第314話 歌丸連理の価値⑨



僕、歌丸連理にとってのMIYABIという人間の評価は、結構複雑だ。


歌姫として物凄い実力者であることは、クリアスパイダーの討伐戦や先日のライブでこれでもかと見せつけられた。


しかし、その一方で人格破綻者であるというのも良く知っている。


そのせいで一体どれだけマネージャーである小橋副会長の胃を苦しめたことか。


英里佳もかなりこの人のは苦手だったはずだ。



「はい、では早速訪れたのは東部迷宮学園の西学区屈指の高級ホテル


本島の五ツ星ホテルと同じ規模、同じサービスが受けられるとあって、学生の間でも話題となっております」



しかし、そんなMIYABIだが、意外なことにガイド……というかアナウンサーか? とにかく、受けた仕事についてはしっかりやるらしい。


今は僕たちに最初の取材場所を解説しつつ、その様子をカメラで撮影している。



「はい、というわけで――――第一回! 迷宮学園グルメ王選手権! 真の美食王は誰だ! 開催しまーす!!」


「どういうわけですか!?」



間髪入れない稲生のツッコミ。


真面目かと思ったがそうでもなかった。



「ルールはいたって簡単!


これから出される同じ種類の高級食材、スーパーの食材、代替品をそれぞれ同じ手順で調理したものを食べて、高級食材を当ててもらいます!


全問正解した人は料理長のコース料理が食べられまーす!」



ちょっと感心した直後にいきなり寝耳に水な企画である。


しかもどっかで聞いたことの内容である。主に年末年始とかの芸能人の品格を確認する番組とかで。


移動中の車では宣材写真の撮影と軽いインタビューのみだったはずだ。


こんなところにアドリブ入れるとかふざけるのも大概にして欲しい。


内心苛ついていると、それを察したのか白木先輩が申し訳なさそうに顔の前で手を合わせる。



「すいません、クライアントの意向で急遽開催が決定しまして……」



違った。ふざけてんのは依頼人だった。



「参加者はこちら!


全世界注目の迷宮学園の男子高校生、歌丸連理くん!」


「え、あ、ど、どうも」



急にカメラを向けられ、ひとまず笑顔を浮かべる。



「歌丸連理くんと同じパーティに所属になった、南学区期待のホープ、稲生薺ちゃん!」


「ひゃい! よろひゅくおねぎゃいしまひゅ!!」



噛み噛み過ぎだよ……



「そしてそして! 大注目! あの可愛らしい兎さんから進化して人の姿になった史上初の迷宮生物! エンペラビットのシャチホコちゃんです!」


「きゅ?」



シャチホコの種族は今は『ヴィーナスドウター』だが……まぁ、その辺りは別にわざわざ広める必要もないか。



「そして私、MIYABIのマネージャーの西学区副会長の小橋さんの4人で参加しまーす!」


「……どうも」



なんかいつの間にか撮影される側に回っている小橋副会長。


この人基本裏方なのに、なんでこの場にいるんだろうか……?


ひとまず自己紹介で一旦撮影終了し、僕たちが座る席の準備に入った。その間に僕は小橋副会長の元に行く。



「……あの小橋先輩、大丈夫ですか? なんか顔色が悪いんですけど」


「ふっ……問題ない。ただ、人生初のカメラを向けられて胃酸が逆流しかけただけだ」


「大丈夫じゃないですよね、それ?


というかなんでそんな緊張するんですか……副会長なら別にメディアの露出は一般生徒よりずっとあるはずでは……?」


「カメラの前でMIYABIやつが何かやらかすのではないかと普段から心配していたら苦手意識が染みついてな……そんなものが向けられ、俺が自分でミスをするのではないか思うと……――ぅぷ」


「すいませーん、誰かバケツの準備お願いしまーす!!」


「問題ない、すでに準備してある」


「問題しかないです」



すでにプラスチックのバケツを抱え、青い顔を見せる小橋副会長


もうなんか見てられないんだけど。



「というかそんな苦手なら断ってくださいよ」


「ここで俺が断ると、奴が今日予定しているMVの撮影をごねると言い出して、な……」



やっぱ人格破綻者だよMIYABI


こんな弱ってる人に追い打ちをかけておいてあんな笑顔で仕事こなせるとか、どんな精神構造してんの?



「そもそもなんで小橋副会長まで撮影される側に含まれることに?」


「GWのレイドで、俺がライブのために北学区生徒会の面々に土下座していただろ?」


「ありましたね、そんなことも……」



あまりにも小橋副会長が不憫すぎる、威圧感のある土下座……忘れたくても忘れられない迫力があった。



「それで有名になったらしくてな……何故か俺のことを応援してるという人の発言が掲示板に増えて、それで声がかかった……ぉぇえ」



この人、応援されてる人たちに間接的にとはいえ追い詰められているってどういうことだろうか?


