第74話 修羅場の中心でも能天気系主人公

というわけで、退院です。


日曜日、夜の7時


薬とか魔法のおかげで肉体的な疲労も全部回復


精神的な疲労もほとんどないわけなのだが…………現在進行形で、僕は精神的なダメージを負っていた。



「…………」



頭と両肩、合計三匹のエンペラビットを乗せた状態で、僕は立ち尽くす。



「はぁ~……明日学校か~」


「やだなぁ~、休みてー」


「西学区はいいよな、明日授業無くて」


「はぁ? うちは明日はGWに出店した店の撤収作業と売り上げ確認だよ」



多くの生徒たちが、それぞれの寮やアパートへの帰路についており、もはや広場に残っている生徒はほとんどおらず、片付け作業をしている者たちだけが残っていた。



「…………」



そんな中で、僕はただただ立ち尽くす。



「――たこ焼き、食べたかったなぁ……」



広場の片隅に折りたためられたテントに、そんな縁日とかで見かける文字があった。



「射的、金魚すくい、くじ引き、お好み焼き、三色アイス、型抜き、綿あめ…………やりたかったなぁ、食べたかったなぁ……」



諸行無常


最終日、撤収作業もあるのでイベントは5時に終了し、それからもうかれこれ2時間経過


もう大規模な部分以外はほとんど終わっている。


学生証には大抵のものが入るから、もう本当にすぐに終わる。



「みんなでわいわい片付けながら、出店の残り物分け合って食べたり、思い出を共有してみたかったなぁ~……」



「きゅう」

「ぎゅう」

「きゅる」



元気出せよ、的な感じで僕をそれぞれの耳で撫でてくるパートナーたち



「……うん、そうだね。


帰ろうか……晩御飯は白里さんがごちそう用意してくれるって連絡くれたわけだし…………うん、帰ろう」



今日、誰もお見舞いに来てくれなかった。


いや、もともと退院する日だから別にいいんだけど、連絡の一つくらいは……ね? 欲しいとか思ったり……こっちからお見舞いに来て、とか、迎えに来て、とか頼むのもなんか変だし…………うん、でも……なんか、ちょっと、ね、あの…………



