第75話 ありふれた個人的感想

昨日、寝るのは普段より少しだけ遅くなったけどいつも通りの時間に起きる。


そして運動用のジャージに袖を通して外へ行く。


朝のさわやかな空気を吸い込みながら、外を走る。


水分をしっかりとって、軽く体を温める程度にゆっくり走りながら、しっかりと体が温まってきたら少しペースを速める。



「きゅきゅきゅきゅきゅきゅう!」

「ぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅう!」



その途中で何度もシャチホコとギンシャリが競争して僕を追い越し、そして僕のほうへと戻ってくるというシャトルランみたいなすごい効率の悪いランニングを続けている。



「きゅるっきゅる」



ワサビは僕の横を僕と同じペースで走っているが、かなり余裕そうだ。



「やっぱりオス同士だと競い合うものなのかな……?」


「きゅる? きゅっきゅるぅ」

『オス? 誰ガ?』



兎語スキルを発動したことで、ワサビの言葉がなんとなく理解できるようになった。



「いや、シャチホコとギンシャリだけど」


「きゅるる、きゅるるるん、きゅるう」

『シャチホコ、オスジャナイ、メス』



「…………え」



思わず足が止まる。



「……あいつ、メスなの?」


「きゅるう」



「そうだよ」って感じで頷くワサビ


今明かされる衝撃の事実! シャチホコはオスではなくメスだった!!



「…………ちょっと待ってな」



念のためにアドバンスカードを確認する。


そしてそこにシャチホコの個体情報として体長や体重が記載されているページを見つけたんだが……



シャチホコ  性別 ♀




…………普通に書いてあった。



「き、気付かなかった……!」



プロフィールとか、あまりにも当たり前すぎて確認を忘れていた。


てっきりオスなのだとばかり思ってたけど、先入観ってこえぇ……!



「……ん?」



よく見ればアドバンスカードのスキルツリーが点滅してた。


「……あれ?」



シャチホコがもともと覚えていた群体同調フラークシンパシーというスキルから延びるスキルが点滅してる。



これは……



群体任命フラークアポイント……?」



なんかシャチホコの今まで覚えたスキルの中でもかなりのポイントを要求されるものだが、クリアスパイダーとの戦闘で賄えるレベルだ。


なんだろうと思って、説明を読もうとしたとき。



「おはよう連理」


「わひゃぁ!?」



突然肩をたたかれて驚いてしまい、その拍子で僕は内容をよく読まずにそのスキルを習得してしまった。



「え、あ、あああああ!」



大量のスキルポイントが一気に消費されていくのが見えて思わず悲鳴を上げてしまう。


それに今度は僕の肩を叩いた、いつもこの時間にこの辺りを走ってる詩織さんも驚いたようだった。



「ちょっと、いくらなんでも驚きすぎ…………って、なんか光ってない

その子?」



「え?」



詩織さんに指摘されて足元を見ると、ワサビの身体が光っていた。


そして今ちょうど戻ってきたギンシャリも体が光っている。



「ぎゅう!?」「きゅる!?」



そのまま光り輝いた二匹のエンペラビットは、一瞬にして僕の手にあるアドバンスカードに吸い込まれて消えた。



「は、入った!?」


「嘘、どうなってるの!?」



予想外の事態に僕も詩織さんも大混乱だ。


とりあえずいつもシャチホコを出すときのように操作をすると……



「ぎゅ?」

「きゅる?」



「「ほっ」」



とりあえず普通に出てきた。


よかった、このまま出てこなくなったらどうしようかと思った……




「連理、今の何よ……?」


「え……あ、とりあえずおはよう詩織さん。


何というか……ちょっとシャチホコのポイントがたまったから新しいスキルでもって思って……説明読む前にスキルを覚えたから何が何やら……」


「あ……あー……なるほど、タイミングが悪かったのね、ごめんなさい」


「い、いや謝ることないよ、僕もこんなところでアドバンスカードいじってたのが悪いんだし……えっと、とりあえずスキルの効果は……」




群体任命フラークアポイント


効果

上位個体が認めた存在を自身の統括する群れとみなし、アドバンスカードの恩恵を受けられるようになる。

下位個体の能力値は上位個体の能力値の上乗せされた数値の8割分を加算する。

上位個体の修得スキルは下位個体も使用可能とする。



発動条件

上位個体と下位個体間での同意が得られること。


上位個体 シャチホコ(エンペラビット)