MIYABIが原因ではなく、何かしら不憫になる星の元にでも生まれてしまったのだろうか……



「そもそも、どうしてこんな急に企画が変更されるの了承するんですか?」


「あー、いえ……シャチホコちゃん人間の姿になれることを今回の件で大々的に広めるってことで関係者には先に広めたんですが……東と南で、人間と同じものを食べた時の反応を確かめたいという研究職の方々があちらに……」



白木先輩が困ったように視線を向けた方向を見ると、血走った目でシャチホコをみているヤベェ集団がいた。



「お、ぉお……あれが、あの時のエンペラビット……!」


「本当に人間の女の子になっている!」


「迷宮生物の名残は耳だけか? 他にもどこかのこってないのか?」


「兎耳幼女、はぁはぁ……!!」



というか、この間エンペラビットの集落に同行してた人たちだ。


無事だったのは喜ばしいが、できることなら二度と会いたくなかったな……まぁ、それはそれとしてえ



「すいません、最後のヤツだけ今すぐ摘まみだしてくれませんか」


「わかりました」



よかった、その辺りはまだ常識的に対応してくれるらしい。



「で、あの人たちがこんな企画を?」


「あ、いえそうではなくて……むしろ発案者は……」


「――それを言い出したのはこちらだ」



何やら威圧感のある雰囲気を纏う男がこちらに歩み寄ってきた。


コックコートを身に着けていることを見れば、まぁ、十中八九このホテルで働いているコックであることは容易に想像がつく。


……しかし、なんだろうか……料理人というには、あまりにも迫力があり過ぎる気がする。具体的に言うと、会津清松先輩と似た様なプレッシャーを感じる。



「あ、あの人は……!」


「え、稲生……知ってるの?」


「迷宮学園年末特別配信動画『迷宮学園料理鉄人』にて二年連続優勝者!


一年生の時からこのホテルの料理長を任せられている上に、父親は世界的な三ツ星シェフ!


八木潮やきうしお料理長よ!」



なんか解説キャラみたいに詳しいな。



「ご紹介してくださり、ありがとうございますお嬢さん。


今回、皆様の料理を担当させていただくこととなりました、八木潮です。よろしく」


「は、はぁ……よろしくお願いします」

「よろしくお願いしますっ」



稲生は知ってる相手だからかなんかちょっと興奮気味だ。


威圧的なのは雰囲気だけで、かなり礼儀の正しい人だ……と思うんだけど……



「えっと……あの、どうして急に企画の変更を?」


「ああ、それは……」



八木潮先輩はこちら……というか、僕の背後にいるシャチホコを品定めするみたいに見る。



「俺は人間相手なら王族からホームレスまで、しっかり金を払ってくれるなら誰であろうと完璧に仕事をするつもりだ。


だが……人間ですらない迷宮生物……ペットのために餌を作ってやるつもりはないぞ」



不快感を隠そうともせずにそう断言する八木潮


その睨みにシャチホコが不安げに耳を震わせ、僕の服をぎゅっと握りしめる。


そんなシャチホコの姿に、僕も稲生も不快感を抱く。



「シャチホコは確かに人間ではありませんけど、そんな風に睨まれる謂れはない」


「そうよ。この子はペットじゃなくて、私たちの大事な仲間よ」


「それは君たちの主観の話だ。


ここは人間を持て成し、人間を楽しませるためのホテルで、人間の食事のためのレストラン。


いくら人間の姿を真似しようと、本来は獣の同伴も認めていない。


まして、その迷宮生物に俺の料理を食べさせる? そんな残飯と同じように扱われるのは不快だ」


「なんだと……!」


「お、落ち着てください歌丸くん……!


それと、八木さん……シャチホコちゃん――彼女には私たちと同等の知能もあります。


そのような彼女を批判するような物言いは、此方としても黙っていられません」


「……白木さん、あなたの顔を立てて、こちらに入室は許しましたが……料理を食べさせるのは認めないと初めに言ったはずです。


それでもどうしてもというから、こうしてチャンスは与えた。


それですらはらわた煮えくりかえっているんだが……この程度のことも見逃せないなら、どうぞ他の奴の料理でも食べていってください」



宣伝頼んできたのはホテル側、つまりそっちだろうが! と内心叫びたくなったが白木先輩の反応が芳しくない。



「――八木先輩って、結構顔広いし……将来は本島のホテルでの次期料理長と目されていて影響力が結構あるんだよね。


ここで彼と拗れると、白木先輩の立場的にも色々と面倒なんだよね」



僕と稲生にしか聞こえない位の小声で、いつの間にか背後にいたMIYABIがそう教えてくれた。



「――もんだい、ない」



そんなところに、良く通る声で喋る者がいた。



「おいしいごはん、たべるだけ。なにももんだいない」



シャチホコが僕の背後に身体は隠れたままだが、顔だけ出してそんなことを言いだした。



「……ふんっ」



そんなシャチホコを一睨みして、厨房の方に戻って行く八木潮


白木先輩はちょっと疲れた感じでため息をつく。



「ごめんなさい、嫌な思いをさせてしまいましたね」


「べつに、ウタマルのことでよくああいうひといたからきにしてない」


「そ、そうですか……」


「あんたもっとしっかりしなさいよ……シャチホコちゃんに気を遣わせてて恥ずかしくないの?」


「言いたいことはわかるけど、ここで僕が責められるのおかしくない?」



しかし……それはそれとして、あの八木潮の反応はちょっと妙だ。


料理のために衛生を気にしたり、プライドだったりあって不快感を覚えるというのは理解できなくもない話なのだが……なにか、敵意のようなものが含まれている気がしてならない。