「寂しい……」



なんかすごい久しぶりに孤独だ。


学園に入ってから、なんだかんだでいつもみんなと一緒にいた。


英里佳と口をきけなくなったときは戒斗がいつもいてくれたし、迷宮では詩織さんが一緒だった。


普通に探索してた時も、苅澤さんといろんな話をしてたし、ギルドに入ってからは先輩たちとも話した。


寮ではシャチホコ目当てだったけど、白里さんともよく話したし……



「…………そっか、この学園に来て、こんなに人と話さなかったのって久しぶりだったっけ」



いつの間にか、人と話をすることに慣れていたんだなと、実感する。


なんとなく夜空を見上げる。


少しずつ日が長くなっていて、黄昏たそがれの紫っぽい暗色の空に、まだかすかだが朱色が差し込まれている。



「歌丸か?」


「え?」

「「「ふしゃー!」」」



匂ってきたタバコのにおいに、三匹が一斉に威嚇に前歯を出す。



「おっと……すまんすまん、今消す」


「あ……武中先生たけなかせんせい



僕に声をかけてきたのは、担任の武中幸人先生たかなかゆきとせんせいだった。



「お久しぶりです、先生」


「え……あ、ああ……まぁ、確かに休みはいる前ぶりだが……久しぶりって言うほどか?」


「いえ、なんか体感時間だともうそれくらいなんで」


「あー……確かにお前、遭難したと思ったらエリアボスの最前線で大立ち回りしてたもんな。


それだけ濃い体験してればそう感じても不思議じゃねぇか」



いや、もっと具体的には2、3カ月位ぶりな気が…………いや、考えるのはやめておこう。



「まぁとにかく……またこうして生きてお前の顔を見れて嬉しいよ」


「先生……」



やばい、凄い嬉しい。



「ところで、なんでエンペラビットが増えてるんだ?」


「ぎゅ?」「きゅる?」


「迷宮で新しくテイム……というか、仲良くなったんです。


てっきり残るかと思ったんですけど、なんか僕と一緒のほうが楽しいらしくて」


「ははっ、そうか。まぁわからないでもないな」


「それはそうと、先生はどうしてここに? 撤収作業はもうほとんど終わってますよね?」


「あー……ちょっと見送りの後の教師同士のお疲れ会だな。中央広場近くに集まって月見酒さ」


「見送り?」


「西学区の港から生徒の遺体を本島に送ったんだ。


今年に入って初めての大規模戦闘レイドの見送りでな……強制ではないんだが、ほとんどの生徒も教師もそっちに行って、ついさっき船が出たところだ」



……そうか、広場に来るまでやけに人が少ないと思ったらそういうことだったのか。



「それで、俺たち教師はなんとなくな……死んだ生徒がどんな奴だったか思い出して話し合いながら、今日は酒でも呑むのさ」



そう語る武中先生はどこか辛そうな顔をしていた。


だから、僕はなんとなく訊ねてしまった。



「…………クラスで、誰か死んだ人がいたんですか?」


「…………ああ」



背筋が冷たくなった気がした。


何か、僕も本当に一歩間違えればそうなったのかもしれないと今さらながら実感する。



「えっと……その、誰だったんですか?」


「比奈岸と布施、それと米田の三人だ」



武中先生はそう名前を出したが、正直僕はその三人の名前を聞いても顔が浮かばなかった。


……ああ、そっか。


僕、攻略に一生懸命でクラスメイトの顔まだ覚えてなかったんだ。そんなことを僕は今気づく。



「まだ少し先だが、クラスが合併することになるだろうな」


「合併って……うちのクラスもですか?」



言い方は悪いが、三人の欠員でクラスが合併するのってちょっと大げさな気が……



「今回のイベントで他学区への転校希望者が出てきたんだ。


仲間が死んだってのもあるが……大怪我して攻略が無理になったり、自分の命が大事だって気づいた奴もいたり……まぁ、いろいろあってな、うちのクラスも三分の一は来週中にはいなくなる。


クラスによっては過半数がいないなんてところもあるから、効率化を考えての合併だ。


まぁ、例年通りのことだけどな」



……そっか。


これまでの攻略で、僕たちのクラスから死者が今まで出てこなくて、転校する人もいなかったから忘れてたけど……そうだった、この時期が一番北学区の生徒の減少が多かったんだっけ。



「もし」



武中先生は、僕を見ながら、それでいて僕を見ていないような……遠い目をしていた。



「もしお前が、もっと前から参加してたら…………最終日のことを見ていると、思わずそう考えちまうよ」


「えっと…………あの、アレは、僕一人じゃなにもできなくて……満足に囮もできませんでしたし……運がよかっただけで……その……なんというか……」



死者0で終わった最終日の大規模戦闘


その結果は間違いなく誇らしいものなのだが、なんだか……どうしてそれをもっと早くやらなかったんだって……そう言外に言われているような気がしてしまった。



「ああ、悪いな、責めてるわけじゃないんだ。


お前も遭難で大変だったのは知ってるし……ただ、もしお前が俺と同い年だったら」


「先生と……同い年……?」



いきなり話が飛んだ。


いったいどうしてそんなことに?


そんな言葉を考えながら続きを待つと、武中先生はゆっくりと顔を横に振る。



「…………いや、すまん、忘れてくれ。


ちょっと酒入ってるから、どうにもおかしいこと言っちまうみたいだ。


じゃあ、俺はそろそろほかの先生たち待たせてるから行くな。


お前もさっさと帰って、明日元気に登校して来いよ」



そういって足早にその場から去っていく。


それがまるで、何かから逃げているように見えたのは気のせいだろうか……?



