第254話 ノンアルコールです。



「よーし、飲め、食え、歌えーーーーーーーーー!」


「「「「YEAHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHH!!」」」」



圧倒的な勝利を決めた僕たち東部迷宮学園の一年生組


競技会場近く広場で開催されている、東部迷宮学園西学区主導で開催されている出張飲食店を丸々貸し切って急遽宴会が開かれていた。


――ちなみに、その出費についてだが……



「あの、なんかすいません……」


「ご迷惑をお掛けします……」



僕と稲生は物凄く申し訳なさそうに、この会場を貸してくれた責任者に頭を下げた。


――西学区生徒会・会計の白木小和先輩である。


アルビノの体質のため、今もこんなクソ熱い気温の中でも頭に帽子、サングラスにスカーフ、手袋をつけている。


制服は気温調節などあるからある程度大丈夫そうだが、それでもかなり暑そうだ。



「いえいえ、構いませんよ。


あれだけ活躍してくれたのですから、これくらいへっちゃらです」



白木先輩はそう言ってくれているが、僕も稲生も申し訳ない気持ちが消えない。


だって、今この場にいる50人全員、白木先輩経由で用意してもらったジュースや食べ物をいただいているのだから。タダで。


もっと具体的に言うと、僕と稲生が模擬店の時にもらったフリーパスを使って、だ。


本当は持ち主とその知人数名までの効果だったのだが今回の勝利で気をデカくした鬼龍院が、駄目元でもいいから聞いてこい言い放ち、白木先輩はOKを出して、今に至るわけだ。



「お前がフリーパスについて話すから……」


「こんなことになるなんてすぐ考えつくわけないでしょ……!


だいたい先輩は良いって言ってくれてるじゃない。


――というか、あんたに私責める権利あるわけ? ほら、ねぇ?」



そう言って稲生が指さした方向を僕が見ると……これでもかと高く積まれたお好み焼きタワーに一心不乱にがっつく兎が二匹――シャチホコとギンシャリである。


少し離れたところでワサビはリンゴ飴をちびちび齧っているが……あいつら、すでに自分の体積よりも多いお好み焼きを食べているぞ。


エンペラビット系の胃袋って異次元空間か何かだろうか?



「あれ、どう見ても今もあそこで騒いでる連中よりたくさん食べてるわよ」


「……なるほど、確かにその点は僕も反省すべきところだな。


――だが稲生……敢えて言おう。お前もな」


「……え?」



僕がある一方向をさし示すと、そこには巨大な狼――マーナガルムのユキムラが屋台から持ってきたであろう、巨大な肉の塊にがっついている光景があった。


ドネルケバブの肉を切り分ける前の奴だな。


あれだけ巨大な焼いたな肉を食べる機会など早々ないのか、尻尾が千切れんばかりにブンブン振り回しながら食っているユキムラ。とてもご満悦である。



「「……………………」」



お互いのパートナーたちの食事光景を見て、普段ならほっこりと心が温まるところ、今はなんとも虚しい気分になる。



「いえ、本当に気にしなくて大丈夫ですよ二人とも。


寧ろ今回は歌丸くんのおかげで想定以上の売り上げが出てますから」


「え、僕?」



白木先輩の言葉の意味がわからず僕は首を傾げる。


なんで僕の話がそこで出てくるのだろうか?



