第255話 完封勝利は意外と地味

二年生の完封負け


その事実を聞いた僕たちは急いで事実確認のために拠点となるホテルに戻ってきた。


ホテルに到着したタイミングで集合の連絡が来たので、僕たちは会議室に向かう。



「下村先輩が……燃え尽きてる……!」


「真っ白になってるッス……!」



会議室に入って最初に見えたのは、椅子に腰かけながら脱力しきった下村先輩の姿だった。


なんか半開きの口から魂的なものが抜けてるように見えるが、気のせいだろうか。



「よう、おまえらあっしょうだったそう、だな」



一応こちらを見て声をかけてくれた下村先輩だが、眼が虚ろで怖い。というか完全に顔を向けてるけどこっちを見てない。怖い。



「あの、先輩……何があったんですか?」



戸惑いつつも、詩織さんがそう質問したのだが……



「よう、おまえらあっしょうだったそう、だな」


「あ、はい。あの、先輩それで何があったのかを詳しく……」


「よう、おまえらあっしょうだったそう、だな」


「先輩、それはもう聞きました。詳しい話を」


「よう、おまえらあっしょうだったそう、だな」


「……先輩?」


「よう、おまえらあっしょうだったそう、だな」


「………………」


「よう、おまえらあっしょうだったそう、だな」



壊れたオーディオみたいに同じ言葉を繰り返し発するだけの下村先輩


ガチで怖い。


警戒の余りに英里佳が僕を守るように身構え、紗々芽もちゃっかり僕の傍に来ている。



「……戒斗、先輩、意識あるのよね?」


「そのはずッスけど……」



恐る恐るという具合に戒斗が下村先輩に近づいて顔の前で手を振るが、先輩の目は虚ろだ。



「よう、おまえらあっしょうだったそう、だな」


「連理、どうにかして」


「え、僕っ!?」



唐突に振られたその要請に驚いてしまったが、そんな僕の態度を見て呆れたような目を詩織さんに向けられてしまった。



「精神的なショックが原因ならあんた以上に治せる適任は他にいないでしょうが」


「あ、言われてみれば」



新たに覚えた範囲共有ワンフォーオール意識覚醒アウェアー苦痛耐性フェイクストイシズムを下村先輩に施す。



「――はっ……お、俺は一体……!」



ビクッと一度体が揺れたかと思えば、下村先輩は周囲を見回し始める。


虚ろだった目に生気が戻ってきていた。



「……ここは……ホテルの会議室か?」


「先輩、ちゃんと僕たちのことわかりますか?」


「え……歌丸……………ああ、そういうことか。


すまん、なんか迷惑かけたみたいだな」



元々頭の回転が早い人なので、どういう状況だったのかすぐに理解できたらしい。流石だ。



「あ、レンりん……来てたんだね~」


「不本意ですが助かります。


我々では手に負えませんでしたので」



扉が開いたかと思えば、そこから頭に吸熱シートを額に張り付けた瑠璃先輩と氷川が会議室に入ってきた。


若干ふらついている二人を見て詩織さんが心配そうに声をかける。



「先輩方、体調は大丈夫なんですか?」



確かこの二人、千早妃対策でダミーと本物の作戦を考えまくって知恵熱出したってきいたが……



「やっぱり僕たちを呼んだのって二人だったんですね」



一応三年はまだ競技中だ。


来る途中で中継で状況は確認したが、まぁ……楽しそうだったと言っておこう。


ほぼ蹂躙だったけど……まぁ、会長とかフロントライナーの方々は笑顔だった。



「うん、大地くん……その、初めて代表を任されて張り切ってたんだけど、負けたのがショックで会話が出来なくなっちゃって……で、レンりんに治してもらおうかなって思って。