下位個体 ギンシャリ、ワサビ(エンペラビット)



「えっと……つまり、シャチホコだけじゃなくギンシャリとワサビもアドバンスカード付きになったって感じかな」


「もしかして、スキルも使えたりするの?」


「そう書いてある。


……ギンシャリ、ワサビ、“兎ニモ角ニモラビットホーン”使ってくれ」



「ぎゅう」

「きゅる」



僕の指示に従い、二匹とも額に小さな紫色に淡く光る角を出現させる。


使ってるし……



「……なんか、サラッとすごいことしてるわね、あんた。


ドラゴンに有効な物理無効スキル、三匹も使えるって」


「い、言われてみれば確かに……!」



ある意味、僕が今一番人類での最高火力を誇っていると言えるのだ。


なんだろう、素直に喜べない。



「きゅっきゅっきゅ」



なんかシャチホコが胸を張っている。


ああ、一応スキルの説明だとこいつのほうが偉いってことだからか?



「ぎゅ」



あ、ギンシャリに耳ビンタされた。



「きゅきゅ!」

「ぎゅぎゅ!」



「ああこら、耳ビンタで喧嘩するな!」



「……これが、今の人類の希望ねぇ……」



お互いの耳を打ち付け合う二匹のエンペラビットを見て脱力する詩織さん。


詩織さんも、条件が揃えばルーンナイトになれるけど、まだ物理無効スキルは覚えていない。


正真正銘、人類の唯一の攻撃手段を持つのがこの三匹なんだが……



「きゅきゅきゅ!」

「ぎゅうぎゅぎゅ!」

「きゅ、きゅるる、きゅる!」



喧嘩する二匹と、それを止めようとする一匹と……なんか、凄い平和です。



「ま、まぁ攻撃手段が増えたのはいいことよね」


「そ、そうだね。これでシャチホコ以外も学校に連れていけるし……よかったよかった」



「きゅうううきゅう!」

「ぎゅぎゅうぎゅ!」

「きゅるるるるうん!!」



「ええい、やかましい! カードに入ってろ!」



とりあえず強制収容。


ワサビは一切悪くないけど、とりあえずこれで良い。


良かったことにしておこう。



「とりあえず僕はランニングの続きに戻るよ」


「そうね……ペース合わせましょうか?」


「いや、詩織さんは普段通りにしてよ。


僕は僕でいつも通りに走るし……流石にまだ僕も詩織さんのペースじゃ走れないから」


「……そうね、じゃあ、また教室で」


「うん、また」



詩織さんはそう言って僕よりも数段早いペースで走り去っていく。



「よし、僕も頑張ろう」



自分のペースで、それでいて限界一杯まで走ろう。


どうせ肉体的疲労なんてすぐ回復するのだから問題はない。



「あ……」


「ん? あ、おはよう苅澤さん」



後ろから声がしたので振り返ると、そこには苅澤さんがいた。


ペースは合わせたりはしないけど、いつも一緒に入ってたんだっけ。



「お、おはよう……」



「?」



なんか、今……目を逸らされた?


……気のせいかな?



「そういえば昨日、あの後どうなったの?」


「あっ……昨日はあの後、英里佳と一緒にスーパーで食材買って、何を作りたいのか聞いて一緒に作っただけなんだけど……………………ごめんなさい」


「なんで謝罪?」


「……ごめん」


「だから何が?」


「察して」


「嫌な予感しかしないっ!?」



昨日いったい何があった。



「違うの……私は普通に教えたの。


何もおかしいことは言わなかったの……だけど、だけどほら……料理初心者の人って、なんか個性出したがるものだから…………私、止めたの」


「何をした? 何入れた? 何作ったの?!


