第73話 あ、うん、平穏なんて無い(確信)

「仮死状態の人を万が一にでも死者だとする。


まぁ、額面通りに受け止めるならばそれは完全に的外れじゃないと言えるかもしれない」



だが、それを言えたのはあの現場での話だ。



「しかし救助が終わった今、死者は誰もいないと断言できる。


そうですよね、湊先輩?」


「え……ええ、まぁ、そうね、少なくともあの最後の救出作戦にも攻略戦にも死者はいないわ」


「ということだ。


お前の発言はもう完全に的外れな虚偽であることが証明された。


ほれ、謝れ」



極めて論理的に順序立てて話す。


もうこれは完全に虚偽の発言だ。


今素直に謝るのならば僕も許してやらないでもないくらいの広い心を持っている。



「そんな今さら過ぎたことをグチグチと……!」


「んん~? なんだってぇ~?」



僕は今とっても寛大だから、今の氷川の言葉を聞こえなかったことにしてあげる。


なんて寛容なんだ、僕。



「ほら謝れよ。


『私の的外れな発言で不快な思いをさせて申し訳ございませんでしたー』ってなぁ!」


「この野郎……!」


「副会長落ち着いて」



なんか僕に対して腕を振り上げよううとする氷川を湊先輩が羽交い絞めしている。


百合かな?(すっ呆け)