ごめんね、打ち上げしてるところだったのに」


「いえ、こちらも呼び出される前にこっち来てましたのでお気にせず」



そういや普通に付き合うようになってから瑠璃先輩、下村先輩のこと名前呼びにしてたな。



「で、下村くん。


思い出すのは辛いのは察しますが、状況を確認するために何があったのか説明していただいてもよろしいでしょうか?」


「……何があったか……というよりは……何もなかった」


「どういう意味ですか?」



氷川の質問はこの場にいる他の者たちも同じ意見だった。


そして数秒の沈黙の後、下村先輩はようやう語りだした。



「正確に言うと……何もできなくなっていたというところだ」





二年生の東西の試合内容は200人同士の攻城戦


そして今回、東部側は守備役となっていた。


指定した陣地にあるフラッグを敵役に取られたら負けという立場であるが、制限時間まで守れば勝ちというもの。


この競技をすでに学園で模擬戦を行っていたので、それに合わせて下村大地と、同じ【風紀委員(笑)】の栗原浩美が中心となって他の二年生の指揮を執る。


これまでの戦績からも、勝てるという自信を持っていた大地は、己なりに万全を期す。


フラッグについては範囲内ならば設置場所は自由ということで、魔法を使用して壁を作り、それを組み合わせて迷路を構築し、その中にフラッグを設置した。



「相手にはこれといって目立つ戦績の相手はいないし……油断しなければ問題は無いだろう」


「一年の方、なんかもう勝ったみたいよ」


「そうか……なら、こっちも負けてられないな。


守備側だが、先に相手を全滅させる。栗原、暴れるぞ」


「慎重に行くべきだと思うけど……まぁ、いいわ。私も少し暴れたりなかったもの」





「つまり、守備側なのに攻めに出たわけですか。


それも下村君だけじゃなく、栗原さんまで」


「あはは……ヒロにゃんって意外と好戦的だから」


「正直、ここ最近続いた裏方仕事で俺もあいつもうっぷん溜まってたんだよな……


まぁ、そういう思考そのものが、油断だったんわけだが……」





巨大な剣を振り回しながら飛び出す下村大地


そして双剣を構えて誰よりも先に西部学園の学生たちの隊に単身で突っ込む栗原浩美


だが、もうこの時点で二人は罠にはまっていたと言っていいだろう。


模擬戦の時との大きな違いは、防御陣地を作るときに、金剛瑠璃が不在だということ。


さらに今回は模擬戦でバフを振りまいたMIYABIも、ライブや他の仕事の都合で今回の急な競技には参加していない。


陣地作成するまでおおよそかかった時間は十分ほどだろう。


そして……その間、攻撃側は当然ながらその場で待機だが……何もしてはいけないというルールは定められていない。


――十分もあれば何ができるのか?


答えはシンプルだ。



「え」



この時、栗原浩美は隠されていた落とし穴に落ちた。


それもかなり深いものに。



「栗原!?」



突然の仲間の姿が消えたことに動揺する下村大地だったが、その反応が駄目だった。



「ルートバインド」

「「ショックボルト!」」

「シャドウバインド!!」



「なっ!?」



意識が別方向に向いた瞬間に、一斉に魔法が下村大地へと放たれた。


そのどれもが単純な攻撃系ではなく、行動阻害系ばかり。


単なる攻撃ならば耐えて反撃など行えたが、行動阻害系はある程度の魔力耐性を持っていないと影響を打ち消せない。


そして、残念なことに下村大地は耐性が高い方ではなく、同時に受けたいくつかの行動阻害系の影響を受けて動けなくなる。



「そのまま一定間隔で魔法を使い続けろ! 絶対にそいつに何もさせるな!!」


「落とし穴は塞げ! いいか、絶対に外に出すな!


筋力は高くないから横穴掘ったりとかできないはずだ!」



動けなくなった大地が聞いたのは、必死な表情で叫ぶ西学区の生徒のそんな声だった。



……そして、そのまま下村大地、栗原浩美は動けないまま……開始十五分ほど、自分たちの敗北のアナウンスを聞くまで動けなかったのだった。





「短い時間にあれだけ深い穴を掘るなんて……どう考えても事前にどこを通るのか知ってないと不可能だ。


俺の拘束だって……俺がどのルートを通るのか知ってないとあそこまで完全にメタを張った配置はできないはずだ。


迷路についても……壁を登って上からショートカットされないようにって対策してたんだが……どうやら普通に迷路を攻略して、結構な人数がフラッグのところにたどり着いて、守り切れなかったらしいんだ」