お願い、怖いから教えて!」


「ごめん……英里佳から止められてるの……歌丸くんのびっくりする顔が見たいから内緒って」


「その気持ちを聞いた僕の今の複雑な心中を考えてください。


というかだったらなんでそんなこと言うの!


いっそ知らなかったほうが気持ちは穏やかだったんですけど!」


「えと……流石に何も心の準備せずあれを前にすることを考えると…………教えないほうが酷いかなって」


「どんだけ酷いの!?」


「…………確か、学校通りにコンビニあったから、そこで胃薬買っていったほうがいいよ」


「どんなフォロー!?」



腹壊すこと前提の料理進めるってどういう神経してんだよこの人!?



「あ、でもどうせ味見したんでしょ?


そんな、大げさなこと言って僕をからかわないで」

「あれは人の食べ物じゃない」

「おい」



間欠はさまぬ突っ込みに僕までも思わず突っ込みを入れてしまう。



「あの、本当に無理。


あれは味見するとかしないとかの段階じゃないから、本当に無理


わたし歌丸君みたいに無茶はしないから……」


「僕だってしたくてしてるわけじゃないんですけど!?


というかなんで止めなかったの本当に!? 一応これ勝負なんだよ!!」


「違うの……本当にちょっと目を離した隙にやらかしてて…………本当にごめんなさい」


「やめて、ガチで頭下げないで! 昼休みが怖すぎてもう学校休みたくなるから!」



思わず頭を抱えてしまう。


一体今日の昼休みに僕はどんな存在を食しなければならないというのだ……!



「……ふふっ」



「え?」



顔を上げると、なんか口元を手で押さえている苅澤さんの姿が目に入った。


こ、この女……笑ってやがる……!



「か、確信犯かぁ!!」



まさかの裏切り!


もしかして以前英里佳に悪戯した一件を苅澤さんまで根に持ってたのか!



「え、あ、いやそうじゃなくて、あの、その」


「じゃあなんで笑ったの!?」


「あ、や、その…………うん、歌丸くんって…………なんか面白いなって」


「ちきしょーやっぱり確信犯じゃないかぁ!!」


「え、あ、う、歌丸くん!?」



僕は走った。


もうとにかく走った。



「苅澤さんのサディストーーーーーーーーー!!!!」


「えええぇぇぇえぇええーーーーーーーー!!??


あ、ちょ、そんなこと絶叫しながらどっかいかないで、う、歌丸くん、待って、歌丸くーーーーー…………」


「うわああああぁぁぁぁん!!」



信じた仲間がまさかのサディストだった件



畜生、仕返しに戒斗と瑠璃先輩と大地先輩と栗原先輩にチャットで報せてやる!





「あ……行っちゃった」



若干涙目で走り去っていった歌丸を見送った紗々芽


詩織に比べればかなり遅いが、それでも以前見た時よりも足が速くなっている。



「…………全然、強そうには見えない」



改めて話してみて、言葉を交わしてみて紗々芽が抱いた感想はそれだった。


とてもクリアスパイダーを相手に囮役を買って出た少年と同一人物だとは思えない。


迷宮で遭難して生還したとも思えない。


なのに、彼はそれを為した。


とても信じられない。



「…………だから、怖い」



警戒していた。


距離を置きたかった。


なのに、今紗々芽は普通に以前と同じような調子で歌丸と会話をした。


いつの間にか、警戒がほとんどなくなっていた。


――怖い。


警戒ができないことが、怖い。


紗々芽は自分を抱きしめるように自分の腕を強くつかむ。



「私は……どうしたらいいの?」



歌丸連理という少年の本質が見えてこない。


その脆弱さと、芯の強さがあまりに噛み合わず破綻しているとすら思える。


なのに誰もが彼を認めている。


あんな欠陥ばかり抱え込んでいるような、不気味な少年にどうしてみんなが心を許しているのか紗々芽にはわからなかった。



「詩織ちゃんも……英里佳も、日暮くんも……どうして?」



英里佳は、まぁ、譲歩すればわかる。


彼女はもともと人との触れ合いに飢えていたし、歌丸はそんな彼女を変えた最大の要因だった。


だが、他の二人がどうして歌丸にあれだけ心を許すのかがわからない。


命がけで守ろうとしてくれたから?