「歌丸くん、以前に契約書を生徒会経由で書いてもらったことを覚えてますか?」


「え……ああ、はい、レイドとかチーム竜胆との試合とかの記録映像の配信販売許可についてですよね」



先頭の記録映像は機密資料として保管されるものだったが、一部の映像……先頭の派手なものとかは有料で一般で見られるようにすることがある。


映像の許可をかけば見返りとしてシャチホコたちの食事代の負担をしてくれるってことで了承したのだが……



「その時の映像配信のお金、そして今回の体育祭の有料ライブ放送で十分すぎるほど元は取れているのです」


「……え……そんなにですか?」


「そんなにです。


歌丸くんの能力、ヒューマン・ビーイングという職業についての貴重な参考資料という扱いで、世界中から加入登録が来てます。


そうでなくても、今の歌丸くんは下手なプロスポーツ選手より知名度が上がりましたから、歌丸くんについて知りたいという人は世界中にいるのです。


そんなわけで、西学区の財政はガッポガッポです。ウハウハです」


「……は、はぁ…………そういうことなら……じゃあ、気にしなくても大丈夫そうですね」


「ええ、むしろ今後のことを考えると映像資料は契約内容を改めて歌丸くんたちにもロイヤリティが発生する可能性もありますよ。


ですので今はお金のことは気にせず楽しんでください。


では、私は仕事がありますので」



そう言って白木先輩は去ってしまった。


……まぁ、お金については気にしなくていいというのなら大丈夫だろう。



――ぐぅ~



腹が鳴ったが、僕ではない。


隣で稲生が顔を赤くしながら俯いていた。


指摘はすまい。このまま黙ってスルーしよう。



「わ、私じゃないから!」


「何も言ってないやん……」



スルー仕様としたのに自分から指摘するとか……まぁいいや。



「ふはははははははは!!」



それはそれとして……行儀も悪く机の上で高笑いをあげているちびっこ同級生


凄く行儀が悪いのだが、一応靴は脱いでいるあたりは奴らしいのか?



「さっきから異様にテンションが高いな鬼龍院のやつ……」


「注目されて嬉しいんでしょ。


蓮山って凄い目立ちたがり屋で、今回自分の指揮で完封勝利出来て嬉しいみたいだし。


なにより、あんたたちチーム天守閣の力にはあんまり頼らずに勝てることを証明したわけだしね」


「……うーん……まぁ、確かに僕たちもそれなりに活躍したけど……ぶっちゃけ紗々芽さん以外は他の人でも十分に代役できたよね、今回の作戦」



鬼龍院の作戦は、なんというか凄い簡単だ。


個々人で役割の専門性に差は出るが、絶対にその人にしかできないみたいな職人芸が要求されることは今のところない。


今回の紗々芽さんとララの役割だって、時間を掛ければ他の人でもできたし、そういう人材を鬼龍院が連れてきたはずだ。



「あんたたちって、正反対なところもあるけど似てるところもあるわよね」


「僕と鬼龍院が?」


「そうよ。気付いてないの?」


「うーん」



稲生の言葉を僕は少し考える。


強さと知名度……この二点はまぁ、対極と言えなくもないか?