「……もし僕が、もっと早く大規模戦闘に参加していたら……」



そう考えて、僕は嘆息する。



「馬鹿らしい……僕一人でどうこうできる問題じゃないだろ」



確かに今回、最終日に僕が参加した大規模戦闘は死者が出ない最高の結果を残したが、運がよかったからだ。


運がよく、尚且つみんなに助けられて……僕一人で成し遂げたことなど何もない。



「結局一人でできたことなんて何もないのに、何をおごってるんだろうな、僕は」



一人になって寂しい気持ちはあるが、結果的に頭がよく冷やされた。


そう、忘れちゃ駄目だ。


僕は弱い。


いつ死ぬかわからない。


だからこそ、全力で僕は迷宮に挑むんだ。



「よし、今日は夕食いっぱい食べて、明日に備えて早く寝よう!」



そう考えながら、電車を乗り継いで寮へと戻ったその時だ。



「「「「退院おめでとー!!」」」」



「……へ?」



寮に入って、食事が用意されている食堂に向かった瞬間、クラッカーを鳴らされた。


中にいたのはチーム天守閣のいつもの面々に、風紀委員(笑)の先輩方、そしてこの寮で話したことはないが挨拶くらいはする人たちが集まっていた。



「ほらほら、歌丸くん、その子たちは私が預かるから席に座って座って」



半ば強引に寮母の白里さんが僕の頭や肩に乗っているエンペラビットたちを抱き上げて僕の背中を押す。


僕が近づくと、英里佳が椅子を引いてくれた。



「ありがとう」


「う、うん」



昨日の一件を気にしているのか、目は合わせえてくれなかったがちゃんと答えてくれた。


よかった、無視されたらすごくつらかった。


そして僕の右隣に英里佳が、左隣に詩織さんが座って、いつの間に設置されている小さなステージに、我らがリーダーの瑠璃先輩がマイクを持つようにおしぼりを手にして立つ。



「ではでは、ようやく主役三人が揃ったところで、“レイド祝勝会”兼“遭難生還記念会”兼“救出作戦成功お祝い”兼“GWお疲れ様会”の四次会を始めまーす!」



どんだけ祝ってんだよ。というか四次会って何? 一次会から呼んでよ。



「はいはい、グラスを持ってー、かんぱーい!」



「「「「かんぱーい」」」」


「か、かんぱーい」


言われるがままオレンジジュースの入ったグラスを掲げた。



「連理、退院おめでとう」


「あ、うん、そっちもおめでとう」



最初に話しかけてくれた詩織さんとグラスを軽くぶつける。



「れ――う、歌丸くん」


「あ、うん、英里佳もありがとね」



次に英里佳ともグラスを軽くぶつける。


というか今なんで言い淀んだの? 僕の名前すごいわかりやすいよね?