おかしい。


そんなこと平気でするような人をどうして信じられるのか?


その後、何も要求してこない歌丸も理解できない。



――誰かが死ぬのは見たくない、死体とか気持ち悪い。


――誰かが傷つくところなんて見たくない、こっちも嫌な気持ちになる


――誰にも無理してほしくない、こっちも頑張らなくちゃいけない。



だから、理解できない。



「わからない…………いったい、なんなの、歌丸くんって……」



それは、幼馴染である詩織でも知らない紗々芽の本音。


きっと普通に、ただお互いにこれまでの関係性を続けていけば日の目を見ることのなかった、彼女の中に潜む本性


そしていたって平凡で、誰もが持っているであろう残酷で、取り立てて珍しくもなく、そして誰もが目を背けている感情



「……理解できない」



自分と異なる存在への忌避感きひかん


より根幹を言えば、自身の安定を望む自己愛


その考え方が歌丸の在り方を全面的に否定していたのだ。



苅澤紗々芽



そう、彼女はある意味で歌丸連理とは対極な存在だった。


なぜなら……



「そんなの……怖くて……気持ち悪いよ……」



どこまでも守りを求め、自分の安全と安心を求め続ける


度を越した安定は停滞を生み出す。


しかし、それこそを良しとする。


――その精神性が北学区の在り方ともっとも反りが合わない少女だったからだ。




――――――――――

キャラクター情報⑤

――――――――――


三下キャラ

日暮戒斗ひぐらしかいと  性別 男

年齢 15歳 身長 171cm 体重 64kg

誕生日 6月29日 血液型 0型


職業ジョブ:エージェント


能力値 (最大A+プラス ~ 最低F-マイナス)

体力:C

魔力:D-

筋力:D+

耐久:E

俊敏:C+

知能:D+

幸運:C


スキル

『アクティブ』

・ハイディング

 姿を周囲の風景と同化させることで見えなくするスキル。

・バックスタブ(シーフ時に修得)

 勢いをつけて全体重を刃物に乗せて放つ。背面攻撃時に威力補正



『パッシブ』

・消音

 制服が変化しているとき、物音を立てなくなる

・消臭

 制服が変化しているとき、匂いが消える

・足跡追跡

 スキルを使用した場所の24時間以内の足跡を確認できる。

潜伏者せんぷくしゃ誓約せいやく

 制服が変化しているとき、潜伏行動に対して補正





パーティ内での二人目の男

三下ポジションにして主人公の親友ポジ


家の事情で幼いころから様々な教育を受けおり、何気に銃火器の使用免許も取っているが、本人が語ったように狙撃よりもシングルアクションのリボルバーでの早撃ちのほうが得意。


もともとはシーフという迷宮でのナビゲートとアタッカーを兼任する役割で歌丸たちとは別のパーティを組んでいたのだが、どうにも方向音痴のためにシーフとして地味に地雷扱いされて敬遠された。


しかし一年生の中ではトップクラスの健脚を持っており、何気にパーティを組めなかった短期間は単独で迷宮の5層まで潜っている。それでも戦闘能力では英里佳の下位互換としていろいろ不憫な少年


歌丸連理に対しては最初は妬みを持っていたが、話していくうちにいろいろ危なっかしいやつという認識を持ち、そして自分の身を顧みずに誰かを助けようとしてしまう彼をサポートしてやろうという考えを持っている。


語尾が特徴的だがそれ以外は地味、姉が東学区の幹部だが地味、とりあえず地味という添え物系だったが、大規模戦闘でまさかの大活躍


本人は目立ちたいとは言っていたりもするが、何気に普段から気配を消す動きに慣れてしまっているので目立っているようで目立てない。結局地味


今後の活躍に期待


ちなみに彼女ができる予定はどんなに少なくても一年はない。(確定)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る