第72話 忘れたなんて言わせない!



東学区の病院


その一室を目指してやってきた北学区生徒会役員である氷川明依ひかわめい湊雲母みなときららは現在、病室の扉の前に張り付いていた。


普段の彼女たちらしからぬその行為、であるが、それをするだけの理由となる状況が今の病室の中で起きていたのだ。



『僕が傷つかないように、僕の隣で、僕を守って欲しい。


僕は弱いから、無理でも無茶でもしないとまともなことできない。


そんな無理を……英里佳に支えてほしい』



『約束する。


私が、今度こそ歌丸くんを守るよ』



中から聞こえてくる用のある歌丸連理うたまるれんりと、その看病をしているという榎並英里佳えなみえりかの会話である。



「こ、これって……つまり、あれですよね?


こ、ここ……告白……!」


「セリフが男女逆な気はするけど……そ、そうね……間違いないんじゃないかしら……!」



普段はわりと冷静なキャラの二人だが、今は頬をやや上気させて興奮気味に中の様子を確認している。


片や生徒会の副会長として日々書類に迷宮生物モンスター、そして学業を相手にするなど目まぐるしい日々を送る氷川


もう一方は常に命を守る最前線の医療課の中心として迷宮から戻ってきた学生の治療に粉骨砕身ふんこつさいしんの日々を送る湊



しかし、二人ともまだまだうら若き乙女


それどころか、二人とも激務に追われるあまり恋愛もまともに経験したことのないおぼこ


故に、こと恋愛に対しては人一倍興味津々なのだ。



『歌丸くんは…………私が傷だらけになっても……その……』


『嫌いになんてならない』



「「おおぉ!」」



歌丸が強引に榎並を強引に引き寄せようとしたその瞬間、二人して扉の隙間に顔を近づけて食い入るように中を見る。


角度的に榎並の顔は見えないが、かすかにそっと唇を差し出しているように見える。


おそらく二人の予想は当たっている。


その証拠に、歌丸が顔を近づけようとしているのだ。



――行け、行け、行け



知らぬ間のうちに手に汗を握りながらその様子を見る。


自分たちが今周囲からどう見えているのかなど気にしない。



そう、その後ろに、仲間の様子を見に来た三上詩織がいることなど、一切気にしてない!


というか気づいていない!