「あー、なんだかとっても疲れたなぁー


意識覚醒アウェアーを解除してひと眠りしようかなー」


「ぬ、ぐぅ……!!」



僕の言葉に、氷川は振り上げた手を肩を震わせながら下す。


ふふふふふふふ……そうだろ、困るだろ。


なんか理由は知らないが、正確な議事録を作りたいなら僕の証言も無視はできないはずだ。



「ほら、早く謝りなよ。


『私の適当な嘘発言で、歌丸連理様に不快な思いをさせてしまい申し訳もございません』ってなぁ!」


「さっきと違うじゃない!」


「えー、なんのことですかぁ~?」


「殴らせて、お願いだから一発殴らせて!」


「副会長、気持ちはわかるけど相手怪我人だから! それに副会長の能力値で殴ったら割とシャレにならないくらい歌丸君の耐久低いから!!」


「大丈夫です! あなたで治せる範囲で加減して砕きますから!」


「骨折前提!?」



まったく、ここは病室だというのに騒がしい。



「やれやれ……わかったわかった、じゃあ土下座でいいよ土下座で『ごめんなさい』な。


ほら、さんはい」


「さんはいって、譲歩したっぽく見せえて謝罪の最上級を要求してるんじゃないわよ!」


「…………ちっ」


「舌打ちしたいのはこっちよ!」


「ああもう、うるさいなぁ。病院で騒がないでくださーい、うるさいでーす」


「」


「副会長、無言でパイプ椅子を高く掲げないで!」


「――――」


「頑なに振り下ろそうとしないで、あ、ちょ、私筋力強くないの、三上さん!」


「は、はい!」



なんか詩織さんまで混ざって氷川を押さえつけようとしている。


いいぞ、もっとやれ。


なんか女の子たちがこう密着しあってる様を見てるとほんわかした気持ちになる。


特に豊満な感じだと尚良い。


氷川は性格がドブ以下だが、見た目はかなりの美少女だからこの際許す。


なんかこの場で英里佳がいたら、ちょっとしょぼーんとしてる様子が見れただろう。というかちょっと胸のことで落ち込む英里佳が見たかった。



「ん?」



なんか足のほうで何かがもこもこと動いたような気がした。


毛布をめくってみると、三つの真ん丸な白い毛玉がそこにいた。



「きゅ?」

「ぎゅ?」

「きゅる?」



布団がめくられてでひょこっと顔を同時にあげて、目が合った。



「シャチホコ、ギンシャリ、ワサビ……お前らそんなところにいたのか?」


「きゅう」「ぎゅう」「きゅる」



僕のテイムした三匹のエンペラビットはベッドの中から出てきて僕の枕元まで移動する。


さすがに今は体の上に乗ったりはしないようだ。



「病院にお前らがいるってまずくないか?」


「ああ……その子たちあなたから頑なに離れなかったのよ。


捕まえようとするとすぐに逃げて誰にも手が付けられなかったから仕方なく……」



いまだに氷川を羽交い絞めにしている湊先輩がそんな説明をしている。


ってことは無理やりか……まぁ、そうだよね。普通なら病院に動物とか入れられるわけないし。



「れ、連理、話が進まないから謝罪とかもういいでしょ」


「詩織さんがそういうならまぁ、いいや。許してやる、平伏して感謝しろよ氷川」


「――――」


「学生証から弓を出さないで! それは本気でシャレにならないから!」



なんかもう混沌としてるなこの病室。



「いや、本当にもういいですよ、ぶっちゃけ氷川を煽りたいだけで謝罪とかどうでもよかったですし、もう飽きました」



「殺す」



マジで弓出しやがったこの女。


しかし甘い。



「みんな、そいつを転ばせろ」


「きゅう」「ぎゅう」「きゅる」



僕の指示に従い、一斉に氷川にとびかかる三匹。



「なっ」



驚いた様子だがもう遅い。


本気のエンペラビットの機動力に翻弄され、その肉球キック、頭突き、耳ビンタ、そしてそれに気を取られている間に足を取られてバランスを崩してその場で氷川がすっころぶ。



「いった! ……な、なんでエンペラビットがこんなに強いの……!?」



高レベルの攻略者である自負のある氷川は自分が何もできずにエンペラビットに転がされた事実に驚愕していた。


その光景を見ていたが、湊先輩も信じられないという表情を見せる。



「一応言っておきますけど、シャチホコ以外ステータスは上がったりはしてませんよ。


こいつら素の身体能力だけで強化した英里佳並に動けますから。


もし勇敢な性格と、しっかりした攻撃手段があれば迷宮でもトップクラスの危険性を持っていた迷宮生物モンスターになっていたでしょうね」



唖然


そう表現できるような表情で氷川は三匹のエンペラビットたちを見る。


迷宮でただ逃げるだけの存在が、実は相当強いとしれば当然だろう。


ぶっちゃけ、シャチホコとか本気でやればそんじょそこらの学生は完封で勝てると僕は思ってる。



「じゃあ僕も溜飲が下がったので、本題に入りましょうか」


「こ、こいつ………………はぁあ~……わかりました、もういいです」



氷川はこれ以上言い争うのは不毛だと判断したのか、苛立ち交じりのため息をついてそれ以上何も言わなかった。



「あ、その前に」


「なんですか、まだ謝れと」


「パンツ見えてますよ」



今の氷川は尻もちをついた状態で僕を見上げている。


リクライニング式のベットで状態を起こしている僕はそれを寝ながら見ており、ハッキリ言ってもろ見えであった。



「――そいつを押さえつけなさい」



「はい」

「そうね」



「え、あの、え?」



先ほどまで氷川を抑えていた詩織さんと湊先輩が何故か今度は僕のほうを押さえつける。


そうでなくても怪我人なのに、腕を抑えられてその場から動けない。


氷川はゆっくりとその場から立ち上がり、ゆっくりと近づいてくる。



「シ、シャチホコ、ギンシャリ、ワサビ!!」



もう一回転ばせてくれと指示しようとしたが、その前に氷川が並んでる三匹を見て……



「あ”?」



「きゅ」「ぎゅ」「きゅる」



一声で動きを止め、その場で背筋を伸ばして待機する。



「お、お前らぁ!?」


「――歯を食いしばりなさい、歌丸連理」



すぐ目の前に迫る氷川



「し、詩織さん、今まさに僕ピンチなんですけど!?」


「連理」



詩織さんはにこやかに、慈愛に満ちた聖母のような微笑みを僕に向けて……



「少し、調子に乗りすぎよ」



死刑宣告ならぬ、私刑宣告を言い渡すのであった。


そして視線を戻したとき、そこにはすでに手を大きく振りかぶった氷川がいた。




――――バシィン!!!!