「……似てるってどのあたりが?」


「無駄に器がデカいところとか」


「……?」


「なんで首傾げるのよ?」


「いや……器デカいとかいきなり言われてもピンとこないし……人のことは言えないけど、鬼龍院、器デカいか?」



身長のことを言うとすぐに切れるし、僕に嫌がらせするし、あとネチネチ文句言ってくるし……



「大きいわよ。


口ではいろいろ言うけど、蓮山はどんな嫌いな相手でもしっかりと評価する。


自分の嫌いな相手を認めるのって、凄く難しいものよ」



そう語る稲生は、何かを懐かしんでいるようだ。


そういえば初対面の時こいつ僕のことものすっごく敵視してたもんな。僕のことをモンスターパーティの結果で否定してやろうという思惑があった。


鬼龍院も敵視はしていたが……油断はしてなかったと思う。むしろ、僕が油断したり、あちらの想定より弱かったりしたことを怒っていたような印象がある。


たしかに……稲生の時と比べると、鬼龍院は僕のことを敵として認めてはいた気がする。



「まぁ、だからどうってわけでもないけど。


じゃあ、私はあっち行くから」


「あ、ああ」



そしてその場から去っていく稲生。



「……お前の方がよっぽど器がデカいと思うけどな」



離れていく稲生の背中を見て、誰にも聞こえないように小声でつぶやく。


惚れた腫れたで騒いでいた相手に、こうも普通に接してくれるのは本当にありがたいことだ。


……本当にいい女だと思うよ。



「――お疲れ様です。先輩」



突如聞こえてきた聞き覚えのある声。


見れば、そこにはMY SISTERである歌丸椿咲がいた。


そしてその前にはデレデレ顔の戒斗がいて――



「素立無場居」



即効でスキルを発動させて奴の背後に回る。


と、同時に、奴の肩を掴もうとした僕の手は奴の手に掴まれて動きを止められた。



「連理、何のつもりッスか?」



ギリギリと僕の手を掴む戒斗。


表情はとてもにこやかだが、目が一切笑ってない。


しかし、僕もここで引くわけにはいかない。



「兄さん、突然現れないでよ。びっくりしちゃうじゃない」


「ああ、ごめんごめん。


ところで椿咲、父さんと母さんは?」


「二人で一緒にランチ。


一日くらいは二人っきりにした方が良いかなって。あとでちゃんと合流する予定」



まぁ、この体育祭期間中はずっと誰かが護衛に傍にいたわけで気が休まらなかっただろうし……椿咲としては気を遣って二人っきりにしてあげたのだろう。


……椿や僕の前では二人も弱音を吐きだせない時もあるだろうしな。



「おいこら連理、マジでいい加減にしろッス」


「あはは、一体何のことかな?


それよりうちの妹と随分と仲がいいようじゃないか。


寂しいじゃないか僕も入れてくれよ」


「空気を読めッス」


「はてさて何のことかなぁ?」



「「あぁん?」」



お互いに至近距離でガンをつけ合う。


真っ向から戦えば絶対に僕は勝てないが、兄としてここは引くわけには――



「――歌丸くん、こっちに来なさい」


「あ、え、体が勝手にぃ……!」



紗々芽さんの声が聞こえたと同時に、僕の意志に反して体が勝手に動く。


その際の戒斗のどや顔がイラっと来た。


そして僕はそのまま紗々芽さんの前で正座させられた。


ちなみにその横には冷め切った目で僕を見る詩織さんもいて、さらにその隣では英里佳が優しく微笑んでいる。



「歌丸くん、そろそろ本当にいい加減にしないと日暮くんも怒ると思うよ」


「ぐぬぅ……わかってはいるんだけど……わかっては、いるん、だけどぉ……!」


「そんな唇噛まなくても……」


「……歌丸、さびしい?」



紗々芽さんの傍らにいるララがポンポンと頭を撫でてくる。



「……その、なんというか……兄として立派に頑張ろうと思った矢先にあれですよ。


兄離れしたどころか恋する乙女ムーブですよ。


もう、なんていうか……寂しいやら悔しいやら…………!」


「……よしよし」


「ララ、甘やかしちゃ駄目。


これ殆ど歌丸くんの自業自得なんだから」


「はい」



紗々芽さんの言葉に従って即効で僕から離れるララ


よく訓練されてますね。



「別にあんたも戒斗のことは認めてるんでしょ。


いい加減に認めてあげなさいよ」


「いい加減って、いや、まだあの二人で会って一カ月も経ってませんよ?。


そんな惚れた腫れたなんて話は早すぎると思うんだよね、僕は」



僕がそう語ると、英里佳が小首を傾げて……



「それを言ったら私たちもまだ三ヶ月くらいの仲だけど……?」


「「「…………………」」」



思わず黙り込んでしまう僕、詩織さん、紗々芽さん。


そうだった、もう割と年単位で一緒にいるような気がしてたけど、僕たちまだ出会って三ヶ月くらいだった。


……あれ、その割に僕凄い色々やってる気がする?