そして、もうすぐ二人の姿が重なろうとしたその時だ。



「連理の病室に何か用ですか?」



「――わああああああ!?!?」

「――ひいぃぃいいい!!??」




というわけで以上、前回の回想であった。





「英里佳、ここ四階なのに……」



羞恥のあまり、窓から飛び出すという荒業をやりのけた英里佳


まぁ、この学園に入ってもうかれこれ二か月たってるから、身体能力は強化されているので平気だろう。


そうでなくとも彼女はベルセルクだし、下手な上級生よりよっぽど運動神経もいい。



「……ああ、大丈夫みたいね。


今駅に向かって走ってるわ」


「そっか」



一応念のために様子を確認してくれた詩織さんの言葉に安堵して、僕は視線を戻す。



「で、揃って何してんですかあんたら?」



一応敬語は使っているが、正直二人そろって僕の尊敬度は著しく低下していた。


まぁ氷川に関してはもうほとんどゼロみたいなもんだったが、まさか湊先輩まで覗いていたとは予想外だった。



「えっと……その……」

「お、お見舞いに来たの。はい、これゼリー」



言い淀む氷川の代わりに湊先輩が大きめの箱に入った高そうなゼリーを渡してくれた。



「はぁ……ありがとうございます。


では、せっかくなのでみんなで食べましょう。


詩織さんも好きなの取ってよ」


「それじゃあありがたく…………このフルーツ、もしかして榎並が置いてったの?」



詩織さんが何気なく見た僕のベッドの横に置いてある大きな籠に入ったフルーツの盛り合わせ。


今朝入院したばかりの僕のお見舞いに来る人などそう多くはないから、普通はそう考えるだろうけど、残念ながら違うのだな、これが。



「いや、それはついさっき学長が置いてった」


「「「え」」」



僕の言葉に三人とも絶句した。



「……あの学長が?」



氷川がドン引きした顔でフルーツを眺める。


気持ちはわかるけどフルーツに罪はないのでそういう顔はしないでもらいたい。



「まぁ、これだけ置いて行ってすぐに帰ったし、英里佳も僕に気を使って寝たふりしてくれたから特に問題はなかったよ」


「そう……それは本当に良かったわね」



英里佳の学長への憎悪を知っている詩織さんはほっと胸をなでおろした。


まぁ、初対面に銃を撃つような過激なことはあれ以来してないが、それでもかなり空気がぴりついているからね。



「……え、うそ……これって“マキシマムフルーツ”じゃない……!」



僕たちが感慨に耽っていると、湊先輩が籠の中の中心にやけに強調するように設置されている薄紅色の果実を見て驚愕していた。


パッと見はバナナみたいに細長いが、色合いはリンゴを連想させる。



「それがどうかしました?」


「迷宮の50層以上先でしか取れない最高級フルーツよ。


食べれば滋養強壮、疲労回復、免疫力の向上、肝臓の機能を活性化、カルシウムの吸収を高めて骨粗しょう症の改善させるとか……効かない病気を探すほうが難しいくらいの、新しい万能漢方とも言われてるわ」



新しい漢方って、なんかおかしくね?



「普通に買えば一房20万は下らないわ。


それ一本だけでも10000円以上の値がつくわよ」


「な、なんと……これ一本で……!?」



なんという高級感


迷宮産のフルーツって本当にすごいな。



「今の連理にピッタリじゃない。


それ食べれば少しは回復も早まるでしょうね」


「あ……確かに。


学長からの品だっていうのが癪だけど、少しでも早く退院できるように食べさせてもらうよ」


「ちょっと待って、今皮剥くわね」



僕の横に座ってアイテムストレージからナイフを取り出して、手馴れた手つきでマキシマムフルーツの皮を剥く。


そしてほかに使い捨ての皿を取り出して一口大に切ったフルーツを並べ、爪楊枝をさして差し出してくれた。



「はい」


「ありがとう、結構手馴れてるね」


「これくらい普通よ」



そう語る詩織さんだが、どこか得意げだった。



「いや、僕にはできないよ。ああ、そういえば自炊してたんだっけ」



前に北学区のスーパーで、買い物袋を持った彼女の姿を思い出す。



「ええ。出来合いのものだとどうしても栄養偏るから。


日頃の健康を考えるならやっぱり自分で作ったほうがいいのよ」


「凄いな……僕なんてモヤシ炒めくらいだよ作れるの」


「そんなの誰でもできるでしょ……まぁ、あんたも今後のこと考えると食事も考えたほうがいいわね」


「どうして?」


「あんたはスキルの効果で筋肉疲労がほとんどなくなったんだし、栄養さえしっかり取れば人の何倍も効率的に体を鍛えられる。


あんたの低ステータスを改善するいい機会じゃない」


「なるほど……確かに、13層でも短時間でステータスが改善されたもんね。


うん、いいかもしれない。


でも自炊ってちょっと大変そうだよね……」


「慣れないうちは仕方ないわよ。


私も教えるし、しばらくは私が昼食作るから、休みとか時間があるときに一緒に作って料理覚えない?」


「え、いいの? 手間じゃない?」


「すでに紗々芽とも一緒に作ってるし、いまさら一人分増えても大した手間じゃないわよ。


あんたのステータスが改善されれば結果的にこっちも楽できるわけだし、ギブ&テイクよ」


「なんか悪いよ…………僕にできることとかないかな?」


「そうね…………とりあえず作る量は増えるし、買い物とか荷物持ち手伝ってくれるなら助かるわ」


「なんか返せてる気もしないけど、それくらいならむしろ喜んでやるよ」



昼食は学食とか購買のパンばっかりの生活で、朝と夜に寮母の白里さんの用意してくれたものを食べる生活だったが、昼食も栄養バランス考えるのならやっぱり詩織さんに頼るべきだろう。



「……ねぇ、歌丸くん、三上さん」


「はい?」

「なんですか?」



なんか信じられないものを見た、って顔をしている湊先輩が、恐る恐る、かなり細心の注意を払うような感じで口を開いた。



「二人は……その、付き合ってるの? 恋人的な意味で」


「「いえまったく」」



異口同音だった。



「そ、それにしては仲が良いように見えるんだけど……?」


「まぁ、なんだかんだでお互い修羅場をくぐったり腹割って話しましたから……ねぇ?」


「そうね…………まぁ、信頼関係が築けたのはありますね。


お互いにこれから先のことを考えると必要不可欠な存在だと思ってますし、連理を強くすることは私にとっても大事なことですし」


「……う、歌丸連理!」


「なんだ氷川」


「私に対してなんでそう生意気なんですか!