とりあえず、骨折にはならなかったが頬が腫れ上がったとだけ追記しておく。



「さて……それじゃあ本題に入るわね」



手を部屋に備え付けられたウェットティッシュで拭きながら氷川は話す。



「貴方たちが迷宮から運び出した金瀬千歳さん、その親族の方から詳しい情報の提供を求められたの」


「ってことは……ドライアド、ララのことを知りたいってこと?」


「まぁ、そうでしょうね」


「別にいいけど、大まかに前に話した内容と同じだよ。


僕よりも詩織さんの話を肉付けする感じで同じの書けばいいくらいかな」


「一応、あなたがあえて話さなかった部分も聞いておきたいので」


「……なんのこと?」



なんとなく察しはついた。


だけど僕はあえて言葉を選んでとぼけようとする。



「学長から、例のドライアドがアドバンスカードを所持していることはすでにこちらも知っています。


あなたはあえて話さなかったようですが」


「あのクソドラゴン……!」



じゃあ、あの時の会議より前に生徒会は普通にアドバンスカードのことを認識していたのかよ……!


これじゃあとんだピエロじゃないか、僕。



「アドバンスカードのことを公式の場で話せば、私たちがドライアドの討伐に向かうとでも思ったのでしょ。


あさはかですね」


「…………ララを討伐しに行くのか?」


「少なくともこのまま放置はないですね。


そのララという個体が学生に危害を加えない保証もありませんし」


「てめぇ」「お言葉ですが」



僕の横に立っていた詩織さんが、僕の肩に手を置く。



「ララはアドバンスカードのおかげで知性が芽生えています。


そして、彼女は理由なく人を襲うことはないと私は思います。


少なくとも、学生側から不用意に手を出さない限り、危害を加えることはありません」


「それは貴方の私見にすぎません。


和解をしたあなたたちならともかく、ほかの学生が危害を加えられない保証はどこにもない」


「それは……」



僕も詩織さんと同じ考えだ。


ララが誰かに対して危害を加えることは考えられない。


だが、一方で氷川の言葉もすべて否定はできなかった。


僕たちだって、アドバンスカードを持っている迷宮生物モンスターという言葉だけで最初はララがとても危険な存在だと考えていた。


それを僕たちの言葉だけで説得するのは簡単なことではない。



「故に、放置することは考えられません。


ですので、早期にドライアド・ララの討伐」


「――お前」



氷川の淡々とした喋り方に怒りを覚えた。


しかしそんな僕のことをお構いなしと氷川はつづける。



「もしくは、管理下に置かなければなりません」



その言葉を聞いた時、僕は虚を突かれて怒りがどっかにふっとんだ。




「管理下……? つまり、テイムするってことですか?」



「どのように受け取ってもらっても構いません。


少なくとも、ドライアド・ララが学生に手を出さないという保証がなされれば北学区は文句はないのですから」



「金瀬千歳さんの親族が討伐を要請してくるようなら流石に止められないけど、そうでないのなら寧ろこちらとしても手は出したくないのよ。


特にこういう問題は南学区がうるさいから」



湊先輩の言葉で、僕は南学区が掲げているスローガンについて思い出す。


南学区は迷宮生物モンスターとの共生を掲げている。


ならば、知性を持つドライアドの討伐を簡単に許すとも思えない。



「ですので、今後のドライアド・ララの扱いにかかわる重要な資料となりますので、できる限り詳しく13層での内容を説明してください」



そう前置きをして、ノートを学生証から取り出して広げる。


僕と詩織さんは互いに目を見合わせて頷き合う。


僕も詩織さんも、気持ちは一緒だ。


ララは人間と共存できる。


僕とシャチホコたちがそうであったように、彼女も人間と共に歩める存在だ。


だから、そういうことを一生懸命にアピールしよう。





「はぁ……」



土曜日は終わる。


すでに時刻は深夜の12時を過ぎたころ、今回の13層での経緯をわかりやすくまとめた氷川明依は濃い目のブラックコーヒーを飲みながら一息つく。



「……ひとまず議事録はこれでいいとして……」



歌丸連理と三上詩織からの聞き取りはつつがなく終了した。


最初の内容と大きな違いはなく、あったとしてもそれはアドバンスカードの存在だけの話だ。