「――相変わらず、大なり小なり騒ぎを起こす天才だな、お前は」



そんな場に、突如として現れた人物が更に一人。


西部のもう一人の副会長、銃音寛治つつねかんじである。


以前病院でみんなにビンタされて顔をパンパンに腫らしていたが、今は無事に引いて元の顔に戻っているようだ。



「なんでみんなして僕が悪いと決めつけるんだよ……というかなんでここに?」


「ちょっと後始末と、あいさつ回りだ」


「後始末……?」


「八木潮、奴は俺の情報提供者だ」


「っ……それって、“ディー”の?」


「被害者の一人が奴の知り合いでな……迷宮内で食材採取の最中に強力な迷宮生物をけしかけられてたことを知って、俺に協力してくれていたんだ」


「……なるほど……それが原因で迷宮生物に対しても良く思ってない、か」


「まぁ、そうだが……あれくらいは一般的だ。


迷宮生物なんて基本的には敵。


心許してるテイマーやお前みたいな連中の方がマイノリティだってこと忘れんなよ」



……確かに、冷静考えるとそうなのか。


シャチホコたちがいて、周りもシャチホコたちを受け入れてくれるから忘れがちだったが……世間一般では迷宮生物は敵だという認識なのだった。



「まぁ、とにかく一般人の迷宮生物に対する敵意ってのは一朝一夕でどうにかなるもんじゃねぇ。


日暮のヤツの言葉を借りるなら、お前が気にするのは筋違いだろ」


「それはわかってるつもりだけど……」



僕にぴったりくっついて離れないシャチホコの頭を優しく撫でる。



「こいつや、ギンシャリ、ワサビ、ヴァイスにシュバルツ、それにララにユキムラ……


僕は北学区の所属だけど……南学区の言う、人間と迷宮生物の共存は不可能じゃないと思ってる。


人間同士だってろくでもない奴はいるんだから、迷宮生物には優しい奴らだっていることを知って欲しい……僕はそう思う」


「歌丸……」


「南学区の考え方に染まり過ぎだろ……まぁ、今後のことを考えれば、迷宮生物の協力が必要不可欠って意味では同意する。


とはいえ、八木を含めて無理に他人にその考えを押し付けるな。話がこじれる」



経験者が語る、だな。


思えばこの人、戒斗と夜の病院の屋上でそれが原因で殴り合いしてたわけだし……なんか今更ながら凄い青春っぽいことしてるなこの先輩。


まぁ原因僕だけど。


…………あれ、僕ってそれだとポジション的に戒斗と銃音寛治のヒロイン……いや、やめようこれ以上考えるのは。気持ち悪くて吐き気を催す。



「もんだい、ない」



そんな下らないことを考えていると、シャチホコがふんすと胸を張りながら銃音寛治の前に出る。



「おいしいごはんあてるだけ。それでコースっていうの、たべるだけ。かんたん」


「あー……ああ、そうだな、うん」



見た目は小さい女の子のシャチホコに、どう反応すればいいのか困っている様子だ。ちょっと珍しいものを見た気分になる。



「それでは、セットの準備できたんで席についてくださーい」


「ウタマル、ごはん」


「ああ、はいはい」



スタッフの人の声に反応し、シャチホコに促される。


そして銃音寛治も、八木潮のいる厨房の方へと去っていく。


ひとまずはこの企画が成功するように頑張るか。



「はい、それでは迷宮学園グルメ王選手権、一品目の高級食材はこちらです!」



MIYABIの司会で急遽始まったグルメ王選手権……一体何を食べさせられるのやら……



「まずは最初の食材は、南学区の前会長である柳田土門さん全面監修のもと育てられた今朝収穫されたトウモロコシです」



こんなところでも名前聞くとか土門先輩、精力的に仕事してるんだなぁ……心なしか、稲生がちょっと誇らしげにしてるし。



「続いては、収穫から少し日が経ったスーパーで購入したトウモロコシです」



まぁ、普通だな。


でも、トウモロコシの代替品って何を使うんだろうか?


そんな風に疑問に思っていると、見覚えのある目に優しくない蛍光色な根菜が目に入ってきた。


その味を思い出し、僕は喉の奥がムカつきだす。稲生は今度は顔を青くし、小橋副会長が胃を抑える。


まさか……まさか、違うよな? そう思いながら……いや、祈りながら視線をMIYABIに向けるが、奴はとてもとても楽しそうに、代替品を説明する。



「そしてこちらが代替品――今朝収穫されたばかりのです!!」


「「「――ふざけんなぁ!!」」」



僕、稲生、小橋副会長が一斉に席を立って怒鳴ったのであった。

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