「指揮官役がどちらか一人でも残ってれば迷路のところで対策はとれたでしょうに……」



下村先輩の説明を聞いて額に手を当てる氷川



「完全にあのノルンちゃんに化かされちゃったねぇ……」



思わず苦笑いを浮かべてしまう瑠璃先輩


そして、どうやら英里佳には思い当たる節があるらしい。



「西の一年、やけにやる気がないと思ったら……やっぱり初めから負けるように指示されてたんだ」


「やっぱりって……英里佳はどうしてそう思うの?」



僕の問いに、英里佳は神妙な表情で説明をしてくれた。



「今回、神吉千早妃の予知で一番大事なのは、下村先輩と栗原先輩の行動を確定させること。


二人が私たち一年の結果を聞けば、前に出てくるって予知で知ってた。


だから、一年の試合はむしろ早く負けるようにって言わせてたか……どっちにしろ早く負けるから何もするなとか、そういうやる気を削がせた。


ううん……むしろ歌丸くんの挑発に引っかかりやすくなるように参加する人員も調整していた可能性もある。


そうすることで、一年生は負けても二年生は勝たせる状況を作り上げたんじゃないかな」


「千早妃はどうしてそんなことを?


予知を使えば僕たちの試合だって勝てる可能性は……高くは無いだろうけど、いい勝負はできたはず。


それなのにわざわざ積極的に一年生を負けさせて士気を下がらせるの? 本番は午後なのにおかしくない?」


「逆だよ。午後が本番だからこそ、あの女は二年生に自分の実力を示すために勝ちたかった」



英里佳のその言葉に、他の面子はハッと息を呑むようなリアクションをする。



「……なるほど、午後の競技は大規模戦闘レイドのタイムアタック


実力者を束ねるためにはその当事者に少しでも自分の実力を示す必要があったわけですか」


「午後に一年生を積極的に参加させるつもりはなかったから、捨て駒にしても問題がないって言う考えだったんだろうね」



氷川と瑠璃先輩は何やらわかったようなことを言っているのだが……僕はちょっと腑に落ちない。



「なんでわざわざ二年生を?


実力者に千早妃の予知の能力の凄さを分からせるなら三年生の方が良いんじゃないんですか?」



僕がそう訊ねると、やや呆れ気味な目をした紗々芽さんが答えてくれた。



「歌丸くん、さっき三年生の中継みてたよね?」


「え、あ、うん。ほぼ蹂躙だったね」


「あれに二年生の試合みたいな作戦が織り込める要素があった?」


「……ないね」



中継ではもう、会長とか会長とか会長とかフロントライナーの先輩方が高笑い浮かべながら必死な形相で戦っている西部学園の三年生を蹂躙している姿ばかりだった。



「参加人数も多くない三年のバトルロワイアルに、作戦なんてあってないようなものだよ。


大して二年生の試合は大人数。


人数が多ければ多いほど作戦が重要になる。


つまり、神吉千早妃の実力を最大限に示せるのは二年生の試合での予知になるの」


「なるほど…………所属する人材の差を予知で埋めて、完封勝利した。


そういう印象を作って、名実ともに西の学園のトップとして千早妃が君臨する。僕たちも知らず知らずのうちに片棒を担がされていたわけか」



鬼龍院の最速で圧勝するというその作戦を予知で逆利用されたわけか。



「午後のタイムアタック、この二年生の試合結果を見て神吉千早妃に逆らおうなんて考える人はいなくなるはず。


……敵に回すとここまで予知というのは厄介なのですね」



氷川の言葉には声にこそ出さないが同意する。


今までは御崎鋼真とか足を引っ張る連中がいたからそこまで影響はでなかったが、任意のタイミングで予知して、そしてその予知を元に作戦を任意で自由に変更できる西のトップに千早妃が収まっている。


予想はしていたが、まさかここまで厄介な敵になると。



「……チーム天守閣、今からあなたたちに一つ命令を出します」


「はい、なんですか?」



この時、僕はなんとなーく嫌な予感がしたのだが、それを伝える前に詩織さんが応えてしまった。


氷川は僕を見て、そして一度英里佳の方を一瞥してからこう告げてきた。



「午後のタイムアタック開始直前までに、榎並英里佳の融合スキル、もしくはルーンナイトへの転職スキル、最低どちらかを使用可能にしておきなさい」

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