第315話 歌丸連理の価値⑩ 

虹色大根とは


この迷宮学園原産ではなく、迷宮学園で発見された複数の植物の遺伝子と、日本の大根の遺伝子を悪魔合体させ、誕生した劇物根菜


名前の通り、七色の虹色に染まっており、いくら切っても必ず七色に色が変化し、色合いによって味と触感が異なるという、いったいどうしてそうなったと、作り上げた本人たちですら首を傾げるレベルで謎の食べ物


ただ、栄養価だけを見れば完璧を通り越してアルティメットな食材であり、これを使った栄養食品もできているわけだが……少なくとも、それを好んで食すのは詩織さん位だろう。


そんなわけで、肉体的には完全栄養食であっても、クソマズを通り越して精神的なダメージすら与える食材が虹色大根なのだ。


しかし、一方で迷宮生物にはこの虹色大根を好んで食すものが多く、シャチホコも例外ではなかった。



「わくわく……!」



僕の隣の席で口に出すほどワクワクした様子のシャチホコ



「ふざけんなあの野郎!


何が迷宮生物嫌いだ! 滅茶苦茶エコひいきしてんじゃねぇか!」


「むしろ私たちのこと嫌いでしょ、絶対に!!」


「このイベントの趣旨どうなってんだ、迷宮生物に人間の食べ物与えるんだろ?


人間に迷宮生物の食い物食わせてどうすんだ!?」



僕、稲生、小橋先輩の順で激しく企画内容に文句を述べる。


無理もない。


だって明らかにシャチホコじゃなくて僕たちにとって苦痛が半端ないもん!


虹色大根を不本意ながら食したことのある僕としても、あれは駄目だ。


まずいとかからいとか苦いとかそういう次元じゃない、つらい! ただただ辛い! あれはそういう食べ物だ! ギリ食べ物として認識できるけど、本当に半歩くらいで劇物にカウントできるものだぞ、あれは!



「味見ちゃんとしたのか! トウモロコシの味と虹色大根の味をどうしたら同列に語れるんだこらぁ!!」


「舌が壊れるとか言って味見しないんでしょ、そうなんでしょ!!」


「貴様らそれでも人間か!!」


「おっと、これは参加者がシャチホコちゃんを覗いて大ブーイングですねぇ。


調理担当の八木潮さん、何かコメントをどうぞ」


「問題ない、俺の腕で完璧に仕上げて見せた」


「「「嘘だ!!!!」」」



かつてこれほどまでに心が一つになったことがあるだろうか?


僕、稲生、小橋先輩の心は完璧に一つになっていた。


虹色大根食べたくない、その想いによって。



「わくわく!」



そしてシャチホコのみ虹色大根でつくられた料理を今か今かと待ち望んでいる。



「だから落ち着け。


まったく……先に説明させてもらうぞ、このままじゃ埒が明かない」


「はい、どうぞどうぞー」



MIYABIにマイクを手渡され、八木潮は物凄く不本意そうに料理の説明に入る。



「まず、一品目はポタージュだ。


下処理したトウモロコシをしっかり裏ごしして薄皮を取り除いて、じっくりとブイヨン――出汁と一緒に煮込んでトウモロコシ本来の甘みを確り引き出した一品だ。


今回は魚介系の出汁を使用しているから、普段口にしている牛乳やバターのコーンポタージュとは異なる風味になるだろうが……具材はあくまでもコーンのみ。


シンプルゆえに、素材の良さだ味を大きく左右する一品になる」


「それ虹色大根のまずさを凝縮するってことじゃないか!?」


「今説明するから静かにしてもらおうか」


「そうだよー、歌丸くん、お口チャックだよ」



MIYABIの発言にイラっとしたが、奥の方で白木先輩が両手を合わせていたのが見えた。


くっ……ひとまずここは静かにしておくか。これ以上先輩に迷惑をかけられない。



「虹色大根のまずさは、その一つの根菜の中に、七種類の味と触感が混在することによって起きる、味の不協和音が最大の要因にある。


しかし、ここで俺なりにこの食材を研究した結果、ある特殊な方法で下処理をした上で熱を加えると、七色から一色の大根に変化することを発見した」


「「「っ!?」」」



まさかのその発言に、僕、稲生、小橋先輩の三人は耳を疑った。


色を、固定する……だと……!