「――お前、本当に正座好きだな」


「ん、あ、ダイナ――ごほんっ……萩原くん」


「お前そのネタまだ引っ張るのか」



言い直したのに……


僕を見降ろすのは片手にジュースを持った萩原渉。


未だに大はしゃぎしている鬼龍院の親友だ。



「で、お前の目から見て、どうだ、うちのリーダーは。


お前らの脳筋チームじゃ、あそこまでスマートに完封できないだろ」


「……自慢?」


「まぁな」



一切悪びれも無くそう語る萩原くん。


鬼龍院、戒斗、そして萩原くんとどや顔トリプルだ。うぜぇ。



「……元々凄い奴だよ、鬼龍院は。


だから気に食わないんだ」


「ふぅん……お前でもそんな面するんだな」


「そんなってどんな?」


「羨ましい、だな。


お前はその辺り弁えてるっていうか、すでに諦めてると思ったんだが」


「諦められるようなら楽なんだけどねぇ……頭がよくて、一人でも戦えて……そして心強い仲間がいる。


……仲間がいるってところは全然負けてないけど……他の二つは僕には無いから、本当に腹が立つ」


「とても昨日大逆転勝利決めた奴のセリフとは思えないな」



そう言いながら、萩原くんはジュースをついで僕に手渡してきた。


僕ひとまず立ち上がり、受け取ったジュースを一気に飲み干し、空になった紙コップを握りつぶした。



「鬼龍院なら、それこそ君の言う、スマートな方法で勝てた……そう思ってるんでしょ」


「当たり前だ。真空だの見えない斬撃だの、あんなの蓮山なら普通に対処できる。


近接戦闘はちょっとあれだが……まぁ、そこは防御特化のレイドウェポンもあるから大丈夫だろうな。


御崎鋼真は確かに天才だけど、結局は相性の問題だ。


そっちのリーダーがあいつに勝てなかったのも、武器の相性が悪かったに過ぎねぇ。


お前がやったことは、確かに凄いが……そこまで特別じゃねぇ。浮かれてる鼻っ柱へし折って論破してやろうと思ったが……その様子なら大丈夫そうだな」


「人を落ち込ませて何を心配するっていうのさ?」


「決まってるだろ、お前、午後のレイドに備えて油断させないためだ」


「まだメンバーは決まってないでしょ」


「少なくともお前とエンペラビットのシャチホコ、そして榎並英里佳は確定だろ、どう考えても」



……嫌味っぽいから自分では考えないようにしていたが……やっぱりそう見られるのか。



「で……正直、この試合で求められている能力を考えると俺と蓮山は弾かれる可能性が高いって考えてるわけよ。


それが悔しいから、あいつは今ああやって大騒ぎしてるんだよ」



萩原くんのその言葉に、僕は少し驚いた。


……そうか、鬼龍院、キャラ崩壊してると思ったら、騒がずにはいられないほどに悔しがってたのか。


いやでも、確かに納得だ。あいつなら今回の作戦の指揮を僕に自慢してウザ絡みだってしてきてもおかしくない。


それをしないのは、午後の試合で僕が出ると確信して気を遣っているからなんだ。


そこまで僕が考えると、萩原くんは真剣な目で僕を見据える。



「いいか、次の試合はお前だけじゃない。


俺たちの学園全体の運命を左右するんだ。


――ここまで完璧に勝った蓮山の勝利に泥塗ったら……わかってるだろうな」



低い声。質問ではない、断定の言葉に僕は頷く。



「負けるつもりはないさ。


それに……僕は一人で戦うんじゃない」



僕は振り返ると、そこにいた英里佳、詩織さん、紗々芽さんが頷いてくれた。



「レイドボスくらい倒せずに、ドラゴンは倒せない」



拳をぎゅっと握って戦意を見せる英里佳



「出られるかはわからないけど……出るなら絶対に勝って見せるわ」



言葉とは裏腹に、その眼には明確な闘志が燃えている詩織さん。



「私は多分出ないけど…………それでも、歌丸くんが一人じゃないなら酷い結果にはならないって確信してるよ」



紗々芽さん、それ僕が単独だとトラブルが起こるって確信してるって意味ですか?



「……ふっ……まぁ、がんば」「連理さま、大変です」「ぐはぁ!?」



キメ顔でセリフを言っていた途中で萩原くんが視界からフェードアウト


何が起きたのかと唖然とする僕たちの前に、鬼龍院麗奈さんが現れた。



「ど、どうしたのそんな慌てて? というか萩原くんが」「そんなことより!」



いや、君の仲間をそんなことって……



「これ、見て下さい!」



そう言って、麗奈さんが僕たちに見せてきたスマホの画面には、二年生の試合結果の速報だった。


なんだろうと僕は英里佳たちと一緒に覗き込む。


そこには、この一文が表示されていた。



『――完封! 二年攻城戦、西圧勝!!』

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