「……ひとまず、ドライアドの存在については箝口令かんこうれいを出しておくとして……そのあとは……」



なんせ世界の金瀬製薬の関係のあるドライアド


迂闊に手を出していい相手ではないし、現状を維持して出方を待つのが最善だろう。



「このまま何事もなく終わってくれればいいけど…………そうはならないのでしょうね」



目の前のパソコンのディスプレイには、過去のとある事件を題材に書かれた記事が表示されている。


そこには大きな黒く鋭角なフォントでこう記されていた。



『迷宮の闇! 学生たちの新たな殺人手口!?』


『本島の親を脅して金を要求し、応じなければ学生を迷宮に置き去りにする計画的犯行!』


『巨大犯罪組織と迷宮の刺客が潜む恐怖の学園を徹底考察!!』



その内容は迷宮学園でも比較的に有名な都市伝説、いや学園伝説の一つにあげられるものだった。


決定的な証拠は見つからない現状、警察などの治安維持組織が介入しづらい迷宮という環境で起きるきな臭い出来事から誰かが口にし、そして本島で広まった。


そしてその記事の被害者と思われる生徒の中に、とある女子生徒の存在があげられている。



――有名製薬会社の令嬢にして、東学区で頭角を現しだしていたドルイドであるK.Cさん、迷宮で突然の行方不明



「…………本当に、ただの噂で済めばいいんだけど」



氷川は心からそう切に願う。



迷宮学園で戦う相手など、迷宮生物モンスターだけで十分だ。





「というわけなんですよー、凄いでしょう凄いでしょう!


ん? ん? 皆さんのほうは何か面白いことありましたか~?」



ここは学園の中ではない。



いやそもそも日本の領海内でもなければ、地球上に存在するかも怪しい空間だった。



そんな空間で嬉々として語っているのは、宮城県沖合迷宮学園の学長を務めるドラゴンである。



「この子、私のお気に入りなんですけどね、もう春に入学してから青春一直線で、そして今回の大規模戦闘レイドで大活躍ですよ!


何がすごいって、もう彼が潤滑剤としていろんな生徒の良さを、青春を、パッションを大爆発させてくれています!」



興奮気味に、昨日の日本の宮城県沖合の学園で起こった大規模戦闘について語っている。


そして、同じく話を聞いているのはそのドラゴンとは若干の色合いや角や鱗など形状にこそ際はあれど、すべてドラゴンだった。


無数の、百などという数字では到底数えきれないような膨大な数の人類の天敵が、その空間に一同に会していた。



鬱陶しいな、こちらへの当てつけかEine deprimierend zu lernen oder ersetzt?」


うちの生徒のほうが強いぞ、数も多い我学生强大。数量也多


確かにこちらよりパッションにあふれてるなDo not surely overflow in passion than this


羨ましいbenijdenswaardig



口にする言語は様々だが、そのすべての言葉をドラゴンたちは理解し、共有できていた。



「随分とおもろいのを引き入れたようやな、東の」



その中で同じ言語を使うドラゴンが、面白そうなものを見つけたような目でとある生徒を自慢していたドラゴンを見た。



「おやおや、西の、あなたも彼に興味がわきましたか?」


「そうやな、もし気付けとったならこちらに無理を通してでも引き入れとったんやけど、逃したのがほんまに残念や。


というわけで、こちらから一つ提案があるんやけど」


「聞きましょう」



にやりと、二匹のドラゴンが不敵に笑う。



「夏の運動会、合同で勝負せんか?


勝ったほうが好きな生徒引き込めるっちゅうことで」


「やりましょう」



ならこちらも如果连这里

我も우리도

よし、俺もحسنا، أنا أيضا



ここぞとばかりに食いついてくる他国を担当するドラゴンたちだが、さすがにいきなりすぎるのではないかと学長は考えて……



「うーむ……確かにまとめてやったら盛大で面白いんでしょうが、とりあえず初の試みですし、各国、もしくは近隣の国でそれぞれ一回合同やってみて大丈夫そうなら来年全世界合同でやりませんか?」



「「「「じゃあそれで」」」」



そういうことになった。

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