た、確かにあの虹色大根は紫色以外はどういう味がするのかわかっているという。


赤は辛みでシャキシャキ。

オレンジは貝のアサリっぽい味でコリコリ。

黄色は柑橘っぽい酸っぱさでカリカリ。

緑は瓜みたいな苦みのある味で触感は普通の大根。

水色は白身魚っぽい味で柔らかい大根って感じの触感

青は渋さがある、これはパキンと子気味良い感じの触感


これらが混ざって、さらに謎の紫が加わると苦痛を生み出すが……単体になるとそれほどでもないような気がする。



「オレンジ、水色の虹色大根で出汁を作り、そこに市販のコーンを使用している。


故に、他のコーンポタージュも魚介ブイヨンを使用してている。まぁ、イメージとしてシーフードのホワイトシチューに近い感じになっていると思ってもらえればいい。


高級品と比べれば当然味は劣るが、それでも十分に食べられるように仕上げた。


今回の完成度のよっては、そのまま商品化して携帯食として発売予定だ。栄養だけなら本当に完璧だからな」


「……なるほど、そういうことなら実食もしてみるべきかもな」


「虹色大根の栄養って凄い良いし……迷宮攻略を考えると必要になるわよね……」



小橋先輩も稲生も、今の説明でちょっと納得しかけてる。


僕も説明をそこまで説明を聞くと、ちょっと安心したところもある。


というか、これ、普通に新商品の宣伝に僕たち使われているだけなんじゃないの……?


一つのイベントでどんだけの案件を消化しようとしてんだよこれ……?


というか八木潮、なんだかんだ言いつつ自分が監修したコーンポタージュで一儲けする気満々じゃないか。


などと内心で呆れている間に、三種類の小さなカップに入ったコーンポタージュが配膳される。


三つとも、色合いも匂いも差が無いように感じる。


しかし、この中のどれかが虹色大根……か。


説明を受けて大丈夫っぽいが……やはりいざ目の前に出されると気圧されてしまうな。



「さぁ、三種類ともしっかり味わってくれ。


美味さに差はあれど、まずいと言える物がないことだけは保証しよう」



自信満々にそう促す八木潮の言葉に、まだ若干気が引けてる二人をしり目にスプーンを手に取る。


シャチホコ? もうとっくに食べ始めてるよ。


リアクションから虹色大根を見抜こうかと思ったけど、どれも美味しそうに食べてるよチクショウ。



「ええい……――儘よ!」



青汁グゥレイトシリーズに比べればマシだろうと自分に言い聞かせ、僕は右のコーンポタージュを実食するのであった。





運動場の中央に炸裂音が響き渡り、砕けたドングリが地面に落ちていく。



「おー……」

「……すご」



今目の前で起きた光景に、ドライアドのララ、そのパートナーである苅澤紗々芽は開いた口がふさがらないという状態だった。



「――ふぅ……」



そして、そんな状態を作り出した人物――日暮戒斗は、その右手に持った愛銃のジャッジ・トリガーを肩に担ぐようにしながら一息ついた。



「うん、普段よりも楽な感じがするし……魔力放出の仕方のコツを掴んだからか、いつもより集中して射撃できるッスね」


「え……そういう問題?」



今、戒斗が実演したのはクレー射撃のようなものだ。


飛んでいく的を離れた距離から撃ち落とすというもの


ただし、その的はララが作り上げた、実際のクレー射撃の的とは比較にもならないほど小さく、とんでもない勢いで、それこそピストルの銃弾くらいの速さで発射したものだ。


スナイパーのジョブの者でも、一体何人が出来るか……まして、エージェント系の戒斗はそもそもスナイパーとしての恩恵も受けていないので、ほぼ素の動体視力で対応したことになる。



(詩織ちゃんや英里佳がもの凄く目立ってて隠れてるけど……やっぱり日暮くんも天才なんだ)



紗々芽も、戒斗の実力については認識していたが、実際にこうして目の辺りにすると認めざるを得ない。


いやそもそも、それだけの才能がなければ、歌丸連理というバランスブレイカーの恩恵をこれでもかと受けたあの二人についていくことすら叶わないのだから当たり前といえば当たり前だ。


だがそれでも、ちょっとした魔力操作のコツを教えただけで、射撃の腕が更に研ぎ澄まされるとは誰が予想できたか……より正確に言えば、実弾の銃を使ったときのセンスが戻ってきたというべきなのだろう。



「今にして思うとなんだけど……日暮くん、今の射撃の方がクリアスパイダー戦で見せた時に近い迫力がある気がするんだけど……実際のところどうなの?」


「あー、まぁあの時は残弾は気にしても魔力操作とかその辺りは一切考えてなかったッスからね。


今こうしてコツを掴んでみると、魔力を込めることばっかり無駄に意識して普段の射撃って実弾の時よりちょっとだけ精度が落ちてたんだなって実感させられるッスよ。


いやー、俺もまだまだッスね」



あっけらかんと笑いながら答える戒斗に、紗々芽は驚きを通り越してドン引き状態になっていた。



(素の戦闘能力だけでこれってことは、ステータスやスキルで強化されることを考えると……まだまだ底が見えない)