「レンりんおつかれー! どうどう、びっくりした?」


「そりゃ、驚きましたよ。


わざわざ僕が来るの待っててくれてたんですか?」


「そうだよそうだよー、うれしいでしょー」


「連理、冷静に考えろ。四次会も開いてる時点で待ってないぞこいつ」



自慢げに語る瑠璃先輩にそんな突っ込みを入れつつ、ウーロン茶を片手に持った下村大地しもむらだいち先輩がやってきた。



「お前と話してみたいってやつも結構多かったんだが、さすがにこの時間だとみんな明日学校ってことで自分の部屋に戻ったんだ。


かといって、身内だけだと寂しいし、もっと盛大に祝いたい瑠璃の奴がごねるから、寮にいた連中も希望者募って参加してもらったんだ」


「まぁ、そうですよね」



横目にちらっとほかの参加者を見たが、正直話したこともない人ばかりだ。


それでも、なんだかみんなこちらのほうをチラチラと見てきている。


その視線は、以前は感じたような嫌なものではなく、なんだか興味を持たれているという様子な気がした。



「でも、今日この会を機会に話してみたいですね」


「お前って本当にコミュ力高いな」


「そうでもないと思いますけど……」



だって僕、嫌な感じがする人には絶対に近づかないし……



「うーん……私から見て、正直歌丸くんってコミュ力で生き残ってるような気がするけどなぁ」



やってきた栗原浩美くりはらひろみ先輩が苦笑いしながらやってきた。



「まぁ、確かに人の縁には恵まれてるって自覚はありますよ。


先輩たちと会えなかったら、僕たち生き残れませんでしたし。ね?」


「そうね」

「うん」



僕の言葉に二人とも頷く。


今回の一件、本当に先輩方には感謝してもし足りない。


それにこの場にはいない、たくさんの人たちも協力してもらった。



「瑠璃先輩、大地先輩、栗原先輩……僕たちをギルドに入れてくれて、改めてありがとうございました」



「ふっふーん」

「そう改まって言われると、ちょっと照れるな……」

「えっと……どういたしまして」



瑠璃先輩は胸を張り、大地先輩は照れたように頬をかき、栗原先輩も照れくさそうに視線を泳がせる。



「よーし、それじゃあアースくん、手品やって手品!」


「いきなり無茶振りするなっ!」


「わかった、じゃあ私とデュエットだ!」


「一応夜だから音量おさえてねー」



シャチホコたちを抱っこしながらとろけた表情で野菜を食べさせえてる白里さんだが寮母という立場上で注意してくる。


シャチホコだけでなく、ギンシャリとワサビも白里さんのことを前に会ったときに餌をくれた人だというのを覚えていたので特に逃げ出すそぶりを見せないので安心した。


そして小さなステージの上でテンション高い瑠璃先輩につき合わされる形で大地先輩も歌っている。


どうもこういうのは初めてじゃないようで、結構うまい。


学生証から取り出された小型のスピーカーから流れるどこかで聞いた感じの男性グループアイドルの歌を歌う二人はとても仲がよさそうだ。



「今さらなんスけど……大地先輩って彼女いるんスか?」



さらりと話題に入ってきた日暮戒斗ひぐらしかいと


こいつ、素の状態で気配を消してやがる……!



「え……あー……彼女はいないけど…………その、なんていえばいいか……」



栗原先輩は困ったような顔を見せる。



「あ……もしかして言いづらいことだったッスか……?」


「うーん……」


なんだか言いづらそうなところに、もしやと僕は小声で訊ねる。



「もしかして……大地先輩って瑠璃先輩のこと好きなんですか?」


「「「え」」」



僕の質問を聞いていた英里佳、詩織さん、戒斗がびっくりしたような目で見る。



「……まぁ、そうね。ただ二人とも仲のいい親友って感じで……大地のほうが去年の終わり頃にようやく気持を自覚したってところなんだけど……」


「進展がないと」

「そうなのよねぇ」



なんかうんざりしたという疲れた感じにため息をつく栗原先輩



「ほんと、とっととくっついてくれないと、こっちも気持ちの整理がつけられな……あ」


「「「「え」」」」



咄嗟に口を押えた栗原先輩だが、もう遅い。


ばっちり聞こえてしまった。



「…………さーって、ちょっと私も歌おっかなー」



栗原先輩は 逃げ出した。



……うん、深く追及はしないでおこう。



「このギルド……恋愛関係こじれすぎっす」


「え? 戒斗、誰か好きな人いるの? もしかして瑠璃先輩?」


「馬鹿にしてんスか?」


「なんで?」


「……はぁ、もういいッス。とりあえず、連理、お疲れッス」


「うん、戒斗もお疲れ」



互いにグラスを当て、そして僕たちはジュースをあおり呑む。


口いっぱいに広がるオレンジの味


うん、戻ってきたって実感が持てた。



「ほら、連理しっかり食べなさい」


「う、うん、ありがと」



詩織さんがてきぱきとテーブルの上に用意された料理を小皿に取り分けてくれる。



「おっ……カレーもある!」


「こっちの野菜ソテーもカレー味にしてるわよ。あと、焼きそばもカレー風味にしてあるの」


「おぉおおお!」



なんとびっくりカレー尽くし。これはテンションが上がる。



「やけにカレー味が多いと思ったら、連理の好物だったんスね。


連理、この料理、白里さんと一緒に詩織さんも作ったんスよ」



ちゃっかり戒斗も名前呼びになってた。


そういえば一昨日詩織さんも戒斗のこと名前で呼んでたし、その影響かな?



「へぇ、凄い、そして美味い!」



カレーって大抵のものが美味しくなるけど、これってどれもさらに一段、いや二段くらい美味い。


これもう下手なお店で出てくる料理よりも美味いんじゃないかな?