って、そうじゃなくて……あなた、さっき榎並英里佳に対して告白してたのに、別の女性と仲良くするなんてふしだらだとは思わないんですか!」



ビシッと僕を睨みながら指さす氷川



「人聞きの悪いことを……僕たちは全然そういう関係じゃ」「告白ってどういうこと?」「な、い…………って、あの詩織さん?」



なんか近くない?



「告白ってなに?」


「あ、や……その……えっと……みんなが、その来る前に……ちょっと、英里佳といろいろ話したというか……」


「いろいろじゃわからない。


具体的には?」


「ぐ、具体的にって…………まぁ、その…………英里佳から僕は弱いから無理はしないでほしいって言われたんだけど…………その、なんだかんだでこれからも似たようなことがあれば同じことするだろうなってことになって……」


「そうでしょうね。で?」



近い近い近い……!


問い詰めるならもうちょっと顔を離してもいいんじゃないかな!


さっきから吐息が顔にかかるくらい近い上に、なんかいい匂いがしてドギマギしてしまう!



「それで、続きは?」


「あ、あの……ち、近すぎるってば!」


「え…………あっ」



僕の言葉にようやく詩織さんは現在の距離に気付いたらしい。


もう文字通り眼前、5㎝もなかったくらいにお互いの顔があった。



「ん、んんっ……で、続きは?」



まだ聞くのかよ。


咳払いして平静を保っている様子だが、なんか詩織さんの顔が赤い。



「まぁ…………だから、英里佳には僕を守って欲しいって言った」


「ふぅん…………榎並はそれでなんて?」


「えっと、それで守ってくれるって言ってもらって、まぁ……その後すぐに氷川と湊先輩が病室に入ってきたかな」



嘘は言ってない。


結局そのあと何もしてないわけだし、自分でもなんであんなことしようとしたのか全く分からないし…………そもそも人にいうようなことじゃないしねっ!



「……先輩方、連理の言葉に嘘はありませんか?」


「あ~…………まぁ、うん、そうね」



湊先輩は歯切れは悪いが頷く。


英里佳が恥ずかしさのあまり窓から逃げ出したほどのことなのだから、触れないでくれるのは非常にありがたい。



「あなた、榎並英里佳が傷だらけになって嫌いにならないって言ってたでしょ」



この伊達メガネ、空気読め。



「だそうだけど、連理?」


「と言われても…………あの、なんで僕責められてる感じなの?」


「責めてないわ、ただ事実確認してるだけよ」


「確認って…………あの、勿体ぶらずに何を知りたいのか言ってよ。


詩織さんは何が知りたいの?」


「え…………」



僕の言葉に、何故か詩織さんは虚を突かれたような顔をした。



「まさかの反撃……!」

「開き直る気なんですかこの男」



外野が何か騒いでいるが、なんか小声で聞こえない。



「何が知りたいって…………それは、その…………ちょっと待ってね」



詩織さんは視線を泳がせてから額に手を当ててしばし黙考する。


彼女の中で物事を整理しているということなのだろうか。



「……そうね、うん、きっとこれよ」



自分の中で何かがまとまったようで、先ほどより少し落ち着いた雰囲気に戻ったようだ。



「連理、あんたが英里佳に言ったことって英里佳にだけに当てはまるの?」


「え……?」


「例えば……その……私とか、はどうなの?」


「どうって言われても……」


「だから……私が、傷ついても嫌いにならないのかってことよっ!」


「そりゃなるわけないよ」



当然のことだ。


そう即答すると、なぜか詩織さんは満足げに頷いて続ける。



「じゃあ、あんたは私に守って欲しいと思ってる?」


「まぁ……できれば」



英里佳には傷ついて欲しくないし、英里佳一人だけだと負担が大きいから分担してくれる人がいればリスクも減るし。



「なら問題ないわ。私たちは同じパーティ、チームなんだもの。


守るのは当然よね!」



なんか嬉しそうだなこの人。



「ということです。


氷川先輩、連理の言葉は告白などではなく、単純に仲間としてお互い協力の要請と信頼関係を確認しあっただけの話です」


「えぇ!?」



何故か氷川がひどく困惑しているが、反対に僕はストンと胸のツカエか消えた気がした。



「そうか……なるほど、確かに今にして思い返すとそうかもしれないな」


「君が説得されちゃうの!?」



なんで湊先輩が驚愕してるだろう?