来道黒鵜が証明した、エージェント系が覚えるという空間転移に対して、空間ごと切断する絶技


戒斗がドラゴン対策としてそのスキルと技術をいずれ手に入れることになるだろう。



(歌丸くんのスキルの効果は受けていても、日暮くんだけまだユニークスキルを持っていないけど……)



英里佳の“月兎羅月GET LUCK”“刃羅怒衝守パラドックス


詩織の“騎士回生Re:Knight”“庇代苦連理Sacrifice


自分の“義吾捨駒奴ギアスコマンド”“慈恵等視射ジェラシィ


厳密には違うが……稲生薺の“一身合親スナグラー



歌丸連理のパーティメンバーだけでこれだけのユニークスキル持ちがいる中で、唯一彼だけがまだそのスキルを得ていないのだ。


そんな彼がユニークスキルを得たら一体何が起きるのか……



「ぎゅぎゅう!」


「ん、休憩終わりっスか?


よっしゃ、じゃあいくッスよ!」


「ぎゅう!」



思案を巡らせている間に、魔力操作練習用のライトボール片手に、ドワーフラビットのギンシャリ相手に立ち回る戒斗の姿があった。


最初の頃は何もできずに滅多打ちされるばかりだったが、今は魔力操作を維持してライトボールを白く光らせたまま、ある程度避けられるようになっている。



(これだけの逸材が、どうしてあんな落ちこぼれみたいな扱いを受けていたのか……)



出会った当初は道に迷うマッピングもできないスカウトとして地雷扱いされていたことを思い出す。


歌丸連理と出会い、様々な変化が起き、自分自身も変わったと実感を持っている紗々芽であったが歌丸連理の影響で人生が変わったのは一番は間違いなく英里佳であろうが……二番目は戒斗なのではないだろうか、と……なんとなくそんなことを考える紗々芽であった。





「――はっ!」



僕、歌丸連理は唐突に我に帰った。


確か、コーンポタージュを口にした瞬間までは覚えているのだが……


ふと、手元を見ると何やらスパイシーな香ばしさのする大皿があるのだが……そこには何もない。そして僕の手にはナイフとフォークがある。



「あ、あれ……?」


「…………ねぇ、もしかして……あんたも?」


「え……」



横から声をかけられてふと見ると、なんか口元がソースらしきもので汚れている稲生がいた。



「……あんたも、って……稲生、これ、どういう状況?


なんか僕、コーンポタージュ口にした以降の記憶がないんだけど……」


「……やっぱり……私も、なんか記憶がなくて……だけどなんかお腹いっぱい食べた感じだけはするのよね」



言われてみれば、僕も腹八分目くらいになっている気がする。


え……なんで?



「……やはり、か」



一方で小橋先輩は何やら訳知り顔でこちらを見ている。



「小橋先輩、やはりってどういうことですか?」


「いや……お前ら二人そろって右端のポタージュ食べた瞬間に目の焦点が合わない状態になってな……その癖受け答えはできるんだが……まさかと思って俺は食べなかったんだが……しかしそうか記憶が飛ぶのか……味は問題なくなっているようだが、これは商品化できないな」


「「え」」



小橋先輩の言葉がわからず、僕も稲生もお互いに顔を見回せ、少しばかり考えて……恐る恐る訊ねる。



「つまり……僕と稲生は……」


「ずっと気を失っていた、と?」


「いや、普通に起きてはいた……単に気絶したんならお前のスキルで即座に解除されるだろ。


覚醒していたんたが、ポタージュを口にしてからきっちり三十分間の記憶が吹っ飛んだんだろ」



なにそれ怖い。


え……何これ、何が起きたの?


時が止まったとか、タイムスリップしたとか、そんな未知の現象を受けた気分だ。


ドラゴンが近くにいて、僕と稲生の時間だけ止めていたと言われた方がまだ信じられるが……いやしかし、それではこの腹具合の説明ができない。


――そういえばシャチホコもポタージュを全部口にしていたはず……!


大丈夫かと思ってシャチホコの方を見ると……



「――ふぅ……降参だ。


迷宮生物のことは、今も認める気はないが……少なくとも、君のことは認めよう、お嬢さん」


「おいしかった、です!


また、みんなでたべにきます!」



とっても優しい、慈愛すら感じる笑顔を浮かべる八木潮が、興奮気味に耳を動かしているシャチホコと握手してる光景がそこにあった。


僕も稲生も、一体何がどうしてそうなったのかまったく理解できずに呆然としていると、小橋先輩がいつの間にか背後に来て、僕の肩に手を置いた。



「あー……とりあえず一件落着ってことで、気にするな」


「「いや気になる(わ)よ!」」

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