音寛治は自分の顔に手を当て、数秒ほど黙る。



「……はっ……確かに、俺らしくない……ああ、昔と同じだな、これじゃ」



自嘲気味に笑って、奴はベンチの方に腰かける。



「――犯罪組織“ディー”は、おそらく来年までは大きな動きは見せないだろう」



そしてぶっちゃけられたその言葉に、僕たちは思わず顔を見合わせた。



「……なんでそう思うんですか?」


「来年までっていうのは、随分具体的っスね」


「ああ、そりゃそうだ。


俺は……金のためにあいつらは動いているとずっと思っていた。


だが、違った。


奴らにとって金を集めるのは、あくまで手段……自分たちの手駒を増やすために利用していたにすぎない。


そして、金が不要になった今……奴らはもう、そのすべてを切り捨てる。


これを見ろ」



そう言って、いきなり銃音寛治はスマホを投げてきた。



「うぉ、っとと、ととぉー!?」「はいキャッチ」



僕が落としそうになったスマホを、隣にいた戒斗が冷静にキャッチした。



「……あ」



そして、スマホの画面を見て怪訝な顔を見せる。


どうしたのかと思って僕もスマホを覗き込むと……そこにはネットニュースの速報が表示されていた。



『全国一斉で迷宮学園の犯罪組織関係者摘発!!』



その見出しに、僕は一瞬意味が分からなくなった。



「え……これ、どういう……あんた、もしかしてあの施設で何か証拠を……?」


「見つけてねぇよ。お前も傍で見てただろうが」


「それはまぁ……でも、ならなんで本土の方でいきなりこんな一斉摘発なんてことに……?」


「決まってんだろ……あいつらにとって、もう金儲けの手段でしかない人間は不要になったんだよ」


「……そのあいつらって、この捕まった連中じゃないんスか?


あんたはずっと、この学園で起こる事件とそれに関わる金の流れを追っていた。


……もともと怪しいと睨まれていた政治家や、金融業界の重役まで逮捕者のリストに上がっている。


黒幕だと言われても納得できるような顔ぶればっかりッスよ、これ」



逮捕者の名前に上がっている者たちを見て舌を巻いている戒斗


一方で、やはり銃音寛治の表情は暗い。



「確かに、昨日までならそれで俺は大喜びできただろうな。


でも、違うだろ。


もう、そういう人間同士の争いじゃなかったんだって、お前だって本当は気付いてんだろ、歌丸連理」


「それは……」



……そう、かもしれない。


いや、戒斗だって、疑う程度のレベルでも気付いているのだろう。



「あんたが、本当に捕まえたかった存在は、人間じゃない。


たぶん……ドラゴンと同等の、そしてドラゴンとは別の存在だった」



僕の言葉に、銃音寛治は無言で口元を小さくゆがめる。


笑っているような、悔しがっているような……微妙過ぎる小さな動きだ。



「そりゃ金の流れ追っても無駄だったわけだ。


あいつら、ドラゴン並のとんでもない力で辻褄合わせて偽装してたんだ。


初めからただの人間如きが、どうやったところで気付けるはずがなかったんだ!」



ベンチにふんぞり返って高笑いを浮かべるその姿は、なぜだかとても痛々しいように思えた。



「でも見ろよ!


あいつらがそれ止めた途端にこれだ!


俺以外に、必死に奴らの足取り追ってた奴が、すぐにそのほころびを見つけてくれたぞ!


きっと喜んでるだろうな!!


今までの苦労も犠牲も、全部報われたんだって、涙流しながらさぞ喜んでんだろうよ。ああ、まったくもってめでたいめでたい!!


――――めでたすぎて、泣けてくるぜ」



静かに、静かに涙をこぼしながら、銃音寛治は空を見上げる。



「誇れよ、歌丸連理。


これも全部お前のおかげだ」



その瞳が何を見ているのか、僕にはわからなかった。


怒りを感じているのだろうが、その矛先は僕ではないどこかに向けたがっているように思える。


そして、銃音寛治自身も、その怒りの矛先を見失っている。



「おかげで、俺はようやく……先輩の仇を取れたぜ」



そう言った奴の顔には、一切の救いも僕は見いだせなかった。

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