「見ての通り、連理はその手のことにとてもとても疎いんです。


ただ単に言葉を選び間違えてしまっただけで、榎並に対しての言葉には含まれてはいなかったはずです」



なんで急に僕が貶されるのだろうか? というか、そういう意図ってどういう意図のこと?


指示語じゃなくてもっと名詞を使ってほしい。



「いえ、しかし」「ただの誤解ですよ」


「だけど」「勘違いです」


「あの」「気のせいです」


「……そう、ですね」



何かを諦めたように肩を落とす氷川


一方で僕の目の前に先ほど詩織さんが一口大にカットしてくれたマキシマムフルーツが爪楊枝に刺さった状態で差し出された。



「あの、詩織さん、突然どうしたの?」


「別に。ほら、さっさと食べなさいよ」


「いや、一人で食べられるんだけど……」


「あんた手のほうも痛めてるんだからあんまり動かさないほうがいいでしょ。


13層であんたも私にやったんだし、いちいち恥ずかしがるようなことじゃないでしょ。


ほら、あーん」


「あ、あーん……むぐっ」



口に突っ込まれたフルーツ


噛んでみるとバナナの触感のリンゴという見た目と色合いを混ぜたような味わいだった。ある意味予想通りな感じ。



「まったく関係ないしどうでもいいんだけど……連理、こういうことは榎並さんとしたりした?」


「……ごくっ…………こういうのって……えっと?」


「だから、その…………あーん、とか……」


「してないね」


「そうよね。うん、うんうん、そうよねっ」



そんな風に笑顔になりながら次のフルーツを僕の口元に運んでくる。


なんかいきなり機嫌がよくなったような気がしたが……いったいなんなんだろうか……?



「これって……無自覚っぽいけど……」

「ええ……三角関係ですね……!」



なんか相変わらず湊先輩と氷川が何か話しているが、小声でよく聞こえない。



「……えっと、とりあえずゼリーでも分けて食べましょうよ。


椅子はそこにあるんで、好きに座ってください」


「え、ええありがとう」


「使わせてもらうわよ」



そして二人して部屋に設置されている椅子に座りながら、とりあえず持ってきたゼリーを分ける。



「そういえば連理はどういう味が好きなの?」


「え……あー……その中ならオレンジかな」


「普通ね……ちなみに話変わるけど、料理全般で好きなものは?」


「いきなり範囲広くなったね……」


「今後の昼食、一応好き嫌い把握しておかないとダメでしょ」


「なるほど。


そうだね……やっぱりカレー味とかだったら嬉しいかも」


「子供な味覚ね」


「いや、カレーおいしいじゃん。大人でも好きなものじゃん」


「ふふっ、わかったわよ。カレー味の料理、お弁当に入れてあげるわよ。


嫌いなものは?」


「特にこれってのはないけど」



病院食とか一通り嫌いでも食べるようにって言われてきたから、そのうち慣れてしまったのだ。



「じゃあ、ひとまず月曜日からお弁当作ってくるから」


「うん、楽しみにしてるよ」



「「…………」」



なんかこちらをジト目でみている先輩方だが、いったいさっきからなんなのだろうか……



「それで、結局お二人は本当は何しに来たんですか?


現状でわざわざお見舞いに来れるほど暇でもないでしょ」



この二人、今ものすごく事後処理とかで忙しいはずだ。


特に氷川とか、たまった書類をかたずけなければならず四苦八苦していると思っていたし……



「え………………あ、ああ! そうでした、ちょうど二人そろっていますし、13層でのことを改めて詳しく説明しなさい!」


「はぁ? なんで今さら……会議の時に話したじゃん。瑠璃先輩だって議事録取ってたし」


「金剛瑠璃の議事録がまともに使えた試しはありません」



なんか納得した。



「……わかった。


じゃあ、話す前にそちらも一つ筋を通してもらおうか」


「? なんの話ですか……」



本気でわからないのか、首をかしげている氷川


しかーし、僕は一切忘れていないし、この一件を水に流す気もサラサラない。



「さっさと僕に虚偽の発言で精神的苦痛を与えた件に関して謝罪しろ」


「まだ根に持ってたんですか!?」



当たり前だ。

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