「明日のお弁当、今日作った料理と同じものになるけど、それでいいかしら?」


「うん、むしろ好物いっぱいで嬉しいくらいだよ!」






「「お弁当?」」





僕の言葉に、何故か愕然とした表情を見せる戒斗と英里佳。


いや、戒斗はわかるけど、なんで英里佳もそんな顔を……?



「連理の栄養管理、私がすることにしたのよ。


ほら、連理を鍛えるならもう一朝一夕じゃ無理だし、長いスパンが必要になるからだったら栄養バランスも考えないとでしょ。


もともと、今回の入院だって疲労骨折とかカルシウム不足が原因みたいなもんだし」



「あ……あー……なるほど、うん、まぁ……なるほど……そうッスか……へ、へぇ~……」



当然でしょ、と言わんばかりの口調で説明する。


なんか顔を引きつらせながら英里佳のほうを見ているのはなぜだろうか?



「歌丸くん」



「ん? あ、英里佳も食べなよ、凄い美味しいよ!」



見ればまだ英里佳もご飯を食べていないようだ。


実際僕が食べたものはどれも本当においしいし、野菜もしっかりとれる。


多少栄養の偏りはあるかもしれないが、味気ない病院食よりもずっとたくさん食べられる。



「榎並」


「え……あ、その……な、なに三上さん?」





「体調とか、訓練とかはしっかり管理するから、連理のことは安心して任せしなさい」




――ピシィ





……ん? なんか空気が変じゃない?


今まで談笑してた参加者の人たちがなんか驚いた顔してるし、ステージで歌ってた栗原先輩が固まってるけど……


あ、白里さんは平常通りというか、相変わらずシャチホコたちを愛でている。



ちょっと、なんで瑠璃先輩がチャットを初めて、大地先輩が天井を仰いでんの?




「どういう、こと」




なんかチリチリする。なんかわかんないけど英里佳からプレッシャー半端ない。


何を怒ってるの彼女?



「どうもこうも……連理はこれからも無茶をするのはもうどうしようもないから、そのサポートをするって話よ。


私が連理の生活を管理するから、あんたも手伝って」


「あの……流石にそこまで徹底した感じなのはいかがなものかと」「何か文句ある?」「あ、いえ、なんでもないです」



こっちも怖い。


なんで臨戦態勢なの?


その威圧、クリアスパイダーとやり合ったときと同等の威圧だよね、怖い。



「……歌丸くんは私が守る」


「ええ、お願いね。戦闘方面は頼りにさせてもらうわ。


それ以外は私がしっかり管理するから安心しなさい」


「必要ない」


「なんで? こいつの貧弱っぷりはもう見てきたでしょ。


私生活から治していかないと、この先大変なのは目に見えてるでしょ」



僕そこまで心配されるほど貧弱なの?



「そ、それは……」



あ、否定しないんだ。



「――わ、私がなんとかする」


「具体的には?」


「だから、その……私がお弁当を作る、とか……」


「私の記憶が正しければ……榎並、あんたの昼食って購買のパンと野菜ジュース、あとはサプリで済ませていたわよね?


栄養バランスは補ってるけど……それをお弁当とは言わないわよ」


「お弁当くらい、私だって作れるよっ」


「普段作らない人が無理する必要ないわよ。


私は普段からお弁当作ってるし、紗々芽と一緒だから問題ないわ。


ね、紗々芽」



「――――え」



今までなんか蚊帳の外のように話題に入ってこなかった苅澤さんは、突如話しかけられた驚いたような顔をする。


……なんか、元気ないような……気のせいかな?



「私たちいつもお弁当一緒に作ってるし、二人が三人に増えても問題ないわよね?」


「え、あー……そ、そうだね」



曖昧な笑顔で肯定すると、英里佳がなんか背後に稲妻でも落ちたかのようなエフェクトが見える感じの表情をする。


なんだろうその「裏切られてショック!」みたいな感じのリアクションは



「あ、で、でも折角だし英里佳も作ってみればいいんじゃないかな?」



英里佳の顔を見て慌ててそんなことを提案する。



「榎並もって……何、それはつまり勝負ってことね」


「え」



詩織さんの言葉に驚く苅澤さん。


一方で、英里佳は何かを決意したように頷く。



「どっちがいいか……歌丸くんに決めてもらう」


「「え」」



これには僕もびっくり。


いや、まぁ、食べるの僕だから当たり前か。当たり前……なのか?



「さっきも言ったけど、私の用意する弁当は今出ている料理をお弁当用に少し手を加えたものよ。


あんたにこれより上手に作れるかしら? どうせ無理でしょうけど」


「っ…………そんな、やってみなくちゃわからない」


「それがもはや降伏宣言も同然ね」


「どういう意味?」


「言葉通りよ、料理にわからないなんて言葉を言うのは素人だけ。


少しでも料理に自信があるなら、食べてすぐに判断できるものよ」


「っ……そ、それは……!」


「日頃からお弁当一つまともに作らないようなあなたに、毎日お弁当を作ってきた私が負ける要素は、微塵もないのよっ!」



詩織さんの言葉に目を見開いて慄く英里佳


そしてその間に座ってる僕は……



「何この空気?」


「お前が原因ッスよ」



戒斗が何を言ってるのかよくわからない。



「ど、どういことだ……なんであいつあんなにモテモテなんだ……!」


「あいつ色々好かれすぎだろ……エンペラビットだけならまだ許せるけど」


「いや、あっちを使って白里さんメロメロにしてるぞあいつ」


「クソ、マジかよ……俺あいつのことゲロ吐きまくる奴としか思ってなかったぞ」


「もう完全に俺たちの上いってるじゃねぇか……!」


「これが、コミュ力か……!」


「コミュ力の化け物……」


「コミュ丸……」「コミュ丸か」


「言いづらくね?」「あいつの下の名前なんだっけ?」


「連理だったか?」


「コミュニケーション……歌丸、連理…………コミュレン?」

「コミュレンか」

「コミュレン」



なんか変なあだ名が増えた。


え、というかこれモテてるって言えるのかな…………言えるのかな?



「あの、二人ともなんか問題があるなら、やっぱり僕が自分で作るからそんないがみ合わなくて――」


「「私が作るッ!」」「あ、はい」



いや、これ僕がモテてるっていうより僕をダシに二人が喧嘩してるだけじゃね、これ?



「さ、紗々芽ちゃん」


「な、なに?」


「その…………手伝って、くれないかな?」


「むっ」



英里佳の申し出に、詩織さんが不満そうな顔をした。


自分で作ると言っておきながら他人に、しかも詩織さんと一緒にお弁当を作っている苅澤さんにそんなことを頼むのは確かにルール違反……とまでは言わないけどグレーゾーンな気がする。



「えっと……私はいいんだけど……」「良いわよ、手伝ってあげれば」


「詩織ちゃん……いいの?」



敵に塩を送るようなその行為を許容したのが以外だったのか、苅澤さんが念を押すように確認する。



「別にいいわよ、ハンデにはちょうどいいわ。


ただしあくまでも作るのは榎並よ。


私も味見するから、紗々芽が手を加えたならすぐにわかるし、その時点でそいつがお弁当作ったとは認めないからそのつもりで」



料理の腕によっぽどの自信があるのだろう。


英里佳にお弁当で負けるとはこれっぽっちも思っていないようだ。


でもまぁ、わかる。


さっきから食べ続けてるけど、本当においしいからねこの料理。



「連理、少し食べすぎじゃねぇッスか?」


「美味しいから仕方ない」




「……ふっ」


「っ……紗々芽ちゃん、今から食材買いに行くから、一緒に来て」


「え、い、今から!?」



英里佳は苅澤さんの手を引いて結構強引にその場から去っていった。


英里佳もこの場の主役の一人なのに……いいのか、これ?



「ねーねーレンりん」


「なんですか瑠璃先輩?」


「今のやり取り録画して送って欲しいってメイメイたちに頼まれたんだけど……送っていーい?」


「よくわかりませんけど却下で」


「じゃあ削除ーっと」



まぁ、そんなこんなで僕のGWの最後の夜は更けていった。


結局英里佳はそのまま戻ってこなかったのは残念だったけど、寮の人たちと初めていろいろ話すことができて、楽しい夜だった。

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